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072.女王の微笑み

「ようこそいらっしゃいました。ゼトラ・ユングスタイン」


 女王にいきなり真の名で呼ばれて、ゼトラはドキリと高鳴った胸を鎮めるように、最敬礼の姿勢からさらに頭を下げた。


「ユングスタインは我が国にとって姉妹国。であればそなたと妾は友であり姉弟も同然。どうぞ楽になさってください」

「はい……」



 いつもより少し早めの時間に起きた一行はギルド前に集まり、予定されていた通りの朝七時に迎えの馬車に乗った。

 キャシーはお呼ばれしていないらしく、不在である。

 ゴミひとつ落ちていない城下を抜け、水面のようにゆらゆらと銀白色に輝く橋を渡り、森林で鬱蒼と茂った小島を抜けたと思ったらまた橋を渡り、と二時間半。


 ようやく到着した王城は、遠景から見ても美しかったが間近で見るとさらに美しく、不思議な煌めきを放つ城壁もあって幻想的な雰囲気に圧倒された。

 そして城門前に待ち構えていた侍女は軽く一礼しただけで一言も交わすことなく、スムーズに謁見の間に通されたのだった。


 バインクレ王国女王レーニア・バインクレと名乗った女性は髪色こそ赤色に近い焦げ茶、とバインクレ人に近い髪色だが、瞳の色は碧色で、年齢不詳という言葉が相応しいほどに大人のようにも、二十代前半のようにも見える、不思議な雰囲気を身にまとっていた。

 いずれにせよ、初めてギュスターヴ国王と謁見した時の、王座の主に相応しい神秘感、圧迫感のようなものを感じさせた。


「妾が朋輩、ギュスターヴよりは先だって七竜復活の鍵を握るゼトラと名乗る者が訪れようと伝え聞いておりましたが」


 そこで言葉を区切り、フフと思い出し笑いを浮かべる。


「殿下のことは、そなたの母アリスアトラより三年ほど前に聞き及んでおりました」

「母が……!」

「ええ。界隈を騒がしていたおぞましき魔獣、水蛇竜(スネークドラゴン)討伐の褒美を与えようと喚び出した所、突如としてユングスタインの生き残りであると名乗り、驚かされました」

「……!」

「そこで我が子ゼトラがいずれ訪れようからその際はよしなに、と申しておりましたよ」

「母さん……」


 世界が大変なことになる、と言って旅に出たと聞いていたが、ゼトラもよもやこんな形で母のことを聞くとは思ってもいなかったのだろう、感慨深そうに、しかし不思議そうに首を傾げる。


 母アリスの謎の行動。

 一体何故に、レーニア女王にユングスタインの生き残りであると名乗り、我が子を頼む、と申し出たのか……。


「アリス様は、ゼトラが七竜に関わりがあると知っていた……ということか……?」

「多分……ね」


 確認するように、コソコソとマーカスとメルキュールが目配せする。

 一体アリスはどこまで予見してそのような行動を取ったのか、預かり知らないことではあるが……。


「なるほどアリスアトラによく似て秀麗な面持ちですね。特に目鼻立ちがそっくり」

「あ……ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げたゼトラを見て、またレーニア女王はクスクスと笑う。


「さて時間も惜しいでしょう。本題に移りましょうか」

「はい……」

「では皆も連れて、どうぞおいでなさい」

「え……はい」


 ゼトラの後ろに控えるマーカスたち四人を見て、レーニア女王は立ち上がると、優美な振る舞いで床まで垂れるドレスを翻す。

 いいのかな?と思いつつ回りを見れば、レーニア女王の御前に列席する侍者は頭を下げたままである。

 どうやら『明けの明星』が退室するまでそのままの姿勢を保っていそうで、慌てて王座の横の扉から手招きするレーニア女王の後ろについていくのだった。


「ここからは少し長く下ります。それまで昔語りなどしましょうか」


 二人が通れる程度の狭い螺旋階段。

 自然石を削って並べたそれに、リズムよく心地よい足音を立てながら降っていく。

 侍者もつけずレーニア女王ただ一人、その後ろにゼトラを先頭に『明けの明星』がついていく。


 レーニア女王もまた、王家は七竜を封印した一族の末裔である、という話は代々受け継がれて聞いていた。

 しかし王国が建国された約二千年程前の時点でそれに関する文献は失われていたという。

 ほぼ口伝が中心となっていて確かなことは分からない、というのが正直な所だった。

 だがそれでもバインクレ王国と七竜は関わりがある、ということは確信を持って言える事実があった。


「それは何故か、わかりますか?」

「……なんでしょう。封印石を見たことがある……?」

「フフ、その通りです。聡い子ですね」

「あ、ありがとうございます」


 褒められてまた素直に頭を下げるゼトラを見て、レーニア女王はクスクスと笑う。


「さて、ではどこで見たと思いますか?」

「うーん……どこで……王城の中ではないですね?」

「そうですね」

「あれだけの小島があるのなら、そのどこかでしょうか?」

「ウフフ」


 笑みを浮かべたが、どうやら違うらしい。


「答えは、ここです」


 長い螺旋階段を下りきると、そこは海の匂いがした。

 ちゃぷちゃぷ、と穏やかな波が打ち寄せる、城の中。

 地下をくり抜いたのような小さな部屋だった。


「こりゃまるで……脱出口みたいな……」


 マーカスがそれを見て、脳裏に浮かんだその情景に相応しい言葉を呟く。

 レーニア女王はそれに微笑んで頷いた。


「ええ。ここは非常時に城より脱出に用いる、海に繋がる場所」

「でも、出口はどこに?」


 穏やかな波が打ち付けているが、そこは密室だった。

 自然石を切り出して組み上げた城壁以外、特に目立った所はない。

 あるいは城壁の下が海に繋がっているのか。それを察したゼトラがレーニア女王を見た。


「でも封印石がここって……まさか海の中なんですか?」

「ええ。そうですね」


 ゼトラの問いに、レーニア女王は楽しげに笑う。

 ゼトラは少し嫌な予感がして、かすかに眉をしかめて困ったように首を傾げる。


「その……海の中って……どれくらいの深さに……?」

「光の届かぬ、深海の入り口に」

「えっ!?」


 ゼトラだけでなく一行全員が驚いて目を丸くする。

 最も驚いたのは、メルキュールだった。


「ちょ、ちょっとお待ち下さい。深海の入り口なんて、人が立ち入れない領域です。どうしてそこに封印石があるって……あッ!?」


 メルキュールが自ら答えを導き出すのと、レーニア女王が小さな海に飛び込むのは同時だった。


 軽やかな波の音を立てて海に飛び込み、再びレーニア女王が顔を出した時、その姿は一変していた。


 髪の色は水色に、白目が少ない瞳の色は琥珀色に。

 そして耳の代わりに魚の胸ビレのような物。


「まさか、魚人族!」

「フフフ。こうして真の姿に戻るのは久しぶりですわ」


 両足の先には魚の尾のようなものが二本。パシャンと、波を優しく叩いた。


「驚きました……まさかバインクレ王国の女王様が、魚人族だったなんて……」


 ゼトラが驚き、しかし目を細めて気持ちよさそうに波に漂うレーニア女王を見る。

 不思議な力が働いているのか、本来まとわりつくはずの海水は、するりと衣服から雫となって落ちている。


「何も不思議なことではありませんよ。七竜の封印は人と亜人が手を取り合って行ったもの。その末裔は人に限らず、という事です」

「なるほど。例え文献がなくたって、現物を見せられていれば、七竜の存在は確信できる、ということか……」

「その通りですわ。さあ、魚人の領域に人を招き入れるため、水の精霊の加護を与えましょう。」


 レーニア女王はそう言うと、聞き取れないほどに小さな声で何事か呟くと、その眼前の波間から人の形を成した水の精霊が立ち上がった。

 その姿はどこか魚人族にも似ていて、光を反射して揺らぐ水面のような、神秘的な輝きを放っている。


「妾が忠実なる下僕、水の精霊(ウンディーネ)よ。其の者らに水の祝福を。たゆたう波間に溺れぬように、仮初の理を与えなさい」


 精霊がレーニア女王の呼びかけに応え、口を尖らせ、ふっと息吹を吹きかけた。

 その息吹はゼトラたちを包み込み、ふわりと消える。

 魔力の輝きが触れる寸前で、キラキラと欠片となって弾け、四散した。


 精霊は微かに笑みを浮かべると、頷いてふわりと波間に消えた。それを見てレーニア女王もまた頷き手招きする。


「妾は掟に従いここより出ることは叶いません。ですが恐れることはありません。ここから先に水先案内人を用意しておりますわ。紅き珊瑚を道しるべにただまっすぐに進みなさい」

「ありがとうございます。女王様」

「そなたが勇者と呼ばれることになるか、試練となる出来事が続くかもしれません」

「勇者……」

「勇者とは何者にも恐れず立ち向かう者。いかなる難事にも決して諦めず立ち上がる者。そして先を往き、後に続く者へ希望の光を照らす者」


 レーニア女王はゼトラを真っ直ぐに見据え、穏やかに微笑を浮かべる。


「ゼトラよ。そなたが勇者と名乗るに相応しいか否かは、この先で定まることでしょう」

「はい……」


 ゼトラもまた、まっすぐに応え、小さく頭を下げたのだった。

 そしてレーニア女王は懐から一枚の紙切れを渡し、メルキュールにそれを託す。


「これは封印解除の手段と伝えられています。口伝のものを急ぎ書き起こしたものなので曖昧でしょうが、賢そうな貴女ならわかるのではないでしょうか」


 メルキュールがニコリを笑ってそれを受け取り、懐にしまう。

 それから海に飛び込むと、本来浮くはずの身体は自然と海の合間に沈んでいく。

 頭の先が水面に沈み、見上げればレーニア女王の姿がたちまち小さくなっていった。


 手をふるレーニア女王に手を振り返して、そして視線を前に戻すと、その先に小さな明かりが見えた。


「すごい。水の中でも呼吸が普通にできるし、しゃべることもできるわ」

「仮初の理ってやつか……」

「ええ。空間干渉系の魔法に近いわね。でも本質的には魔法とはまるで異なる、亜人にしか扱えない精霊魔法と呼ばれるものだわ」

「へぇ。じゃあ俺たちにも精霊魔法が?」

「残念ながら、竜角族の精霊魔法使いは先の征魔大戦で絶えて失われたわ……」

「竜角族の精霊魔法ってどんなんだったんだろうねー」

「さて、ね。精霊魔法は口伝継承だからさっぱりよ」

「残念……」


 そうこう話している間にも、水底をかき分けるように進んでいくと城の外に出た。

 水面は遥か頭上にあって、日の光に照らされて穏やかに揺れている。


「見て、紅珊瑚だわ」

「キレイ!」


 メルキュールが指差した先、冷たい海でもある北方の地にはあり得ない、紅色の珊瑚が道標のように点在している。

 フィオリーナの感嘆の声に反応したのか、銀色の小魚が興味深そうに五人を包み込み、からかうように去っていく。


「きれい……」


 アイビスもまたその幻想的な景色に目を輝かせて、小魚の群れを視線で追いかけた。


「まだまだありそうね」


 それからどれくらい水底を進んだのか、陸上とは勝手の違うこともあって距離感がつかめなくなってきた頃、不意に床が抜けたように水中に暗闇が差し込んだ。


「海底崖だわ!」


 まっすぐに落ち込む海の底の先は急激に透明度を失い青から紫紺へ、そして暗闇が続いていた。

 それまで周囲で見かけた小魚の群れと、それを獲物にする中型魚はいつしか姿が消え、孤独に海の中を漂う。


「この先にある……んだろうな……」


 マーカスが指差した先に、紅珊瑚の枝が海底に突き刺さっていた。


「うぅ、ちょっと怖い……メルキュール、灯りを照らさない?」

「んー……」


 フィオリーナが怯えてゼトラの腕に絡み、すがるようにメルキュールを見た。

 だがメルキュールは考えるようにして首を振る。


「やめといた方がいいわ。たぶん鮫とか厄介なの呼びそうだし」

「それもやだぁ!」

「でしょ。我慢なさい」

「うぅ……」


 頭を抱えて震えるフィオリーナに、ほら、がんばろう、とゼトラが手を差し出し、それを強く握り返す。

 急峻な崖沿いに、ただ自然と沈むに任せながら、紅珊瑚の姿を探していく。


「なあ、深海の入り口ってどれくらい深いんだ?」

「さーてねー。海の中は分からないことも多いからね。百五十メートル以下っていう人もいるし、三百メートル以下って言う人もいるし。とりあえず光が届かない所くらいじゃないの?」

「なんでそんな所に封印石があるんだよ……」

山剴竜(さんがいりゅう)の時にボヤくべきだったわね」


 山剴竜の封印石はマードルテーブルの天蓋を穿った所にあった事を思い出し、他の七竜の封印石のことを思うと気が滅入るマーカスだった。


 なおも身体は光の届かぬ海の底に沈んでいき、それまで感じる事のなかった水温の冷たさがこころなしか気になり始めた頃、ゼトラが底を指差した。


「見て! あそこ! 何か光ってる!」

「何も見えないぞ? 相変わらず目がいいな」


 しかしなお下っていくとマーカスの目にもそれが見えた。


「紅い輝き……あれが封印石か!」


 確かにそこには、山剴竜の封印石と全く同じものが、崖から突き出るようにして存在した。

 それは微かに紅色に明滅を繰り返し、何かを呼ぶようにも感じ取れた。


「うん。間違いないわ。この模様……山剴竜のものと同じだわ」


 メルキュールの知的好奇心がうずくのだろう。

 目を輝かせて、封印石の回りをぐるりと回って確かめる。


「見て、あの手形と同じのだ」

「それ触っちゃダメよ。多分緊急起動に使うものだから」

「あ。うん……」


 慌てて手を引っ込めたぜトラは、封印石を軽く叩くと水中の中でもコンコンと金属音が跳ね返ってきた。


「すごいね。水の中でも錆びることもなく、何万年も前からこうしてあったんだ……」

「気が遠くなる話だな……」


 錆びるどころか、深海の小貝さえもそこを寝床にすることもなく、海の中に静かに在ったそれを、マーカスも興味深そうに見る。


「さて、見てたって封印が解けるわけでもなし」


 メルキュールが懐から一枚の紙切れを取り出し、それに書かれているものと封印石の模様を見比べて、ぐるりぐるりと泳ぎ回る。


「うん。わかったわ。ゼトラ、ちょいこっち」

「うん」

「ここから、こうなぞって、押す。」

「うん……」

「そして反対側に回って、ここをこう」


 と、メルキュールの指示通りにゼトラが封印石をなぞり、スイッチらしき物を押していく。


「んで最後に、ここに手を置く」

「大丈夫?」

「女王様を信じましょ」


 おそらく緊急起動に使うものと指摘された手形に、恐る恐るゼトラが手を置いた。

 その瞬間。


 再び、あの強い輝きが放たれた。


「うっ!」

「やっぱり光るのね!」


 その輝きを避けるようにゼトラ以外の四人は目を背け、光が収まった所でゼトラを見た。

 やはりあの時と同じように、ゼトラの身体は封印石と一体化するように紅色の輝きに包まれている。


「だ、だいじょぶ?」

「うん……魔力を吸われる感覚あるけど、どこも異常を感じないよ」


 心配そうに見つめるフィオリーナを安心させようと、ゼトラがニコリを笑う。

 そして輝きが失われると自然と手が離れ、ガコン、と海中に鈍い音が響いた。


「な、なにかしら」


 メルキュールもさすがに焦りを隠そうとせず、その音の正体を探ろうと辺りを見渡す。


「見て! あそこ……!」


 アイビスがその音の出どころと思われる場所を指差した。

 少し離れた場所にあったそこには、それまでただの崖と思われていた所がゆっくりと開き、横穴がポッカリと開こうとしていた。


「なるほど。正しい手順で封印を解除するとああいうのがあるんだな」

「ちょっとワクワクしちゃうわね。何があるのかしら」

「鮫でも出なきゃいいけどな」

「不吉なこと言わない!」


 好奇心をくすぐられて目を輝かせるメルキュールに、冷めた一言を浴びせるマーカス。

 ぷーと頬を膨らませつつも、気を取り直したメルキュールは、穿たれた横穴へと忍び入るのだった。

予告。

長い眠りから目を覚ます七竜。

七竜の口から明かされる太古の歴史に『明けの明星』は驚愕する。

そして一行の前に絶望が立ちはだかる。


次回「073.解き放たれる水竜」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年11月15日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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