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064.再会の都に

「見違えたなぁ……」

「土地勘全然わかんない……研究所どこよ……」


 ベルトパーパスを発った翌日。

 午後早くに首都イザベリアに到着した『明けの明星』一行。


 首都イザベリアはマーカスが初めて冒険者登録をした地であり、メルキュールが通ったカールウェルズ高等魔法術学校がある地である。

 五年近く住んだ、慣れ親しんだ街。

 そして二人は四年前に逃げ出すようにイザベリアからエイベルク王国を目指した。

 だが、この四年間で遂げたイザベリアの変化は二人を困惑させた。


 一番に目を引いたのは、駅を出て直ぐ、横の通りの和国街だった。

 ジャンジャンとやかましい銅鑼がかき鳴らされ、緑色の屋根瓦は黄金色で縁取られ、ポールに青、黄、赤それぞれ三色の旗が毳毳(けばけば)しくはためいている。

 チラリと見かけた和国人の姿を見ないようにアイビスが顔を背けると、ゼトラがそっと抱き寄せた。

 視線を交わしてフフと微笑み、頬を染める。

 二人の間に割って入るようにフィオリーナが腕に絡み、三人揃ってマーカスを見た。


「さっき構内で見かけた市街地図を買っときゃよかったぜ。ベアトリシュと再会する方が早いか」

「そうね……」


 メルキュールがゴソゴソと懐から紙切れを取り出し、それを見る。

 もしイザベリアに到着したら、ここに来て、ここで働いてるから、と住所を書いたメモを渡されていた。


「うーん……西区一番街の……ハンザー通り?そんな通りあったっけ……」


 とりあえずパン屋さんみたいよ、と肩をすくめると、ちょうど通りかかったカールウェルズ人に声をかけた。


「西区一番街のハンザー通り?ああ、それならエドチンで行くといいですよ」

「エドチン?」

「失礼。あれですよ」


 指差した先に、魔動力列車と少し似た形をした、専用軌道を走る市街地用の三量編成の列車があった。


「正式にはエーテル動力列車って言うんですけどね。チンチンって鐘を鳴らしながら走るので、エドチンって呼ばれてるんです」

「な、なるほど……」


 メルキュールのネーミングセンスないなぁ、というボヤキにマーカスが苦笑しつつ、しかしこれも慣れれば親しまれるのだろうと無理やり納得した。

 青色の車体に乗って、五番目の停車駅で降りてくださいね、と親切に教わり、待つこと二十分。

 言われた通り、青色の車体の三両編成の列車がチンチン、と鐘を鳴らしながら停車場に入構した。


 ドドドと降りて来る大勢の人人人。それが済むとまたドドドドと押されるように乗り込む人人人人。

 ギューギュー詰めの満車状態の中、ゆっくり列車が動き出す。


「ご乗車ありがとうございます。こちらの列車は西区行き。終点は五番街になります。料金は定額で銅貨三枚となっております。お降りの際は決済(スティルメント)タグをご用意くださいませ。現金支払の場合はお降りの際にお声がけくださいませ」


 機械的な案内を聞きながら、むぎゅーっと押しつぶされそうになるのを耐えて、どうにか押し合いへし合いしつつ、窓際まで移動した。

 女性陣を窓側に押しやり、男性陣が背後からの圧力に押されないようにカバーする。

 壁ドンならぬ窓ドン状態に、フィオリーナとアイビスはゼトラの顔を見上げて頬を染め、メルキュールはイシシと笑いながら、圧に耐えるマーカスを見上げた。


「ほらほら頑張れー」

「こいつ、押しつぶしてやろうか」

「やだーこわーい」


 小声でやり合う二人に、ゼトラと少女二人はクスクス笑う。


 おおよそ二百メートルごとの停車場が過ぎる度、少しづつ満車状態が解消されていった。

 三番目の停車場を過ぎる頃には窓ドン状態は解消されて、ゼトラはホッと一息ついたが、少女たちは何故か残念そうである。


 ちなみに、街なかで大剣は勿論、護身用ナイフですら装備していると公国警察に職務質問されますよ、というアドバイスを事前に受けていたので、ポーチの中にしまってある。

 周囲を見れば女性は動きやすそうなドレス、男性はシャツにパンツ姿の動きやすい服装で冒険者装束の重装備姿は居ない。

 そういう意味では『明けの明星』はかなり浮いている。


 ジロリジロリと感じる視線は決して和国の工作員ではなく、今どき珍しい服来てるのね、という視線である。


「四年前なんて冒険者がほとんどの街だったのに……」

「なんか恥ずかしくなってきちゃった……」


 フィオリーナが心細そうにゼトラの腕を掴み、アイビスもソワソワと自分の身なりを確認する。


「郷に入っては郷に従えって言うし、時間が出来たら着替えましょ」

「うん……」


 ゼトラは不安そうな、そして恥ずかしそうな女性陣とは違い、別に着ている服なんてどうでもいいじゃないか、と思っていたようだ。

 だが少女たちの表情を見て、周囲の目はやはり気になったのだろう。


「着替え、買わないとね……」


 とポツリと呟くと、キラリとフィオリーナが目を輝かせた。


「一緒に行く!」


 アイビスも、もちろん私も、と言うように、袖をちょん、とつまんだ。


「みんなで行こうね」


 ニコリと笑いかけるゼトラに、フィオリーナとアイビスはまた頬を染めて頷くのだった。


「まもなくハンザー通り前、ハンザー通り前です。お支払いはタグのご利用を……」

「おっと、五番目だぜ」


 アナウンスを聞いて慌てて出口に移動すると、ギルドタグを取り出すのだった。


「んで、なんて店名なんだ?」

「ナックルシザーズブレッドだって」

「パン屋さんねぇ……」


 エドチンから降りて辺りを見渡すと、ここらは飲食街のようである。

 土地勘の無い人間に、ここからパン屋を探し出せ、とはかなり難易度が高い。

 それほど多くの食事を楽しめる店舗がずらりと並んでいた。


 こういうのは聞くのが早い、とちょうど通りかかった地元の人間を捕まえると、通りの向こうにパン屋らしきのぼり旗が見えた。


「君たちも野沢菜オヤキかい? あそこのは人気だからもう売り切れてると思うよ」

「そうなんだ、ありがと!」


 そんなことは聞いていない、と思いつつ親切な男性に礼を言い、目指すパン屋へと足を向けたのだった。


「メル!? メルじゃない!来てくれたのね!」


 レジカウンターで忙しそうに接客していたベアトリシュが、入店した客をメルキュールと認めて、歓喜の声をあげた。

 メルキュールも笑顔で手を振り返し


「忙しそうだし後にしようか?」


と聞くと


「後少しで休憩だから二階のオープンテラスで待ってて!」


とベアトリシュが食パンがぎっしりと詰まったトレイを商品棚に並べながら言った。


「ついでに売上に貢献してよ」


 パチン、とウインクをするベアトリシュにメルキュールも笑って頷く。


「ちょうど小腹が空く時間か」


 マーカスも陳列されているパンが気になったようで、商品棚をグルリと見渡す。

 下は銅貨一枚、高くても銅貨五枚とお手頃価格のパンがこれでもかと並べられ、どれか一つを選ぶのには時間がかかりそうである。


「ゼトラ、何にする?」

「迷うねー」


 ゼトラはフィオリーナに聞かれたが、どれも美味しそうに見えて、目移りするばかりで一向に決まらない。

 アイビスも悩んだ様子で首を傾げ、困っているようだ。

 ゼトラはその様子を見て、ふと思いついたようにアイビスに声をかけた。


「みんなで別々の買って、半分こにしようか」

「あ、それいい!」

「うん……!」


 嬉しそうにフィオリーナとアイビスは頷き、それぞれ自分が食べたいものを一つ手に取って、会計を済ませたのだった。


 二階のオープンテラスは店舗の奥に階段を上がった先にあって、解放感溢れる空間だった。

 なるほどオープンテラスを入り口の上まで張り出させることで、階下を雨を凌ぐ場としても利用してほしい、という思いが込められているようである。


 円卓テーブルを囲むように座り、パンを一つ乗せたトレイを並べる。


 ゼトラはチョコレートとクリームをスコーンで挟んだショコラスコーン。

 アイビスはカスタードクリームを包み、その上から粉状にしたメープルシュガーをまぶした菓子パン。

 フィオリーナは粒あんを包んだあんパン。

 それぞれ半分にカットして、二分の一は自分に、残りの半分をさらにカットして、四分の一をそれぞれのトレイに載せる。


「ゼトラ、あーん♪」


 フィオリーナが四分の一にカットしたあんパンを、無邪気にゼトラの口元に押し付けてきて、ゼトラも笑ってそれを一口で頬張る。


「うん! 美味しい。さっぱりした甘さだね」

「えへへ、ね! ゼトラも!」


 フィオリーナはそう言うと餌をねだる雛のように口を開けて、目を閉じる。


「はい、あーん」


 ゼトラもニコニコ顔で、フィオリーナの口にショコラスコーンを放り込むと、美味しー!と足をばたつかせた。

 二人を見ていたアイビスは、自分もやってみたいという思いと、ひと目がある前でなんだか恥ずかしいという思いの鬩ぎ合いに、モジモジと上目遣いでゼトラを見ては、手元に目を落とし、と躊躇する。

 それを見たフィオリーナが、アイビスのトレイに置いた、あんパンを手にとった。


「はい、アイビスもあーん♪」

「え……」

「あーん♪」

「あーん……」


 フィオリーナの押しに負けて、アイビスも口を開けると、そこにあんパンが放り込まれた。


「うん……美味しい……」

「じゃあボクもあーん」

「えぇ……?」

「あーん」


 ショコラスコーンを差し出してきたゼトラに、アイビスは躊躇する。

 だがニコニコ笑顔に負けて、思い切りかぶりつくようにそれを頬張った。


 ……ゼトラの指に唇が触れたような気がして、アイビスは顔を真っ赤にして顔を伏せる。


 クリームが甘いような、チョコレートが苦いような、恥ずかしさが上回って、とりあえず味はよくわからない様子である。


「美味しい……と思う……」

「あれ? 合わなかった?」

「あ、違くて、美味しい。美味しいんだけど……」

「よかった」


 ゼトラは平然と唇が触れた指をぺろりと舐めてニコニコとして、アイビスはそんなゼトラにどう反応すればいいのか困惑した。

 ふと、フィオリーナが期待の眼差しでアイビスを見つめているのに気づいて、微笑んであーん♪のお返しをする。

 しっかり甘いカスタードクリームと、しっとり甘いメープルシュガーのコラボレーションに、フィオリーナは感激した様子である。

 そしてアイビスが横目でゼトラを見ると、あーんしてくれるのかな?してくれないのかな?とニコニコソワソワしていた。


「うぅ……はい、あーん……」


 そっぽを向きつつ、ゼトラの口元に押し付けるようにクリームパンを差し出すと、ゼトラがアイビスの指を舐めるようにしてパクリと食べた。


「……ッ!」


 ニコリと……いや歯を出してニヤリと笑い、真っ赤なアイビスを見るゼトラ。


 ――わざとだ!


 アイビスはイタズラされたと気づいて、指に残るゼトラの唇の感触を気にしながら、高まる胸の鼓動を抑えつつ、残りのパンに口をつけたのだった。


 ベッドの中では仲良く身を寄せ合うくせに、衆目では少しだけ距離を空ける二人。

 そこに一歩踏み込むゼトラと、半歩下がるアイビス。

 押したり引いたり、忙しい恋模様だった。


 一方、マーカスとメルキュールはと言うと。

 マーカスはハムとモッツァレラチーズ、レタスを挟んだパニーニ。

 メルキュールはパゲットに溶かしたバターを塗って砂糖をまぶしたもの。

 なんともカットしづらい物をセレクトしていた。


 微笑ましくイチャイチャする三人を見て、やおらメルキュールもマーカスがかぶりついていたパニーニを睨みつける。


「あんたもそれちょっと寄越しなさいよ」


 マーカスの手首をぐいと引き寄せて、がぶりとかぶりついた。


「おま、食いすぎだろ」

「ケチくさいわねー」


 そう言うと、自分のかじったパゲットを差し出して、マーカスも負けじとそれを大きく頬張る。


「うあヒドイ! 私そこまで食べてないでしょ!」

「お互い様だろ」


 残り三分の一になったパゲットをシュンとなってかじるメルキュール。

 間接キスなど気にする素振りもなく、残ったパニーニとパゲットをそれぞれ片付けるのだった。



「お待たせー」


 そこに休憩に入ったベアトリシュが駆けつけてきて、円卓に割り込んで座った。


「繁盛してるじゃない」

「忙しい時間はもう、ほんと忙しいのよ」


 ベアトリシュはクタクタな様子で、少しグッタリとして、自分のおやつを頬張った。


「それにしてもさ、四年前に西区なんてあったっけ? 街並みも様変わりしちゃってて、全然分からなかったわ」

「あぁ、西区は旧バーレイン区よ」

「あー! バーレイン区かー!」

「条約締結後に和国のお金が入ってきて、二年前にエドチンの路線整備と一緒に全都市規模で区画整理されちゃってさ、ほとんどが旧区名になっちゃったの」


 メルキュールが納得したように頷き、あのお店は今はここで、あの公園は今もそのままで、あれはここに移動して、等昔話に花を咲かせるのをゼトラたちも楽しげに見守る。


 その話の中でメルキュールとベアトリシュが通っていたカールウェルズ魔創公国が南区のはずれ、郊外へ移動したことや、その近くに目的のカールウェルズ魔法工学研究所があることを確認した。


 だがいくつか気にかかる点があった。


「ここって意外と和国人少ないわね。ベルトバーパスとか和国人しかいない印象だったからちょっと構えてたんだけど。それとも西区だけ?」

「西区は反和国派の人が多くて、和国人もあまり近寄らないみたい。政庁がある中央区とか東区は多いわよ。特に駅を挟んで反対側の北区なんてカールウェルズ人はほとんど住んでないくらいよ」

「うわー。じゃあ四分の三は占拠されてるんじゃない」

「そうなの! だからもう、元から住んでるカールウェルズ人にとっては、目の上のたんこぶよ」


 肩をすくめるベアトリシュが、ため息をつく。

 そしてゼトラを見て、ニコリと頷いた。


「もしみんな良ければ、後日でいいから私たちが支持する公爵家に紹介したいの。公爵家も是非って言ってるから」

「そう……そうねぇ……」


 やっぱりそうくるわねーと思いつつ、メルキュールが適当に相槌を打つ。


「あ、ところで、ギルドってどこにあるんですか? どこにも案内ないし……」

「冒険者ギルド? 無くなったわ」

「えぇ!?」


 ゼトラが思わず立ち上がり、目を見開く。


「……というのは大げさで、もう郊外も郊外。市街地からかなり遠くの所に押しやられちゃってさ。イザベリアの中心地より、南のワーレッドシティの方が近いんじゃないのって場所に移されちゃったの」

「そ、そうなんだ……」

「エドチン南区線の終点で降りるとギルドの看板があって、その看板の案内に従って三十分くらい歩けばギルドよ」

「ありがとうございます」

「ふふっどういたしまして」


 礼儀正しく頭を下げたゼトラに合わせてベアトリシュも頭を下げる。

 と、そこに階下からベアトリシュを呼ぶ声がした。

 どうやら休憩時間も終わりのようである。


「今日泊まる宿は決まってる?」

「まだよ~」

「じゃあここが私たちの家の近くにあって、安いけど評判がいいから。晩ごはんはうちに来てね!ご馳走しちゃうわよ」


 ベアトリシュはそう言うと、準備よく懐から取り出した広告チラシを押し付けて手を振って戻っていった。


 さてどうするか、と相談した所、今日はひとまず宿でゆっくりして晩ごはんをご馳走になり、明日はちょうど南区経由で行けるので、最初に目当ての研究所。

 その後ギルドに行こう、ということになった。


「あ、あのさ」


 予定が決まった所で、フィオリーナが手を挙げた。


「なーに?」

「服……買いに行かない?」

「そうだった。忘れてたわ」


 五人で集まって顔を突き合わせていれば冒険者装束でも全く気にならないが、ふと周囲と見比べればその重装備姿はやはり浮いている。


 明日午前中に服を買いに行く予定をねじ込み、パン屋を後にしたのだった。

予告。

無事ベアトリシュと再会した『明けの明星』

メルキュールの旧友が所長を務める研究所に赴く。

そこで待ち受けるものとは……。


次回「065.機械は囁き」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月29日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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