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070.魔都に残したもの

 カールウェルズ魔創公国の政庁の一角、トーナメント戦の結果を受けて行われる第一回公王選出会議に於いて会議のメンバー以外にも八公爵家及びその関係者が集められていた。

 会議そのものは会議メンバーのみで行われていたが別室に分かれて待機である。

 アーサー・ハイウェルズ公爵の関係者は『ゼトラの五指血判状』の立ち会った公爵本人の他、妻、執事、アーサー公爵の友人、ベアトリシュ、デュアルト。

 そして『明けの明星』からはマーカス、ゼトラ、フィオリーナ、アイビス。

 メルキュールは開発最後の詰めがあるから、と言う理由で不在である。


 午前中早い内から始まった会議はかなり紛糾したようである。

 かなり長い時間を待たされて、アーサー公爵とゼトラが会議に呼ばれた。


 事前にもしゼトラの出席を要求するならフィオリーナも、という申し出が認められたようでゼトラはフィオリーナを伴って会議室の扉を開けた。


 会議室にはずらりと十名のメンバーが円卓を囲み、入室してきた三名を一斉に振り返って見やる。


「立ったままでは心苦しい。空いている席にお座りください」


 議長は公国政府宰相のカミロ・エンリケと名乗り、白髪のない豊かな頬髭と温厚そうな顔立ちが特徴的だった。

 年齢は五十台後半ほどか。まだ若々しさが目立った。


「さてこちらに呼んだのは恐らく察していましょうが、ハイウェルズ公爵家が立てた代理、今回トーナメント戦を勝ち抜いたゼトラ殿の出自に疑義があるため、事の次第によってはそれが公王選出後、我が国に極めて不利になると申す者がおりましてな」


 やはりか、と言う思いを顔にも出さず三人揃って努めて冷静を装い、議長の言葉を待った。


「詳しくはそちらの方からお願いしようか。よいかね」

「ハッ」


 議長に促された男は肌色は浅黒く、いわゆる南国系と呼ばれる人種だった。

 南のアムスト大陸出身で、カリム・ジダンと名乗った。

 エセル共和国に拠点を置く商会の会長で、海洋貿易で財を成したようだ。

 アムスト大陸のエセル共和国は、この地を経由してカールウェルズ魔創公国との交易を盛んに行っている和国の強い影響化にあることから親和国派の者であろう。


 そして当然ながらゼトラはユングスタインの遺児ではないか。

 ということから始まり、ユングスタインに借りができる、再興軍に巻き込まれる、などツラツラとアーサー・ハイウェルズ公爵が次期公王となることに強い懸念を示す言葉が並べられた。


 そして最後に、ゼトラは真にユングスタインの遺児とは真か否か、と問うた。

 会議のメンバーは固唾を飲んで、その答えを待った。

 一斉に集まる視線に、ゼトラは穏やかな笑みを浮かべて微かに頷いた。


「真とは!」


 という驚きの声と、


「それみたことか」


 と勝利を確信したような声が会議に入り交じる。

 だがそれを制するようにアーサー侯爵が挙手をした。


「恐れながら、この件についてゼトラ殿下より宣誓の書を頂いております」


 そう言うと懐から大事そうに『ゼトラの五指血判状』を取り出し、議長の前に差し出した。


「この血の誓いを見て、なおゼトラ殿下の出自を元に糾弾を続けるのであれば、この会議の品が問われよう。いかが」

「ふむ……しかと見分させていただきます」


 議長は拝謁する仕草でその書を受取り、恭しく開いた。

 そして端的に書かれた内容を見て、頷いてニコリと微笑む。


「確かに。この内容であればゼトラ殿下の出自によってハイウェルズ公爵が次期公王と御成あそばされても、さしたる影響はないかと思われますな」


 議長が回し読みするように書を回すと、それぞれのメンバーがそれをひと目見て納得したような表情を浮かべる。


 しかし先のカリム・ジダンはなおも渋るように顔をしかめた。「やはり和国との敵対するかのような対応はカールウェルズのためにならない」「この血の誓いがあったとて、自然と配慮、忖度するのではないか」と執拗にごねた。

 またエイベルク王国におけるユングスタイン人保護特区にも話が及び、再興義勇軍でも興ればカールウェルズも巻き込まれるのではないか、と述べると多くのメンバーが頷いた。


 ゼトラがそれに呆れたような表情を浮かべ、挙手をする。


「ゼトラ殿下。なんでしょう」

「不用意な発言は内政干渉になりますぞッ!」


 議長が発言を促そうとしたのを遮るように、別の者が声を上げた。

 これもやはり親和国派の者なのであろう。


「特段、私から申すことはございません。ただ、ギュスターヴ国王より親書を預かっておりますので、そちらを議長殿にお渡ししておこうと思いまして」

「親書……?」


 議長は聞いていなかったようで、眉をしかめた。


「恐れながら、そのような外交文書は外務卿を通していただけたらよいのですが……」

「あいにくでございますが、事は急ぐという点。そちらの外務卿が和国に殊更肩入れしているように見えることから、この親書をなかったことにされては困るとの思いがあるようです。そこで陛下と懇意としている私を特使として、直接宰相閣下にお渡しいただけないか、と請われた次第です」

「……なるほど」


 ゼトラが差し出した親書を受け取った議長は、その封蝋がエイベルク王国の国印であることを確認して、確かに受け取ったことを示すように一礼した。


「では失礼して……」


 封を切り、その内容を一読してすぐに顔をしかめた。

 目つきは厳しく、それは微かに怒りを湛えてるようにも見えた。


「宰相、どのような内容で?」

「……」


 隣の男が覗き込むように見たのに対して、黙ってそれを差し出した。

 そしてその男もそれを見て、絶句した。


「なんという……」


 それだけ呟いて、また隣に回していく。

 最後にジダン商会長がそれを読んで、青筋を浮かべて机を叩いた。


「馬鹿な!これは陰謀だッ!」

「……その根拠は?」

「これはエイベルクとそこのユングスタインの遺児の共謀ではないかッ!」

「だから、陰謀と断じる根拠は?」


 苛立つように議長がジダン商会長を睨みつけた。

 しかしそれには答えられず、歯ぎしりして着座する。


 ギュスターヴ国王が親書に書いた内容。

 それはゼトラが万が一の可能性として示唆した、和国による恐るべき暗躍だった。


 和国人と思しき諜報員を穀倉地帯に注ぐ水源で複数名捕らえた事。

 作物を腐らせる毒を所持していた事。

 これを防げなかった場合、エイベルク王国だけではなくカールウェルズ魔創公国に輸出する小麦も壊滅的な被害を受けていた事。

 またこの極めて悪質な行為の報復措置としてエイベルク王国は和国と通商協定を停止する事。

 在エイベルク王国和国大使館の活動に大きく制限をかける方針である事。


 ということを書かれていた。


 また最後には、カールウェルズの次期公王が誰であれ隣国として、歴史的経緯から言っても良き友好国として関係を築いていきたいと考えている、と書かれていた。


 内容としては和国諜報員が穀倉地帯の水源に毒を散布するのを未然に食い止めた、という事と、これに対するエイベルク王国の対応を伝えるものだった。


 だが、エイベルク王国は和国に厳しい対応を取ると宣言した以上、最後の一文は言葉の裏を返せば、もしカールウェルズが和国に与する国になるならば友好国とはなりえない、とも解釈できた。


 内政干渉に抵触する内容ではないが、明確にギュスターヴ国王のメッセージが汲み取れた。


 誰を公王に据えるのか、よく熟慮せよ。

 隣国を敵に回してまで和国と共に生きるのか。

 隣国と共に和国と戦うのか。


 もし仮にカールウェルズが和国と手を組むならば、事実上エイベルク王国とは断交に近い状態になるだろう。

 人道的措置として小麦の全面禁輸とまではならないだろうが、相当に制限されるだろう。

 何かに付けて和国の貿易に妨害を行う事も考えられる。

 そうなると主食である小麦をほぼ和国に頼ることになる以上、それすらも絶たれる可能性もある。


 そのような極めて不安定な外交状況に自ら追い込むなど、できるはずがない。

 もはやこの第一回公王選出会議に於いて誰を次期公王に選ぶのか、その答えは完全に決していた。


 仮に会議のメンバーが反和国派で過半数を占めておらずとも、その決定は覆ることはなかっただろう。

 親和国派と思われていた会議メンバーは四名いたが、この会議においてカリム・ジダン商会長を除き三人が反和国派の主張に覆ったからである。

 また公国政府内で二分していた反和国、親和国の政策論争はその後一瞬にして反和国論に傾く事になる。



 こうしてカールウェルズ次期公王選出を決める騒動を切り抜けたゼトラだったが、口に蓋をすることは出来ず、その素性は多く広まることになってしまった。


 しかしエイベルク王国、カールウェルズ魔創公国含めその周辺各国に於いて反和国の風潮が高まる中、ゼトラ・ユングスタインの名はその象徴として祭り上げられる事になるのだが、それは少し後のことである。



 それからまた三日ほど経って、メルキュールの用意したエーテルモービルの準備できたため、ミヒャエル含めてカールウェルズ魔法工学研究所に集まった。


 ミヒャエルに譲渡する携帯型ボートは、サイズはそれなりに大きく、専用のポーチにおさめても一メートルほどのサイズだった。

 だがポーチから取り出し、板状のそれを変形させると大人五人程度は乗れる小型のボートになり、時速は三十五ノット(時速六十四キロ)の性能を発揮するという説明があった。


 航続距離は無補給で千キロメートル程度だが、燃料電池となる高純度エーテル鉱の取り替えは容易で、燃料さえ予備があれば事実上どこまでも航海可能という設計だった。


 肝心のエーテルモービルは大人二人乗りを基本として、ゼトラたち三人で乗れるように座席を調整されていた。

 サイズ感はそのままだが、各所の性能は大幅にアップさせており平均巡航速度六十キロ、最大時速百八十キロ。リミッターを解除すれば二百四十キロまで出せると言う。

 さらにミヒャエルの分の一台以外に、予備としてもう一台、各種消耗品まで取り揃えており、長旅には十分耐えれそうである。


「すごいね。たった一ヶ月でこんなに用意するなんて」


 ゼトラが驚いて、メルキュールの仕事ぶりに感嘆する。


「助手は二人でいいって言ってたのに、たくさんの人が手伝ってくれてね。好意に甘えてつい張り切っちゃった」


 メルキュールが自慢気に後ろに控える大勢の研究者を振り返って見た。

 その研究者たちもゼトラの旅路を助けることが出来たことが誇らしく思うのか、笑顔を見せて手を振った。


 そしていよいよ『明けの明星』とミヒャエルが旅立つ時が来ようとしていた。


 首都イザベリアの駅前にベアトリシュ、デュアルトだけでなく、アーサー・ハイウェルズ公爵もその旅立ちを見送ろうと集まっていた。


 ミヒャエルは東へ。

 エイベルクを経由してサイアル王国、キチジュ王国、そして和国へ向かう旅。


 そして『明けの明星』は西へ。

 隣国モンタグナネラ共和国を経由して、西の果て、バインクレ王国へ向かう旅。

 目的はそれぞれ母アリスを探す旅、七竜を探す旅、と異なるものだった。


「この度は本当にありがとうございました。ゼトラ殿下」

「こちらこそ、色々お世話になりました」

「君たちの旅に幸多からんことを祈るよ」

「公爵様もこれから大変でしょうが、この国を良き方向へと導くものと信じております」

「うむ。期待に違えぬよう、まずはこの十年間身を粉にして働こう」


 曰く、次期公王はアーサー公爵に内定したと言う。

 あとは政策の異なる残りの七公爵家とすり合わせを行い、内諾を得る事になる。

 だが和国による恐るべき所業がエイベルクより伝えられたことで、反和国を軸としたものでまとめることは容易だろう、とアーサー公爵は笑うのだった。


「ではミヒャエルもどうか無事で」

「恐れ多きお言葉、真に痛み入ります」

「時々でいい。ミヒャエルの無事も連絡をくれないか」

「ハッ」


 ミヒャエルもまたメルキュールが用意したリンクドスネールを受け取っていた。

 母アリスに関することだけでなく、重要な情報を得次第、ゼトラへ連絡をつけることを約束するのだった。


「列車が来たようだ」


 東西に伸びる線路の向こうから、ほぼ同時に魔動力列車が入構してきたのを見て、ゼトラが頷き、アーサー公爵へ握手を求めた。

 アーサー公爵もまたそれを握り返し、力強く頷く。


 そしてミヒャエルと、ベアトリシュと、デュアルトと視線を交わす。

 決意と、別れを惜しむほんの少しの涙と、感謝を示す笑顔を交わし、手を振った。


「じゃあ、またそのうち」


 ゼトラが再会を願い手を振ると、全員深々と頭を下げたのだった。


 ミヒャエルは東へ往く魔動力列車に。

 ゼトラたち『明けの明星』は西へ往く魔動力列車にそれぞれ乗り込み、構内に残って手を振るアーサー公爵とベアトリシュ、デュアルトに、いつまでも手を振り返すのだった。


 西へ往く魔動力列車は西区と北区を分ける線路をゆっくりと走り、その景色も賑やか街並みから閑静な住宅街へと移ろいで行く。


 と、そこに少し強めの制動がかかり、身体が前に運ばれる感覚があった。

 どうしたのかな、と疑問に感じた所で、窓の外を見ていたフィオリーナとメルキュールが同時に指差した。


「見てアレ!」


 ゆっくりと速度を落とした魔動力列車の南側、西区の外れに大勢の住人たちが集まっていた。

 その数十や二十どころか、千はゆうに超えている。


 その手にはプラカードが持たれ、そこにはゼトラに感謝を示す言葉の数々が並んでいた。


「ありがとう! 英雄よ!」

「勇者様ありがとう!」

「旅立ちに祝福あれ!」

「ユングスタイン万歳! カールウェルズ万歳!」


 歓声を上げて、魔動力列車を見送るそれは西区の住人たちだった。

 その歓声は、止まりそうな程まで速度を落とした魔動力列車の窓が大きく開いて、ゼトラが顔を出した所でさらに大きくなった。


「ありがとう! いってきます!」


 手を振るゼトラに、わぁ!という大歓声と拍手、そして指笛が応える。

 民族楽器の太鼓、笛、弦楽器、ラッパが鳴り響き、地平線の彼方に魔動力列車が見えなくなるまで、手を振り続けるのだった。


 一方、魔動力列車の中も、英雄と同乗していたと気づいた者たちによる大喝采となっていた。

 興奮気味にトーナメントでの活躍を讃え、次々と握手を求めてくる。

 ゼトラも笑顔でそれに応えながら、客車は歓喜に包まれるのだった。


 ソワソワと、チラチラと、そして望外の幸運に恵まれたことに笑顔を見せる乗客たちの視線を気にしつつ、ようやく落ち着いたゼトラが腰掛けると、早速フィオリーナがベタっとゼトラの左腕に絡み、アイビスは遠慮がちに右袖をつまむ。


 それを向かいの席からメルキュールとマーカスが微笑んで見守る。


「いや、冷静に考えたら俺たちが乗る列車がバレてるっておかしくないか?」

「確かに」


 マーカスの素朴な疑問に、ゼトラも吹き出して頷く。

 大方アーサー公爵の差し金なのだろうと容易に想像はついたが。


 ともあれ、ここから先はカールウェルズの西の国境までは五日ほどの列車の旅となる。

 そこから先はエーテルモービルに乗り換え、バインクレ王国まで。

 順調ならカールウェルズの国境からバインクレまでは二週間から三週間ほどになるだろう、とはメルキュールの予想である。


「別に旅の資金には困っていないが、この一ヶ月はほとんど依頼こなしてないしモンタグナネラ共和国のギルド総本部に寄るついでに何かひと仕事やっておきたいな」

「賛成~」


 この一ヶ月ほどはずっと研究所に籠もりきりだったメルキュールがウキウキとした笑顔で頷く。

 季節はいつの間にか盛夏を過ぎて、秋の気配を感じる季節になろうとしている。


 列車の外も時々見える申し訳程度の林地に、赤や黄色の葉が見えた。


「寒くない? 少し窓閉めようか?」


 ゼトラが気遣って、両脇の少女を見る。

 しかし少女たちは、こうしていると温かいから、と言ってゼトラの腕に絡みつくと、エヘヘウフフと微笑みを浮かべるのだった。


 カタンカタンとリズミカルな振動に揺られながら列車は西へ往く。

 しかしこの旅が行き着く先、西の果てバインクレ王国での七竜との邂逅は、この物語を大きく、そして急激に加速させていくことを『明けの明星』はまだ知らない。

毎日更新を目指していましたが、次章の推敲が終わっておらず、ストックが切れてしまいました。

1週間~10日ほど更新お休みします。


━━━━━━━━━━━


予告。

西の果て、バインクレ王国にたどり着いた『明けの明星』一行。

美しき水の都で見るものとは。


次回新章突入 七竜編「071.水の都」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年11月中旬頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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