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090.反撃の狼煙をあげよ

 サイアル王国東部、ケントランコという小さな観光地にある宿の地下に、反和国の集会があった。

 そこに顔を出した『明けの明星』は、王国が抱える深刻な現状に、事態を打破するためウンウン、と唸りを上げていた。


「そもそも、なんだって王国政府の人間が和国に与するんだ?」


 苛ついたようにマーカスが呟く。


「そうした方が得だから? もしくはお金を積まれたとか?」

「あとは、そちらの方が生存可能性が高いと踏んだから、というのもあるでしょうね。強者に従うのも弱者の生存戦略です」


 代わりに答えたメルキュールとクトメ・ラニアオという周辺一体の反和国グループ『北伐の神剣』をまとめるリーダーである壮年の女が答えた。


「ですが最近の動きを見ると、もう一つ別の意図があるのではないか、とも考えています」

「というと?」

「七竜を手に入れることにあるのではないか、と」

「七竜……」


 強者に従うのが弱者の生存戦略という意味では、七竜の力はあまりに強大である。

 七つある内、五柱がゼトラの手中にあるのは和国も承知しているだろう。


「和国が七竜の力を手に入れようとしている?」

「はい」


 ゼトラの問いかけに、深刻な表情でクトメが頷く。

 しかしそれを遮るように、マーカスがニヤリと笑った。


「それは無理な相談だぜ。七竜はゼトラにしか解放できない」

「え? そうなのですか?」

「ああ。それを間近で見てきた俺たちが言うんだ」


 自信ありげに胸を張ったマーカスだったが、それを疑うようにクトメが首を傾げる。


「それは妙ですね。私達は七竜の一柱、花帖竜(かじょうりゅう)と名乗る女の子を保護しています」

「な、なにッ!?」

「えッ!?」


 クトメの言葉に偽りなどないことは、その目を見れば明らかだった。

 驚きを隠さず、愕然として「どういうことだ」と呟いてゼトラを見るが、ゼトラも分からないのだろう。

 ゼトラもまた首を傾げて眉をしかめる。


「その話、詳しく聞かせてくれ」


 厳しい表情で、半ば睨みつけるようなマーカスがクトメに問うのだった。



 それはおよそ八年前のことだった。

 人の自毛としてはありえない桃色の髪をした少女が、サイアル王国の北の海岸に打ち上げられた。


 一体何者なのか、と聞いたが、記憶と言葉も失っているようで沈黙したまま首を振るばかりだった。

 不憫に思った老夫婦が孫の代わりに、と保護したが、どうやら人ではない、と理解したのはすぐだった。

 見た目から十四、十五ほどの年頃と思っていたが年を取る様子がないのである。

 それどころか、食事も取らず、水も取らないのに、平然としている。


 老夫婦は不思議に思ったが、可愛らしい顔つきから恐らくこの子は神の子なのだろう、と受け入れて大切に保護された。


 それと時を前後してサイアル王国に対する和国の圧力が高まっていた。

 これに警戒して反和国グループが各地で結成されたのも同じ時期である。


 ある日、老夫婦が和国の暗殺部隊と思われる者に殺されて、少女が拉致されそうになる事件が起きた。

 その時は少女が不思議な力を発揮して返り討ちにしたそうだが、その事件を聞くに及んで、反和国グループも動いた。


 どうやらその少女は和国にとって重要な人物であるらしい。

 反和国派は、そう認識して少女を保護すると、拠点を変えながら和国の手から逃れ続けた。


 まるで人形のように沈黙を保っていた少女が、突如として口を開いたのが今年に入って、夏に差し掛かるの頃のこと。


「自らのことを七竜の一柱、花帖竜(かじょうりゅう)と名乗ったのです」

「花帖竜……ッ!」


 確かに、七竜の人柱に花帖竜という竜がいた。

 七竜のことは神話ではよく知られていたが、あくまで人類に仇なす存在として、である。

 その正体を知るのは古の七王国の王族家以外にはない。

 もっとも、王族家は七竜を封印した守護者である、という程度ではあったが。


 その情報をクビラ・ラアンタム丞相を通してサイアル王国クアイ・ロン・サイアル国王から得た反和国派グループは、それまでタオと呼んでいた少女を、現地の古い言葉で、花帖(ファジャ)と名付けた。


「間もなく勇者様が迎えに来てくれる、と嬉しそうに笑っていました」

「勇者様……」


 今代において勇者と呼ばれる存在は一人しかない。

 バインクレの女王も、カイコルロの国王も、ゼトラをそう呼んでいた。

 その視線がゼトラに集まる。


 しかしゼトラは腕組して、どういうことなのか考えあぐねているようである。


「恐れながら……」

「ん?」


 クトメの後ろで黙って控えていた一人の若者が、恐る恐る手を上げた。

 シデル・エトクシと名乗った男は、ちらりとフィオリーナを見た。


「俺はそのファジャという少女と一度だけ話したことがある。実に可愛らしくハッと目を引く美しさがあった」

「ふむ?」

「ただあの子……ファジャは、そちらの子と良く似ているのだが何か関係あるんだろうか?」

「え……」

「えぇ?」


 ゼトラを見つめる視線が、その左隣で大人しくしていたフィオリーナに集まった。

 キョトンとして首を傾げる可愛らしさに大人たちが思わず目尻を下げた。


「俺たちはそもそも花帖竜を見ていないんだ。初耳だぜ」

「分からない……」


 マーカスが首をすくめて、その関係性は不明であることを代弁した。

 申し訳無さそうにうつむくフィオリーナを、ゼトラがかばうように腰に手を回して抱き寄せる。

 ゼトラが安心させるように「気にしないで」と耳元で囁くのがクトメにも聞こえた。

 フィオリーナが嬉しそうにゼトラと視線を交わして甘えるように腕に絡むのを見て、微笑ましく見つめた。

 しかし姿勢をゼトラを向き直して、真剣な表情に戻すと口を開いた。


「もし仮に、それが本当に七竜……花帖竜だとすると、和国は七竜の力を欲していると思って間違いないでしょうね。それは最近の王国に入り込んだ和国兵の動きを見れば分かります」

「他国の軍兵を受け容れるとか、いよいよ正気の沙汰じゃないな」


 マーカスが呆れたように反和国派の面々を見たが、その表情は一様に苦々しいものだった。


「動き、というと?」


 ゼトラに促されて、またクトメが口を開く。



 時を遡ること数ヶ月前。

 サイアル王国クアイ・ロン・サイアル国王は、ギュスターヴ国王陛下の一報を受けて驚いた。


 エイベルク王国で七竜が復活した。

 七竜は『極めて深刻な(カタストロフィック)脅威(ディザスター)』なるものの対抗手段であるのが真相である。

 その七竜の解放の鍵を握るのはゼトラと言う少年である。

 古の七王国に封印石があるはずだ、その場所を突き止めその少年に協力してほしい。


 その連絡と前後して、クアイ国王は事実上の軟禁状態になった。

 同時に、和国に急速に支配されゆく王国政府の実情を知った。

 その中でなんとかして連絡をつけねば、と考えあぐねていた所、 クビラ・ラアンタム丞相が反和国派と繋がっている、と密かに連絡をつけてきた。


「私達が七竜の情報を得たのは、つい一ヶ月ほど前のことです。ゼトラ殿下が七竜を復活させるために封印石なる場所に赴く必要があると」

「はい。封印石の場所を教えてもらおうと王城に赴きましたが、無碍に断られました」


 冗談めかして、誤魔化すように笑って頭をかいたゼトラに、クトメが目を見開く。


「よくぞ無事だったものです」


 呆れたように眉をしかめたのを見て、ゼトラはかなり無謀なことをしていたと改めて気付かされた。


「しかし状況が非常に悪い」

「と、いいますと?」

「封印石なるモノがある地は既に和国兵によって占領されているらしいのです」

「……ッ!」


 他国の軍兵を受け容れるどころか、特殊な事情とは言えその地を支配するに任せるとは、既に国としての主権を失っているにも等しいことだった。

 そんな状況を打破するために、クトメ率いる『北伐の神剣』含め反和国派は一計を案じていた。


「実は……ゼトラ殿の封印石の解放を支援する作戦と同時に、とある作戦も計画されています」

「とある計画?」


 マーカスが首を捻り、クトメを見た。


 とある計画。

 それは国王陛下の救出作戦。そして各国に蔓延る親和国派の一掃である。

 王国全土で同時に一斉蜂起して、和国派が支配する街や王城を奇襲する。

 一斉に武装蜂起することで各地の対応は混乱するはずだ、と睨んでいた。

 その一翼としてゼトラが望む封印石を守る地を奇襲する作戦も含まれていた。


「なるほど」


 やはり封印石の解放のために和国兵と戦わなければいけないということか。

 すぐにその考えに行き着いて、マーカスがため息をつく。


「冒険者稼業も廃業かな」

「そんな!」


 ポツリと呟いたマーカスを見て、ゼトラが首を振る。

 理由なく殺人に及ぶことは冒険者ギルドの規定で固く禁じられている。

 例えそれが世界を害する和国の兵であっても、死に至らしめればギルドタグにログが残る。

 それが確認されれば、尋問委員会が開かれる事になる。

 冒険者資格が停止されることはまず間違いなく、弁明次第では資格を剥奪されることは明白である。


 それを理解しているからこそ、マーカスは覚悟を決めたのだ。


「無傷でやりきれるほど、ヤワな相手じゃないぜ」


 ゼトラにとっても、それは本意ではなかった。

 これはそもそもゼトラの問題である、と割り切れればそれでいいのだが、ゼトラと共に歩もうとしてくれるかけがえのない仲間の心を思えば「一人で行くから」とは言えなかった。


「どうにかならないかな。知恵を絞らないと」


 代わりに、すがりつくようにメルキュールを見た。

 うーん……、と唸るメルキュール。


 メルキュール自身、数こそ少ないが対人戦闘の経験はある。

 相手は盗賊などいわゆる賞金首であるが。

 しかし相手を死に至らしめないように、となると難しい。

 過去のことを思い出すように目を閉じた。


「殺さないような魔法なんてないしねー」

「うん……」


 メルキュールは前に垂れた自分の横髪をクルクルと指に巻き付けて弄ぶ。

 アイデアを絞り出そうとまたう~んと唸った。


「対和国兵……」

「あっ」


 アイビスがふと呟いた一言に、ゼトラとフィオリーナが膝を打った。


「幻覚魔法っ!」

「それだっ!」


 メルキュールもまたパっと笑顔を咲かせてサムズアップをしながら目を輝かせた。


 カールウェルズ魔創公国で、移送されるドワーフ族を救出するために用いた作戦。

 ゼトラの強力な幻覚魔法で前後不覚にした状態にして異界へと無事送り届ける事が出来た。

 それを思い出して、ゼトラもまたサムズアップで応える。


「通じるかね。相手に一度手を見せてるぜ。何らかの対抗手段はあると見ていい」


 戦闘ともなれば豪胆に大剣を振るうマーカスだが、実際はかなりの慎重派である。

 上手く行かない最悪のケースも考えるのがリーダーとして身につけた処世術だった。


「仮にそうだとしても、それを上回る策を練ればいけるわよ」

「天才を信じるか」

「茶化さないで」


 目下、急がなければいけないのは事実である。

 和国が七竜の力を欲してサイアル王国の封印石を見つけたのだろう。

 そして占領したとなれば、何らかの手段をもって解放する目処をつけているのではないか。


 それは先程話にあがった花帖竜の封印が既に解放されているかもしれない可能性を考えると、明らかだった。


 ほぼ間違いなく、花帖竜はユングスタイン王国に封印されていた七竜なのだろう。

 ユングスタインの地を手に入れた和国は、何らかの手段でそれを解放した。

 しかしその少女は逃げ出して、サイアル王国に流れ着いた、という事かもしれない。


 何一つ確たるものはない、推測にすぎないがその思惑はメルキュールを始め、マーカスたちも考えていたことだった。


 このタイミングでサイアル王国の七竜を解放して花帖竜と合流すれば全ての七竜がゼトラの元に集うことになる。



 そのためにも幻覚魔法を用いて奇襲する作戦をなんとしても実行せねばならない。


 幻覚魔法は基本、対抗手段をもってしても一瞬の心の虚をつけば有効である。

 それはエルフ族が隠れ住まう森で自分たちが喰らったように。


「なるほど。では私たちの有志で奇襲をかけましょう」

「ええ。私とゼトラで幻覚魔法をかける」


 幻覚魔法に反応するように高純度エーテル鉱をばらまいておけば、メルキュールが魔法を解除してもそれに反応して幻覚の効果は残るはず。


「その後はゼトラが封印を解除する。どう?」


 確認するようにメルキュールがマーカスを見る。


「現地判断要素の一発勝負も多いが、いけるか」


 マーカスが頷くのを見てそれを眩しそうにクトメが見た。


 ――なんと心強いこと。


 覚悟を決めた冒険者の姿はたくましかった


 それは冒険者らしい、無駄に命を奪うことのない至って平和的な解決方法ではある。

 だが奇襲をかける反和国派に犠牲が出るかもしれなかった。


「その七竜とやらを解放してしまえばこっちのものです。国を救えるのであれば、命を惜しむ者はいませんよ」


 クトメだけではなく、後ろに控えるものたちも胸を張った。

 決して強がっているわけではなく、国の未来を思えば命さえも惜しくない、そう覚悟を決めたものたちの顔だった。


「……それでも……胸が痛みます」


 それを見てゼトラは顔を伏せた。

 犠牲をもってしても、成し遂げなければならないのか。

 その姿に、ユングスタイン王国再興のために気勢をあげるユングスタイン人と重ね合わせていた。

 悲しげな表情を見て、クトメが微笑んだ。


「ゼトラ殿下はお優しい方なのですね。まだ若いということもあるでしょうが」

「そうでしょうか? 人の命を大事にするって、とても普遍的な価値観だと思っていました」

「……ですが和国はそうは思っていない節があります」

「……!」


 首をすくめ、クトメもまた力なく笑みを浮かべ、悲しげな瞳でわずかに視線を落とした。


「人口五億人以上もいれば、命は随分と軽くなるようですよ」

「そうなんですね……」


 ともあれ、作戦決行は深夜と決めて、日にちを改めて知らせるのでしばらくはゆっくりしましょう、という事になった。


「お腹ペコペコよ」

「ほんと~」


 時間はとうに昼を過ぎており、隠し通路を戻りながら、小声で笑い合う。

 だが個室へ戻ると、豪華な食卓が用意されていた。


「わーお。気が利くじゃない~」

「お疲れ様でした。お部屋も用意しておりますので、まずはごゆっくり」

「ありがとう!」

「いえ……」


 ゼトラの笑顔を見て、給仕の女性が頬を染めながら視線を外す。


「むー」

「……」


 それを見てまたフィオリーナとアイビスはゼトラの背中で微妙な表情で視線を交わすのだった。




 食事を済ませた『明けの明星』は五人連れたって、景勝地へと向かっていた。

 その目的は潮が引いたときにだけ現れるというハート型に侵食された隆起サンゴ礁である。

 聞けば潮が引くのは今の時期だと夕刻頃と聞いて、いても立ってもいられずフィオリーナに腕をひかれるように砂混じりの坂を登っていた。


「おー。あれかぁ」


 坂を登りきると直ぐに素晴らしい景色が広がっていた。

 ザンザと波が打ち付ける、切り立った崖。

 手前の方に白い砂浜が広がっており、崖と砂浜の中間に隆起したサンゴ礁が波によって侵食されて複雑な模様を描いていた。


「すごいわねー」


 一見すればボコボコの穴だらけにも見えるが、そのどこかにハート型に侵食されたものがあるのだろう。

 それ目当てのカップル姿も何組があって、探してるのが見えた。


「ねね、わたしたちもいこ。ね」


 フィオリーナがせがむようにしてゼトラの手を取ると、坂道を降っていくのだった。




 探すのにはさほどの苦労はなかった。

 なんのことはない。一組のカップルがそれを見つけて、歓喜の悲鳴を上げたからである。

 続々とカップルが行列を作り、半ば野次馬のように告白する様子を見守っていた。


 ゼトラたちも最後尾に並ぶと、フィオリーナとアイビスはソワソワモジモジとしながら、情熱的な愛の告白を見守った。



 陽は大きく傾き始めており、常夏の国に降り注ぐ熱量は多少和らぎつつある。

 恋人たちの愛の告白は順調に進み、いよいよゼトラたちの番に回ろうとしていた。


 日の光に穏やかなオレンジがかったものが混じり始めてロマンティックな雰囲気作りに一役買おうとしていた。


 ただ問題となりそうなのは、ゼトラは二人の少女を侍らせている点である。

 それまでのカップルはいずれに於いても二人組であり、その点で注目を集めた。


「えぇ? 女の子二人なの……?」


 特異な光景は無遠慮な視線を集めて、謗るように囁き合う声が漏れ聞こえた。

 しかしそれに動じることなくゼトラはフィオリーナとアイビスの手を取ってボコボコの穴を避けながら目当てのハート型まで近づくと、それを見下ろす。

 どういう力が働いてその形に侵食されたのかは分からないが、確かにキレイにハート型になっていた。


 ゼトラは尖った方に立って、二人の少女は丸みを帯びた所に並んだ。

 少女たちの後ろに白波が立ち始めている。

 ざんざと隆起サンゴ礁に打ち付ける波の音が心なしが大きくなっているようにも聞こえた。

 どうやら潮の引きが収まって、満ちの方に転じ始めているようだ。


「改めてってなると、なんか緊張しちゃうね」

「えへへ」

「うん……」


 照れ笑いを浮かべるゼトラに手を握られて、モジモジソワソワしながら頬を染める少女たち。


 ふぅ、と軽く息をつき意を決してゼトラが口を開いた。


「アイビス、フィオ、僕は君たちを愛してる。これからも一緒にいてくれるかい?」


 改めての愛の告白に、フィオリーナがキュンと胸を高鳴らせ、アイビスが瞳を潤ませて頷く。


「うん……」

「はい……」


 そっと抱き寄せて頬にキスをするゼトラ。少女たちもお返しのキスをして腰に手を回す。


「私もゼトラのこと、愛してるわ……」

「ゼトラ……大好き……」


 うっとりと瞳を蕩けさせて、力強い腕の中で幸せを噛みしめるのだった。


 美しい夕焼けの中、潮が戻り始めて白波が立ち始めたサンゴ礁に佇む三人の姿に、自然と拍手が沸き起こった。

 最初こそやっかむような、訝しげに見つめる視線だったが、三人の姿に心打たれるものがあったのだろう。


 何一つ疑うことなく愛を誓い合う三人の姿を見て、自然とそれは祝福のものへと変わった。


「濡れそう。戻らなくちゃ」

「うん!」

「うん……」


 また手を引きながら潮が満ち始めたサンゴ礁から脱出するのだった。



 ゼトラたちが砂浜に戻ると、メモ帳とペンを持った女性に声をかけられた。


「あ、あの! 私メリルベリ新聞の者ですが!」


 首にかけられた社章の入ったカードを提示して、目を輝かせている。

 そこには『第三社会部 クラエ・エメトホ』という名前が入っていた。

 現地のメリルベリ新聞という新聞記者のようである。


 ゼトラたちの姿をたまたま見かけて一体何者なのか、と興味が湧いたのだろう。

 取材の申し込みか、と悟ったマーカスがその間に割り込んだ。そして胸元から冒険者タグを取り出して見せつける。


「おっとすまないな。こういう者で、取材お断りだ」

「あ……っ」


 それを見て露骨に顔をしかめて肩を落とす。

 しかしハッと顔を上げて、マーカスとゼトラたち三人、その後ろのメルキュールを見て小声になった。


「あの……ひょっとして『明けの明星』ですか……?」

「……取材お断りだって言ってるだろ」


 自分たちの立場を考えればその質問に答えるわけにはいかなかった。

 それが誰であっても、である。

 感情を殺して、首を振るマーカス。


 クラエは辺りを見渡して誰も見ていないことを確認するとまた小声になった。


「安心してください。あなた達のことは記事にはしません。ですがもし本当に『明けの明星』なら……とても期待しています。どうかこの国を救って下さい……」


 打ち付ける波間の音にかき消えるような声でそれだけ言うと、一礼して小走りで立ち去った。

 ポカンとして崖向こうまでその背中を追う。その姿が見えなくなってから肩をすくめて、目を見合わせる。


 どうやらこの国の窮状は民間レベルにまで深刻であることがよく分かる出来事だった。



 それからようやく宿に戻ることになったのだが、その日の夜。

 夕食を済ませた後の部屋で、ゼトラはついに一線を超えかけることになる。


 それはある意味で、最大の試練だった。

予告。

サイアル王国を救うべく英気を養う『明けの明星』

その夜は決戦を前にしたそれぞれにとって、変化をもたらす特別な夜になる……。



次回「091.それぞれの夜」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年12月3日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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