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077.南国の地

「どういうこと?フィオに七竜の反応があるって……」

「確認します」


 水蒙竜(すいぼうりゅう)核体(コアボディ)、 テュールがフィオリーナに手をかざすと、フィオリーナの身体が一瞬光に包まれ、消失した。


「何故そうなっているかは分かりませんが、その方の内部……マスターが言う所の精神魂(アストラルソウル)に七竜の生体情報を感知しました。生体シグナルは不明。……未解放の七竜です。それに反応したと考えられます」

「フィオの精神魂に……?」

「本体ではなく、寄生している印象を受けました」

「……どういうことだろう……」

「恐らく共鳴(レゾナンス)コールに反応して一時的なショック状態に陥ったのかもしれません」


 ゼトラは首を傾げたが、しかし何かに気づいてテュールを見た。


「七竜の生体って、魔力消費も激しい?」

「さて? 比較対象としてヒトのそれを比べれば遥かに大きいですが」

「そうか……。もし七竜の魂のようなものがフィオに寄生しているとしたら、フィオの魔力枯渇症状って、その寄生しているっていう七竜のせい?」

「それを証明する方法はありません。ですがその推測は概ね正しいと思われます」

「じゃあ……!」

「該当する七竜を復活させれば、その症状が改善される可能性は高いです」


 テュールが首肯する。

 それに歓喜の笑顔を浮かべたのはゼトラだけではなく、アイビスもだった。


「その七竜を復活させれば……」

「うん……」


 アイビスは同意して頷き、微かに笑みを浮かべる。


 ――フィオの体質は治せる。


 それを目覚めたフィオリーナに聞かせたらどれだけ喜ぶだろう。

 そうと決まれば話は早い。


「行こう。七竜の封印を解きに」

「うん……!」


 ゼトラはギュスターヴ国王に出立すること告げるよう、連絡を頼むと、まずは南西の大陸へ。

 カイコルロ王国へと向かうことに決めたのだった。




 見送りは少人数だった。

 ギュスターヴ国王とその護衛の近衛兵数名、シャーディ姫、レイモンド・フォーク、そしてダニエル・アルベルトが跪いて旅の無事を祈る。


「見送りありがとう。またゆっくり話せる機会はあろうかと思う。よしなに頼む」

「ハッ」


 旅の同行は『明けの明星』とテュール、ユーピテルの七名である。


「お前は強化外殻とやらから離れられないんじゃなかったか?」

「リンクが復活した今、模造核体(ダミーコア)が使えるようになったからな。非戦闘時に於いては十分じゃ」


 と、ユーピテルがふんぞり返って説明した。


 移動にはテュール曰く強化外殻本体が山剴竜(さんがいりゅう)復旧支援(サポート)を行っているため使えないということで、強化外殻の一部を切り離した。

 それは全長二十メートルほどの小型の船舶のように見え、美しい流線型の形状だった。


 王都グランマリナの城下町、海岸を臨む浅瀬に着陸したそれに乗り込み、船舶の入り口で手を振る。


「どうかご無事で!」


 シャーディ姫が大声で叫び、それに応えてゼトラも大きく手を振るのだった。



 流線型の船体の中は七人でも十分な広さがあり、テュールは操縦席に。他はそれぞれ据えられた座席や横並びに据えられた簡易なベンチに腰掛けた。

 フィオリーナはなお目覚めず、ゼトラの腕の中で眠り続けていた。

 ゼトラが腰掛けると、アイビスもその横にぴったりくっついて座り、肩にコテンと頭を預ける。


 海上の移動は水蒙竜(すいぼうりゅう)の程は速くはなかったが、エイベルク王国からカイコルロ王国を結ぶ直線距離、約四千キロをおよそ一時間かかる、とテュールがアナウンスした。


「時速四千キロだなんて、とんでもない速さね……! いったいどういう仕組みなの……!?」


 外の風景を映すモニターは、あっという間に水平線の彼方に消えていく王都グランマリナの姿が映し出していた。

 メルキュールはそれを食い入るように見て、パネルを操作するテュールに尋ねる。


「物質は光の速度を超えることはできません。真空中は秒速約三十万キロ。大気中であればさらにその最高速度は抑えられます」

「そう……そうね。その通りだわ」


 メルキュールが天才たる所以はここにある。

 この世界において、物理学はなお未成熟であった。

 最も速く移動する物質はなにか、という疑問に解を見いだせていなかった。

 しかしテュールが示した過去の叡智。


 ――最も速く移動する物質は『光』、秒速約三十万キロである。


 この解を即座に理解した。

 なるほど、と頷いてテュールを見る。


「ですが空間そのものは光の速度を超えることが可能です。船体という物質ではなく、領域そのものが接する空間の物理法則を書き換えながら加速させ、その限界を超えています」

「……時空断絶結界の一種……てことかしら」

「現在の魔法科学文明における定義は不明。ですがその言葉(キーワード)から類似する事象と推測します」

「なるほど……いや……そうか!」


 一人納得したような素振りを見せて、胸元からメモと鉛筆を取り出した。


「物理法則そのものは、時間と空間が発生した時点で決定されるんだわ。決定された法則次第では『光』を超える物質が存在する事が可能? いや違うな……。そうか……空間と物質はあくまで一体で考えるべきなんだわ……」

「ちなみに、この移動方法は私たちを開発したヒト族によると『スタッグ航法』と称しているようです」

「ふーん」


 テュールの説明を聞いたが、航法の名称には興味はないのか、メルキュールは適当に相槌を打つと、目を輝かせて、ブツブツと呟く。

 世界を支配する物理法則に対する考えに革命をもたらす知見を得られて、その閃きをメモに熱心に取った。


「ね。あなたたちが所有する先史文明の知識を修得することって出来ないのかしら」

「……私たちに許諾権限はありません。コアシステムに一任されています」

「ゼトラが……」


 ちら、とメルキュールがゼトラを見たが、ゼトラは首をすくめる。


「僕に? コアシステムに?」

「……覚醒していない現時点に於いては、化身(アバター)ではなく、本体であるコアシステムでしょうか」

「残念……」


 メルキュールが肩を落とし、苦笑した。


「ま、いいわ。それはそのうちで」


 気を取り直してウフフ、と笑うと、また何事かメモを取りながら計算式を書くのだった。

 そうこうしているうちに、ゼトラに抱きかかえられたフィオリーナの瞼がかすかに動いた。

 それに気づいたアイビスが目を細めて、頭を撫でる。


「うぅ……ん」

「フィオ……」

「うん……」


 寝ぼけているのか、にへ、と笑みを浮かべて甘えるようにゼトラの首に手を回す。


「起きてる?」

「……」

「起きてるよね?」


 ゼトラが笑いながらぷにぷに、と頬を突くと、くすぐったそうにフィオリーナが笑い、眠るふりを続ける。


「むにゃ……お姫様はキスをしないと目覚めないって……むにゃ」


 へたっぴな演技で寝言の真似事をして、笑いをこらえるように、ゼトラの胸元にうずくまる。


「仕方ないなぁ……」


 ゼトラも笑いながらフィオリーナの頬にキスをしようとすると、アイビスがゼトラの唇に人差し指を当てて、止めた。


「?」


 アイビスはいたずらっぽく笑いながら、その人差し指を自分の口に押し当てると、フィオリーナの頬に唇を押し当てて、すぐに離れた。


 その感触に喜色満面の笑みを浮かべてフィオリーナがぱっと目を見開く。


「おはよう」

「おはよ……」

「えへへ! おはよー!」


 元気いっぱい、という笑顔で、甘えるようにゼトラにまた抱きつく。


 だが様子がおかしい。

 ゼトラとアイビスも、そしてそれを見守るマーカスとメルキュールも笑いを堪えている。


「……あれ? どうしたの?」

「さあてな」


 マーカスは不思議そうに小首を傾げるフィオリーナを見て、また笑いを堪える。


「ね。フィオ。目を瞑って」

「え……うん」


 ドキドキとしながらフィオリーナが目を瞑ると、ゼトラとアイビスが目を合わせ、同時にフィオリーナの頬に唇を押し当てた。


「!?」


 その感触にフィオリーナが驚いて目を見開き、そしてさっきの目覚めのキスはアイビスだった、と気づいたようだ。


「もう! アイビス!」

「アハハ!」


 アイビスが声を出して笑い、ゼトラもそれに釣られて笑う。

 マーカスとメルキュールもついに堪えきれず、吹き出した。


 きっとこれから先、そんなじゃれ合いは何度も繰り返されるのだろう、と想像しながら。


 その様子をテュールとユーピテルは、キョトンとしながら見つめるのだった。


「そうそう。フィオの魔力枯渇体質、治せそうだよ」

「えっ!?」

「なんだかね、フィオの精神魂(アストラルソウル)に七竜の魂の欠片が寄生してるんだって。それが魔力を際限なく吸収してるみたい」

「そ、そうなんだ……」

「だから七竜を復活させればその体質は治るんじゃないかなって思う」

「そっか……そっかぁ……」


 ゼトラはきっとフィオリーナは喜ぶだろうと思っていたが、どこか微妙そうな表情を浮かべた。


「……どうしたの?」


 ゼトラは小首を傾げて、俯くフィオリーナに覗き込む。

 視線が合って、フィオリーナが残念そうな笑みを浮かべた。


「この体質が治ったら、ゼトラとこうしてくっついている理由がなくなっちゃうなーって」


 口を尖らせ、いじけるようにゼトラの腕に絡みつく。

 その仕草にゼトラは笑って、頭を撫でた。


「体質が治っても、そうならないと思うな」

「え?」

「確かに……」

「だよね~」

「ええ?」


 同意するアイビスとメルキュールがクスクスと笑い、その反応にフィオリーナが首を傾げる。


「もー。なんなの~?」


 ますますいじけるフィオリーナを見て、マーカスまで笑いだすのだった。


「ところでマスター、一点質問よろしいでしょうか」

「なんだい?」


 パネルを操作する手を止めて、テュールが首を傾げる仕草をしながらゼトラに視線を向けた。


「度々キーワードとして出る、星の魂……アストラルソウルとはなんでしょう?」

「それならメルキュールの方が説明わかりやすいかも」

「ん?」


 メルキュールがメモをとる手を止めて、ゼトラの問いに答えた。


「誰が言い出したのかは知らないけど、精神魂(アストラルソウル)は内なるもう一人の自分のことね。魔法を扱う者はそう呼んでるわ。精神であるとか、魂であるとか、そういう存在。瞑想して内なる自分を見つめることが魔法を扱う第一歩なの。内なる自分を見つけた時、それは暗闇の中で輝く星の輝きのようにも見えるからアストラルソウルって称するんじゃないかしら」

「なるほど。我々が十二万年の眠りについている間にも、ヒト族は特異な進化を遂げているのですね」

「十二万年前のヒトなんて知らないから、肯定も否定もできないわ」


 メルキュールは笑いながら首をすくめた。


 それからまた先史文明の事と現在の魔法科学文明のことをお互いに質問を重ねていると、ようやく目的地に到着する機械的なアナウンスが流れた。


 船体は急激に減速しているにも関わらず、その衝撃は一切伝わってこない。しかし前景を映すモニターにはカイコルロ王国の街が水平線から生えるように見えてきた。


「ウラシマ効果のズレ解消のため領域内の時空の流れを調整します」

「ウラシマ効果?」

「物体は光の速度に近づくにつれ、静止状態の観測者と時間の進み方と比べて遅れていきます。それをウラシマ効果と」

「ふーん……。あぁ、そうか。なるほどね」

「調整完了。着水開始」


 メルキュールの質問にテュールは機械的にアナウンスを続けながら答えている間に、いつの間にか水蒙竜(すいぼうりゅう)の船体は港町の桟橋へと横付けされていた。


 それまで見たこともない美しい流線型の船舶に、多くの民衆とカイコルロ王国兵が驚いて見上げている姿がモニターに映し出される。


 そのほとんどが髪は縮れており、肌は浅黒い。いわゆる南国系と称される姿をしていた。

 南国系の商人や冒険者はもちろん、政治家にもエイベルク王国でもカールウェルズ魔創公国、バインクレ王国でもよく見かけていたので特段珍しくもないが、やはり多数を占めていると、遠い所まで来たな、という感慨深さはあるようだ。


「暑そうね~」


 モニターに映る水蒸気のゆらめきに、メルキュールが顔をしかめる。

 緯度的には南北の違いこそあれエイベルク王国とは違いはないが、北半球は秋の季節。

 つまり南半球側は春から夏に向かう季節である。

 メルキュールがうんざりとするのもゼトラは少し同意するところがあるようだ。


「さっきまで肌寒さを感じる秋だったのにね」


 仕方ない、と笑いながら先頭に立って、タラップを降りていく。


 顔をこわばらせていた女性王国兵に声をかけ、特段の用件があるため王都に向かいたい、と名乗り、ギュスターヴ国王直筆の手紙を渡す。

 女性兵士は封書の裏にエイベルク王国の国印の蝋印があるのを確認すると、敬礼した。


「しばしお待ち下さい。上長に確認してまいります」

「ありがとう。よろしく」


 ゼトラがニコリと笑いかけると、その女性兵士は一瞬見惚れたように顔を強張らせ、頬を染めながら背中を向ける。

 急ぎ足で屯所に向かうのを見送るゼトラの後ろでフィオリーナとアイビスがこそこそ話を始めた。


「ゼトラのイケメン度があがってない?」

「うん……なんか一目惚れしてる人が増えてる気がする……」


 少女たちは別の心配をしながら、物珍しそうな視線を向ける民衆に向かってフィオリーナが笑顔で小さく手を振る。

 男性も女性もその可愛らしい笑顔に、一瞬息を呑んで見つめ、手を振り返した。


 アイビスはそんな愛嬌をふりまく事もなく、ゼトラの背中に隠れるようにうつむき加減でソワソワモジモジとしているが、その慎ましやかな仕草もまた男性には刺さる所があったようだ。

 フィオリーナとは別に、アイビスの可愛らしさに視線が集まる。


 ――フィオもアイビスも、やっぱり可愛いよね……。


 ゼトラはその視線に対して、この子たちは僕の恋人だぞ、と主張するように少女たちの腰に手を回して抱き寄せた。


「わ」

「な、なに……?」

「なーんにも」

「もー。ゼトラってば甘えたさん?」


 フィオリーナとアイビスが頬を染めながら、しかし嬉しそうにペタっとくっつき、ゼトラの腰に手を回す。

 仲睦まじく抱き合う少年少女たちを見て、民衆から「なんだ恋人なのか」と声が漏れる。

 物珍しそうな視線は、嫉妬混じりの視線と、がっかりな視線へと変わったのだった。


「おまたせしました。ゼトラ殿下。バンダリヴォルカノへようこそ。駐屯兵長のミエネ・エペテラと申します」

「いえ、当然の訪問申し訳ない」

「お話は王国政府より伺っております」


 ミエネ・エペテラと名乗った女性兵士は同じく南国系の容姿だが、女性にしては随分と筋肉が大きく盛り上がり筋骨隆々という表現が相応しかった。

 精悍な顔つきから見ても相当な腕前であろうことは伺える。


「入国手続は済ませたほうがいいかな?」

「いえ、事は急ぐと聞いております。ご身分については疑いを挟む余地はございませんので、このまま王都へ……と言っても、ここからさらに五百キロ西へ向かいますので、馬車でも十五日ほどかかりますが……」


 五百キロ、十五日の旅程と聞いてメルキュールが肩をすくめる。


「五百キロかぁ。エーテルモービルでも五日ってとこね」

「そこまで悠長にはしていられません。飛行形態で向かいます」


 その後ろからテュールが声をかけ、早速飛空艇へと戻っていく。

 ユーピテルはつまらなそうに欠伸を一つして、その後をついていった。


「あ。そんなのあるんだ」


 メルキュールとマーカスもその後を追いかけて飛空艇へと戻っていった。


「と、言うわけで僕たちはこのまま向かいます。少し驚かせてしまうかもしれません」

「いえ……」


 呆気に取られてミエネが敬礼するとゼトラから預かったギュスターヴ国王の親書を返した。

 ゼトラもそれに丁寧に挨拶を返し、フィオリーナとアイビスを連れたって飛空艇へと戻っていった。


 そして飛空艇が離岸すると一気に海上へ向かって加速し、船体から生えた両翼を羽ばたかせると、旋回してあっという間に西の空へと飛び立っていった。


「なんとまあ……」


 ミエネはなおも呆気にとられたまま、ギュスターヴ国王の親書に記された言葉『世界の救世主たるゼトラ・ユーベルクを良しなに頼む』を思い出し、また深々と頭を下げたのだった。

予告。

カイコルロ王国国王ミンダ・ヤケビ・カイコルロと謁見を果たすゼトラ。

ミンダ国王から明かされるユングスタイン亡王国との意外な繋がり。

そしてユングスタイン自治区のおぞましい現状にゼトラは静かに怒りを見せる。



次回「078.国の形」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年11月20日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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