009.初仕事に勇者の胸は踊り
日が間もなく天頂に差し掛かる頃、王城に繋がる大通りを下城する二人。
城と城下町を囲む堀を一つ超える度に、人の賑わいが増えていく。
ギュスターヴ国王より直々に話があった依頼はマザーゴブリンの討滅である。
昨今相次ぐ街道での子鬼による襲撃を根本的に解決するため、その拠点と繁殖の根源であるマザーゴブリンを討滅させることを主目的としている。
もちろん王国からも王国軍も派遣するが、戦力としては絶対数にやや不安が残る。
それ故に冒険者たちの力も借りたい、という内容だった。
アルベルトの話を聞いて、ゼトラも快諾して拳を握りしめる。
「ではいよいよ冒険者デビューですな、ゼトラ様」
「楽しみです!」
自らに活をいれるように拳を作り意気込むのを見て、アルベルトがその成長が楽しみで仕方ないといった様子で目を細める。だが胸に手をあてながら、ひと目をはばかるように小声で話す。
「恐れながら進言いたしますが、師弟制度を利用されるのは如何でしょう」
「師弟制度?」
「ええ」
師弟制度とは、冒険者ギルドにおける制度の一つである。
冒険者はギルドから提示された依頼から己の力量に見合う依頼を選び、受注。依頼を完了したら報酬を受け取る。
システムとしてはシンプルではあるが、危険な依頼をこなすためのサバイバル術やギルドにおける暗黙のルール、求められる振る舞いといった、冒険者として学ぶべき心得は多岐にわたる。
冒険者としてデビューする若者を教育するため、ギルドが人格、力量ともに優良と認めたベテランの冒険者に師事をさせるのが師弟制度である。
期間としては平均一年から二年程度。指導役のベテラン冒険者が教えることは無い、と判断すれば目出度く初心者冒険者――通称『若葉』の卒業である。
ただ、社会的経験が既に十分であるという場合は師弟制度を利用しない冒険者もそれなりにいた。
またアルベルトにはもう一つ、別の思惑があった。
――ゼトラ様は十五という歳の割にはあまりに幼い……。
十五という歳は社会において子供から大人へと成長していく年齢。
自己を確立し、心も身体も周囲の環境の影響を受けながら大人へ一気に成長していくスタート地点にある年齢である。
だがアルベルトの目にはゼトラは十五歳にはとても見えず、十から十二歳程度の少年にも思えた。
母の影響なのか、育った環境なのか、単に度を超えた世間知らずなのか。
それは単にゼトラの身長が百六十センチと平均よりやや低く、童顔の見た目が幼く見える理由ではないと感じていた。
――自ら成長することを拒んでいる?
そのようなことが可能なのかはさておき、直感としてそう感じていた。
アルベルトが密かに大望として掲げるユングスタイン王国の再興には次代の王たるゼトラの成長は不可欠である。
仮にゼトラが再興を望まず、それが叶わぬ夢だとしても冒険者稼業を続ける上で大人への成長は必要なことである。
大人の中で揉まれることで、心身共に成長してほしいと願う忠臣としての務め。あるいはアルベルトの父性からくる願いでもあった。
それ故に勧めた師弟制度だった。
現役から一線を退いていなければ、ギルドマスターという立場でなければ、アルベルト自身が喜んでゼトラの師に名乗りを上げただろう。だが時の流れは無情である。
「もし宜しければギルドが認定した冒険者を斡旋いたします」
ゼトラは頷いたが、少し考えるように腕組する。
「指導役はこちらから指定することもできるの?」
「ええ、縁ある者が任せるに相応しいと認定されれば」
「じゃあマーカスさんがいいな」
「マーカス……?」
アルベルトはギルドマスターという立場である以上、ギルドに登録されている二千名以上の冒険者の名前とそのランクは全て記憶にある。無論、百名のギルドスタッフもだ。
マーカスというありふれた名前ながらすぐに何人か記憶を呼び起こしたが、師匠役に相応しい高ランクの人物というと限られてくる。
プラチナ級に一名、ゴールド級に二名いたか、と思いだす。
「プラチナ級マーカス・マンハイムですかな。同じくプラチナ級のメルキュール・ディミエ。ゴールド級のアイビス・ゼオンドーターらトップランクパーティ『明けの明星』」
「その人です!」
「その者らは確かに師弟制度の指導役に足るとギルドは優良の判定を下しておりましたが……。ゼトラ様のご希望とあれば、聞いてみましょう」
「よろしくお願いします!」
アルベルトの自宅に戻った二人は、礼服からいつもの服に着替えて軽い昼食を済ませ、いよいよ冒険者としての活動を始めるため、冒険者ギルドへと向かうのだった。
『荒鷲の巣窟』の看板をくぐると、ちょうどギルドから出ようとしていた男から声をかけられた。
「よう、ゼトラじゃないか。今日から初仕事か?」
「うん!」
「あら。マスターさんも一緒なのね」
その鉢合わせした男こそ、マーカスとメルキュール、アイビスの三人だった。
「やあ、君たちはこれからどこかに?」
「いや、次の依頼提示まで時間があるし街をぶらつこうかと」
アルベルトの問いに、マーカスが頷く。
「ちょうどよかったよ。アルベルトさんに師弟制度の利用を勧められてさ、それをマーカスさんたちにお願いしようと思ってたんだ」
「俺たちに?」
マーカスは驚いたようにメルキュールと目を合わせ、メルキュールは小首を傾げる。アイビスは無反応である。
「ダメかな?」
不安げな顔で見つめるゼトラを、考え込むように腕を組んでマジマジと見つめる。
「君たち『明けの明星』は依頼を選り好みせず、依頼を斡旋する職員らの評判もいい。その経験の豊富さを買っている。ゼトラ君に冒険者の心得を教えてやってくれないかな」
威厳ある態度でありながら、まるでゼトラの父親のようなギルドマスターの言葉にマーカスも肩をすくめた。
「かのアリス様とパーティを組んでいたマスターだからこそ、アリス様の子供には目をかけるんですかね。まあ、マスターの頼みとあっては断れませんよ」
「そうか。そう言ってくれるとありがたい」
「よろしくおねがいします、マーカスさん!」
「あぁ、よろしくな」
「よろしくね~!」
「……ふん」
握手を交わし、挨拶を済ませると、ギルドの窓口でも一応報告を、ということでゼトラが向かい、その背中を見つめたまま、マーカスがメルキュールに囁く。
「なあ、やっぱり魅了魔法が効いてるのか?」
「まさか。効いてる形跡ないわよ」
「じゃあなんで俺らに?」
「あの子ったら、自分の意志で私達を選んでくれたのよ」
「そうか……」
マーカスが一瞬だけ口元を歪ませ、眉間にシワを寄せる。
「心が痛むな」
言葉とは裏腹に、その瞳は鋭く輝いたようにも見えた。
冒険者に依頼される内容は多岐に渡るが、大まかには以下の通りである。
最も多い依頼は、特定の魔獣をターゲットにした討伐系。
これは国内において魔獣被害が発生した際に依頼される。
依頼主は都市や村といった街単位になるケースが多い。
国軍は国境警戒や街の警護など対人を対象としたものが主任務であり、いつ発生するかもわからない魔獣被害に備える、或いは魔獣を探し出して討伐する、といった所までは手が回らないのが現状である。それを冒険者ギルドに委託しているのが実情だった。
次に多い依頼は調査、探索系。
子鬼のような群れを成して襲撃してくる魔獣種の活動拠点となる住処、遺跡、貴重動植物の生息域調査、未知の資源といったものが調査や探索の対象となる。
調査・探索系の依頼をするのは、その情報を元に知見を深めたい学者層。或いは商売につなげたい商人が多い。
魔獣の活動拠点となる住処の探索などは、討伐系依頼に繋がる内容でもあるため、依頼主は前述の通りである。
その次が賞金首系。
強盗や殺人といった凶悪犯罪に手を染めた、国家の法から逃れた者を王国軍と共に捜索して、捕縛。法の裁きを受けさせることが目的となる。中には捕縛時点での生存は問わない、といった極めて凶暴な犯罪者が対象となることもある荒事である。
これらの依頼は依頼主がギルドに申請し、情報を精査したギルドが達成難易度を設定した上で冒険者たちに提供される。
下限は『セラミック級以上推奨』から、上限は『プラチナ級以上推奨』まで。
依頼情報は毎日十時、十四時、十六時に更新され、掲示板に一斉に張り出される。
例外的にギルドに所属せず、豪商に直接雇用された専属冒険者もいるが、極めて稀である。
なお、討伐、調査・探索、賞金首、どのカテゴリにも当てはまらない依頼もあったりする。
マーカスが窓口から戻ったゼトラを掲示板の前まで案内し、ゼトラもふわぁ、と驚嘆の声を上げて幅五メートルほどの巨大掲示板に張り出された数々の依頼の紙を見上げる。
「まずはどういう依頼があるか自分の目で確かめてみるといい。気になるものや依頼内容が分からないものがあれば教えるぜ」
ゼトラはその言葉に促されるまま、掲示板に張り出された依頼、一つ一つに目を通していった。
畑を荒らす魔獣の討伐、城壁に穴を空けたと思われる魔獣の捜索ならびに討伐、エーテリウム鉱山の探索、貴重魔法生物目撃の真相追求、といった依頼がずらりと並ぶ。
そんな依頼の中から、一つの依頼に目に止まった。
「亜人集落の捜索?なにこれ?」
「あぁそれな……」
『亜人集落の探索』
この世界のいずこかに未だ存在するとされる亜人の集落を探索せよ。
報酬:金貨五十枚。
達成期限:受注後一ヶ月とする。
依頼主:在エイベルク王国秀和神民調和国大使館
推奨ランク:シルバー級以上推奨
マーカスが少し顔をしかめた。
「征魔大戦の恐怖を未だに忘れられない連中の狂騒だな。俺たちは特A級の危険な魔獣討伐から家から逃げ出した子猫ちゃんを探してほしいなんて可愛い依頼までどんな依頼でも基本的に断らないが、唯一その依頼は受けないことにしている」
「ふーん。そもそも亜人って……?」
「『亜人って』ってお前、征魔大戦知らないのかよ……」
「え、ごめん……」
呆れた顔のマーカスの視線とかち合い、ゼトラが申し訳無さそうに肩をすくめる。
「征魔大戦については……話せばめちゃくちゃ長くなるから、日を改めよう」
「そうしてくれると」
そう言ってまた掲示板に目を戻し、また一枚の依頼で視線が止まる。
「推奨ランク『???』ってなってるこの依頼は?」
『伝説の七竜の探索』
遺跡の痕跡より存在が推測される伝説の七竜。
その存在を証明しうる痕跡を探せ。
報酬;金貨四枚。
ただし確実に存在すると証明できる痕跡を発見した場合は特別報奨あり。
達成期限:受注後一ヶ月とする。
依頼主:エイベルク王家
推奨ランク『???』
「あぁ、これはまあジョークミッションくらいに思えばいいぜ」
「そうなの?」
「伝説の七竜っていうのが神話でしか確認できないものだからな」
「神話の……」
「お前、神話のことは……」
「……ごめん……」
ハァ、とため息をつくマーカスが肩をすくめる。
「まあ神話のことも追々な」
「う、うん」
何も知らない自分を思い知ったのか、あるいは期待を裏切ってしまったか、と思い、肩を落とすゼトラをさすがに気の毒に思ったのか、マーカスが優しい顔で元気づけるように肩に手を置く。
「知らんことを素直に知らんと言えることは大事だぜ。歳を取れば知らないなんて恥だのと何だのと世間体を気にして言えなくなってくるからな。お前はまだ若い。そう気に病むな」
「うん……」
「征魔大戦にしろ創世神話にしろ、この世界を生きる上での一般教養レベルだ。腕っぷしだけじゃなく、過去の歴史を学び、賢く在るってのは大事なことだ。これから学んでいこうぜ」
「わかった!」
素直ないい子よね、ほんと。という声が後ろから聞こえるのを無視するように、マーカスが一枚の依頼の紙を指し示した。
「とりあえず腕試しってところで、この依頼を受けてみるか?」
「?」
予告『マザー・ゴブリン討伐』
昨今マードル街道での襲撃事件が相次ぐ子鬼族の活動拠点を突き止めた。
その活動拠点の破壊、及び母体であるマザー・ゴブリンを探し出し討滅せよ。
報酬:受注者個人毎に金貨二枚を最低保証する。
達成期限:一週間。
依頼主:エイベルク王家
推奨ランク:カッパー級以上を推奨
特記事項:本依頼は予告であり、近日中に正式に情報を提供される予定である。
またレイドミッションであるため、腕に自信がある多くの者の受注を歓迎する。
「あ、これはアルベルト……マスターが言ってたやつだ」
「なんだ、知ってたのか」
「うん。腕試しにちょうどいいだろうって」
「まさにその通りだ。レイドミッションだしな」
「レイドって?」
レイドミッションとは、複数のパーティが受注する事を推奨する依頼のことである。
通常はターゲットの取り合いで争いの元になるため、一つの依頼を複数の冒険者パーティで受注することはできない。
だがレイドミッションは複数のパーティによる受注を推奨される依頼である。
むろん受注できる冒険者の人数は依頼によって上限が設定される場合もあるが、今回は無制限である。
そもそも、ソロで冒険者稼業をやる者は極めて少ない。極めて特異な例としてアリス・ユーベルクの名が上がる程度である。
多くは三人から五人程度のパーティを組んで依頼をこなす。
危険な依頼もあるため、複数人で依頼をこなすほうが生存確率があがるから、というのは当然の理屈だろう。
依頼自体もパーティを組んでいる前提での報酬が用意されている。
レイドミッションは大規模戦闘が予想される場合、戦闘区域が広範囲に及ぶことが想定される場合に設定される。
多くの者に受注を促すため、こうして予告として事前告知されるのがレイドミッションの特徴の一つである。
「今日にも正式に依頼にあがるって聞いてるのよ」
補足するメルキュールの声にゼトラが納得するように頷いた。
その言葉の通り、昨日の倍以上の冒険者がホールに詰めかけている。ざっ見渡した範囲で四百名近くはいるだろう。
「レイドミッションでは多く連中の戦い方を見れるからな。参考になるだろう」
「そうなんだね。楽しみだよ」
「言うじゃないか」
マーカスがニヤリと笑って軽く小突き、ゼトラもいたずらっぽく笑い返す。
街の遠くで十四時を告げる鐘の音が聞こえて、フロアにもカランカラン、と鐘が鳴り響いた。
「皆様おまたせしました!『マザー・ゴブリン討伐』依頼を正式に発注いたします!受注希望の方は一番から十二番窓口までお並びください!パーティリーダーは十三番から十五番の窓口へ!本件以外の依頼受注はしばらくお待ち下さい!冒険者タグをお忘れなく~!
パーティリーダーは一時間後にメリクの広場にお集まりくださ~い!今回の依頼の段取りについて依頼主より説明がございま~す!その他の方は十六時までに正面城門の広場にお集まりください!十六時には出立です!」
受付嬢のはっきりと聞き取れる大きな声と同時に、ホールに集まってた冒険者のざわめきが一気に膨れ上がった。
同時に受注窓口に押し寄せるような人の波が出来上がる。
「さあて、並ぶとするかね。タグは忘れてないよな?」
「もちろん!」
ゼトラは自慢気に首にかけられた冒険者タグのペンタンドを見せつけ、そのタグケースに王家の透かし紋章が入ってるのを認めたマーカスはギョっとして驚くのだった。
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年09月02日12時頃の予定です。
よろしくお願いいたします