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098.怒りの雄叫び

 エイベルク王国王都グランマリナ。

 日がまもなく天頂に差し掛かろうかというお昼時。

 ユングスタイン人保護特区の一角、ユングスタイン料理を提供するレストラン『マザーズカフェテリア』に、『明けの明星』始め旧臣たち全員揃って訪れていた。


「支配人、大勢で申し訳ないね」

「いえ! 光栄でございます!」


 五十歳ほどの支配人が十五歳の少年に気安く話しかけられて畏まるように頭を下げた。

 支配人の名はデニス・バーンウェイと言い、かつてはユングスタインでも料理を学んでいて、その味を是非エイベルクの保護特区でも、という思いからこの地にレストランを開いたと言う。


 昨日のゼトラの保護特区巡回の折、たまらず「お召し上がり下さい」と声をかけて「近い内に」と手を振り返されたが、よもや昨日の今日で早速来店するとは思ってはいなかったようだ。


 とは言え、朝早く開店準備に追われていた所に、今日のランチにお邪魔するから、と予約を入れておいたため、あまり混乱はなかった。

 だが店の外に敷かれた厳重な警備を見て、民衆は沸き立った。

 このレストランに未来の王が訪れたのだ、と。



 旧臣たちを除き、ユングスタイン料理を食べるのはゼトラも含めて初めてだった。

 一体どんな料理なんだろうと胸を踊らせながら待つことしばし。


 前菜としてザワークラウトというキャベツの漬物。

 茹でたジャガイモを潰してペースト状にした後、焼き固めてチーズやブラックペッパー、カイエンペッパーなどのスパイスをまぶしたポテトパンケーキ。

 シンプルに茹でただけのソーセージが何種か。

 オニオン、ピクルス、ベーコン、アスパラガスなど旬の野菜を薄切りの牛肉で巻いたルーラーデンという焼き物。

 別名農夫のスープとも呼ばれるアイントプフはジャガイモ、人参、オニオン、ガーリック、豆、ひき肉など多種多様な食材が入ってた。


 それらを早速一口食べた一行。

 まず第一声を挙げたのがマーカスだった。


「美味い……ッ!」

「ありがとうございます!」


 ユングスタインは北海ルート交易路の北東の果て、という地勢柄もあって、ユングスタイン独自の食材や料理は意外に少なく、周辺国や交易路沿いの国から積極的に食材や料理を取り入れてアレンジを加えたものが多かった。

 しかし多種多様な料理文化が混ざり合うことで、それがユングスタイン料理と独立して呼ばれる程に進化していた。


 そういった事を支配人が饒舌に語る。

 ダニエル・アルベルトやオリバー・レクツァトは妻にユングスタイン料理を教えて、たまに作ってもらっていたが、やはり故郷の味は格別らしく顔を綻ばせて食事の手は止まらない。

 妻のいないミヒャエル・アインホルンやクワイエ・ペトシエ、レイモンド・フォークに至っては、久しぶりに味わう故郷の味に感動して一口食べる度に満足気に頷いている。


 それらを見て支配人も安堵したように微笑んだが、だがふと肝心のゼトラの反応を見て、ギクリと体を強張らせた。

 ゼトラはそれぞれ一口づつ食べて、何も言うことなく黙ってそれを見ているばかり。


「あの……殿下……お口に合わなかったでしょうか……」


 恐る恐る、泣きそうな声を震わせる支配人を見て、ゼトラは慌てた。


「え? あ、違うんだ」


 ニコリと微笑んで、首を振る。


「すごく、すごく美味しくて、言葉にならなかったんだ」

「よ、ようございました……」


 ホッと息を吐いて支配人から思わず笑みがこぼれた。

 ゼトラは再び並べられた料理に視線を落として、微笑む。


「美味しいんだけど……初めて食べた味なのに、どこか懐かしい気がして……」

「……」

「それはきっと、僕がユングスタイン人だからなんだろうなって……嬉しかったんだ」


 その頬にポロリと溢れる涙を見て、支配人も、旧臣たちも胸を詰まらせた。



 ゼトラがあまりの美味しさに、初めて食べた故郷の味にも関わらず、懐かしさを感じて涙をこぼした、という話はすぐに広まることになる。


 レストラン『マザーズカフェテリア』は、後にユングスタイン人に限らず、多くの者が訪れることになる。

 エイベルク王国王都を訪れたなら、必ず立ち寄るべきレストランとして一年先まで予約が取れなくなるほど盛況となるのだが、それは後の話である。



 しかしユングスタインは北の地。

 寒い冬を超えるためにまるまると太った旬の魚や蟹等の甲殻類も豊富で、そういった食材を使った料理も絶品だと言う。

 食材が調達できない中西地域のエイベルクではそれを望む事もできず、それだけが惜しい、と支配人は悔しそうに笑った。


「では、そういった料理は現地でいただくことにします」

「はい……た、楽しみにお待ちいたします……っ!」


 ゼトラが笑顔で述べるその言葉に、今度は支配人が大粒の涙をこぼしながら何度も頷いた。

 それを見て頷いたゼトラは、熱心にメモを取るアイビスに思わず微笑む。


「あの、できればこれを作ってくれた方を紹介いただけますか?」

「あ、はい! 是非!」


 支配人の妻、という料理長は至って普通のユングスタイン人だった。

 カルラ・バーンウェイと名乗った女性は支配人と同じ年頃で、誇らしげに頭を下げた。


「あの、もしよろしければこの子にレシピを教えていただけませんか?」


 ゼトラに紹介されて、アイビスが恥ずかしそうに頭を下げる。

 カルラはそれをひと目みて、ゼトラの胃袋をがっちり掴む方なのだろう、と理解して満面の笑みを浮かべて頷いた。


「畏まりました。全ては流石に数が多すぎますので、代表的なものをいくつか、すぐにまとめて後日お屋敷にお届けいたします」

「ありがとう!」

「ありがとうございます……」


 二人揃って頭を下げると食事を再開して、美味しい、美味しいと何度も呟きながら、あっという間に全ての皿をキレイに平らげたのだった。



「やー満足、満足」


 メルキュールがポンポン、と少し膨らんだお腹を叩いてだらしなく笑う。

 マーカスも何度も頷いて笑う。


「今度はディナーで来ようぜ」

「来たいっ!」


 それに同意するようにフィオリーナも体を弾ませてゼトラの腕に絡みついた。


 ゼトラの代わりに会計を済ませたレイモンドに促されて、先導するオリバーとクワイエ、その後ろにアルベルトとミヒャエルにがっちり護衛されてレストエランを後にする。

 深々と頭を下げるデニスとカミラに返礼して屋敷へ戻る帰り道。


 ゼトラを直接目にする幸運に喜び、或いは敬意を込めて見守る民衆の中から四歳ほどの可愛らしい女の子が花束を抱えてトテトテとおぼつかない足取りで駆け寄ってきた。


「ゼトラしゃま……あの……おはなっ」


 辿々しく敬称を口にして、それを見守る民衆たちからもほっこりとした笑顔が漏れる。


 前を行くオリバーとクワイエは突然飛び出してきた影に一瞬身構えたものの、それが幼子と見て笑顔になった。

 ゼトラの背後にいたアルベルトとミヒャエルも、主の前に飛び込もうとゼトラの肩を一瞬掴みかけたが、幼子が花束を抱えていたのを見て笑顔になった。

 一番後ろにいたマーカスとメルキュール、レイモンドも何事かと一瞬身構えたが、視界の端に映る幼い女子を見て目尻を下げた。


 アイビスも、ゼトラも、ニコリと笑って屈み、その花束を受け取ろうとした瞬間。

 フィオリーナがゼトラを後ろにひっぱり、突き飛ばした。


「危ないッ! 離れてッ!」

「!?」


 花束に隠れた怪しい輝き。

 そこから溢れ出す光。


 メルキュールとオリバーがこれに咄嗟に反応した。


 幼女を包み込む、急速展開した最硬クラスの二重の物理遮断結界。

 その結界の中で幼女が爆発した。


「キャーーーーーーーーーーーーー!」


 絶叫。悲鳴。

 アイビス、フィオリーナ、民衆の雑踏から届く、絶望の金切り声。


「なにッ!?」


 ゼトラを暗殺を試みる爆発に、ざわめきはすぐに怒号へと変わった。


「ゼトラ様! お怪我は!?」

「大丈夫」


 アルベルトに起こされて、ゼトラは落ち着いた様子で服についた埃を払った。


「いやーーッ! レーナ! レーナーーーッ!」


 民衆の中から、母親と思しき女性が飛び出してきて、路頭に残る爆発痕に駆け寄ってきた。

 そこには幼女の姿はなく、跡形もなく木っ端微塵に吹き飛び、わずかの血と焼け焦げた痕だけが丸く残っていた。

 母親は号泣し、何度も「こんなはずじゃなかったのに」と絶叫する。


「これは……ッ!」


 そこにいた全員が拳を震わせ、憎悪の感情を込めて見下ろした。


 誰が犯人なのかは明白である。

 その上で、誰がこれを仕掛けた真犯人なのか、も。


「おのれ……ッ! 和国め……ッ!」


 誰ともなしに漏れた声に、ゼトラは内から湧き上がり、今にも爆発しそうな怒りを抑えるように歯を食いしばり、肩を震わせた。


 握りしめる拳に、アイビスとフィオリーナが涙をこぼしながら震える手を添える。


「だ、大丈夫……大丈夫だから……」


 二人に言い聞かせるように、自分に言い聞かせるように、何度もそう言ってゼトラは自分を落ち着かせた。

 ようやく落ち着いた所で、止めようとしたアルベルトを押しのけてゼトラは母親の肩に手をかけた。


「どうしてこんなことに? 話を聞かせてくれませんか?」

「違うんです! まさかこんなことになるなんて!!」


 泣き叫び、許しを請おうとゼトラの手にすがる母親。

 母親の手を握りしめて、ゼトラは優しく微笑みかける。


「落ち着いてください。貴女を罪に問うことはしません」

「ううぅ! あぁああああ! レーナ……ッ!」


 泣き叫ぶ母親は声をしゃくりながら、声を上げる。


「自治区に……老いた両親がいるんです……! 両親の命が惜しくば、花束を渡せと、言うことを聞けと、これを……!」


 その手に握られたのは小さなリンクドスネール。

 ひと目見て和国製と分かる、質の悪さが伺える少し歪んだそれをゼトラは受け取った。


 どうやら自治区の両親名義で花束が郵送されてきたようだ。

 それをゼトラに渡してほしい、と。

 それを不審に思ったが、ポストに投函されていた宛先の書かれていない封書にリンクドスネールが入っていた。


「両親の言う通りにしろ。さもなくば命の保証はない。お前の娘すらも」


 書かれていた内容に戦慄し、これに従った。

 だが従った結果が、これだった。


 なるほど、と努めて冷静に頷いて、悲しげな表情で母親の肩を撫でる。


「貴女には辛い思いをさせてしまいました。それは僕の力の無さのせいです。貴女はどうか、失った幼い命を丁重に弔って下さい……」

「うぅ……わああああ……」


 ゼトラが昨夜なんとなく抱いた嫌な予感がこれではっきりとした。

 それは自治区の住人、あるいは自治区そのものを人質に取るのではないか、という不安だった。


 この哀れな母親のように、身内を自治区に残している者が和国に脅迫されて利用されるのではないか。

 その予感がまさに最悪の惨事となって的中したのだった。


 だがそれは同時に別の懸念となった。


 ユングスタイン人保護特区の中に、和国に脅迫されて協力する者がいる。

 それは誰しも抱く疑いの目だった。


 敬愛する未来の王を暗殺するとは。

 これから、という時の不協和音は間違いなく保護特区に入り込む猛毒になりえた。


 その考えに辿りついたゼトラは再び怒りを宿らし、空に吠えた。


「聞こえているかッ! 和国の者よ! 和国に与する愚か者よッ!」


 ゼトラの咆哮がエイベルクの空を震わせた。


「僕は逃げも隠れもしないぞッ! この生命が欲しくば、哀れな民を利用せず、堂々と殺しにくるがいいッ!」


 ゼトラの声と共に民衆が遠く和国のある地へ向く。


「出来るかッ! 出来やしまいッ! 何故ならお前たちは姑息な卑怯者だからだッ! 日のある所に出られない邪悪な住人めッ!」


 その怒りはそこに居合わせた全ての者たちの心を一つにした。


「人の命を軽んじる卑怯者だから、僕が要求する交渉の場にも付けないんだッ! 負けるのが怖い弱者だから、こんな非道が出来るんだッ!」


 その怒りに同調するように民衆も拳を振り上げた。


「いいかッ! 僕は負けないぞッ! お前たちなんかに、僕は絶対に負けないッ! ユングスタインを必ず取り戻してみせるッ!!」

「おおおおおおおおおおッ!!!」


 ゼトラの怒りに応えるように、民衆からも雄叫びがあがった。

 グシャリと馬鹿力でリンクドスネールを握りつぶしたゼトラが拳を振り上げた。


「ルゥム・ゼトラ!」

「ルゥム・ユングスタイン!」


 怒りの咆哮と、栄光あれと称える歓声が、エイベルク王国王都グランマリナに響き渡るのだった。



 エイベルク王国王都で発生したゼトラ暗殺未遂事件は大きく歴史を動かすことになる。

 まず、ゼトラが危惧した保護特区での不協和音は起こらなかった。


 実際、ゼトラが危惧した通り和国に協力する者がいた。

 いずれもリンクドスネールを渡され、保護特区の様子を知らせよ、軍の動きがあれば知らせよ、協力せねば自治区に残るお前の身内の命の保証はない、と脅迫されていた。


 だがそれらの者は全て、自警団の詰め所に申し出てリンクドスネールを提供した。


「身内の命は惜しくないのか」


 そう問われたが、弱き哀れな民は力なく首を振った。


「それよりも、王の怒りを買う方が恐ろしい……」


 ゼトラの怒りの咆哮に触れた者たちは一様にそう言って、もし自治区の身内がそれで命を落とすなら、それもまた運命と諦めたようだ。


 だがゼトラはその者たちを呼び出すと一人一人の手を取った。


「自治区の人たちも、絶対に助け出してみせる」


 どうやって、という疑問は湧いたが、その力強い瞳に心は動かされた。

 この少年なら、この王なら、この勇者なら、きっとそれを成し遂げるのだ、と確信した。


「どうかお願いいたします。そのために協力できるなら、この生命惜しくはありません」


 頭を垂れて、涙ながらに訴えるのだった。


 なお、自らリンクドスネールを渡した者たちの中にアウレール・イルムシャーという男も居て、姉と父を自治区に残していた。

 その男の長男はラルフ・イルムシャーと言って、知恵が働く者だった。

 ゼトラの三歳年上というその少年は、不敵な笑みを浮かべるとゼトラに進言した。


「せっかくだから、嘘の情報を流しましょう。和国はこちらの情報を欲しているのです。協力するふりをして、混乱させてやりましょう」


 清く、正しく、正義を標榜するあまり、そのような小細工を思いつかなかったぜトラはハッとした。


「なるほど、良き案です」


 レイモンドが悪巧みをする少年のような面持ちでニヤリと笑い、頷く。


 ラルフ・イルムシャー。

 後にレイモンドの右腕として辣腕を振るう事になる者との邂逅だった。


 リンクドスネールは一時的に元の持ち主に戻され、レイモンドの指示に従って、口々に嘘の情報を和国に流した。



 ユングスタイン再興軍結成の動きは見えるが、ゼトラは武力行使には出ない。あくまでも交渉に固執するようだ。

 エイベルク王国軍は動くようだが、単独での威嚇行動に過ぎないだろう、と……。



 またこの暗殺未遂事件は保護特区で起きたものだったが、エイベルク王国内で起きたと言うのも事実である。

 水源毒物散布未遂事件に続いて、二度めの明確な敵対行為。

 エイベルク王国政府の怒りを買い、報復の武力行使の大義名分を与えたのも事実だった。


 もはや許すまじ。


 ユングスタイン人保護特区とエイベルク王国の市民たちは意志を一つにして立ち向かうきっかけともなった。


 その日から国境都市ニアベルクから武装したユングスタイン人義勇兵が続々と王都グランマリナに結集して兵宿舎はごった返すことになる。

 だが、その情報は一切漏れること無く、静かに闘志を燃やしながら刃を研ぎ続けるのだった。



 その日の午後になって軍議の第二報が届いた。

 作戦決行は三週間後、と正式に決定された。


 第一報と内容はほぼ同じで、第一軍の先発隊は一週間後に出立。

 最も足の速い軍艦で急行する。

 二週間後の和国沿岸都市に到着するを待って、ゼトラたちはアリスを救出するために奇襲をかける。


 というものだった。


 無事救出した後は、冒険者ギルド総本部グランドギルドマスター、クリストフ・フォンスタインから別途受注した依頼にあった施設の破壊行動に移行する。


 同時にエイベルク軍及びユングスタイン再興軍で和国沿岸都市に攻撃を開始して、少しづつ支配域を広げながら和国政府が交渉の座につくのを待つ、というものだった。


「北軍との連携が鍵になるね……」


 その作戦概要をひと目読んで、ゼトラが俯いた。


「おそらく和国は予測していなかった奇襲に慌てるだろう。自治区を人質にとって、何かしらの行動にでるはずだ。ノースランド連邦国にも約十万の兵が既に結集していると聞いている。進軍開始と同時に北軍が自治区になだれ込み、和国兵を排除しつつ、自治区住民を保護する事も必要になるはずだ」


 ゼトラが考えを述べるとレイモンドが頷いて、速やかに連絡を取るのだった。


 そしてまた、ゼトラはマーカスをちらりと見た。


「どうした? 何か不安があるか?」

「うん……不安じゃなくて、みんなに相談なんだけど……」

「何よ、水臭いわね」


 メルキュールもまた元気づけるようにニコリと笑いかける。


「うん。その……幻装魔法(ミラージュ)を解除して挑めないかな、と思って」

「えっ……」


 その提案には、マーカスだけでなくメルキュールも、アイビスも、フィオリーナも言葉を詰まらせた。


「どういう考えで?」


 決して疑う眼差しではなく、その考えを理解しようと穏やかな笑みを浮かべて尋ねた。



 これはいわば政治ショーなのだ。

 和国と立ち向かうのは何もユングスタインとエイベルクだけではない。

 ゼトラと共に立ち向かう竜角族である亜人たちの、マーカスたちの戦いでもある。


 ユングスタイン王国再興後、ゼトラが目指す人も亜人も仲良く暮らしていける国を実現するためには、この戦いには、一般には魔族と称されて恐れられていた竜角族も参加していた、という事を国内外に示す必要がある。

 でなければ、和国の手から解放された地に『何もしなかった』亜人が暮らしている、という解釈になりかねない。

 だからこそ、その真の姿を晒し、正々堂々と、これは人と亜人が手を取り合って起こした戦いだと内外に示さなければいけないのではないか。


「僕のかけがえのない誰よりも信頼する仲間だからこその相談……」


 ちらりと、上目遣いのゼトラを、マーカスがニヤリと笑う。


「だとよ。メルキュールはどう思う?」

「いいんじゃないの。いつまでも人の姿に偽るわけにもいかないんだし。早い方がいいんじゃない?」

「お前たちは?」


 そう言ってフィオリーナとアイビスに目を向ける。


「私は別に、ゼトラがそうしろって言うならそうするっ」


 フィオリーナにはあまり意味のない問いだったようだ。


「私も……ゼトラの考えは正しいと思う……。ただ……ゼトラはよくても、ここに住む人たちは怖がらないかなって不安はある……」

「ふむ……」


 アイビスもまたゼトラを全面的に支持したが、抱く懸念は最もである。

 しかしその懸念を払拭するように、レイモンドがニコリと微笑んだ。


「恐らくそれはないと思います。もちろん最初は驚かれるとは思いますが、以前お話した通り、ユングスタイン王族家に竜角族の姫君を迎えたこともあるくらい、多様性を好む文化なのです。元々ユングスタインは肌の色、髪の色、言語の違い程度で差別を生じさせる国ではありませんでした。寛容な国民性を信じましょう」


 カールシア大陸北海ルート交易路北東の果て、様々な民族が集う地勢が産んだユングスタインの国民性を信じよう、という言葉は、ゼトラを勇気づけた。


「てことだ、全員一致でゼトラの提案に賛成だ」

「じゃあそういうことなら早速解除しちゃうわね」


 マーカスの言葉に食い気味で、メルキュールが指を弾くとマーカスたちの身体が一瞬光に包まれて真の姿を現した。


 それを初めて見るミヒャエルとクワイエが驚きの声を漏らす。


「竜角族……初めて見ます……」


 マーカスは小さな渦巻の角。

 メルキュールは四本角。

 アイビスはエルフのように長い耳の形に竜の鱗が覆われた二本角。

 フィオリーナだけは、見た目はほぼ変わらず髪色が他の三人と同じく白銀色(プラチナシルバー)に濃紅色の瞳。


「美しい……」


 クワイエが思わずポツリと呟き、エッ!?という視線に慌てて、恥じるように顔を背けたのだった。

予告。

異界へと逃れた亜人たちを地上に戻すことを提案するマーカスとメルキュール。

それは来たるべき決戦が人と亜人との戦いでもある、という事を印象づける意味もあった。



次回「099.陽の下の亜人」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年12月11日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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