096.五つの依頼
「うん。ユングスタイン王国再興の軍を、ここに立ち上げることを宣言する」
「おおッ!」
ゼトラの再興軍結成宣言に一斉に歓喜の声を上げた。
旧臣たちは皆、内から湧き上がる衝動を抑え込むように拳を震わせ、肩を震わせ、白い歯を見せて喜んだ。
涙もろいオリバー・レクツァトは頬を伝う涙を拭おうともせず、拳を合わせて今にも駆け出しそうな勢いである。
それを見たギュスターヴ国王がニコリと笑い、挙手して発言を求めた。
「ふむ。では約束通り我が国もこれに協力しよう。ゼトラ殿下には悪いが周辺諸国、及び姉妹国たる古の七王国には連絡させてもらう」
「はい。ありがとうございます。ですが忘れないでください。ここにいる者たちもそうだ。よく聞いてくれ」
「はッ」
立ち上がったゼトラが改めてその視線を感じながら大きく頷く。
「僕は何も和国人を皆殺しにしようなんて思っていない。和国を潰そうなんてのも思っていない。ただ非道な行いが目につくのは確かなことだ。それを改めさせることが本懐だ」
ユングスタイン再興軍とこれに協力するエイベルク王国軍と共に、軍事行動を起こす。
和国沿岸に迫り、威嚇行動に出ることで、交渉の座につかせる。
同時にアリスが囚われているという秀和魔法研究所を奇襲し、これを救出する。
大まかな軍事作戦を告げると、意気が大いにあがったようだ。
「是非、第一軍を私にお命じください!」
「私めを第二軍に!」
ヨルク・ミュラーと、これに続いて若いリーヌス・フォーゲルが立ち上がった。
「うん。貴殿らの志、然と受け止めた。それぞれ軍を任せたい。しかし無駄に命を散らすことないように、エイベルクの軍とも協力してほしい」
「ははーッ!」
頭を垂れた二人を見てギュスターヴ国王が頷いた。
ギュスターヴ国王がヨルクとリーヌスを誘い退室を促す。
「では早速王城に戻り、軍議を開こう」
「はッ! 失礼致します!」
ギュスターヴ国王と三人が退室するのを待って、ゼトラが軽く息をついた。
着席すると、労うようにフィオリーナとアイビスがニコリと微笑んで、その腕に手を添える。
しかし奇襲作戦ではあるが、激しく抵抗もされるだろう。
結果的に和国兵を殺めることも考えられた。
それは『明けの明星』はいよいよ冒険者資格を捨てるときが来たのだと思わざるを得なかった。
「みんなには迷惑をかけちゃうね。冒険者稼業はこれでおしまいかも」
「気にするなよ」
「そーよ。再就職先のアテはあるんだしね」
そんなことは予想してた、と言わんばかりにマーカスが笑い、メルキュールがいたずらっぽくウインクする。
メルキュールの言わんことを理解して、ゼトラ始め皆が一斉に吹き出した。
「そうだね! みんなには王国再興後に何かお願いするよ」
「王立図書館の館長か、王立魔法工学研究所あたりをお願いしていいかしら?」
「任せてよ」
遠慮なく注文をつけるメルキュールに、ますます一同が笑い転げた所に、ボソリと声が響いた。
「ホホホ、安心せぇ。そうはならんよ」
「!?」
突如として発せられた声の方向に一斉に振り向く。
部屋の片隅、日の灯りの影に浮かぶ人の影。
「誰だッ!」
旧臣たちが一斉に腰のダガーナイフを抜刀して、刃を向けた。
ゼトラを守るようにアルベルトとオリバーがその前に立ちはだかり、クワイエとミヒャエルが人影に飛びかかった。
しかし、するりとその腕から抜けるとゼトラの真正面の席に、おいしょという掛け声で腰掛ける。
「ワシのスニークスキルもまだまだ通用するようじゃ」
ニマっと笑う老人の姿がそこにあった。
敵意を感じさせない穏やかな目に、怪訝そうな視線が集まる。
「ご老人、如何なる手段を持ってここに忍び入ったかは存じないが、ここをどこと知ってのことか」
「ふむ。血気盛んな若者共が、ユングスタイン再興のために意気上がっておったのう」
「……」
あくまでも殺気を感じさせない、穏やかな態度に警戒を保ちながら、ジリっと間合いを詰める。
「安心せい。口外したりはせぬ。『明けの明星』に有益な情報を提供しようとこっそりお邪魔しただけじゃよ」
残されたお茶受けの菓子を頬張ると「これは美味、茶がほしいのう」と呟く。
ゼトラはその老人を見て、ふと首を傾げた。
「どこかで見たことあるような……」
「さすが、目ざといの。背景に溶け込んだつもりだったんじゃが」
ゼトラはこれまでの旅路の中での記憶を思い出していた。
マーカスやメルキュール、アイビス、フィオリーナと共に過ごした日々。
街に寄ればまず冒険者ギルドに立ち寄って、どんな依頼があるかな、と掲示板を見て、どんな人たちがいるのかな、と見渡して……。
ああ、そういえば、とゼトラが頷く。
冒険者ギルドに老人がいた。
引退した冒険者が老年となっても一般に解放されている食堂を利用することもある、と。
そんな事をマーカスに説明されたことがある。
「時々、冒険者ギルドにいらっしゃいましたね?」
「さよう。ワシは冒険者ギルド総本部マスター。つまりはギルドグランドマスターってとこじゃな」
「な、なんだとッ!?」
マーカスが思わず立ち上がりその老人をマジマジと見た。
記憶のどこを探しても、こんな老人がいたなんて覚えてはいなかった。
いや、老人は確かにいたが、顔までじっくり見ていないし、覚えようともしない。
マーカスの驚く顔を見て、老人はニンマリと笑いかける。
「見込みのありそうな者を影からコソっと見守るのが趣味でな。ゼトラ始め『明けの明星』の活躍はこの目でしっかり見させてもらっていたよ」
「まじで……」
メルキュールもまた、呆然として老人を見た。
「マスター……は辞めたんだったわね。ダニエルさんたちはギルドマスターだったんでしょう? グランドマスターの顔は知らなかったの?」
「う、うむ……」
旧臣たち四人はいずれも各都市のギルドマスターを務めていた。
無論、二年に一度、総本部で開催される総会でグランドマスターの挨拶もあった。
「だが、グランドマスターはもっと若く……こう、ハツラツとした中年だった故にな……」
メルキュールに問われて、アルベルトは疑いの眼差しを緩めることなく老人を見つめる。
その眼差しなぞ気にならない素振りで、老人はまたニヤリと笑みを浮かべた。
「ホホホ。それはこういう顔だったかの」
ふわりと顔を撫でつけるように手をかざすと、しわくちゃの顔が光に包まれた。
「あッ!」
「おぉッ!?」
光が消えて現れたその顔は、アルベルトはじめギルドマスターなら誰もが知っている若者だった。
年は四十代前半頃か。多少の小じわは見えはじめているが、威厳あふれる厳しい目つき。
まさしく、総会で見たことがあるギルドグランドマスターのそれだった。
「これで信用してくれるかの」
カカカと笑い、元に戻す。
「改めて自己紹介といこうかのう。わしゃギルドグランドマスター、クリストフ・フォンスタインじゃ」
「は、はい。どうも……」
ゼトラがペコリと頭を下げると、それまで警戒の姿勢を取ったままの一同をなだめて、席に戻るように促す。
クリストフと名乗る老人の本当の顔は若者の方なのか、老人の方なのか。
それは分からないが、幻装魔法のような変幻自在の技など誰もが使えるものではない。
この場では信用する以外にはなさそうである。
だがそのフォンスタインという姓に、レイモンドが顔をあげた。
「フォンスタイン……? 確かユングスタイン王家の古い分家に、確かそのような家があったと記憶しています」
「おぅ、知っておったか。お主の言う通り、ワシのご先祖様はユングスタイン王族家の血を引くらしいぞ」
もっとも、と言ってニヤリと笑う。
「古くなりすぎて、錆びついちまったがのう」
クリストフは、ククク、と笑いを堪えてまた一口茶菓子を頬張った。
オリバーが注いでくれた紅茶をひとすすりして、その香りを楽しむように目を閉じる。
ちなみに、紅茶は銘茶として世界的に人気の高いユングスタイン産のものである。
一同がようやく落ち着くのを待ってクリストフが懐から紙を取り出した。
口元こそ穏やかな笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。
ゼトラたちの様子を伺うように見るその瞳は、グランドマスターに相応しい威厳を感じるものだった。
「さて、お主らに五つの依頼を用意した」
そう言って五枚の依頼紙をアルベルトの前に差し出す。
『アリス・ユーベルクを救助せよ』
『毒物製造工場を破壊せよ』
『薬物農場を焼却せよ』
『魔具製造工場を破壊せよ』
『囚われている亜人族を救出せよ』
アルベルトがそれを受け取ると、表題だけ一瞥して、ゼトラに渡す。
依頼紙はいつも冒険者ギルドで見かけるフォーマットに則っており、正式に発行されたものを示す署名も入っている。
依頼主は冒険者ギルド総本部やエイベルク王国政府やカールウェルズ魔創公国と言った国の名前が並んでいた。
「こいつは……」
「直々に『明けの明星』を指定して依頼したい。目的地はいずれも和国領内じゃよ」
マーカスもそれに目を通すと、ジッとクリストフを見た。
即答することなく、あくまでも慎重に判断しようとするその姿勢を気に入ったのか、頷いて紅茶をすする。
「質問があれば受け受けるぞい」
「んじゃ、ちょっといいかしら」
「なんじゃね」
手を挙げたメルキュールにクリストフが顎をしゃくる。
「これってどう見ても政治的干渉に思い切り首を突っ込んでるわよ」
冒険者が政治に利用されることを防ぐため、各国政府と締結した『相互不干渉協定』。
アリスの救助や亜人族の救出はともかくも、工場や農場は政府の直轄組織だった。
例えそれが人道に悖るものであったとしても、だ。
これに関わる以上は『相互不干渉協定』に抵触すると指摘されても仕方のない事だった。
しかしその問いを見越していたかのように、クリストフはニッと笑いを浮かべると問題ない、と手を振った。
「『相互不干渉協定』については対和国に限り、ワシの権限に置いて一時停止させたよ。そもそも和国の冒険者ギルドはギルド連盟から除名された以上、和国領内はギルド管轄外。そこで何があろうと……それこそ仕方なく命を殺める結果になろうとも不問となるんじゃ」
強引な理屈ではあるが、組織の長であるグランドギルドマスターがそうと決めた以上はそう扱われるのだろう。
それに少し安堵したものの、それでもなお慎重な面持ちでマーカスは首を傾げた。
「それで和国は納得するかね?」
問われてクリストフの表情のそれまでおどけるような顔から厳しさに変わった。
まるで死線をくぐり抜けてきた往年の歴戦の戦士のような目つきに誰ともなく生唾を飲み込むような音が聞こえた。
「やつらはやりすぎたんじゃよ。ワシとて何も正義の使者と嘯くつもりはない。警察機構を気取るつもりもない。だがその冒険者は本来、困る弱者を救うために発生した職業。弱者を貪り、喰らい尽くす根本を絶つことこそ、冒険者本来の仕事」
クリストフの静かに、怒りさえも感じる低い声に、息を呑んで皆が見守る。
「これはワシに限らず総本部の幹部連中含めて全員一致の意見じゃ。故にこれはワシの独断による依頼ではない。未来と世界の混乱を憂う、その思いから提示された依頼じゃよ。故に、敢えて危地に向かうお主らに頼みたい」
そこで顔をあげて試すような目でマーカスと、そしてゼトラを見た。
「やってくれるか『明けの明星』」
しかしそれでもマーカスが首を縦に振らず、依頼紙に目を落とした。
「具体的な場所は? どこにも『この辺り』くらいの事しか書いてないぜ」
「それを調べるのも依頼の内じゃよ」
ニヤ、とクリフストフが試すように笑い、それにマーカスが首をすくめてさらに続ける。
「……報酬は?」
確かに、五枚の依頼紙は全て報酬の項目が『応相談』となっていた。
簡単には首肯せず、あくまでも抜け目なく全ての情報を引き出そうとするプロフェッショナルな姿勢。
ますますクリストフはそれが気に入ったようで、ニカっと白い歯を見せた。
「一人につき、大金貨千枚でどうじゃ」
「!?」
その数字にギョっとしたのはマーカスら『明けの明星』に限らず、アルベルトらかつてのギルドマスターもである。
アルベルトの知る限りでは大金貨一枚が最大の報酬額だった。
それも集落を何度も襲い狂う『|竜種の巣の掃討』と言う極めて危険な依頼である。
また、ゼトラがエイベルク王国北西の都市、ヴィシャールでの活躍で得た報酬は五人の合計で大金貨二千枚というものもあったが、今回は一人につき、である。
過去最大の報酬額には、さすがに目を丸くした。
「とんでもない大金だぜ。そんな金がどこにあるんだよ」
「もちろん、多少の無理はしておる。逆に言うとそれだけ命を危険に晒すことになる。同時にこれは世界を救うための依頼じゃ。それを考慮すればこれでも安いもんじゃ。」
五人に支払われる合計大金貨五千枚。
ここで和国を食い止めなければ、それ以上の額が失われる。
将来に渡って失い続ける額と比べれば安い、という認識なのだろう。
どうじゃ、とまた試すようなクリストフの目に、マーカスはようやく首を縦に振った。
「いいぜ、やるよ」
「やってやろうじゃない」
メルキュールもまた、パシンと拳を叩いてニンマリと笑う。
フィオリーナに至っては、自分はお金を貰うつもりはなく、全額ゼトラに渡すつもりでいた。
「大金貨二千枚かぁ。ウフフ」
と呟いて、早速皮算用を始めている。
それは、もし自分が欲しい物があればゼトラに買ってもらうから、という考えに他ならない。
その時、ヒヒン!と盛大なエクリプスの嘶きが耳に届いた。
ゼトラはまだなの!?遊ぼうよ!という催促に、思わず目を合わせて笑い合い、ゼトラが立ち上がった。
「じゃあ今日はここまでにしておこう」
「はッ」
日が傾き始める午後。
茜色の空が街を覆おうとしていた。
大金貨千枚は日本円で約十億円です。
━━━
予告。
着々と準備を進める中、ゼトラは自治区を見て回ることに。
未来の王に、行き先を照らす勇者の姿に、大勢の者たちは歓喜の声を上げるのだった。
次回「097.栄光への咆哮」
お楽しみに。
ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年12月9日お昼頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




