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082.星灯りの

 アルムシタッド王国王都マレソフィア。

 王城の最上階の一角。

 ルーフバルコニーに据えられたベンチに腰掛ける三人の人影があった。


 仲睦まじく寄り添い、星の灯りの下で囁きあう愛の言葉は虫の音にかき消されていた。


 フィオリーナはゼトラの膝の上に乗せられ、胸元に顔をうずめるように幸せそうな寝息を立てている。

 アイビスもまたゼトラの肩に頭をあずけて、右腕に絡んで穏やかな笑みを浮かべていた。


「ね、何考えてる……?」

「んー?」


 ぼーっと満点の星空を見上げるゼトラの横顔に、興味を惹いてもらおうとアイビスが唇を押し当てた。

 ゼトラがニコリと笑ってアイビスにお返しのキスをして、見つめ合って微笑み合う。


「昔は夜空に月があって、恋人たちはそれを見ながら、こうして仲睦まじく語り合っていたって聞いてさ、なんだか寂しいなあって」


 コツン、とおでこをぶつけて、どちらかと言うわけでもなくまた唇を押し当てあい、顔を離した。

 アイビスは幸せそうに目を細めて、星空を見上げる。


「でもこうして、綺麗な星空が見ることができるわ……」

「そうだね……」


 アイビスがフィオリーナのほつれた横髪を直してあげなら、そっと頭を撫でる。


「私……やっぱり怖いわ……」


 七竜より語られた、十二万年前の『極めて深刻な(カタストロフィック)脅威(ディザスター)』との戦いで消失した月の出来事は、メルキュールを驚かせた。


 月がなくなったことで、私達が住む世界(ファレアス)に影響はなかったのか、と問うた。

 その問に対する七竜の答えはさらに驚かせた。


 どうやら月と同質量の直径一センチ程の超ミニ天体を用意し、月の代わりにしたらしい。

 そのおかげで、この世界は軽微な影響で済んだと言う。


 それをコアシステムがやってのけたと聞いて、人知を超えた荒業にメルキュールは絶句した。


 そしてそれでもなお、十二万年前の戦いでは地上の人類は全滅したのだから『極めて深刻な脅威』という存在は絶望しても、したり無いほどだった。


 それを相手に、ゼトラが戦いを挑もうとしている。

 アイビスはそれを思うと、どうしようもなく不安に駆られてしまうのだろう。


 不安を抑え込むようにゼトラの腕にすがって涙ぐむのだった。




 王城に戻って風崔竜(ふうさいりゅう)を復活させたことを報告すると、早々に歓待の宴が催された。


 マーカスは慣れない酒なのに煽るように呑んでいい気分のようである。

 美女にグラスを注がれて断れないのは仕方ないのだろう。

 これまでの武勇伝をせがまれ、身振り手振りで大立ち回りを演じると拍手喝采を浴びていた。


 一方のメルキュールも、マーカス・マンハイムとは、かの伝説の天才、メルキー・マンハイムの血縁者か、と問われた。

 その実、メルキー・マンハイムとはメルキュールの偽名である、と知られて学者連中に取り囲まれた。

 今後の魔法科学の行く末について熱心に語り合っている。

 メルキュールも高度な学問の世界に浸れて嬉しいのだろう。

 人類の行く末、科学がもたらす人類の幸福とは、そもそも幸福の定義とは、など哲学に近いレベルまで真剣な表情で議論を重ねていた。


 そんな騒がしい酒宴の熱気に当てられたのか、夜風に当たりたいと思ったゼトラは、アイビスとフィオリーナを連れたってルーフバルコニーに出ていた。


 背中に地元の民族歌謡と手拍子、美しい笛の音が聞こえてきて、その賑やかさに思わず目を合わせてクスクスと笑いあった。



「やあ、ここにいたのか、ゼトラ殿」


 仲睦まじく寄り添うベンチに声をかける人影。


「これは……国王陛下」


 アイビスが慌てて離れて背筋を伸ばし、姿勢を正す。

 ゼトラもまたフィオリーナを起こさないように姿勢を正したが、エイダン国王はそれを笑って遮った。


「畏まらないでくれ。今は無礼講だ」


 振り返れば護衛の者もつけておらず、エイダン国王が一人、グラスを片手に佇んでいた。


「さて、失礼するよ」


 どこかおどおどするような昼間の姿とは違い、お酒が入って気が大きくなっているのか、少しは堂々とした振る舞いのようにも見えた。

 ベンチの近くにある一人がけの椅子に腰掛けると、軽く頭を下げた。


「ゼトラ殿……いや、ゼトラ殿下とお呼びすべきか」


 エイダン国王がグラスをテーブルに置いて真っ直ぐに見つめる。


「ご存知でしたか」

「ああ、うん。父上……先代国王にはアリス様がご自身の身の上を話されたそうでね、王座を継いだ際にその話を聞かされたのだ」

「そうでございましたか、隠し事のような真似、申し訳ございません」

「いや、いい。軽々に明かすべき素性でもあるまいて。気にはしないよ」


 そうは言うものの、何か言いたげの様子で何度もチラチラとゼトラに目を向けてくる。

 それを気にしてゼトラも微かに首を傾げた。


「まあ、なんというかな。相談があってね」

「相談……でございますか」

「う、うん……。ああ、いい。ご伴侶殿もそのままで」


 アイビスが気を使ってフィオリーナを抱き上げて席を離れようとして、エイダン国王は慌ててそれを止めた。



 曰く、エイダン国王即位の際にカイコルロ王国ミンダ国王も駆けつけてそれを祝福してくれたらしい。

 不幸続きで何かと苦労するであろうから、何かあれば気軽に相談せよ、と誼を通じていた。


 エイダン国王は先だってゼトラがアルムシタッドに訪れたことを報告すると、ミンダ国王は是非ゼトラ殿下にも悩み事を相談してみるといい、と話した。

 今は国亡き殿下ではあるが、なかなかに見どころがある。年頃も近く相談しやすいのではないか、と言うことらしい。


「私なぞでお力添えできるかどうか」


 肩をすくめて苦笑するゼトラをなだめるように、エイダン国王が微笑む。


「まあ聞いてくれ」


 上位後継者が続々と病死するに至り、ついにエイダンが王位に継いでしまう事態になってしまった。

 まともに帝王教育を受けてはいなかったものの、決して愚かではなかったことは、アルムシタッド王国にとっては幸いだった。

 エイダン国王なりに王たる者に相応しくあろうと勉強し、考え、政務についてグラハ宰相とも膝を詰めて話し合い、また意見を述べることもあった。

 だが、それはことごとくすれ違い、なおかつ、やや的外れなこともあって、煙たがれるようになってしまった。


 例えば経済振興にせよ、福祉の充実にせよ

「その政策は既に行っております。これ以上となると財政バランスも崩れますので難しいです」

 等など。

 その結果、エイダン国王はすっかり自信をなくしてしまい、一体私は何のためにあの王座の主を務めているのだろう、と疑問を抱くようになってしまった。


 つまるところ、グラハ宰相始め先代国王に任命された諸侯はいずれも優秀だった。

 国のために、国民のために、と知恵を絞り様々な政策を打ち出している。

 そこにエイダン国王が口を挟む余地はなかったのである。


 もっとも、早くお世継ぎをお作りくださいませ、と進言されて、国内外から王妃に相応しい身分の者共が招かれてお見合いを続ける日々。

 政務らしい政務などこの半年はほとんど関わっておらず、ただ報告を受け取るのみである。


 そういった自信のなさはお見合いにも悪影響を及ぼすのだろう。

 立ち振舞や性格の良さなど、この者こそ王妃に、と一目置いた女性にはイマイチ反応が悪い。

 王妃となって権力を手に入れようとギラギラと目を輝かせる女性だけがエイダン国王にアタックをかけてきていた。

 そういったこともあって、また生来の困り顔もあって、いよいよ頼りなく思われていると自覚していた。


「というわけで、どうしたものかな、と……」


 育ちの良さだけは確かなもので、上品な仕草でグラスをなぞり、小さくため息をついた。


「なるほど……」


 年が近い、と言っても十代後半のゼトラと、二十代前半のエイダン国王では兄弟のようにも見える。

 その悩みは相当に深そうで、ゼトラなりに真剣に考えを巡らせた。


「まずお聞きしたいのですが、経済にせよ福祉にせよ、この国ではそういった、何か問題があるのですか?」

「問題……か。それがな、さして大きな問題があるようには見えない。無論、貧苦の民もいるし、国に属する恩恵を受けられぬ不遇な者もいる。だがそれを可能な限り救いうるように政策が既になされている。よって、現在でも大きな問題はないようにも思える」

「では民から大きな不満の声は聞こえない、と」

「そうさな。小さな不満は取り上げればきりがないほどではあるが……」


 ゼトラが胸元で眠るフィオリーナをそっとアイビスに預けると、腕組してうーん……と唸り声を上げて、考え込んだ。

 考えに考えて、導き出した結論。


「では、特に何もしなくてもよろしいのでは?」


 その結論に、は?とエイダン国王は呆気に取られた。


「そ、それでよいのだろうか」

「ええ。だってわざわざ国王陛下が口を出さずとも、宰相閣下始め諸大臣がやってくれるのでしょう? 上手く回っている所に変化をもたらすような口を挟めば、やはり戸惑うかと……」

「う、うむむ……では一体私は何のための王なのだろう……」


 そう問われても、ゼトラ自身も王ではない。――王を望まれてはいるが。

 それはエイダン国王だけではなく、ゼトラにとっても大きな悩みでもある。

 政治を上手くやる者たちがいるのなら、王とは一体何のために存在するのか、という問いにはゼトラは答えられなかった。

 取り敢えずそれはひとまず横に置いておき、また少し考えたゼトラが口を開く。


「では目先を変えてみてはいかがでしょう」

「目先?」

「ええ。民とは、日々無事平穏に過ごせることが当たり前であって、不満を口にするこそあれ、わざわざ満足していることを言いふらす、感謝することはないように思うのですが、如何でしょう」

「それは……確かに。確かにそうであるな」

「平穏な生活を保てるのは国王陛下含め、代々の王族の御威光、そして政務に関わる宰相始め諸大臣の尽力によるものでしょうが、それを感謝せよ、なんて言うのもおかしい話かと……」

「それは然り。そのような気持ち悪い媚びへつらいを強制するのは如何なものかと思う」


 それはゼトラも大きく同意するところであり、頷いてニコリと笑う。


「であれば、民は何に満足していてるのかよく見聞きして、どうしてこの平穏な日々が守られているか、その仕組に穴がないか、よく検証するのは如何でしょうか」

「検証……か」

「はい。平和な日々は、ちょっとした変化でいとも容易く破られることは、我が母が味わった苦難を知ればよく分かります。それはカールウェルズ魔創公国でも同じでした」


 カールウェルズ魔創公国の一連の騒動はエイダン国王の耳にも入っているのだろう。

 困り顔の眉間にシワを寄せて、唇をかみしめて何度も頷いた。


「平和な世を守りぬくとはその実かなり難しいもの、と思います。平和だからこそ平和を乱す要素がないか……国内に限らず、国外にも目を向けるべきではないかと思いました」

「なるほどなぁ……」


 まるで憑き物が落ちたかのようにパッと笑顔の花を咲かせたその表情は、例え困り顔でもチャーミングにも見えた。

 どうやら国王の座を継いで以来、国のために、民のために、国王たるために、と意気込んではいたが、目先が内政のごく狭い範囲にばかり目がいっていた事に気づいたようである。

 何度も頷いて、しっかりと前を向いた。


「ありがとうゼトラ殿下。私がやるべき道が見えた気がするよ」

「それはようございました」


 ゼトラなりに苦慮して導き出した答えがエイダン国王の心を満足させたようで、安堵したように微笑む。

 エイダン国王が姿勢をただして、今度はまっすぐにアイビスに目を向けた。


「その、ご伴侶殿にもお伺いしたいのだが、男の魅力……とはなんだろうか? ご伴侶殿は、ゼトラ殿下のどこに惹かれたのであろう?」

「え……」


 その質問の意図する所としては、なかなか上手くいかないお見合いのことなのだろう。

 アイビスはそれを理解しつつも、戸惑ってゼトラをそっと見上げる。

 要はゼトラの魅力を語れ、ということなのだろう。


 ゼトラは、側に置く二人の美少女は将来を誓った仲だ、と紹介してエイダン国王はもちろん、多くの者から羨望の眼差しで認められた。

 その美しさなら先行きの見通せない冒険者風情よりも良縁はあろうに、と陰口を囁く者もいた。

 それ故に、エイダン国王はゼトラに惹かれた理由を聞きたかったのだろう。


 だがそれはアイビスにとって、正面切って答えるにはかなり気恥ずかしい事だった。

 まごついて、助け舟を求めるようにゼトラに視線を向ける。


 だがゼトラもそれをアイビスの口から聞きたいのだろう。

 アイビスの意見を求めるように目を輝かせる。


 ――もう、いじわる。


 アイビスが恥ずかしがって顔を赤らめながら、口を尖らせた。


「その……私は……ゼトラに好意を抱いたのは些細なことで……」

「うむ。なんでもよいぞ」

「うぅ……」


 やはりそっと胸の内に秘めていたかった思いを口に出すのは恥ずかしいのだろう。

 消え入りそうに呟く。


「私が作ったサンドイッチを……美味しそうに食べてくれたから……」


 それを聞いて、ゼトラが満面の笑みを浮かべて照れくさそうに笑う。

 しかしその答えはエイダン国王にとっては意外だったようで、キョトンとして首を傾げた。


「うむむ……。食事か……。確かに手料理を作ってくれる女性などそうはいないが……」


 それ以外にはないのか、と催促するようにアイビスを見る。

 困ったアイビスは何度も大きく深呼吸をして、意を決したようにまっすぐにエイダン国王を見た。


「あとは……やはり強くて……優しくて……守ってくれることです」

「う。強さ……か」


 エイダン国王もそれなりに武芸には励んでいるが嗜み程度である。

 強さを誇れと言われても、下級冒険者にすら到底及ばないのは自覚する所なのであろう。

 困ったように苦笑し、頭をかく。


「ただ、その……、強くはあるのですが、どこか危なっかしくて……脆いところもあって……支えてあげなくちゃって思いました……」

「ふむ……母性をくすぐられた、という所かな」

「うぅ……はい……」


 エイダン国王の指摘を恥ずかしそうに認めつつ「それに」とゼトラをちらりとみて、また頬を染める。


「私も人前は苦手で、そういう時に助けられて……支えられているところもあるので……」

「なるほど。互いの弱さを支え合う……ということか」


 納得したように何度も頷くエイダン国王ではあるが、アイビスはもう限界なのだろう。

 もはやそれには答えず、プスンと音を立てるように上気した顔を伏せた。


「陛下。そろそろ宴も散会とのこと、お戻りくださいませ」


 その時、配下の兵が声をかけてきたので、アイビスは救われたようである。

 ホッとしたように肩を落として、照れ笑いを浮かべるゼトラを睨みつけた。


 ――あとで知らないから……!


 無言ながら、その目を見ればゼトラも何を言わんとしたいか理解したのだろう。

 逃げるようにエイダン国王を追って宴の場へと戻ったのだった。

予告。

愛し合う三人の間で睦言が囁かれ、夜は更けていく。

しかし連絡を取ったダニエル・アルベルトの口からは、とある厄介ごとが起きていると聞いてゼトラは頭を抱えるのだった。


次回「083.睦言」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年11月25日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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