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007.冒険者たる資格を得て

「さて話が長くなってしまいましたな。まずは取るべき手続きを済ませましょう」

「あ、あの、アルベルトさん!」

「いかが致しましたか?」


 マスタールームから出ようとしたアルベルトに慌てて声をかけたゼトラを不思議そうな顔で畏まる。


「その言葉遣いってこれからもそうなの?」

「え?当然でございましょう。我が主は生来よりアリスアトラ様であり、その御子もまた主でございます。我が忠義は決して揺らぐことはございません」

「えぇ……?それをみんなの前でも続けたら変な目で見られない……?」


 天然気質のゼトラに指摘されるのはよほどの事である。思いがけず得られた出逢いに悦び浮かれていたアルベルトは、冷静な思考を失っていたことを省みて、ふむ、と大きく頷く。


「そのご指摘はご尤も……。では皆の前ではゼトラ様は数多いる冒険者の一人であり私はそのギルドマスターであるという立ち振舞に徹せねばなりませんか……。どうかご無礼をお許してくださいませ」

「いいよ、いいよ!全然気にしないし、そうしてくれないと、くすぐったいもの!」


 困ったように笑うゼトラに、アルベルトは恭しく一礼するのだった。


 打ち合わせを済ませてマスタールームを出ると、扉を開けた音に気づいたのか先程の受付嬢が顔を出した。


「あ。アルベルト様、お話は終わりましたか?」

「うむ。アシェ嬢はまだ残っていたのか?窓口の時間はもう終わっているだろう」


 受付嬢の休憩室からひょっこり顔を出したアシェ・オリビアはちょうどギルドマスタールームから出てきた二人に声をかけた。

 既に日は沈み、広い空間は微かな室内灯を残して薄暗い。窓口の前に置かれた『本日の対応は終了しました。業務は明日八時より』という立て看板が遅刻した冒険者を追い返している。

 しかし喧騒は入り口近くに併設された酒場に残っており、依頼を達成して大金を得た冒険者たちがグラスを片手に悦びの声で盛り上がっている。


「はい、でも私の思い込みで今日の登録が出来なかったのですから、ゼトラさんのお時間がよろしければ、今日中に登録を済ませようと思って」

「ほう」


 申し訳なさそうにうつむく受付嬢に、アルベルトがニコリと優しく微笑む。


「良い心がけだ。査定に配慮しよう。残業申請も出しておくように」

「やた!」


 ぴょんと飛び跳ねて喜び、必要書類をかき集める姿を見た二人は堪えきれないように笑みをこぼすのだった。


 受付を終了した窓口で業務を行うのもひと目に憚れることから、ギルドマスタールームに戻って書類上の手続きを済ませ、アシェのチェックが終わった。


「はい。ゼトラ・ユーベルクさん十五歳。必要記入事項に漏れはございません」


 そして人の掌に乗るくらいの水晶の玉を台座に乗せ、その台座の凹みに透明のタグを差し込む。


「では最後に、冒険者タグを作成しますのでこちらの鑑定球に魔力を注ぐイメージを抱きながら手の乗せていただけますか?」

「えっと……、これはなに?」


 不思議そうな顔で小首を傾げて躊躇するゼトラに、アシェは胸を張って鼻をひくつかせる。


「これは鑑定球と申しまして、魔力だけではなく筋力や体力といった身体能力全般に反応して色が変化して輝く仕組みになっています。その輝きに応じてこの透明な冒険者タグに色が移って定着する仕組みになっているんですよ」

「へー」

「ちなみに色は下からセラミック級、アイアン級、カッパー級、シルバー級、ゴールド級、プラチナ級の六段階となっております。段階分けとしてはかなりざっくりですので、カッパー級と言いつつシルバー級に近い色合いとか、結構あやふやですね!」

「なるほど……ちなみに母さんは何色だったの?」

「アリス様は暫定プラチナ級です!」


 何故か得意げにドヤるアシェの言葉を聞いて、ゼトラは暫定?と首をかしげる。


「鑑定不可能という事です!鑑定球がプラチナ級まで輝いた後、その高い能力に反応しきれず割れてしまったのです!」

「すごいなぁ、母さん」


 嬉しそうに肩を弾ませるゼトラを見て、アシェが自分のことのように楽しげである。


「というわけで、別に恐くはありませんので、ささ、どうぞ!」

「うん。能力高いと壊れちゃうんだね。聞いておいてよかった」

「?」


 ゼトラの言葉に理解が及ばずアシェが笑顔のままクエスチョンマークを浮かべ、アルベルトはニヤリと笑う。


「では……」


 ゼトラは静かに何度か呼吸をしてからゆっくりと水晶の球に手を乗せた。

 そして十秒が経過する。


「……あれ?」


 何の反応もないそれに、アシェが首を捻った瞬間、鑑定球は輝き始めた。

 微かな輝きから、次第に光量を増していく。


「わっ!すごい!シルバー級……ゴールド級……ってあれ?……あれッ!?」


 アシェが驚くのは無理もないだろう。

 アシェ・オリビアは今年で二十六になる。冒険者ギルドの受付嬢として就職してから約八年。毎日、毎年、多くの者が冒険者ギルドを訪れ、その能力を鑑定する様子を見てきた。

 その鑑定の水晶球が、見たこともないような輝き方に変化したのだ。

 赤、緑、青、黄、紫、白、黒……。連続的に、奇妙に変化する色合い。


「わー。キレーイ。虹みたーい」


 アシェが場にそぐわない感動の声を思わずつぶやいた所でピタリと光がシルバーあたりで落ち着いた。


「あ。シルバー……ゴールドかしら?ちょっと揺れていますけど、ちょうど境目あたりですね」


 そう言って透明だったタグを台座から引き抜く。


「うん、ちゃんと色が固着していますね。シルバーなのに虹色がかって……。今まで見たことないような変わった色になっちゃいましたけど。どうしましょう、アルベルト様」


 不安げに上目遣いでアルベルトに伺いを立て、アルベルトもそのタグを手にとってまじまじと見た。

 しかしすぐにそれをゼトラに手渡し、微笑んで頷く。


「鑑定球はその人を示す写し鏡のようなもの。この変わった色合いがゼトラの能力だという事だろう。気にする必要はあるまい」

「そういうことなら」


 アルベルトに釣られるようにニコリと笑い、全ての手続きを終えて書類をまとめる。


「では最後の説明です。その冒険者タグは唯一無二のものですので、無くさないようにしてくださいね」


 この冒険者タグは個人の識別に使われるものではあるが、報酬の受け渡し他様々な場面で利用されるものである。

 冒険者は報酬としてかさばる現金を持ち歩くわけにいかないので、この冒険者タグで資金を管理する。いわば財布の代わりのようなものである。

 また宿泊や購買といったお金をやり取りする場面においても専用の魔法端末にかざすだけで決済が完了する仕組みになっていた。

 またタグ自体に監視魔法の一種が仕込まれており、討伐した対象を自動的に記録するようになっている。これによって虚偽の依頼完了を防ぐ仕組みになっているが、依頼外で討伐した魔獣も記録されるため依頼完了報酬とは別に特別報酬が出ることもある。

 ちなみに監視と言っても戦闘行為以外は記録しない仕組みで、プライベートの確保は保証されている。

 記録される情報はかなり正確で、討伐箇所の位置や、殺人などに手を染めても記録されるため気性の荒い者が多い冒険者がそういった違法行為に走るのを自制させる効果もあった。


 このタグのシステムは冒険者用のタグ以外にも職に就いた人なら所属する組織を通して所持しているもので、魔法端末も世界共通規格として多くの場所で利用されているため、このタグを無くすことは死活問題でもあった。

 ただ、再発行自体は本人が鑑定球をかざすだけで容易に出来るものなので、紛失前の資産情報などは冒険者ギルドに照会すればすぐに復活できる仕組みである。


 また仮に本人以外の者が盗んだタグを利用しようとしても、タグに登録されている生体情報と利用者の生体情報が一致しない場合は魔法端末は反応しない仕組みでもあるため、資産目当てタグが盗まれる、あるいは盗もうという者は皆無である。

 とは言え、嫌がらせ目的でタグを奪う者も少なからずいるので、扱いには十分気をつけた方がよいものだと言えた。


 なお、報酬の受け取りは活動拠点となる冒険者ギルドで行うのが一般的ではあるが、宿屋や商業施設等ギルドと提携を結んでいる施設でも報酬払い戻しの魔法端末が用意されている。


「そう言えば……マードルの宿にもそういうのあったかも?」

「はい。あちらも提携施設になりますので、魔法端末はありますね」


 ひとしきり説明が終わったのを見て、情報量の多さに目を回しそうなゼトラに、

「お疲れ様でした。手続きは以上です!明日からがんばってくださいね!」

 と元気よく声をかけて、一礼したアシェは査定アップの言葉を思い出してスキップするかのようにギルドを後にした。

 同じくギルドを後にするゼトラに、その後を追いかけたアルベルトがそっと耳打ちするように声をかけた。


「ゼトラ様は今夜の宿はお決まりですか?」

「あ!どこか泊まれる場所がないか聞きたかったんだ!ギルドの二階って宿屋になってるって聞いたけど、泊まれるのかな」

「ふむ。ですがこの時間はすでに満室かと思われます」

「そうなんだ……」


 困り顔のゼトラを見て、アルベルトが分かっていた、と言わんばかりに微笑む。


「では私邸にご案内させてくださいませ。愛する家族に是非ゼトラ様を紹介したいのです」

「家族……」

「どうぞご遠慮は無用でございます。妻には既に私の素性は話しており、私の主に捧げる忠節は深く理解を得られております。いずれ再興の日が来たら居を移すことも同意を得ております。そのためにも是非、次代の主を紹介させてくださいませ」

「そういうことなら……」


 アルベルトの溢れて留まることをしらない熱意に押されるように、ゼトラはアルベルトの自宅に向かうのだった。




 第二の水濠を超えて大通りに面した粗民街の一角に、ギルドマスターたるアルベルトの自宅があった。

 派手な豪華さはないものの、その立場に相応しい古式ゆかしい建物は周囲よりは目を引くものだった。


「おかえりなさい、あなた」

「おかえりなさい父上!」

「ただいま、レリア、ルチェ、アロイ。今日の宿題は終わったのかい?」

「もちろんです!」

「いい子だ」


 父の帰宅に玄関まで出迎えてきた妻、そして子どもたちの名前を呼んで抱擁を交わす。

 そんな家族の光景をどこか寂しそうな顔で見つめるゼトラを目に留めたレリアが首をかしげる。


「あなた、そちらの子は……?」

「うむ、紹介しよう。以前話したことがあるだろう。アリス様の御子であらせられる、ゼトラ様だ」

「まぁ……!」


 アルベルトの得意満面の笑みに、レリアは口元を抑えて驚き、右手でスカートの裾を掴んで軽く持ち上げ、左手を胸に添える最敬礼を取る。


「お初にお目にかかります、ゼトラ様。私はダニエルユーナイト・アルベルトが妻、レリアユーミ・アルベルトでございます。愛する夫が生涯の主と定めるお母君の御子とこうして拝謁できる幸運に恵まれましたこと、光栄でございます。どうぞ我が家と思い、ごゆるりとお過ごしくださいませ」


 アリスが気品あふれる佇まいなら、レリアはその真逆、極めて素朴な町娘といった佇まいだった。

 焦げ茶に近いブロンドヘアはハーフアップでまとめられ、大人の上品さを感じさせた。


「ゼトラ様、こちらが第一子のルチェ・アルベルト。歳はゼトラ様の一つ下で十四。そして第二子のアロイ・アルベルト。歳は今年で十一になります。さあ二人とも、ご挨拶を」


 促された二人の男子は、畏まった態度を取る両親に最初は驚き、キョトンとした顔で見つめていたが、どうやらとんでもなく高貴な身分の方がいらっしゃったのだ、と察したのであろう。

 釣られるように頭を垂れて、ゼトラは戸惑うしかなかった。


「ルチェ、君には以前少しだけ話したことがあったろう。父さんにはあまり世間におおっぴらに話せない、重大な秘密を抱えている。それがこのゼトラ様に関わることだ。だから今は家族以外の他の方々にゼトラ様のことは話さないでほしい。男と男の約束だ。いいね。アロイもだ」


 子どもたちに視線を合わせて腰を落としたアルベルトの真剣な顔を見て、二人の男の子が力強く頷く。

 もう少しすれば子供から大人へと成長していく未来が見えて、アルベルトは満足そうにうなずき返す。


「もし二人がその立場を望み、ゼトラ様のお許しをいただけるのであれば……。そして来たるべき日が来た暁には、私は二人にゼトラ様をお支えする近衛騎士となってほしいと思っている」

「近衛騎士……!」




 この世界における社会経済活動に参加するにあたって、それを支える職業は様々である。

 子どもたちが幼い頃から憧れる職業というも、当然ながらランク付けされている。

 冒険者は人気の職業ではあるが、間口が広く就きやすい職でありながら、危険な依頼も多くあり、一流の稼ぎを得るには相当の才能が必要である厳しい職業ということも知られているため、子どもたちが就きたい職業第三位に甘んじている。

 第二位が治癒魔法を使い人々を癒やす医療従事者や回復術師で、第一位が王国近衛騎士である。


 王国近衛騎士になるにはまず血統が重視され、貴族や王族分家の出身であること、という極めて狭い間口が最大の難関になる。

 もちろん有能な人材を確保するために平民出身にも間口が用意されている。

 だが専門の王立兵学校に入学するためには才能以外にも、優れた人格者であること、貴族の子供らと並んでも遜色ない品格の良さが認められなければならず、平民出身の入学者は一学年で一人いればいい方で、本年は入学該当者なし、という方が多かった。

 その上で、王国近衛騎士になるためには王立兵学校でトップクラスの成績を収める必要があった。

 優れた成績を収めるには剣術といった武器の取り扱いばかりではなく、魔法の扱い、王を守り支える優秀な頭脳や人格等。

 並大抵の努力では就けない職業。エリート中のエリート、トップエリートのみにその高名を与えられるのが王国近衛騎士という職業だった。


 それ故に、子どもたちの前に突如として用意された人生の選択肢、ゆくゆくはゼトラを支える近衛騎士に、という父の願いは、二人の子供の将来を決定づけるには十分すぎるものだった。


 ――ゼトラ様の近衛騎士になる。


 ここに生まれた新たな主従の忠義の物語は、あいにく本編では語られることはない物語ではあるのだが、二人の子供の小さな胸を歓喜で震わせるには十分だった。


「わかりました、父上。どうかよろしくお見知りおきを、ゼトラ様」


 不慣れながら父の真似事で最敬礼の姿勢をとり、頭を垂れて挨拶を交わした子供たちの瞳は希望に溢れ、輝いていた。


 その日の夜は、家族にとって貴重な夜となった。

 食事をしながらいつになく機嫌がよく過去の冒険譚を饒舌に語る父の姿は微笑ましくもあった。

 これまで耐えに耐えてきた鬱憤を晴らすような快活な語り口に、母子は笑い、この幸せがずっと続くことを願った。

 また家族の団らんというものを知らないゼトラにとっても想像だにしていなかったアルベルトの良き父親ぶりに、記憶にない幼き頃に亡くした父の姿に想いを馳せ、もし父が存命ならこのような家庭になったのだろうか、と胸を熱くさせた。


「おっと、そう言えば肝心なことを伝え忘れておりました、ゼトラ様」

「なんでしょう」


 食事を終え、赤ら顔に仕上がった上機嫌のアルベルト自らゼトラをゲストルームに案内する所で思い出したかのように手を打った。


「ゼトラ様を冒険者として登録を済まされた後、なるべく早いうちに王へ謁見するべし、とのことです」

「王様に……?」

「はい、シャーディ第一王女の危難を救われたこと、既に聞き及んでおります。格別の報奨を与えたいとのことです」

「報奨……冒険者になってもいなかったのに、なんだかこそばゆいよ。辞退できないのかな」


 苦笑するゼトラの気持ちも分かるのか、アルベルトが優しくなだめる。


「王の申し出を断るにも相当の理由が必要であり、今の所その理由が思いつきません。私も随伴することを認められておりますので、ゼトラ様がお困りになるようなことにならないよう、尽力いたします」

「アルベルトさんが一緒なら……じゃあ」

「ハッ。お任せくださいませ。登城の折に、王国と冒険者の関わりについてもご説明申し上げましょう。明日は早ようございます。今日の所はどうぞごゆっくりお休みくださいませ」

「うん、おやすみなさい」


 ニコニコと微笑むアルベルトと挨拶を交わし、ゲストルームに据えられたダブルサイズのベッドに身を投げ出すように倒れ込んだゼトラは目をつむる。


 ――昨日村を出て、王女をお助けして、マードルの宿場町に泊まって、今朝早くにキャラバンに乗せられて、マーカスさんたちと出逢って、子鬼の群れを倒して王都に着いて……ギルドでアルベルトさんに逢って、母さんの昔の事を聞いて……。


 この数日の怒涛の出来事を一つ一つ噛みしめるように思い出しながら、いつの間にか眠りについたのだった。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年08月29日13時頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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