滅びゆく国にて。蛇足
タイトルのまんまな話です。
書きたかった物を追加で書き殴りました。
何故か、こんな結末になりました。
不思議です。
[お姫様視点]
時刻は真夜中。
月明かりの中、あたしは海をゆく船の甲板の上で、団長さん達が助けてくれた祖国の微かな灯りをを特に何の感慨もなく見ていた。
もともと、船酔いしたから風に当たりに出てきただけだったから。
そのままボーッとしていると、いつの間にか隣に人の気配があって、あたしは思わず笑顔になる。
「団長さん、こんばんは」
そこにいたのは、あたしの元恋人であり、最凶な傭兵さん達のリーダーである団長さん。
「あぁ、こんばんは。……どうした? 眠れないのか?」
ご本人は悪ぶってるけれど、優し過ぎる団長さんは、今も心配そうな顔をしてあたしを見つめていた。
「……少しだけ、寂しくて」
本当はただの船酔いなのに、団長さんを独占したくて小さな嘘を吐く。
「そうか。俺で良ければ、話し相手ぐらいにはなるからな? 我慢するなよ?」
ニッと笑った団長さんの優しくて大きな手が、ぽふぽふと頭を撫でてくれる。
「はい!」
元気よく返事をすると、団長さんの目が安心したように細められて、ますます優しい表情になる。
大好きなその表情を見ながら、あたしは気になってたあの事を聞くなら今だと意を決して口を開く。
「あの、気になってたんですが、団長さんはどうやって、攻めてきてらっしゃった方達と話をつけてくださったのですか?」
途端に、あたしの頭を撫でていた手が止まり、団長さんの顔には明らかな焦りが浮かぶ。
「……なにか、問題があるやり方でも、あたしは団長さんがあの国を思ってしてくださった事ですから、気にしませんわ」
「いや、あー、問題は……あるっちゃーあるが、ひと様には迷惑はかけてないから」
珍しく言葉を濁した団長さんは、視線を彷徨わせながら、人差し指でポリポリと頬を掻いている。
かなり言いにくい事なのだろうか?
特殊な魔法? 団長さんらしくないけど脅迫したとか?
あたしが不安を覚え、戸惑っている事に気付いた団長さんは、はぁ、と一つ息を吐いて口を開く。
「攻めてきた奴らのトップと、奇襲かけて直接会ったんだよ。で、殺る予定だったんだが、なかなかの手練で、本気で殺り合ってたら、気に入られたらしくてな。話し合いに応じてくれた」
「えぇと、別に言いにくい事では無いみたいですが……」
「で、だな? 停戦とか協定の話し合いに応じる条件として、まぁ、この間、お姫様に見られたような事を要求された」
バツが悪そうな顔をする団長さんは、実年齢より幼く見えて可愛らし……なんか、とんでもなく、ムカッとしたあたしは、よろけたふりをして団長さんへ抱きついた。
「おっと、大丈夫か? 慣れない旅で疲れたんだろ。ほら、送ってやるから、部屋へ帰るぞ?」
「はい……」
具合が悪くなったふりをして、弱々しく返事をすれば、団長さんに横抱きで抱え上げてもらえる。
本当に優しくて、残酷な人だ。
「……あの国、思ったより早く滅びるかしら?」
色んな意味で。
●
[クズ騎士団長視点]
「あの傭兵共のおかげで、思ったより早くこの国を我が物に出来た事だけは感謝してやるべきだったな」
誰もいない玉座の間で、私はワインの杯をあおりながら、くくく、と小さく笑い声を洩らす。
計画では、あのちょろ過ぎる箱入りのお姫様を口説いて、王へ毒でも盛って暗殺し、私がこの国を手に入れるつもりだったが、予想外の展開で玉座が私の元へ転がり込んできた。
「やはり、これは私が真の王だという思し召しだ」
姫を逃したのは少し残念だが、代わりは今の私なら選り取り見取りだ。
「……陛下、準備が出来ました」
「うむ」
声をかけてきたメイドに、重々しく頷いて答え、私はゆっくりと立ち上がる。
姫が国を去り、正当な王族は私だけとなったのだ。
血を絶やす訳にはいかないからな。私が頑張らないといけないのだ。
ニヤニヤと緩みそうになる顔を引き締め、私は今日の相手が待つ部屋へと向かうのだった。
●
「おい、アイツはどこだ?」
停戦協定の話し合いの場に現れた傲岸不遜な男は、開口一番そう言って部屋をぐるりと見渡す。
「私が、この国の王だが……どなたをお探しで?」
私が下手に出て、笑顔を崩さず話しかけても、男は私を見ようともしない。
「ったく、話が違うじゃねぇか。アイツがいるっていうから、面倒くさいが来てやったんだぞ?」
私の声が聞こえていないのか、男は連れてきた部下へ向け、不機嫌さを隠さない表情で文句を言っている。
しかし、まさか敵国の王がこうも簡単に姿を現すとは、私はそこまで注目されているのだな。
「それはそれは、ありがたい。ぜひ、あなたの国とは友好な関係を……」
そこまで喋ったところで、初めて男が私を見る。
獅子を思わせる鋭い金の瞳が、さらに不機嫌そうに細められ、私の唇は縫われたように動かなくなる。
「あ? 誰だ、お前」
私が黙ったままでいると、男の部下が男へ何事か囁き、それを聞いた男は不思議そうに私を見つめる。
「……あいつが、そこまで入れ込む相手には見えないが?」
「あの方が入れ込まれてたのは、先王のご息女である姫です。先日、共に国を後にされたと報告が来ておりますが」
初めて男の部下の声が私にも聞こえ、その内容から男が探している相手を悟った私は、思わず笑っていた。
「何がおかしい?」
「あなた様ともあろう方が、あのように下賤な傭兵など気にされているとは……っぐは!?」
思わなくて、と発せられる筈だった言葉は、私と一緒に何処かへ吹き飛ばされ、気付いた時には私は床を転がっていた。
全身がバラバラになりそうなほど痛い。
特に頬がズキズキと痛み、口の中には血の味が広がる。
殴られたとやっと私が理解したのは、私を殴ったであろう男が、ふん、と鼻を鳴らしてソファへ腰かけた後だった。
「な、なにを……」
「おい、帰るぞ。さっさと準備をしろ」
私の抗議など意に介さず、男は足を組みながら、部下へぞんざいに指示を出している。
本当に帰ろうとしていると悟った私は、テーブルへ縋るようにして立ち上がり、男の前へとよろめきながら進む。
くそ、騎士達は何をしている? なぜ私を守らない? 手を貸しにも来ないとは、何を……?
内心で毒づいて、控えている筈の騎士を振り返るが、ガクガクブルブルしていて使い物になりそうもない。
「て、停戦協定は、どうなるんだ!」
もう下手に出てやる余裕もなく叫ぶと、男は面倒臭そうな表情を隠さず、離れろとばかりに手を振られる。
「約束は約束だからな。……俺はこの国から手を引く」
何かを思い出しているのか、目を伏せてはぁ、とため息を吐く男は、同性の私から見ても妙な色気がある。
しかし、優れている私は騙される訳もなく、男の小賢しい発言の裏に気付いてしまい、頬の痛みも忘れて笑い、ソファへ腰かける男の前に立つ。
「あなた自身だけではなく、当然あなたの国も手を引くのだろう?」
ふふふ。どうせ、手を引くと言ったのは俺個人で、国単位は攻めますよ、などと後でのたまうつもりだったのだろうが、そうはさせぬ。
「当たり前だろ。俺の意思が、国の意思だ。我が国は、もうこんな国に興味はない」
呆れた表情をし、ふん、と再び鼻を鳴らす傲岸不遜を絵に描いたような男は、さすがというか見破られた事に対して動揺すら見せない。
腐っても大国の王だけはある。
感心して男を見つめていると、不意にその視線が私を射る。
「……大馬鹿か、とんでもない実力者か悩んでいたのが馬鹿らしいな」
どうやら、やっと私の実力に気付いたらしい。今さら遅いが、私は心が広い。許してやる。
「それはどう…「俺だったら、絶対に逃さない。逃れられないよう首輪をはめ、檻へ閉じ込めておくがな」」
ま、まさか、この男、そういう趣味なのか!? 停戦協定のためには、仕方ないのか? 手頃な女をあてがうのはどうだ?
慌てる私を他所に、男は熱を帯びた視線でこちらを睨んでいる。
「単身乗り込んできた時は、どんな大馬鹿かと思ったが、あの大胆な行動力、胆力がありながら、底抜けなお人好し。
──何より、あの瞳がそそる。真っ直ぐにそらさずこちらを見る、ナニモノにも折れず歪まない真っ直ぐでキラキラと澄んだ瞳が。
壊して、壊して、ドロドロにして、俺だけしか見ないようにしたくなる」
なぁ? と男が話しかけたのは、私ではなく、私の背後──振り返ると、そこには、少し前まで嫌というほどに見た仮面姿があり……。
「ちゃんと、『俺の国は』手を引いたって伝えろ。約束は守ってもらうからな?」
男の言葉に仮面姿の人物は無言だったが、不意に部屋の空気を凍りつかせそうな殺気を男へ向ける。
それは了承の合図でもあったのか、男は満足げにニヤリと笑ってソファから立ち上がり、私に止める間も与えず出て行ってしまう。
呆然とした私がもう一度仮面姿の人物の方を見ると、そちらの姿も無くなっていた。
「……どういう事だ?」
全く思考が追いつかず、理解できない。
未だに護衛の騎士はガタガタブルブルしているので使い物にならない。
まぁ、話せる状態だったとしても、一般の騎士程度に理解出来る訳がないか。
ソファへ腰を下ろし、手をつけられる事無く冷めてしまった紅茶をあおって落ち着こうとしていると、目の前のテーブルに一枚の書類が置かれる。
手の持ち主を見やると、そこにはあの男の部下が、お手本のような微笑を浮かべて立っていた。
「我が王から、こちらの国への不可侵の誓約をした書類です。正式な物ですので、これは決して違えられる事はありません。どうかご安心なさってください」
こんな物まで用意してあったのか、と感心して、私も書類を用意しようとペンを取る。
「で、では、私の国からも、そちらの国への不可侵の書類を……」
が、あの男の部下は微笑を浮かべたまま、ゆっくりと首を横に振った。
「いえ、それには及びません。あなた方が我が国へ攻めてこられるなど、ありえませんので」
そこまで信頼してもらえているとは、あんな歪んだ感情を向けられて戸惑ったが、施政者として私情は持ち込まないのだな、と私はさらに感心した。
全てが勘違いであり、道化であったと気付けたのは、私のものとなった国が、滅びていく最中だった──。
●
[敵国の王の部下視点]
「お前は、本当に性格が悪い」
道化の王の元から帰ってくると、我が賢き王からそんな褒め言葉を賜り、わたくしはニッコリと笑って見せる。
「おや、あなた自身が用意された書面ではないですか?」
「確かにそうだな。だが、あれをあのタイミングで出し、あんな言い方をすれば、勘違いするぞ、普通は」
「勘違いしてもらいたいから、あのタイミングで出したのですよ。
──その方が、後の絶望が大きいではないですか」
再びニッコリと笑うと、我が王は呆れたように小さく鼻を鳴らすが、わたくしを責めたりはされない。
あの道化は、それだけ我が王に嫌われた──否、どうでもいいと思われたのだろう。
我が王のお気に入りである、あの傭兵団の団長殿を愚弄したのだから。
まぁ、あの方はわたくしも好ましく思っているので……。
どう育てば、あんなに真っ直ぐで綺麗な、他人に優しい存在になれるのか。
本人が悪ぶってるいらっしゃるのが、また愛らしく見える一因かもしれない。
「何処へ向かってるのかわかったんだろうな?」
「ええ。向かっているのは、少し前まで滞在していた南の大国です」
「あー、確か愚王が治めていて滅びかけていたが、あいつが王子に手を貸して愚王を討ち倒したっていう、あの国か」
「はい、その国です。たぶん、この道化の元から引き抜いた優秀な騎士や兵士の受け入れ先なのでしょう」
「ったく、あいつらしい。普通、あんな提案を受け入れるかよ」
「抱かせろなどと突然言い出されるので、わたくしの方が驚きました。……しかも、慣れてらっしゃいましたねぇ。お前もかよ、って、明らかに表情に出されてましたし」
「それでも、あそこまで歪まず染まらないとは、色んな意味で恐ろしい男だ」
「道化の王は、本当に勿体ないことをされましたね。あの方を手に入れられれば、自動的に最凶の傭兵団がついてくるというのに」
「ああ。あれらの相手は、俺でも二度としたくないと思うぞ。なんだよ、あの化け物共は」
「あはは。可愛らしい美少年が、我が軍の投石機をぶん投げてましたねぇ」
「死人が出てないのが、不思議なぐらいだ」
「手加減されていたのかは微妙ですが。最初から、あなたを討てば我が軍は崩壊すると狙っていたのでしょう」
「向こうにも優秀な情報屋と軍師がいるようだな」
「常にあの方へ張り付いていた、あの副官らしい彼でしょうか」
「……あれは、違う。そんなもんじゃない」
珍しく言葉を濁した我が王は、戦場でしか見せないような真剣な顔をして、ゆっくりと首を横に振る。
「あれは、まさに『化け物』だ」
我が王にそこまで言わせる『化け物』を、忠犬のように従わせている団長殿は、ある意味さらなる『化け物』なのかもしれない。
そう伝えると、我が王はニヤリと笑って、何かを思い出すように唇を舐める。
「確かに、そうかもな。──さぁて、ちゃんと近隣の国にも、『きちんと』俺の国はこの国から手を引くと噂を流したな?」
「はい。『きちんと』流してありますよ」
「相変わらず仕事が早いな。じゃあ、さっさと帰るぞ。──我が国は、もうこの国には用がないからな」
くくく、と喉を鳴らして笑う我が王を見ながら、わたくしもひっそりと笑う。
「我が国が興味を持っているから、と近隣から攻められずに済んでいた事に気付いた時には、もう手遅れでしょうね」
その時、あの道化の王は何を思うのか。
──興味は一欠片もわかなかった。
本当は、もう少し敵国の王が、色々喋る予定でしたが、R15を突破しかけたので削りました。
なんかピンクな思い出話になりまして……。
読んでくださり、ありがとうございましたm(_ _)m
お目汚し、失礼しました。