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062.分け断つ一閃

 人食いクジラの出現はおよそ一週間後、という事もあり、それまでの間は修練に励んだり、借りてきた馬、エクリプスとヘロドを競わせて遊んだり、またその馬体を洗ってあげたり、海の男たちとの交流を楽しんだり、と自由に過ごしていた。


 そして五日目の朝。

 さて今日は何をして時間を潰そうか、と五人揃って宿を出た所に、ばったり漁師姿の男と出くわした。


「大変だ! やつが現れた! クイントとブロディが呼んでるッ!」

「意外に早いじゃないか」

「やつも気まぐれなんだ!」


 慌てふためいて港へと駆け出すのだった。


 一方、クイントとブロディは既に出港の準備を進めていた。

 全長十三メートルほどの漁船は、今から全長百メートルはあろうかという人食いクジラに挑むにしては随分と心細い。

 エンジンを始動させ、今か今かと『明けの明星』を待ち構えていた。

 ようやく駆けつけてきた五人に、大きく手招きして叫ぶ。


「早く乗ってくれ!」


 浮き桟橋からジャンプして飛び込んだ五人を確認することもなく、エンジンが唸りを上げると、船首が上向く。

 白波を立てて、大海原へと漕ぎ出したのだった。


 その船首の先、かすかに水柱何本もあがるのが見えた。


「あれか? 数が多いようだが……」

「違う! あれはイルカだ! 化け物から逃げてるんだ!」


 確かに数こそ多いが、波間から見える水柱はそうとうに低い。

 だがその時、水柱周辺の海面が大きく盛り上がった。


「出るぞッ!」


 はるか視線の先。

 丘のように盛り上がった海面を突き破った、赤黒い身体。

 海水ごとイルカと思われる海洋生物を丸呑みにすると、大きくバウンドして着水した。

 壁のように大きくめくれあがった波に揺られて、船は左右に大きく揺さぶられる。


「でっけえな! 噂通りか!」

「ひえ~。さすがにあれに飲み込まれたくないわねー」


 波しぶきと同時に巻き起こる突風に、メルキュールが髪を押さえて、しかし余裕の表情でそれを見る。

 天を斬り裂くような無数の棘の生えた背中が海中に消えると、波がまた大きくうねった。


「ちッ! 一旦離れるぞッ! ブロディッ! 餌だッ! 餌を撒けッ!」

「おうッ! ゼトラ! アイビス! 手伝え!」

「うん!」


 大樽にたっぷりと詰まったクジラが好みそうなオキアミやイワシの練り物を三人で担ぎ上げると、そのまま豪快に海に投げ棄てた。

 クイントは大樽から溢れた撒き餌が海中に溶けていくのを見て、舵を大きく切る。


「落とされるなッ! どこかに捕まれッ!」


 操舵するクイントがアクセルレバーを最大出力まで上げると、エンジンが大きく唸りをあげる。

 各々欄干に捕まると、漁船は大きく百八十度回頭して距離をとった。

 しかし撒き餌に食いつく様子もなく、海が途端に静けさが戻った。

 移動したのか、あるいは深く潜ったのか。


「クソッ! 潜っちまったか! 見張りを頼む!」

「おうよ! やつは浮上する時、小さい泡を出す! 見逃すなよ!」

「はい!」



 人食いクジラが潜水した場所から少し距離を取った所で停船すると、四方に散って各々目を凝らして海面を見る。


「遠くばかり見るなよ!この辺りは海が深いッ!」


 カールウェルズ地方南部は沿岸から百メートルも離れると深海に繋がる急峻な海崖になっており、全長百メートルの人食いクジラでも余裕で隠れるには十分な深さがあった。

 警戒するブロディの言葉に従い、視線を脚元に移した瞬間。


「後ろだッ! 小さな泡!」

「クソッ!」


 マーカスの叫んだのと同時に、クイントがエンジンを大きく吹かして急速発進させた。

 再び海が大きく盛り上がり、船首が上に、下に、と大きく揺らぐ。


「きゃあ!」


 フィオリーナがその衝撃で船から落ちかけそうになり、ゼトラがキャッチして欄干にしがみついた。


「メルキュールッ!」

「任せてッ!」


 メルキュールが杖を振り上げ、その先端から雷の閃光を解き放った。

 口を大きく開けて浮上した人食いクジラから辛うじて逃れ、その顔が出た瞬間、メルキュールの閃光が顎を貫き、電撃がその体表から海面にかけて迸る。


 ガオォォン!と鼓膜を破るような咆哮を上げて、背中から着水した所に、マーカスとブロディが和国商人から購入した、という魔具を投げつけた。

 そしてゼトラが放ったマジックアローが海面を抉り、次いで炸裂する巨大な爆風が、大きな水柱を上げた。


「やったかッ!?」


 クイントは歓喜の声で振り向いたが、再び海に静寂が戻ろうとしていた。


「いや、手応えは感じなかった。傷は負わせたはずだが……」

「やはり二発程度じゃダメかッ! もっと近づいて……ッ!」

「飲み込まれちゃうわよ!」


 潜水した辺りを周回するように、クイントは舵を回し続けたが、やはり深海は人食いクジラの独壇場。

 クイントは舌打ちして、エンジンのスロットルを緩めた。

 次第に速度が落ちて、船を波の流れに任せて海面を睨みつける。


 この場から離れるべきか、とクイントが判断しようとした瞬間。

 船の底にぶつかる微かな泡を、アイビスが見つけた。


「真下にいる……ッ!」

「な、なにぃ!?」


 クイントが再びエンジンを吹かそうとしたのだが……。




 人食いクジラと格闘する海の男と『明けの明星』が乗った船を沿岸からハラハラと見守っていた者たちは、それを見た。

 大きく海が盛り上がり、それは山のようにも見えた。

 その天頂に、突き上げられるように吹き飛ばされる、小さな船。

 人食いクジラが体長の三分の二ほどを海上に踊らせ、大きな口を開いてその船を一口で飲み込んだ。


「あぁッ! やられたッ!」


 誰かが叫んだ。

 その刹那。


 人食いクジラが真っ二つに裂けた。


「!?」


 発する言葉も見つからず、それを見る。

 その最中にも、頭から尾にかけてキレイに裂けた両断面が、崩れ落ちていった。

 海の男たちもゆっくりと着水する様子を愕然として見た。

 そしてそれは、爆発するように四散し、空中でキラキラと魔石昇華を果たしながら、海面に次々と水柱を上げていった。


 だが、その水柱と一緒に、船も前後に真っ二つに砕け散るのが見えた。


「やったッ!? やったのかッ!?」

「大変だッ! 助けに行かないとッ!」


 万が一に備えて戦闘区域外に待機していた船が、一斉にエンジンを吹かして沖合へと急速発進する。


 よもやそれが、人食いクジラに飲み込まれた瞬間、メルキュールが雷の魔法を炸裂させ、マーカスとアイビス、そしてフィオリーナが放った渾身の一撃で、一瞬だけ口が閉じらせるのを遅らせた結果、ゼトラが船から飛び降る隙を作ったと……。

 そして、飛び降りたゼトラが撃ち放った一閃で真っ二つに両断されたのだとは想像もしていなかった。


 一方、空中に放り出された一行は、メルキュールが近くにいたマーカスとクイントを、ゼトラがフィオリーナ、アイビス、そしてブロディをキャッチすると、防御結界を発動させた。

 海上、遥か高くから勢いよく叩きつけられはしたものの、どうにかかすり傷程度で済んだのは幸いだった。


「生きてるかー」

「なんとかね……」


 マーカスの声に、さすがのゼトラも肝を冷やしたのか、安堵の声で応える。

 各々船の残骸にしがみつくと、歓声を上げながら近づく救助の船を待つのだった。



 半年に渡り船乗り達を悩ませてきた人食いクジラ騒動は、海の英雄二人と『明けの明星』の活躍によってようやく解決した。


 その日は街中の人間が集まって、飲めや歌えや踊れや踊れの大騒ぎとなった。

 とっぷりと日が暮れる頃になってようやくお開きになったと思ったら、まだ飲み足りない!とマーカスが首根っこを掴まれて輪に連れ戻された。

 酔いの回った若い女もゼトラに抱きついてきて、ステキ!お付き合いしない!?と熱い抱擁を要求してきたが、アイビスとフィオリーナがそれを鉄壁の防御で凌いだ。

 メルキュールも若い男に言い寄られたようだが、酔っ払ったマーカスがやめとけやめとけーとゲラゲラ笑うのを見て、ああ先約済みだったか、と若い男たちはしょげたようである。


 その大宴会の場には、和国人の商人、冒険者たちも居た。

 大活劇を目撃していたのだろう。

 口々に絶賛し、海を救った英雄のコップに酒を注ぐ。


 一人の和国人の商人が「どこに泊まっているのか」と聞き「あそこの宿だ」とマーカスが答えると、「この間の滞在費は全額払わせてくれ」と申し出てきた。

 マーカスは酔った頭で適当にそれに答えたが「これでもお礼は足りないくらいだ。受け取ってくれ」と大金貨五枚が入った袋を懐に押し込んだ。

 和国商人にとっても、度々被害にあってきた人食いクジラ騒動は頭を悩ませていたようで、これを解決したマーカスたちに、代わる代わる心から感謝の言葉を述べるのだった。


 次第に宴の炎を囲む輪は大きくなっていき、酔っ払ったマーカスとメルキュールは、和国人の商人や冒険者も交えて海で暮らす街の者たちと肩を組んだ。

 海の男たちが唄う、英雄に捧げる歌に手拍子を打ち、歓喜に酔いしれる。

 ゼトラもまた、和国人の冒険者に握手を求められ「素晴らしい!まさに英雄だ!」と熱い抱擁を受け取ったのだった。



 そして、翌日。

 時間は既に昼に近い。

 ようやく目を覚ましたマーカスとメルキュールだったが、すぐさまトイレに駆け込んで戻ってくるなりベッドに倒れ込んだ。


「うぅ……」


 完全に二日酔いのグロッキー状態で、不測の事態に対処できるように、枕元には手桶が置かれている。

 アイビスが呆れたようにそれを見て、コップに水を注いでメルキュールの口元に添えた。


「あ……ありがと……」


 メルキュールは礼もそこそこに、一口飲んでまたベッドに突っ伏した。


「すまん……酒なんてめったに飲まないんだが……」


 普段聞けない、マーカスの情けない声にフィオリーナが可笑しそうにクスクスと笑う。


「今日は一日ゆっくりしようよ。帰りは明日にしよ」

「そうだな……そうさせてくれ……」


 ソファーベッドに仲良く三人で腰掛け、ぐったりとする大人二人に、目を見合わせてクスクスと笑い合う。

 ゼトラがゆっくりと寛ぐように、背もたれに体重を預けると、フィオリーナとアイビスも甘えるようにぴったり寄り添った。


 ゼトラはふぅ、と少し息を吐き、昨日の出来事を思い出すように目を閉じた。


「昨日……」

「ん……」

「和国人の商人、冒険者も、いっぱいいたね……」

「うん……」


 呟くようなゼトラの言葉に、アイビスが相槌を打つ。


「怖かった……?」

「……」


 アイビスもまた、和国人の商人や冒険者に握手を求められ、その勇気を讃えられた。

 アイビスは最初こそ戸惑っていたが、何度も求められる内に、何人かにはそれに応じた。


「正直、さ。そんなに悪い人のようには見えなかった……」

「……うん……そうね……」


 アイビスがゼトラに身を預けるようにして、肩を抱くゼトラの右手に手を重ねる。


「和国人全員が悪い人ってわけじゃないのかなぁ」

「……」


 アイビスはそれには答えられなかった。


 悪い人ばかりではない。

 ゼトラが言うことは理解はできるが、気持ちはまだそれを受け入れられないでいた。

 アイビスの脳裏に、集落を襲った和国兵の狂気に溢れた顔がよぎったのか、ギュッと目を瞑ると、はぁ、と大きく息を吐いたのだった。


「あ。でもさ。誰だか知らないけど、私のことすごくイヤらしい目で見てくる和国人もいたよ!」

「そうだった?」

「うんっ。思い切り睨みつけたら背中を向けたけど!」

「そっか……」


 憤慨するフィオリーナの頭をよしよし、と撫でて小さな肩を抱き寄せた。

 フィオリーナは嬉しそうにゼトラの胸に頬をこすりつけ、その反対側でつらそうな顔をしていたアイビスに気づき、その頭を撫でた。

 アイビスはその手に指を絡ませ、ニコリと微笑むと、昨夜の疲れを癒やすように微睡むのだった。


 その日の夜。

 日中寝すぎて寝付けなくなったマーカスがソファーベッドでウトウトとしていると、倒れてきた簡易間仕切りが頭にぶつかった。


「痛ってぇな……」


 おでこをさすり、間仕切りを倒してきたベッドの主を見やる。

 当然のように少々寝相が悪すぎるオープンスタイルで気持ちよさそうに寝るメルキュールを見て、呆れたように深くため息をつく。


「これで見るなって無茶な注文だろ……」


 呆れつつ、むき出しになった可愛いお尻を隠すように、毛布をかけ直す。

 すっかり目が覚めて時計を見ると、間もなく深夜になろうかという頃だった。


 仕方なく、夜の街の散策に出ることにした。


 昨日午前中から続いた大宴会が嘘のようにポルトガーベラの港町は静まり返り、ザザン、ザザン、と波が打ち寄せる音だけが聞こえてきた。

 耳をすませばどこか遠く、酒場の喧騒もあるようだが、マーカスは首をすくめて近づかないように別方向へと歩き出した。

 夏とは言え、海から吹き込む夜風が気持ちよく、満天の星空の下、大きく背伸びをして息を吐く。

 ミルクをこぼしたように光が集まる星の川を目を細めて見ていると――


「……仕事熱心なことだ……」


 ――チクリ、と背中に感じる視線。


 酒もすっかり抜けて、身体も軽い。

 この下手くそな尾行の正体を突き止めてやろう、とマーカスは路地裏に入った。


 その路地裏に向かって、壁伝いにスルリと一つの影が闇夜に紛れて動き、路地裏を覗き込む。

 影は舌打ちすると、また壁伝いにその路地裏に入っていった。


 しかしマーカスの姿は忽然と消え失せ、見失った、と判断したのだろう。

 諦めて踵を返そうとした瞬間。

 背後からその影の首元に、ダガーナイフが狙いを定めた。


「動くな」


 静かに、だが有無を言わせぬマーカスの言葉に、影はビクリと身体を震わせて、抵抗する気はない、と両手を上げた。


「仕事熱心も結構だが、下手くそな尾行で背中がこそばゆい。もっと上手いやつに変わるんだな」

「……」


 そう言うと、その顔を隠すフードを剥ぎ取った。

 だが、その正体を見たマーカスは信じられないと言った顔で睨みつけた。


「……お前……どうして……」

「さすがだな、マーカス」

「ジョエル……ッ!」


 顔をひきつらせつつ、ニカっと笑ったジョエル・クラージュがゆっくりと振り向いた。


 ジョエル・クラージュ。

 二度起きた魔獣氾濫騒動の現場に、二度とも居合わせた者。

 本人曰く、その騒動を引き起こした怪しい黒装束なる者を追っており、その現場で目撃したと言うが、目撃したのはジョエルたち以外になく、メルキュールはむしろその黒装束こそジョエルではないか、と疑った。


 ニアベルクを発つ時、密かにジョエルを探ったオリバー・レクツァトの報告によると、経歴や討伐ログに怪しい所は見られないが、唯一気にかかった所として二十五歳、と冒険者になるには比較的遅めの年齢で登録されていることだった。


 そして『明けの明星』の一行に先んじるように、既にカールウェルズに向かったようだ、と聞いてメルキュールは

「いつまでも後ろを追いかけてばかりじゃ怪しまれるから、今度は先回りしようってことかしら」

 と訝しんだ。



 しかしマーカスを尾行していた正体がジョエルだったとなると、いよいよ今までの行動に不信感が募る。


「なあ、俺は別に危害を加えるつもりもないし、こうなったら逃げる気もない。ナイフをおろしてくれないか」

「それはお前の答え次第だな」


 ナイフの切っ先を喉元に突きつけられたまま、振り返ったジョエルと相対して、マーカスが睨みつける。

 ジョエルは両手を上げたまま首をすくめて、微かに笑みを浮かべた。


「二度の魔獣氾濫騒動……引き起こしたのはお前か……?」

「……」


 その質問には直ぐには答えず、しかし眉をしかめて肩をすくめた。


「二度も偶然が続いちゃやっぱり疑われるよな……やられたぜ……」


 はぁ、とため息をついて、肩を落とす。


「それは俺達じゃない。断じて違う。信じてほしい」

「……」

「俺たちは確かに黒装束を見たんだ。そしてあの動きは和国政府直属の隠密部隊じゃないかって睨んで、最近和国人の出入りが多い、カールウェルズを探りに入ったんだ」

「……そうか……」


 他に目撃者がいない以上、その言葉を証明する手段はない。

 どれだけ質問を重ねた所で似たような答えしか返ってこないのは明白だった。


「じゃあこの尾行はなんだ? 俺たちの後をつけろなんて依頼はない。誰の指示で動いている?」

「……」


 この質問にもすぐに答えないジョエル。

 どう答えるべきか、言葉を探しあぐねているようだ。

 逡巡するジョエルを脅すように、ナイフの刃を揺らし、薄暗い路地裏で刃がキラリと輝く。

 マーカスの強い瞳をみて、また大きく息を吐いたジョエルが口を開いた。


「……反体制派だよ」

「?」

「……和国政府、反体制派だよ……」


 和国政府反体制派。

 それを初めて聞いたマーカスは、ジョエルを睨みつけながら、首をかしげる。


「……反体制……どういうことだ?」

「今の和国政府はやりすぎた。国民を搾取するばかりか、この世界(ファレアス)さえも裏から牛耳ろうとしている」

「……」

「現体制を覆そうと、和国の影響に脅かされているサイアル王国の支援を受けて反体制派が立ち上がったんだ」

「サイアル王国が……」

「あぁ、反体制派とサイアル王国だけじゃ和国に太刀打ちは出来ない。どうしても周辺各国の協力が必要だ。せめてあと一手、和国を打ち倒す強大な勢力が必要になる」

「それがどうして俺たちを尾行することに繋がるんだ?」

「……ゼトラ・ユーベルク」

「……!」

「あの化け物じみた力。あの力が欲しい。あいつ一人でも協力を得られれば、間違いなく現体制を崩壊させることができる」

「それは出来ない相談だな。あいつには別にやることがある」

「だが、ユングスタイン王国の遺児、という噂が本当なら?」

「……ッ!」


 マーカスが一瞬だけ眉がピクリと動いたのを見逃さず、ジョエルがニヤリと笑った。


「あんたは正直だな。噂は本当だったのか……」

「何をする気だ?」

「あの化け物の意向を無視して強引に事を起こす気はない。あくまでも穏便に、正当な手段をもって現体制を覆すのが方針だ」

「正当な手段……?」

「ユングスタイン再興軍の準備をしてるんだろ?」


 マーカスはそれに答えず、ジョエルを睨みつけたが、ジョエルはそれを気にすることなく、両手を下ろした。


「……あんたを尾行していたのは、ゼトラが本当にユングスタイン亡王国の流れを継ぐ者なのか確かめる事。そして協力を仰げないか、接触することだった」

「……」

「あんたらに目をつけているのは俺たち反体制派だけじゃない。和国政府も常に監視していると思ったほうがいいぜ」

「なに?」

「現に、ここに来るまでの間にも俺たちは何度か和国諜報員を追い払っている」

「……!」

「どういう目的かは知らんが、和国政府にとっちゃゼトラの存在は脅威でしかないからな」


 ニヤとジョエルが笑みを浮かべて、肩を揺らして大きく息を吐いた。


「ま、これで俺もお役御免だ。本国に召還されることになるだろうから、今後は下手くそな尾行を気にする必要はないぜ」

「……今ここで聞いたこと、俺はゼトラに話すつもりはない」

「もちろん、それで構わないさ。だが覚悟は決めておいた方がいい。秘密裏に、着実に和国政府包囲網は構築されつつある。そしたらゼトラも否応なしに巻き込まれることになる」

「チッ……」

「それまで冒険者稼業に励むといいさ。事が興れば、冒険者だなんだなんて言えなくなる」


 そう言うと、じゃあな、と背中を向けて街の闇にジョエルは消えていった。


 マーカスはそれを追うことなく、ダガーナイフを鞘に収めた。


 そして厳しい表情のまま遠く星空を見上げる。

 待ち受ける未来の困難など些事かのように、美しく瞬く星の輝きに、ため息をつくのだった。

予告。

港町ポルトガーベラを後にする『明けの明星』

次なる街で人生初のスイートルームに泊まることになり、女性陣は大喜びするのだった。


次回「063.魔都に続く道を示し」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月27日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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