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080.母の面影

「バタバタねー。疲れてない?」

「僕は大丈夫だよ。フィオとアイビスは平気?」

「うん!」

「平気……」


 ゼトラは両脇に侍らせた少女に微笑みかけると、少女たちもニコリと笑ってゼトラの肩に体重を預けるようにして、ペタっと寄り添う。

 一緒にいられる時間は、少しでもこうしていたい、そう願うように。


 カイコルロ王国の冒険者ギルドマスター、クワイエと別れを告げて火崙竜(かろんりゅう)の飛空艇に乗り込んだ一行は、次なる目的地、アルムシタッド王国へと向かっていた。

 到着は約三時間後、とアナウンスされて、ゆっくりと寛いでいた。


「でもちょっと残念なところもあってさ」

「うん?」


 ゼトラがポツリと呟いて、マーカスが首を傾げる。


「本当はもっとゆっくりとみんなで色んな所を見てまわりたかったなって」

「そうだな……」

「エイベルクからバインクレまでは大変だったし時間もかかったけど、それだけ色んな景色を見れて、都市を回って、トラブルにも巻き込まれたけど、それはそれで、すごい充実してたなって思う」

「そうねぇ……」


 ゼトラの思いはマーカスもメルキュールも分かるのだろう。

 およそ五ヶ月ほどの旅は、それなりに長い冒険者稼業が長いマーカスにとっても一番充実していた時間だった。


「全部終わったら、旅をやり直そうよ」


 フィオリーナが無邪気に笑って、ゼトラを見た。


「それいいね」


 ゼトラも頷き、フィオリーナを抱き寄せる。


「母さんが辿った道を、僕も見たくてさ。ユングスタインから西へ西へ、バインクレまで……」

「うんうん!」

「いいねぇ」

「それが終わったら、今度はアムスト大陸とかアルムス大陸の国や都市を、ゆっくり見て回りたいなあ」

「うん……」


 ゼトラが語る夢に、銘々頷いて、目を細める。


「じゃあ約束ね!」


 フィオリーナがニコっと笑い、小指を差し出した。

 ゼトラも小指を絡めて苦笑する。


「なんだか約束が増えていくなあ」


 約束のおまじないをして、頭をかいた。


「言い出しっぺよ。責任取りなさいよね」


 メルキュールがからかうように笑い、マーカスもニヤリと笑みを浮かべる。


「だが王様になっちまったら忙しくてそれどころじゃなくなるんじゃないか?」

「うーん……そのときは一ヶ月くらいバカンスを取る法律でも作るよ」


 ゼトラがいたずらっぽく笑うと、一同が吹き出して笑い合うのだった。

 マーカスも北海ルート交易路は辿ったことはないが、冒険者仲間からはどんな所があるかは耳にしていた。

 例えば冬場になれば流氷が岸壁を埋め尽くす荘厳な風景が見られるとか、ノースランド連邦国には大フィヨルドと呼ばれる無数の谷があるとか、少し南へ行けば偉大なる(グレート)皇帝の(エンパイア)玉座(スローン)から流れ落ちる滝があるとか、絶景と呼ばれる景色をあげればきりがないほどである。


 マーカスから語られる、カールシア大陸北海ルート交易路の旅路に思いを馳せるのだった。


 いつしか話題も尽きて、心地よい沈黙は眠りを誘い、一様にウトウトとし始めた。

 ゼトラもふと両脇を見ると、フィオリーナは幸せそうな寝顔を浮かべて腕にしがみつき、アイビスもまた肩に頭を預けて穏やかな寝顔を見せている。


 ただ一時の幸せなこの瞬間を感じながら、ゼトラもまた目を瞑るのだった。



 アルムス大陸アルムシタッド王国、東の玄関口。

 港町ポルトアリダの桟橋に、見慣れぬ物体が着岸するのが多くの民衆の目に止まり、大騒ぎになっていた。

 一見すれば鳥のような翼はあるが、それが折りたたまれて船体と一体になると美しい流線型の船のように変形した。


 民衆をかき分けてアルムシタッド王国の兵隊が慌てて駆け寄ってきて、桟橋に何事かと集まり始めた民衆を押し返した。


「なあ、兵隊さん! アレは一体なんだい!?」

「高貴なご身分の方が乗っておられると聞いている! すぐに立ち去るゆえ、そう騒ぐな!」


 高貴なご身分の方、と聞いて真っ先に王族の姿をイメージしたのか。

 民衆たちの喧騒は次第に息を飲むような静けさへと変わり、船体から伸びたタラップに注目が集まった。


 そのタラップに姿を現した一人の少年の姿は、どこにでもいるようなごく普通の冒険者然としていていささか拍子抜けだったようである。

 また小さなざわめきが起きて、一体誰だ?という囁き合う声が漏れ出す。


「ゼトラ・ユーベルクと申します! 王都へ向かうことをお許し頂きたい!」


 少年のはっきりと聞き取れる声。

 しかし名乗った姓に、民衆が敏感に反応した。


「ユーベルクだって!?」

「まさかアリス様の縁者!?」


 ざわっと一際大きなざわめきが起きる。

 一人の王国兵――ポルトアリダ駐屯兵隊長ベルリ・アーゼムがざわめく民衆に負けないように、大きな声で応えた。


「お話は既に伺っております! 南の大河をそのままお進みください!」

「ありがとう!」


 ゼトラが手をあげて礼を述べると、大勢の民衆が手を振り返した。

 そして何人かが「あれを見て」と指差す。


 その指差した先に、一体の銅像。

 その姿は女性をしていて、長い美しい髪と、軽装の鎧。

 どこかアリスに似ているような……。


 ――そうか、母さんはここで何かを成し遂げて、街の人達がそれを讃えようと銅像を……。


 ゼトラは自分のことのように照れて、はにかむ。


「ありがとう! 母さんもきっと喜びます!」


 手を振って応えるゼトラの言葉に、また民衆の歓声が湧いた。


「あの方はまさしくアリス様のご子息か!」

「ええ! 間違いないわ! お顔がそっくり!」


 口々に英雄の子孫の来訪に歓喜が渦巻いた。

 飛空艇が離岸して水しぶきを上げて大河を遡上していく。それを、なおも興奮冷めやらずといった様子で、彼方の先に消えるまで見送るのだった。



 港町ポルトアリダの南の大河ホルトンを遡上していくと、次第にホルトン大森林と呼ばれる熱帯雨林地帯へと入っていく。

 大河は時折大きく蛇行しながら、さらに森林の奥部へと進んでいくと突如として開けた地に出る。


 アルムシタッド王国王都マレソフィア。

 他の古の七王国と同じく、初代国王王妃ソフィアの名から名付けられた王都である。


 所変われば景色も変わり、街並みの様子も変わる。


 天然石を削り出して積み上げた造りが多かったカールシア大陸の各国。

 粘土と草を混ぜて塗り固めた土壁の屋敷が多かったアムスト大陸カイコルロ王国。

 そしてアルムシタッド王国王都マレソフィアでは漆喰を塗り固めた建築物が多かった。

 ほぼ赤道の直下に王都があるせいで年中高温多湿の地域ゆえの特徴なのだろう。


 王都は大河から引き込んだ水堀で囲まれており、規模としてはエイベルク王国王都グランマリナよりはやや小さい印象である。

 だが、午後の日に照らされた美しい白漆喰の壁が眩しく水の上に浮かぶ要塞にも見えた。


 王都の入り口から入り組んだ水堀沿いに、飛空艇が王城の入り口まで曳航されていく。

 多くの王都住民や商人が何事かとそれを見守る中、王城に横付けされた。


「あれは一体なんですかい?」


 呆気にとられた商人の一人が、王城の入り口を厳重に警戒する王都兵に声をかけたが、しっし、と邪険に追い払う。

 だが飛空艇から厳重な警備を伴って王城へ入っていく一行の姿を目の当たりにして、然るべき高貴なお方なのだろう、と想像するには容易かった。



 アルムシタッド王国の国王はエイダン・スレイ・アルムシタッドと言って、政治的実権は宰相グラハ・イルシタッドに任されていた。


 しかし王座に着くエイダン国王は、まだ二十代前半という若さもそうだが、困り眉の顔つきもあって如何にも頼りなく見え、謁見したゼトラ達を戸惑わせた。


「あー、うん。余はエイダン・アルムシタッドである。長旅ご苦労であるな。ゼトラ殿」

「ハッ。突然のご訪問にも関わらず快く謁見に応じてくださいましたこと、深く御礼申し上げます」

「うん……」

「エイベルク王国国王ギュスターヴ陛下よりお伺いしているかとは存じますが、我が目的はこの地で守護する七竜の封印を解除すること、そしてその解除する目的はいずれ襲来する未曾有の危機に立ち向かうことにございます」

「そ、そうか。まあ詳しくは宰相に一任しておる故、そちらから聞くといい」

「え、あ……か、畏まりました」


 そう言うと、王座から降りたエイダン国王はそそくさと退室してしまった。

 取り残されて戸惑うゼトラに、グラハ宰相が申し訳なさそうな顔で声をかける。

 ほうれい線が深く入り、五十代後半ほどに見えた。


「ゼトラ殿、申し訳ございません。どうぞ応接の間に……」

「は、はい」


 グラハ宰相に促されて、別室の応接の間に通されたのだった。



「誠にお恥ずかしい所をお見せしてしまい……」

「いえ、驚きましたが、気になさらず……」


 応接間に通されてローソファに腰掛けるなり、グラハ宰相が頭を深々と下げた。


 グラハ宰相曰く、エイダン国王は先代国王の末子、第六子に当たり、後継者順位も第七位と低かったと言う。

 先代国王が六十歳の時に産まれた子だったせいか、甘やかされて育てられた。

 そのため帝王教育もロクに受けずに成人を迎えた。


 だが先代国王が齢まもなく八十という頃になって病に罹った。

 そしてその寿命も近い、という診断が下されたが、肝心の世継ぎに定めた後継者が次々と流行病に倒れた。

 そのため回り回って現国王が二年前に王座に迎えられたのだった。


 エイダン国王はどこか王族たる風格に欠けるのは、そういった経緯もあって……。

 と、グラハ宰相はまた頭を下げたが、ゼトラは眉をしかめて首を傾げる。


「流行り病……ですか?」

「ええ。この地域ではよくある高熱が続く病なのですが、特に五年前と三年前の流行り病で王族だけでなく、多くの民も罹患して命が失われました」

「それは……お辛いことでしょう」

「ありがたいお言葉に存じます」


 だが流行り病で苦しむ中に現れたのが、アリスだったと言う。


「母が?」

「ええ!」


 ゼトラの母、アリスの名を出して、グラハ宰相の表情が明るくなった。


 およそ三年前、アルムシタッド王国に現れたアリス・ユーベルクは、冒険者ギルドに溜まっていた依頼を次々と片付けていき、あっという間にその名声は高まっていった。


 特に痛快だったのは南の隣国、ブリアンズ共和国の国境沿いを根城にしていた強盗団の壊滅作戦だった。

 折しも悪く流行り病で戦力不足が懸念される中で、ただ一人敵陣真っ只中に飛び込むと、切った張ったの大暴れで次々と荒くれ者たちを捕縛していった。

 しかもただ一人として殺めることもなく、である。


「その活躍たるや王国でも語り草になっておりまして、それを称賛して各都市で競い合うように銅像が立てられる始末でして」

「それは……」


 ゼトラも思わず照れくさそうに笑い、頭をかく。

 グラハ宰相はその笑い方がアリスそっくりなことに感動して、涙腺が一瞬ゆるみかけたのか、言葉をつまらせた。


「いっそ王位後継者の后にどうか、と言う声もありましたが、既に既婚であり子もありますので、とお断りになられました」

「そんなことがあったんですね」

「ええ、その際に『我が子ゼトラがいずれ訪れる日が来るやも知れぬ』と。『その際は是非力になってほしい』と」

「母が……」

「はい」


 グラハ宰相は何故そのように願われるのか、としつこく聞いた。

 アリスは固く口を閉ざしていたが、あまりのしつこさにようやく折れて、口外無用の約束をするとグラハ宰相にだけ打ち明けた。


「それが七竜の復活の鍵を握るのはゼトラ殿である、と。そして七竜は未曾有の危機に立ち向かうための最後の切り札である、と告げられました」

「……ッ!」

「そこで私は私兵を用いて密かに、伝承を頼りに封印石の在り処を探らせていた次第にございます」


 その場所はここに、と地図を指し示した。


 王都から北へ五十キロ。

 水晶大洞穴と呼ばれる地に封印石を見つけたと言う。

 だがその大洞穴は元々魔獣の住処だったようで、討伐は進めているものの、深部にはなお危険が残る、とも申し添えられた。


「そりゃいいな。最近荒事から遠ざかっていたから丁度いい」


 マーカスがニヤリと笑うとメルキュールも大きく頷く。


「最近ゼトラにくっついていくだけだったし、腕の見せどころね」


 不敵な笑みを浮かべるメルキュールが頼もしかったのだろう。

 グラハ宰相は目を輝かせた。


「では、グラハ宰相。早速ですが、向かうとします」

「ハッ。もしよろしければ、復活させた後にお立ち寄りくださいませ。心ばかりのもてなしの場を設けさせてくださいませ」

「ありがとう。そうさせてもらいます」


 ゼトラが遠慮なく頭を下げて約束を交わすと、早々に王城を下城したのだった。



 水晶大洞穴に向かう飛空艇の中で、メルキュールが呟いた。


「アリス様は知っていたんだわ。ゼトラの役目も、七竜のことも、そして『極めて深刻な脅威』のことも……」

「うん……」

「ゼトラに力を貸すように、先んじて古の七王国を巡っていたのかしら……」


 確かなことはアリスに聞くしかない。

 だが『世界が大変なことになる』そう言って旅立ったアリスの目的はそうとしか思えなかった。


 しかし何故アリスはその事を知っていたのか?


 その疑問はゼトラの出生に秘密を解く鍵があることを、まだ知らない……。

予告。

七竜を復活させるため水晶大洞穴に潜る『明けの明星』

封印石を守るように立ちはだかるのは水晶竜。

紅い瞳を輝かせる獰猛な竜と『明けの明星』との激闘が繰り広げられる。



次回「081.水晶竜の雄叫び」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年11月23日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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