066.真実を暴く
カールウェルズ魔法工学研究所。
所長のテオドロ・レベンダールとメルキュール・ディミエは相対して厳しい目で睨みつける。
その手にはポルトガーベラで海の男が和国商人から購入したと言う爆発魔法を仕込んだ魔具。
それを見せつけるように突き出した。
慌てたのはマーカスである。
「お、おい。そんな危ないものいつの間に」
「大丈夫よ、起動スイッチは外してあるから万が一も起こらないわわよ」
「ならいいんだが……」
「んで。これに見覚えあるかしら?」
厳しく問い詰める口調のメルキュールの視線に耐えきれず、テオドロは目を背けた。
「それは……知らないな」
「嘘おっしゃい。あんたのことを思い出してピンと来たわ。裏でこっそり研究を進めてたやつに似てるわ」
「それは……君も研究に一部関わっていたじゃないか」
「だけど私はすぐに手を引いた。実現不可能と判断したからよ」
メルキュールの眼差しは厳しいものから徐々に冷徹に、そして非難するようなものへと変わっていく。
その視線にますます耐えきれなくなったのか、消え入るような言葉でテオドロが呟く。
「……基礎研究と、実験モデルまでだよ……」
「それを和国に渡したのね?」
「……」
テオドロはそれには答えず沈黙したが、メルキュールは肯定したと判断した。
舌打ちすると、激昂した。
「あんたねぇ……ッ! 自分が何をしたか分かってるのッ!?」
テオドロの胸ぐらをつかみ、殴りかかろうとしたのをマーカスが止める。
ゼトラとアイビスもまた、メルキュールの腕を、腰に手を回してテオドロから引き剥がした。
メルキュールは怒りの余り肩を震わせ呼吸を荒げ、テオドロを憎悪し、侮蔑する眼差しで睨みつける。
マーカス達は戸惑って、メルキュールの肩に手を置いて落ち着くように、となだめた。
「どういうことだ? 説明してくれ」
「……こいつのやったことは、人として最低最悪のことよ……ッ!」
和国人が作製したものと思われる魔具。
それは持ち運びが可能な、使い切りの魔法を仕込まれたものである。
その基礎研究にはメルキュールも関わったが、実現不可能と判断してその研究は止めた。
だがテオドロはその後もコツコツと研究を続け、実験モデルまでは作製したようだ。
その後、その研究結果と実験モデルは和国政府に引き渡され、和国で研究が継続されたようである。
結果、量産モデルまで実現したようだ。
何故メルキュールは持ち運び可能な使い切り魔具は実現不可能と判断して研究から手を引いたのか。
それは魔法を発動させる仕組みに理由がある。
そもそも魔法は内なる自分、精神魂に詠唱文を刻み込むことで修得し、発動が可能になる。
精神魂は元素としてのエーテリウムが大きく関わっているとされ、身体を構成する様々な物質と化学反応を起こして、魔法は発動される。
これを擬似的に、人工的に精神魂を作り出して実現できないか、というのが持ち運び可能な魔具研究のスタートだった。
魔法を使えない者でも魔法が使えるようになれば。
そういう想いでメルキュールも興味を持った。
だが早々にその研究は壁にあたってしまう。
擬似的な、人工的な精神魂の作製にはエーテリウム鉱石から高純度エーテル鉱を抽出することで成功したがその大きさは五十センチ四方まで。
それがエーテルモービルに搭載されたエーテルエンジンのサイズでもある。
メルキュールはその研究結果を元にエーテルモービルの基礎設計を完了させた。
効果が弱いものであれば室内灯のようなレベルであれば小さくても問題ないが、ある程度の威力を発揮させるためにはこれ以上の小型化は無理だ、と判断された。
だが、テオドロは例外的な、かつ非人道的な方法を考えついた。
それは人の身体を構成するエーテルの抽出である。
もともと人工高純度エーテルに匹敵するエーテルを含有する人ならば、より高純度かつ小型のエーテルが手に入る。
……つまり、殺すのだ。
人を殺し、精神魂を支えるエーテルを抽出する。
それを元にすれば持ち運び可能なサイズまで小型化できるのではないか。
そして人よりも多くエーテルを含むという、人に近しく人ならざる者……亜人ならより効率よく抽出できるのではないか。
メルキュールは当然ながらそれに強く反対し、罵倒した。
そんな外道な真似までして実現するようなことじゃない、と。
テオドロはその主張を受け入れたようだったが、密かに裏で研究を進めていた。
メルキュールも最初に手に入れた魔具を見て、まさか、と脳裏によぎった。
だが、そんな外道な方法できるはずがない。人工高純度エーテル鉱を実用レベルまで小型化に成功したのか、と思った。
あるいはそんな研究に自分も関わっていたことを思い出したくなかった。忘れたかったのかもしれない。
だから敢えてそれは言わなかった。
しかしテオドロがあの後もその研究を続けていたとしたら?実現していたとしたら?
嫌な予感が、まさに目の前に実物として存在していた。
「おそらくこの爆発魔法の魔具一つで、亜人三人分の命が使われているはずよ……」
「なんて野郎だ……」
「ヒドい……!」
メルキュールだけはなく、マーカスも、ゼトラも、フィオリーナ、アイビスも厳しい目つきでテオドロを睨んだ。
その魔具自体は和国が作ったものなのだろう。
だがその基礎研究データと、実験モデルを引き渡したテオドロの罪は、あまりに深い。
メルキュールが皆の気持ちを代弁するように罵る。
「あんたの研究者、発明家としての才能は認めるけど、目的を達成するために手段を選ばない、性格どクズな所、昔っから大嫌いだったわッ! あんたなんか絶対に認めないッ!」
「だが魔法科学の発展には犠牲はつきものだろッ!?」
「他人の命を犠牲を強いた発展なんか、絶対に受け入れられないッ!」
メルキュールが浴びせる罵倒に、開き直るようにテオドロが鼻で冷笑し、大げさな素振りで両手を広げる。
「だが見ろッ! これをッ! おかげでこの研究所もッ、この街もッ、この国もッ! 和国が落とした金でここまで発展したぞッ!? この研究所だって、予算を渋るカールウェルズ政府に変わって投じられた、和国の寄附金でできたものだッ! その上に君も立っているんだッ!」
「なんですって!?」
「和国は金の使い方をよく知っている! 教育に! 研究に! 未来に! 躊躇することなく資金を投じるからここまで発展したんだ! 貴族の懐を潤すだけの金の使い方しか知らない政府なんか信用できるものかッ!」
「あんたってやつは……本当に……ッ!」
「じゃあ私をどうするッ!? 告発して投獄するかいッ!? そしたらエーテルモービルの開発は誰がやるッ!?」
「……ッ!」
ギリっと歯を食いしばり、テオドロを睨みつけるメルキュール。
しかし決意するように大きく息を吸い込んだ。
「いいわ……ッ! 私がやってやろうじゃないッ! 誰があんたなんかが作ったエーテルモービルに乗ってやるもんですかッ! あんたが作った『サラマンダー』とやらなんかより、ずっと速いやつを作ってやるわよッ!」
「メルキュール!?」
売り言葉に買い言葉。
啖呵を切ったメルキュールを止めようとゼトラは慌てた。
だがその声が聞こえないのか、メルキュールが振り返る。
そこには、研究室の外からメルキュールとテオドロの口論の様子を、恐る恐る見守る研究者と職員の姿があった。
「そこ! 警察に連絡! 通報内容は殺人容疑と国家機密情報漏洩容疑よッ!」
「は、はい!」
慌てふためき、職員が研究室を後にする。
一方テオドロは胸を反らして、嘲るように笑う。
「ハッハッハ! そんなことできるものかッ! ここには僕しか開けられないブラックボックスが山程あるぞ! そんなもの君にだって解けるはずがない!」
「首席卒業をなめるなッ! あんたの小細工程度三日もあれば十分よッ!」
「言うじゃないか!」
それからもしばらく口論が続けていると、バタバタと慌ただしく公国警察官が駆けつけた。
職員がテオドロを指差し、警察官が入室してテオドロを後ろ手に拘束する。
連行される時、すれ違い様にメルキュールが憎々しげにテオドロを睨みつけた。
「魔法科学が発展する姿を見ることなく、一生牢屋の中で過ごすことね……!」
「ふん! 如何に天才でも、安々とできるものかッ!」
連行された背中を見送った後、ふらりとメルキュールが倒れかかり、それを慌ててアイビスとフィオリーナが支えた。
メルキュールはまた大きくため息をついて、苦笑してマーカスを見た。
「ごめん。なんか頭に血がのぼっちゃって、変なことになっちゃった」
「しょうがないさ」
「てことで、しばらく昼間は離脱するけど、宿には帰るし、朝と夜のご飯くらいは一緒にいさせて」
「……わかったよ。あんま無理するなよ」
「うん……」
メルキュールは肩を落として足の踏み場もない研究室を眺めて、また大きくため息をつくのだった。
その後、事務的な手続きとしてメルキュールは臨時の所長代理の職を得ることになった。
また機械いじりが得意な助手をつけてくれ、と頼むと、立候補した二名の研究者が共にエーテルモービルの開発に取り組むことになった。
もし可能なら停滞気味の他の研究にもアドバイスがほしい、と請われるとメルキュールはそれを快く快諾した。
こうしてテオドロはカールウェルズ魔法工学研究所から追放された。
だが伝説の天才の帰還はあっという間に首都イザベリアに広まり、大きな話題を呼ぶことになった。
しばらくの間ひっきりなしに挨拶や面会を求める来訪者が絶えなかったが、メルキュールは全て固く断った。
公国警察も特務として二十四時間護衛につくことを願い出て、その身の安全を保証した。
メルキュールが和国の寄附金には頼りたくない、と言うとカールウェルズ公国政府から寄附金額を大幅に上回る臨時の予算がつけられ、研究所は大騒ぎになった。
今まで維持費をわずかに上回る程度の額しか予算がつけられなかったことを考えると異例中の異例の対応だったからだ。
公国政府はそれだけメルキュールの才能を重視したのであろう。
それからおよそ一ヶ月の間、臨時所長代理としてメルキュールが残した功績は、その後の魔法科学文明の発展に大きく寄与することになるのだが、その話はもう少し後のことである。
メルキュールとは「じゃあまた夜にね」と別れを交わし、早速研究室の掃除から格闘を始めたメルキュールを残して研究所を後にした。
向かう先はもう一つの目的、カールウェルズ魔創公国首都イザベリア冒険者ギルドである。
ここにはゼトラの母アリスの旧臣がギルドマスターを務めている、とアルベルトから聞いている。
冒険者ギルドはかつては交易路に面した正面城門の直ぐそばにあったが、二年前の区画整理の際に街も拡張されて、交易路自体も付け替えられた。
これに伴いギルドは中心市街地からはるか十キロ南の郊外にまで、その拠点を移動させられた。
果たしてそれが公国政府の意向なのか、和国政府の意向なのかまでは分からないが、当時は扱いとしてはかなり侮辱的にも映ったのではないだろうか。
エドチン南区線の終点を降りるとそこは閑静な住宅街で、確かに「この先冒険者ギルド徒歩三十分」という看板があった。
閑静な住宅街は次第に畑とちょっとした林しかない寒村へと移り変わり、三十分ほど歩いた所に、そこにあるのは似つかわしくないような豪華な建物と、通りに面した所にいくつかの商店や酒場、宿が立ち並ぶ所に出た。
その風景はある意味ではエイベルク王国における通りすがりの宿場町にも近いものがあった。
ギルドホールに入ると和国人の姿が目につかなかったのはアイビスにとっては幸いだったが、和国人どころか冒険者の姿さえも少なく、閑散としていた。
窓口の数だけは無駄に多く、人員を削減しているのか半分以上は閉鎖され、開いている窓口には暇そうな女性職員が頬杖をついて閑古鳥が鳴くギルドホールをぼーっと見ている。
そのうちの一人にマーカスが声をかけた。
「暇そうだな」
「いらっしゃいませ。今日はどのような用件ですか? ご依頼の受注はあちらの掲示板にどうぞ」
そう言って案内するような手付きで示した掲示板には、これまた数える程度の紙切れが淋しげに微風に揺らいでいる。
「ギルドマスターに会いたい。ゼトラ・ユーベルクが会いに来た、と伝えてくれないか」
「はい、畏まりましたー」
他所では警戒されたギルドマスターとの面会も、ここではそんな事もなく、すんなりと話が通った所を見ると余程ギルドマスターも暇なのだろう。
しかし丁重に案内したまえ、と命じられたのか職員が少々緊張した面持ちでマーカスのところに戻ってきた。
「すぐにお会いになるそうです。どうぞこちらに……」
「ありがとな」
「いえ……」
ニコリと笑って感謝の言葉を述べたマーカスを見て少し頬を染めたその女性職員に案内されて、マスタールームへと通されたのだった。
予告。
首都イザベリアの冒険者ギルドを訪れた『明けの明星』
そこで旧臣の一人、ミヒャエルと出会う。
ミヒャエルが明かす、決意とは。
次回「067.忠臣の決意は気高く」
お楽しみに。
ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年10月31日お昼頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




