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074.死闘の末

 水蒙竜(すいぼうりゅう)の強化外殻の中、けたたましい警告音と赤い光の明滅が、『極めて深刻な(カタストロフィック)脅威(ディザスター)』の襲来を告げていた。


「遠い宇宙から来るんじゃなかったのかッ!?」

「短距離転移と推測。本体ではないようです。反応は小さく、恐らく尖兵級……偵察かもしれません」

「なんだって……ッ!?」


 マーカスの問いに淡々と応えながら、テュールがコントロールパネルを操作する。


「強化外殻緊急起動。戦闘モードに移行。対象出現座標はエスダブルスリーオーワン」


 冷静にアナウンスする水蒙竜の核体(コアボディ)ことテュールが元いた場所に腰掛けると、パネルのスイッチを押した。

 だがその姿を見て、それまで己の運命を受け入れようと沈黙を保っていたゼトラが狼狽えた。


「ま、待って! 強化外殻って山剴竜(さんがいりゅう)の時みたいな、地上に住む人にも被害がでるんじゃないの!?」


 ゼトラだけでなくそれを目の前で目撃したマーカスとメルキュール、アイビスは思い出す。

 山剴竜が復活した時のことを。

 あの時は封印鎖が地上に露出し、わずかに移動しただけで大波が発生して王都グランマリナは甚大な被害をもたらした。


「マスターの命令を拒否。最優先目標は『極めて深刻な脅威』の撃滅にあります。自己存在理由の否定につながる命令には従えません」

「そんな……ッ!」

封印鎖(シールアンカー)パージ。浮上開始……」


 慌てるゼトラには見向きもせず、淡々とパネルを操作するのだった。




 その日、バインクレ王国王都ルチアーナより北西へおよそ百キロ。

 バインクレ群島の一つ、名もなき小島が消滅した。


 小島を飲み込むように海が大きく盛り上がった。

 全高は天高く浮かぶ雲よりもはるかに高く、全長は巨大都市よりも遥かに大きく……――それはクジラの姿にも似ており、身体のあちこちに小さな姿勢制御翼を備えた竜が海上へと姿を現した。


 幸いにも無人島であったため人的被害はなかったが、その巨体からは想像もつかないほどの高速で移動を開始して、その衝撃波は王都ルチアーナの王城と城下町を大きく揺さぶった。


 そして大きな波しぶきを立てながら、南へ……アルムス大陸とアムスト大陸を仕切る大海、大西洋を縦断して、南の極地へ向かっていった。



 モニターに映る大陸の稜線があっという間に後ろに過ぎ去っていくのを横目で見ながら、凄まじい高速移動に戸惑っていると、次第に水平線の彼方に小さな黒い棒のようなものが見えてきた。


「あれが『極めて深刻な脅威』……!?」

「反応地点に現着。主砲発射用意。出力六十パーセントで固定。準備完了。照準調整」


 黒い棒のように見えたそれは、よく見れば塔のようである。

 黒い塔が氷に覆われた南の極地に突き刺さっていた。

 だが水蒙竜が近づくとその塔は(うごめ)き、直立していたそれが、()り糸が解けるように形が崩れていく。


「主砲発射」


 テュールが機械のように冷徹にアナウンスすると、形が崩れていく塔の中央に向かって水蒙竜の先端から巨大な閃光を放たれた。

 かつてゼトラが『ヴィシャールの太陽』と讃えられた極大魔力とは比べようがないほど、巨大な閃光が黒い塊を貫き、灰燼に帰していく。


「攻撃評価。九十四パーセントの消滅を確認。残存勢力の個別殲滅に移行」


 水蒙竜の巨体から小さな砲門が開き、立て続けに小さな閃光――それでもゼトラの放った極大魔力と同じくらいの大きさが、残った黒い物体を貫き、消滅させていく。


 だが黒い物体の一部が閃光を躱し、その姿がモニターにはっきりと捕らえられた。


「なんだこれはッ!?」

「人……!? 竜……じゃないッ! 鳥でもない……!」


 それは人の形を成していた。

 しかし全身は黒く、顔のように見える突起には口腔は見当たらず、双眼らしき濃い紅色。

 その背中には翼があった。


 しかし竜のような皮張った剛健さではなく、形は鷹のような大型の鳥のようにも見える。

 だが羽毛のような柔らかさ、繊細さはなく、その先端は鋭く尖っていた。

 そしてバランスを取る役目があるのか、その臀部からは太い尾が伸びている。

 尾が大きくうねり、その先端もまた鋭く、反り返っていた。


「魔獣か……ッ!?」


 ひと目見た印象としては、マーカスは正しい。

 だが獣の面影がない。

 魔獣特有の狂気に溢れたオーラを感じない。

 身体をひねると水蒙竜に食らいつこうと翼を羽ばたかせた。

 それを容赦することなく水蒙竜から放たれた閃光が貫き、塵となって空中に四散する。

 さらに小さな閃光が網目上に広がり、その塵すらも焼き尽くしていく。


「群体三十ほどが左舷より北上するのを確認。右舷にも数体確認。マスターに右舷の足止めを要請」

「……わかった!」

「ゼトラッ!?」


 それまで人知を超えた戦いを繰り広げる様をモニターで見ていた一同だったが、テュールの声に反応したゼトラがテュールの元に駆け寄った。

 まさに即断即決。

 マーカスたちが止めようとしたの振り切って、ゼトラの姿が消えた。


「転送されたッ!?」

「くそッ! 俺もいく! 俺も転送してくれッ!」


 マーカスがその後を追い、転送された場所に駆け寄る。

 だがテュールはそれを一瞥して小さく首を振った。


「無駄です。戦力になりえません」

「な、なんだと……ッ!」

「見て! ゼトラがっ!!」


 フィオリーナがモニターを指差した。

 そのモニターの端に豆粒のような小さな影。

 それまでスケール感がつかめなかったが、黒い物体一つの個体は全長二十メートル以上はあるようだ。

 それに対峙するゼトラは、あまりにも小さい……。


 水蒙竜に喰らいつこうとした個体にゼトラが巨大な剣風を放った。

 だがそれは躱され、方向を変えてゼトラに襲いかかった。

 それを辛うじて躱すと、左手から閃光を撃ち放つ。


「ゼトラ……!」


 アイビスは目をつむり、両手を合わせて祈るしかなかった。


 一方、水蒙竜は向きを左に変えて、左舷から北上する群体を捉えていた。


「主砲発射用意。出力四十パーセントで固定。準備完了。主砲発射」


 テュールが素早くパネルを操作して、数字の羅列がモニター上に高速でスクロールする。

 そしてモニターに再び、巨大な閃光が大写しになった。



 水蒙竜が放った巨大な閃光は『極めて深刻な脅威』の群体ごと貫き、消し飛ばした。だがその背後、閃光の着弾地点となった大陸南部は巨大な爆発で全て消滅した。


 その日、アムスト大陸南部、およそ百六十キロほどの範囲が消滅した。

 そこには小国があり、およそ千万人ほどが住んでいた。


 また爆発と同時に大地を大きく揺るがした。

 隣国だけではなく、星の裏側までその振動は伝わり、その大地の震えは周辺諸国を中心に伝わっていった。


「なんてこと……!」


 メルキュールが愕然としてモニターを見る。

 爆発の衝撃波で雲は吹き飛ばされ、巨大なきのこ雲は成層圏まで立ち上がっていた。


「あぁっ……ゼトラっ!」


 また一方、別のモニターには死闘を繰り広げるゼトラと個体の様子が映っていた。

 いつの間にか三体同時に相手をしていた。

 ゼトラの攻撃は幾度も躱され、個体の攻撃を何度も喰らい、水蒙竜に叩きつけられた。


 その度に強化外殻が損傷したことを告げるアナウンスが機械的に流れ、テュールはそれを制御しようとコントロールパネルを操作する。


 ゼトラはそれでも諦めずに、何度も立ち上がり、剣を振るい、魔法を放つ。

 空中に踊り、渾身の一撃で羽を斬り飛ばしたが、繰り出された太い尾に弾かれて、またもゼトラの小さな身体が水蒙竜に叩きつけられた。


 だがすぐさま立ち上がると、これまで見たこともない、巨大な剣風が下から上に巻き起こった。

 ゼトラから放たれたそれは、個体たちを捉えることはできなかったが、星を覆う薄い大気を吹き飛ばした。


 空が割れ、雲が割れ、一瞬だけ星が瞬く夜空が見えた。


 吹き飛ばした大気を埋めるように横から大気の流れが突風となって吹き荒れる。

 また星の外――宇宙からも冷気が舞い降り、その冷気によって空気が凍りついた。

 急激な大気の変化に対応しきれなかったのだろう。その凍りついた空気に触れた個体たちの動きが一瞬だけ止まった。


 水蒙竜は一瞬だけ生じた隙を見逃さず、砲門から放たれた閃光で残った個体を貫き、焼き尽くし、塵一つ残さず消滅させた。


「状況確認。残存勢力なし。状況終了。粉塵による自然環境悪化を防止するため環境保全プログラムを実行します」


 テュールはパネルを操作しながらアナウンスをして席を立った。

 ちょうどそこに、回収されたゼトラが転送されて戻ってきた。


「ゼトラ!!」

「キャー!」


 ……ボロボロだった。

 剣は欠け、服が斬り裂かれ、無残としか言いようがないほどに、身体中に傷が入って血だらけだった。


 フィオリーナとアイビスが駆け寄り、よろめいて倒れるゼトラを支える。


「ただいま……」


 二人を安心させようとゼトラは無理やり笑顔を作って、糸が切れた人形のように崩れ落ちて、気を失った。


「やだぁ! 死なないで! ゼトラ!」


 フィオリーナの悲鳴は涙に変わり、ゼトラの頬に落ちる。

 メルキュールも駆け寄り、アイビスと共に回復魔法をかけた。

 傷はすぐに塞がったが、ゼトラは目を覚ますことはなかった。


「確認します」


 その様子を見て、テュールがゼトラに手を伸ばした。


「システムヒュイ・ラン・エルドに例外認証を申請……。一部受理されました。解析開始……完了」


 一瞬だけゼトラの身体が光が覆い、すぐに失われた。


「生体維持に問題ありません。時間を置けば意識を取り戻すものと推測」

「そ、そうか」

「解析した結果、その体内にコアシステムのリンクを確認しました。一時的にリンクが途切れた結果、意識を失ったものと推測します」

「コアシステムとリンクって……?」


 メルキュールが機械的に状況を分析するテュールを睨みつけた。

 テュールはそれに臆することもなくわずかに首を振る。


「詳細不明。コアシステム本体は観測可能事象内には存在しません。推測では平行世界に存在するものと思われます。なるほど、()()化身(アバター)かもしれません」

()()ってあんたねぇ……! 命がけで戦ったこの子を物みたいに……ッ!」


 メルキュールが怒りの表情を剥き出しにしてテュールを憎々しげに睨みつける。

 だがテュールは何を言っているのかわからない、と小首を傾げる。


「七竜システム、及びコアシステムは『極めて深刻な脅威』を撃退するために、人の手により造り出された決戦兵器です」

「この……ッ!」

「やめとけ」


 立ち上がったメルキュールをマーカスが制止した。

 何を言っても無駄だ、と首を振る。

 しかしマーカスもまた、己の無力さに唇を噛み締め、眉をしかめた。


 何もできなかった。

 いくら冒険者ギルドトップクラスのプラチナ級と言っても『極めて深刻な脅威』には相手すらさせてもらえなかった。


 その残酷な事実がマーカスに突きつけられていた。


「『極めて深刻な脅威』はこれで撃退できたって思っていいのか?」


 厳しい顔つきのマーカスの問いかけに、テュールはかすかに首を振る。

 そしてその答えにまた愕然とさせられた。


「いいえ。あれは間違いなく尖兵級でした。十二万年前の記録を参照すると本体は推定でおよそ十億倍相当。最大値で一兆倍とも予想されます」

「……ッ!」


 それを聞いてメルキュールがため息をつき、肩を落とす。


「億とか兆とか……そりゃ滅亡級の災厄て言われるわけね。人類は滅亡するに決まってるじゃない……」

「ひとまず自動修復モード中の山剴竜(さんがいりゅう)との合流を優先します」


 テュールはなお機械的にアナウンスして、 水蒙竜の向きは北へ――エイベルク王国へと向かうのだった。



 わずか一時間後、エイベルク王国王都グランマリナ。

 王城グランマリナに並び立つように鎮座する山剴竜に横付けされた巨躯。

 多くの住民はそれを見て恐怖におののき、パニックに陥った。

 手荷物を片手にできるだけ遠くへ、と城門へ殺到した。


 王城でもまた、ギュスターヴ国王はそれを見て、愕然とした。

 だが山剴竜に横付けされたその物体から、触手のようなものが伸びたのを見て、あれは七竜が一柱だと直感で見抜いたようだ。


 見上げる山剴竜に問うた所「あれは水蒙竜だ」と大きく頷いたことでその直感は間違っていなかったと確信した。

 ギュスターヴ国王はひとまず安堵すると、住民たちにあれは危害は及ぶものではないので落ち着くように、また治安維持に努めよ、と諸大臣と配下の王国兵に指示を出して、事態の収拾を図ったのだった。


 そして王城の屋上に水蒙竜からタラップが伸びて『明けの明星』一行が降りてきたのを見て、ようやく笑顔になった。


「ついに七竜の一柱を開放したのか……!」


 だが様子がおかしい。

 ゼトラは二人の少女に支えられ、ぐったりとしている。

 怪我でもしているのか意識がないのか、遠目では分からなかった。


 ようやく屋上に降り立ち、ギュスターヴ国王含めて王国兵がそれを迎えた。

 だが開口一番、マーカスがつらそうな顔で首を振った。


「国王陛下、すまないがゼトラを休ませてほしい。ヒドい戦いだった……」

「……分かった。ゲストルームへ」


 ギュスターヴ国王は何も聞かずに頷いて、すぐさまゼトラを王城の中へと連れて行くように救護兵に指示を出す。

 担架に横たわせたゼトラと救護兵の後ろをフィオリーナとアイビスが付いていくのを見て、残ったマーカスとメルキュールを見る。


「さて、何があったか聞かせてくれないか」


 厳しい顔のギュスターヴ国王に促されて、屋上から応接間へと移動した。

 そこでマーカスとメルキュールは代わる代わる、バインクレ王国から『極めて深刻な脅威』の尖兵との戦いまでの事を話したのだった。



 説明が終わると、ギュスターヴ国王は大きくため息をついて、天井を仰ぎ見る。


「そうか……なるほど滅亡級の災厄の言葉に偽りなしか」


 アムスト大陸南部を吹き飛ばした爆発は遠く離れたエイベルク王国でも見えたそうだ。

 ただ、きのこ雲ではなく、昼間にも関わらず突如空が夜のように暗くなり、南の空が大きく輝いていたのが見えた。

 まもなく大きな地震が起きたことで、何か大変な事が起きたのだ、と認識した。


 しかしそれ以上に『極めて深刻な脅威』の尖兵の襲来という人類存亡を賭けた戦いの緒戦が起きた時点で、人類に立ち向かう術はなく、打つ手なし、という厳しい現実にますます大きなため息をつかざるを得なかった。


「頼みの綱は、七竜システム、そしてゼトラ殿下のみか……」

「そういう事になりますね」


 ギュスターヴ国王のため息に釣られて、マーカスも大きくため息をつく。

 しかし肝心のゼトラは未だ目を覚まさず、フィオリーナとアイビスはシクシクと涙をこぼしながらその様子を見守るしかない。


「ひとまずカイコルロ、アルムシタッド、サイアル、キチジュの他諸国にはゼトラ殿下に協力するように速やかに伝えておこう。一刻も早く七竜を復活させねば人類はひとたまりもない」


 だがギュスターヴ国王は舌打ちをして顔をしかめる。


「……もっとも、問題は和国だ……」


 七竜の封印を守っていたユングスタイン王国は亡く、自治区として名を残すのみ。

 その地の支配者である和国政府が七竜をどこまで知っていて、それを知ったらどう利用するのか、ギュスターヴ国王は嫌な予感しかしていない。


「我が国の水源に毒を撒こうとした件を大使館を経由して政府に厳重に抗議したが、案の定シラを切ってきた。それどころか大使館の活動を制限するのは極めて不当と難癖をつけてきたところだ。……おっと冒険者の君たちに政治の愚痴を聞かせてすまないな」

「いえ」


 マーカスが苦笑しながら肩をすくめる。


「ともあれ、和国のことは後回しにしよう。まずはゼトラ殿下が目を覚まされるのを待つしかないか。急かすようで申し訳ないが、速やかに近隣諸国の七竜の封印解除に向かってもらわねば……」

「……」


 ギュスターヴ国王はそうは言うものの、マーカスは別のことを考えていた。


 仮に全ての七竜の封印が解放されたとして、地上で『極めて深刻な脅威』との戦いが繰り広げられたらどうなるか。

 むしろ七竜とゼトラがこの世界を破滅に追い込むのではないか。

 そんな気がしてならなかった。


 それは実際に目の前にしていたからこそ分かる実感でもあった。




 一方その頃。

 ゼトラはゲストルームのベッドに寝かされていた。

 その左手をフィオリーナが、右手をアイビスが握り、もはや枯れた涙で頬は汚れ、目を真っ赤に腫れ上がらせて、ただ見守るしかなかった。


「あの、フィオリーナ様、アイビス様。どうかお二人もお休みになられては……」


 アイビスの後ろから、シャーディ姫が遠慮がちに声をかけたが、二人は無言で首を振り、その提案を拒絶する。

 シャーディ姫はそれを見て涙を振り払い、辛そうな表情を浮かべたまま一礼してゲストルームに三人を残して退室した。

 もはや天運に任せる以外にないと悟ったようだ。



 ゼトラの胸は静かに上下しているから呼吸はしている。

 肌の血色もよく、生気はある。

 だが、目を覚まさない……。


「ゼトラ……」


 グスっと涙をこらえフィオリーナが呟く。


「……」


 アイビスもまた、両手で握りしめたゼトラの右手の甲に唇を押し当てて、どうかこの祈りが届いてほしいと願い続ける。


 シャーディ姫と入れ替わるようにマーカスとメルキュールが入ってきた。


「お前達、そうするのは仕方ないと思うが、何か口にした方がいいぞ」


 その手にはサンドイッチや野菜ジュースといった軽食が乗ったプレートを持っていた。


 午前中にバインクレ王国から水蒙竜を復活させ、『極めて深刻な脅威』の尖兵と遭遇し、エイベルク王国に戻ってきて、まもなく日が大きく傾こうとしている。

 当然ながら昼ごはんは抜いているし、お腹は空いているはずだ。


 だが二人共また首を振る。


「いらない……。ゼトラが起きたら一緒に食べる……」


 アイビスは眠るゼトラから視線を動かさず、ポツリと呟いた。

 マーカスはフィオリーナを見たが、同じように反応しない。

 聞こえてすらいないようだ。


 マーカスとメルキュールは顔を見合わせ、肩をすくめた。


「無理しないでね。あなたたちまで倒れちゃったら私たちも困っちゃうもの」

「うん……」


 メルキュールがアイビスの背中に声をかけ、それに小さく答えたアイビスを見て、仕方なく退室したのだった。




 退室してから少しして、ゼトラの瞼が一瞬、ピクリと動いた。

 それを見逃さすアイビスとフィオリーナが飛び跳ねた。


「ゼトラ!」

「ゼトラ……!」


 広めのベッドに上がり、すがるように顔を近づけて呼びかける。


「起きて……お願い……っ!」

「私を一人にしないで……!」


 その時ゼトラはふふ、と笑ったように見えた。


「っ!」

「ゼトラ!」


 また呼びかけたが目を覚まさない。

 しかし瞼は微かに動き、長く、深い呼吸を一度して、またニコリと笑ったように見える。


「夢……見てるのかな……」

「うん……」


 アイビスとフィオリーナは思わず目を合わせて、クスリと笑う。


「どんな夢を見てるんだろう」

「すごく……幸せそう……」


 少女たちはホッとして微かに笑みを浮かべるゼトラの寝顔を見入る。

 そして自然とフィオリーナがゼトラの頬に唇を押し当てた。

 そしてアイビスもまた、頬に唇を押し当てる。


 ねえ、ゼトラ。

 どんな夢を見ているの?

 その夢に私たちはいるのかな。

 その夢、私たちにも見せてよ。


 そう言うように、少女たちはゼトラの両脇の空いた所にうずくまる。


 夕日がゆっくりと窓枠の長い日陰を作り、優しく伸びていった。

予告。

傷つき倒れたゼトラと、それを見守る二人の少女。

目覚めた彼が口にした言葉は「結婚しよう」だった。



次回「075.高らかに唄うは」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年11月17日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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