063.魔都に続く道を指し
その翌日。
ようやく港町ポルトガーベラを後にした。
大勢の街人だけではなく、在住の和国商人にも大きく手を振られて見送られ『明けの明星』は二頭の馬に分かれて乗り、メルホートへ向かう。
ゼトラたち三人の子供を乗せたエクリプスは、久々の遠駆けに随分と張り切っていた。
常歩ではあるが、トコトコと脚を振り上げて、随分と機嫌が良さそうである。
ものの数時間でメルホートへと到着したのだった。
なお、いざお別れという時になって、エクリプスがゼトラの袖を甘噛みして離そうとせず、もっと遊ぼうよ、一緒にいてよ、としきりに嘶いた。
ゼトラはそれを見て思う所があったのか、エクリプスを引き取れないか、と相談を持ちかけた。
その申し出にオーナーは顔をしかめて渋った。
だが、エクリプスが別れを惜しむようにゼトラの服を甘噛して離そうとしなかったのを見て、さらにはそれを引き離そうとした厩務員に白目を剥いて威嚇してきたので、諦めはついたようだ。
金貨二百枚とややお高い譲渡金を支払い、エクリプスはゼトラの所有馬となった。
しかしこの旅の道中にエクリプスを連れて行くこともできず、どうしようかとリンクドスネールで相談した所、レイモンド・フォークがひとまずニアベルクで引き取りましょう、と提案した。
そしてその後、王都グランマリナに移送しましょうか、という事になった。
幸いにも整備が進む旧スラム街には土地の余裕があるので、公園の一角にエクリプスを繋養する厩舎を設けることにしたようだ。
ゼトラの無理なお願いに対応してくれた事に謝罪と感謝の言葉を述べると、レイモンドは殿下の可愛い我儘に応えるのも忠臣の努めでございますから、と笑い、お気になさらず、と答えたのだった。
ゼトラが三日後くらいに迎えがくるからね、と言い聞かせると、エクリプスは嬉しそうに美しい黒鹿毛の馬体を震わせて大きく嘶いた。
また遊ぼ、と言うように甘えてきて、ゼトラはその頬を撫でると、鼻面に軽く口付けした。
するとまた嬉しそうにブンブンと首を大きく振って、ようやく別れを済ませたのだった。
メルホートからカールウェルズ魔創公国首都イザベリアまではおよそ千キロ。
あと一つ中核都市を挟んで二日の行程になりそうである。
事実――
「護衛任務なんかありゃしないぜ。行きたきゃ魔動力列車で行けって言われたよ」
「世知辛い世の中ね」
――都市間移動に人気の護衛任務はいよいよ消滅していた。
カールウェルズ魔創公国より発祥した魔法科学文明技術の発展は、冒険者稼業のあり方にも大きく影響を及ぼそうとしていた。
魔動力列車の運賃はおよそ百キロ毎に銀貨一枚で計上されるようで、一人銀貨五枚を支払い、西へ約五百キロの中核都市ベルトバーパスへと向かった。
ベルトバーパスに向かう途中で停車した、旧宿場町もかなり都市の規模が大きくなっており、もやは小さな宿場町だった面影は残っていない。
興味深そうにそれを見ながら、あっという間にそれは過ぎていく。
文明の発展は冒険者だけではなく、そこに住まう人々の生活にも大きく影響を及ぼしていることを実感させた。
恐らく四年前にそこを通過したであろう、ゼトラの母アリスもよもやたった四年でここまで発展するとは想像もしていなかったに違いない。
なお、ベルトバーパスに到着したのは日が暮れる間近の夕刻で、駅の構内は帰途につく人々の賑やかさで騒がしかった。
カールウェルズ人も当然いるにはいるのだが、やはり和国人が目につく。
およそ半分は和国人、と言っても過言ではない。
アイビスも和国人を見て反射的に身体が震えるような事もなく、慣れつつあるようだが、やはり心細いのか、ゼトラの背中に隠れるようにしてその後に続いた。
宿を確保する前に、ひとまずギルドへ、と向かった。マーカス曰く
「一応ギルドの依頼はチェックしておきたい」
ということである。
まもなく総合窓口の閉鎖時間ではあるが、急ぎ足でギルドに駆け込み、めぼしい依頼はないか漁るように掲示板を見る。
サラリと見た限りではベルトパーパス周辺の依頼はなく、南北遠く離れた地での魔獣討伐依頼が中心だった。
「どれもパッとしないし、あっても遠方ばっかりね」
南の沿岸沿いならまだしも、北はより険しくなっていく山地帯である。
少なく見積もっても移動だけで片道十日以上はかかる行程で、さすがにそこまで足を伸ばす余裕はない。
ちなみに、マーカスが気になっていたドワーフ族関係はさっぱり無くなっていた。
どうも先日マーカス達が決行した救出作戦の影響で、移送は中断したようである。
前日までにすべての依頼が取り下げられたようだ。
マーカスは密かにほくそ笑み、安堵するのだった。
ともあれ、ベルトバーパスで一泊して、いよいよ明日、首都イザベリアに向かうことにした。
ギルドでオススメの宿がないか聞いた所、五人で泊まれる部屋ならここと、あそこと、と紹介されて向かうことにした。
もしお金がなければ公園の広場が冒険者のために解放されているので安全に野宿もできますよ、と案内されたが女性陣がお風呂に入りたい、とごねて結局宿に泊まる事にした。
聞けばベルトパーパスの北西およそ十キロの所に火山地帯があるそうで、この都市の宿はどこも乳白色のかけ流しの温泉浴場があるそうだ。
メルキュールがウキウキで先頭に立って歩き、肌に良いと評判の温泉宿に向かうのだった。
「五人様ですと、こちらのスイートルームしか空いておりませんが……」
チェックインしようとした時間の問題か、どこの部屋も一杯だった。
宿のカウンターで受付嬢が唯一空いている部屋はこちら、遠慮がちに紹介してきた豪勢なスイートルーム。
その値段を見てマーカスは目をひん剥いた。
「大金貨一枚か……。さすがスイートルームだな……」
やっぱり公園の広場で野宿にしようぜ、とメルキュールを見たが、全く聞こえていない。
「いいじゃない!天然露天風呂付きよ!誰にも邪魔されずにゆっくりできるなんて、ステキ!」
嬉々として、媚びるような上目遣いでマーカスを見る。
しかしその上目遣いには何一つ反応することもなく、マーカスはアイビスとフィオリーナを見た。
やはり目を輝かせており、興味津々でスイートルームを描いたスケッチを見ている。
それでもなお躊躇するマーカスを、ゼトラが苦笑して小突く。
「お金ならもらったのがあるし、それを使えばいいんじゃない?」
「うーん……できれば使わず突っ返したかったんだが……」
ポルトガーベラでの人食いクジラ騒動を解決した大宴会の翌日、マーカスが朝起きて懐を探った所、見に覚えのない大金貨五枚入りの袋を見て驚いた。
ゼトラ曰く和国商人が礼金として押し付けてたものだ、と言う。
そこでマーカスは一切手を付けずに突っ返してやろうと思ったが、それを押し付けてきたのが誰だったかまでは覚えていないのでは返しようがない。
「ふむ……じゃあパッと散財しちまうか」
「マーカス話が分かるぅ!」
メルキュールが珍しくマーカスの腕に飛びついて喜びを前面に押し出すと、マーカスもさすがに苦笑した。
「じゃあそのスイートルーム、一泊頼む」
「畏まりました。ありがとうございます!」
食事の時間やマナーなど決まりごとなどの説明を受けて、案内された豪勢な作りの扉を開けると、メルキュールとフィオリーナがきゃーと可愛く悲鳴を上げた。
「広~い~!金ピカ~!」
「こんなの初めて!」
おおよそスイートルームとは無縁だった冒険者生活。
思わぬ泡銭で泊まる豪勢な部屋に、マーカスもどこか嬉しそうだ。
「さすがにどうかと思ったが、あんな顔を見せられちゃ、泊まってよかったと思うしかないか」
アイビスも嬉しそうに豪華な装飾品を見て、これはなんだろう、と可愛く首を傾げている。
ゼトラもそれを見て、目を細めるのだった。
リビングルームと応接間を挟むようにレストルームが対で二つあり、天蓋付きのダブルサイズのベッドがそれぞれの部屋に二つづつ。
念の為、盗聴、監視の魔具を炙り殺す虫殺しの魔法をメルキュールが念入りに走らせたが、流石にスイートルームではそういうのはないらしい。
レストルームを確認すると、マーカスがにっこり笑ってメルキュールを見た。
「お。よかったじゃん。寝相の良さを見られなくて済むな」
「は?あんたが一人で寝なさいよ」
「ゼトラには見られてもいいのか?」
「ゼトラはあんたみたいに嫌なこと言わないもん。ねー?」
「えぇ……?」
そういう問題じゃない、と抗議しようとしたがメルキュールはお構いなしにベランダに出た。
ベランダの扉を開けると、左右に更衣室を示す名札の下がった扉。そして正面にもう一つ扉。
その扉を開けると、そこには屋根のない天然風呂があった。
「わっ。お風呂も結構広いじゃない!」
十人程度は一緒に入れる広めの浴場が、ちょうど中間あたりで簡易な間仕切りで仕切られている。
どうやら男、女で分かれて入れるように、という配慮らしい。
間仕切りは取り払うこともできるように、簡単な取り付けになっていた。
一応男女で分かれて入れるようにという配慮にはなっているが、間仕切りの途中で人二人分のスペースが空いており、隣を覗き見ようと思えば容易に覗ける構造である。
食事の前にまずひとっ風呂、という事になり男女で分かれて更衣室に入る。
「見たら死なす!」
「頼まれても見ねぇよ」
マーカスとメルキュールが相変わらずの軽口を叩きあいながら、分かれて天然風呂に入るのだった。
「とは言いつつ、やはり風呂はいいな」
「命の洗濯だっけ」
「そうそう」
間仕切りの向こうから聞こえるキャッキャウフフな姦しい声を、聞こえていない振りをしつつマーカスとゼトラが肩を並べて星が輝き出した空を見上げる。
メルホートからベルトパーパスまで一日がかり、五百キロの魔動力列車の旅。
特段疲れるほど運動もしていないが、じっとしているだけでもやっぱり疲れはする。
腕がなまるのも嫌だし、ギルドで軽く修練してからイザベリアに向かうかな、など話している所に、フィオリーナが間仕切りの隙間からひょっこり顔を出した。
「どうしたの?」
「ゼトラ、来て来て」
「?」
魔力枯渇で体調でも悪くなったのかと心配になり、隠すべきと所を乳白色の湯で隠すように屈みながら間仕切りの隙間まで移動すると、フィオリーナがいきなりダイブするようにしがみついてきた。
「わっ!ぷ!」
「アハハ!」
どうやら単に甘えたかっただけのようである。
ゼトラの視界の端にチラリと他の二人も見えた。
乳白色の湯と湯気に隠れて辛うじて見えなかったものの、慌てて背中を向ける。
「あらやだ~。ゼトラもこっち来る~?」
「いかないよっ」
悪戯な笑みを浮かべたメルキュールの問いに、食い気味で即答するゼトラ。
フィオリーナはお構いなしに、いつもように腕に絡みついているが、さすがのアイビスは躊躇するようだ。
じゃれつくフィオリーナと苦笑するゼトラの横顔を見て、うーん……と考える。
だが意を決したように、頬を染めてブツブツと呟く。
守るべき一線は守る、隠すべき所は隠す。
それが男には魅力的に映る。
マーカスの教えに素直に従い、アイビスは胸元を隠しながら、ゼトラから見えないようにスススと横に滑っていく。
そして……。
「えっ?」
「み、みないで……」
顔を真っ赤にしたアイビスは、ゼトラと背中合わせになって、湯船に口元までぶくぶくと沈んだ。
フィオリーナもそれに倣ってゼトラの背中合わせになると、腕に絡んでキャッキャと楽しげに笑う。
間仕切りの途中、人二人分空いた隙間で健全な(?)お付き合いを楽しむ子どもたちに大人たちは仕方ないなぁ、と笑う。
アイビスとゼトラもまた、触れ合う微かな背中の感覚に、踊る胸の鼓動を抑えるのだった。
長めのお風呂から上がると、すぐに食事が用意された。
オードブルは鶏肉のゼリー寄せを添えた野菜サラダ。
シンプルな塩味で味付けされた鶏肉とトロリと溶けるゼリーをシャキシャキのレタスに包んで一口で含むと、シャキシャキの後にじわりとゼリーと肉汁が溢れ出した。
レタス以外にもルッコラや千切りの人参、ミニトマトもあり、それも一緒に食べると塩味が絡んで野菜の苦味と辛味が程よいアクセントとなって食欲をそそった。
スープはブイヤベース。
白身魚、エビ、貝といった海鮮物。他にはトマトやジャガイモも一緒にしっかり煮込みんだもので、サフラン、ローズマリーやフェンネルといったハーブ類の風味も相まって、濃厚なスープは海鮮のほのかな塩味とハーブの香りが鼻腔をくすぐり、掬うスプーンが止まらない。
魚料理は舌平目のトマトフォンデュソース。
トマトフォンデュソースにはアクセントとしてパセリを散らしており、さっぱりとした舌平目は塩コショウで軽く下味が付けられてソテーされている。どちらもさっぱりとした味ながら、トマトフォンデュソースの酸味と粒感が残るトマトの食感と相まって、次に控えるメインの前に後味が残らない工夫がされている。
メインの肉料理はフィレステーキだった。
肉の厚みは五センチほどの大ぶりで、まさに肉の塊である。
その場で焼き加減の好みを聞かれ、マーカスはレア、メルキュールとゼトラはミディアムレア、フィオリーナとアイビスはウェルダンを注文した。
塩コショウで軽く味付けされた肉の塊が、その場で鮮やかな手付きで調理された。
そしてテーブルには三種のソース。
焼エビを砕いて粉末状にしたものと、塩をあわせたもの。
濃厚な特製ソースはソイソース、赤ワイン、砂糖、フォンドボー、ガーリック、オニオンを煮詰めたものだ。
そして最後のソースは卵黄、溶かしバター、チーズ、グリーンペッパー、粒マスタードをあわせたもの。
絶妙な焼き加減でカットされたフィレステーキに、それぞれのソースをつけて一口頬張った。
途端にじゅわりと溢れ出る肉汁に、ソースが抜群に絡み合う。
焼エビと塩のソースはシンプルな塩味とエビの香ばしい風味がステーキの肉汁を引き立て「美味い」としか言えない。
特製ソースは、ガーリックの風味とソイソースと砂糖の甘じょっぱさが煮詰められたことではさらに濃厚さを増しており、まさに形容し難い絶妙な旨味に思わずため息が出る。
そしてホワイトソースはそれよりもさらに濃厚で、濃縮された乳製品の甘みと塩味に、ピリっと効いた二種のスパイスが味を引き締める。
シンプルな塩気、特製ソースの濃厚な味、さらに濃厚なホワイトソースとスパイシーさ、と変化につけたソースはどれも甲乙つけがたく、ソースを変えながらあっという間にフィレステーキを完食した。
そろそろお腹一杯、という頃に出されたデザートに女性陣が歓喜の声を上げる。
ウォーターメロン、マンゴー、パパイヤ、パイナップル、ブルーベリーといった夏が旬の果物がふんだんに使われたフルーツタルト。
タルト生地の下地にカスタードソース、カットしたフルーツが零れそうな程に盛られており、ナイフを通すと、香ばしく焼き上げたタルト生地がサクっと心地よい音を立てた。
それまでの料理の濃厚な後味をさっぱり洗い流す、程よい酸味と甘みに、メルキュールが「はきゅ~ん」と可愛い悲鳴を上げた。
食後の飲み物として、コーヒー、紅茶、緑茶といった世界中から取り寄せられた品々が並べられ、銘々注文して、まったりと絶品のコース料理の味を思い出しながら食事を終えたのだった。
「スイートルームってすごいねぇ」
「たまにはこういう贅沢もいいんじゃないの~」
「泡銭がある内はな……」
「美味しかったぁ」
「うん……」
こういう贅沢は慣れると怖い、ということはマーカスはよく知っていた。
かつて身を置いた『蒼炎』のメンバーの末路を見ればよく分かることだった。
「身の丈にあった幸せで十分さ。『足るを知る者は富む』という言葉を聞いたことがある」
――この仲間と一緒に世界中を旅して回るだけで、俺には十分だ。
そう思うマーカス。
きっとその言葉を口にすれば、感激した他の四人の尊崇を集めるのだろうが、なんだか照れくさくて口に出すことは出来ない、損な性格だった。
それからまた雑談しながらゆっくりまったり過ごし、各々歯を磨き、寝間着に着替え、と支度を済ませるとレストルームに移る。
メルキュールはもう一度お風呂!と叫んで嬉々としてベランダに出ていった。
食事中は料理人やウェイター、ウェイトレスの前もあって我慢していたフィオリーナとアイビスが、ゼトラに甘えるようにクネクネモジモジと腰に手を回し、ゼトラも鋼の精神力で誘惑を振り切りながら、それに応えようと優しく肩を抱く。
広々としたダブルサイズのベッドのちょうど中間に、こじんまりと密着して毛布を肩までかけると、三人揃って幸せそうな笑顔を浮かべて、スヤスヤと寝息を立てるのだった。
次なる都市はいよいよカールウェルズ魔創公国の首都イザベリア。
西へおよそ四百キロ、公国最大の都市である。
メルキュールの知り合いが研究している、という馬に代わる移動手段を手に入れるのが本来の目的だった。
ゼトラにとっては、イザベリアの冒険者ギルドでマスターをやっていると言う、母アリスのかつての忠臣も気にかかる。
だが何の因果か引き受けることになってしまった次期公王選出のための代理トーナメント戦。
おおよそ一ヶ月後に開催されると聞いている。
しかしそんなスムーズに事が進むわけもなく、再び大きな混乱に巻き込まれることになる。
予告。
カールウェルズ魔創公国首都イザベリアに到着した『明けの明星』
近代建築が立ち並ぶ大都市でゼトラと二人の少女は何を見る?
次回「064.再会の都に」
お楽しみに。
ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年10月28日お昼頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




