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056.行き先を照らす

 カールウェルズ魔創公国。

 その多くを海抜八百メートル以上の高山地帯で占められていた。

 本来であれば、十日以上かけていくつもの山を超えなければたどり着けない中核都市も、たった一日で着こうとしている。


「速~いっ!もう宿場町が見えなくなった~!」


 フィオリーナが目を丸くして、通過した宿場町を後方に見やる。

 風にはためくポニーテールを押さえて身を乗り出すフィオを支えるようにゼトラが手を握り、同じく驚きを隠さず遠くにキラキラと輝く海の水面を見つめた。

 アイビスもまたゼトラの腕に掴まって、次から次へと、あっという間に後ろに消えていく木々を見送っていた。


「これが客車でのんびり見れたなら、もっと良かったんだけどねぇ……」


 メルキュールがため息をついて、荷物扱いされた自分たちが置かれた境遇を嘆く。



 ゼトラたち『明けの明星』は、貨車に押し込まれていた。

 護衛任務という性格上、客車ではなく担当の荷物のそばに、という商人の無情な計らいである。


「こんなんだったらもう護衛任務なんて必要ないだろ?」

「そうよねぇ。こんなの魔獣とか盗賊が襲う気がしないわ」


 マーカスが小麦がぎっしりと詰まった麻袋を背もたれにして、ごろりと寝転がる。


 なるほど専用軌道を走れば乗り心地はよく、ほどよい揺れが心地よい眠りを誘う。

 メルキュールもそれに倣って、麻袋に腰掛けると、ふわ、と欠伸をした。

 アイビスもまた手持ち無沙汰なのか、麻袋を背もたれにして座る。

 足を崩して楽な姿勢になると、ポーチから可愛らしく装丁された一冊を取り出し読書を始めてしまった。


 護衛任務にも関わらず、随分とゆるい空気になってしまっている。


 ゼトラは気を引き締めて引き戸の隙間から外を見たものの、特段の異常はない。

 異常があった所で、この速さではあっという間に後方に流れてしまうだろうが……。


「ゼトラも休んじゃいなよ。なんも起きやしないわよ」

「う~ん……いいのかなぁ」

「依頼人も『特に何があるってわけじゃないけど、一応』って言ってたからな。ゆっくりしていいと思うぜ」

「そうなのかなぁ」


 メルキュールとマーカスに促されて、ゼトラは頭をかいて苦笑する。

 名残惜しそうに引き戸の隙間に張り付くアイビスの手を引くと、ごく自然な流れでアイビスの隣に座った

 足を伸ばして肩の力を抜くと、肩が触れ合うほどにぴったり寄せて、ふう、と一息ついた。


 アイビスは一瞬、ソワっとしてゼトラに顔を向けたが、気にすることなくまた読書へと戻る。

 その肩に触れる温もりに、微かに頬を染めて笑みを浮かべながら。


 いつ雨が降り出してもおかしくない、あいにくの曇天模様だが、高山地帯の涼しい風が吹き込んでくる快適さ。

 荒れた草原とたまに生じる林地帯が続く外の風景だが、時々山の隙間から南の海が微かに見えた。

 いくつもの橋を超え、左右にうねりながら、ただひたすら西へと向かう魔動力列車。


 マーカスはとっくにウトウトと仮眠に入っており、メルキュールも手元で魔力の輝きを放たせると、魔力の輝きが星、ハート、花といろいろな形へ変わっていく。どうやら魔力放出の精度を高める修練のようだ。



 まったり過ぎる昼下がり。

 周囲に釣られてゼトラもウトウトとし始めて、魔動力列車の揺れに合わせてコテン、とアイビスの膝にもたれかかった。


 アイビスはびっくりしたように目を見開いて、それを見る。

 だが幸せそうな笑みを浮かべて寝息を立てるゼトラを見ると、愛おしそうにそっとゼトラの頭を撫でて、脚の上に乗せたままにした。

 フィオリーナがその寝顔を覗き込んで、アイビスと目を合わせてウフフ、と微笑み合う。

 フィオリーナもまたゼトラにもたれかかると、ギュッと目を瞑るのだった。



 アイビスもウトウトし始めた頃。

 ガタン、と衝撃音がして、車輪とレールが強く擦れ合う悲鳴をあげながら、急制動がかかった。


「おっと」

「なにかしら」


 それまでウトウトしていたとは思えないほど、マーカスが機敏に立ち上がり、ゼトラとフィオリーナもまたぱっちりと目を開けた。

 急制動がかかり、慣性の法則で身が投げ出されるような衝撃。

 ゼトラはアイビスとフィオリーナを抱きとめて、麻袋を背にしてそれを耐えた。


「なんだろう」


 魔動力列車が停止した後、貨車の扉を開けた。

 周囲を見渡すが特に異常は見当たらない。


 異常の正体を探ろうと、メルキュールが広範囲に渡って索敵魔法を展開させた。


「……魔獣の反応があるわ。襲撃かしら。それとも事故?」

「方向は?」

「先頭のほうね」


 マーカスが舌打ちして、貨車を飛び降りた。


「お前らはここに残って荷物番を頼む!俺たち二人で先頭にいくッ!」

「気をつけて!」


 ゼトラは貨車の扉に手をかけて身を乗り出し、駆け出すマーカスとメルキュールの背中に叫ぶのだった。


 客車の窓から何事かと顔を覗かせる一般客の横を、駆け抜ける一陣の風。

 マーカスとメルキュールが線路伝いに先頭車両まで駆けつけると、そこに全長三メートルほどのエビルホーンドブルと呼ばれる魔獣が、先頭車両の胴体に突進を繰り返していた。


 まるで縄張りを侵した魔動力列車に怒り狂うかのように、二、三歩後ずさっては、胴体へ頭突きを繰り返す。

 その度に車両は大きく揺らぎ、ギシギシと軋む音がした。


 エビルホーンドブルがまた後ずさって、その紅い眼を怒りに滾らせる。

 ゴウと咆哮をあげて前脚をかきこみ、再び突進しようとした瞬間、その胴体を閃光が貫いた。


 どう、と横倒しになって、脚をばたつかせたが、すぐに絶命して力なく脚が動かなくなる。

 そしてもう一体のエビルホーンドブルが横の林から飛び出して、その閃光を放った主にギラリと怒りの紅い眼を向け、咆哮をあげる。


 今にも突進しようとした時に、その脚元に走る斬撃の刃。

 脚を斬り裂かれ地に伏した所に、マーカスの大剣が心臓を貫いて、とどめを刺した。


「ふう、こんなもんかね」

「うん。反応ないわ」


 キラキラと魔石昇華を果たす骸を一瞥してマーカスとメルキュールが一息ついて、べっこりと凹んだ先頭の機関車を見る。


「あーあ、これ動くのかしら」


 エビルホーンドブルをあっさりと片付けた二人の活躍を、機関車から恐怖の表情で見ていた機関士が、その窓から顔を出した。


「あぁ、本当にありがとう!生きた心地がしなかったよ!」

「大丈夫だった?」

「ああ!子供のエビルホーンドブルを轢いたみたいで、その後その親が襲ってきたんだ!」


 よかったわ、とメルキュールが頷き機関室のステップに足をかけた。


「んで、動きそう?結構ダメージありそうだけど」

「ああ、ちょっと再起動してみるよ」


 メルキュールが見守る中、機関士が内燃機関のメンテナンスパネルを開き、起動操作を行ったが、エーテライトエンジンはガタン、プスン、と大きく唸りをあげはするものの、なかなか稼働状態に移行しない。


「あー。やっぱりね。エンジンを急停止中に一定方向から衝撃を受けるとたまに再起動しない問題あったんだけど、問題そのまんま残ってるじゃない」

「おぉ、君はエンジニアかい? どこが悪いかわかるのかい?」

「ん、まあね」


 メルキュールが肩をすくめて慣れた手付きでメンテナンスパネルを操作すると、内燃機関を制御している魔法詠唱文を引っ張り出した。


「んーと、フリーズしたここのコードを一旦削除して、リブートコードに繋げて、もっかい制御文をコピペしなおしてっと……はい。これでオッケーよ」

「えッ!? もう終わったのかい!?」

「起動させるわよー」


 またも慣れた手付きでエンジンを再起動させると、ブオンと大きく唸り、カタカタと微振動を繰り返す稼働状態に移行した。


「おぉ、素晴らしい! 君は一体……!?」

「ただの通りすがりよ。んじゃメルホートまでよろしくねー。私たちは後ろの貨車だから」


 メルキュールは手をひらひらとさせると、礼を述べる機関士に背中を向けて、さっさと機関車を降りてしまった。

 マーカスと目配せして問題が解決したことを確認すると、駆け足で貨車へと戻る。

 と、そこに、客車から顔を覗かせていた一人の女性が、メルキュールを見て嬉しい悲鳴をあげた。


「メル! メルじゃない!? メルキー・マンハイム!」

「え!?」


 その声に反応して、メルキュールが振り返る。

 しかしその女性の顔を見てすぐに思い出したようだ。


「トリシュ! ベアトリシュ・ビニュイロ!」

「ああ、やっぱり! 久しぶりね! 五年ぶり? 六年ぶりかしら!?」

「学校を卒業して以来だから、五年ぶりよ!」

「嬉しい! こんな所でまた会えるなんて!」

「元気してた!?」

「もちろんよ! 貴女も元気そう!」


 客車から伸ばしたベアトリシュの手を握り返し、メルキュールもぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる。

 しかしこちらを見ている機関士に気づいて、申し訳無さそうにウインクする。


「ごめん! 今は後ろに戻らないとだから、続きはメルホートで!」

「うん! また後でね!」


 手を振りながら、メルキュールが後ろ髪を引かれる思いで駆け出す。


学友(クラスメート)か?」

「そう! 一番仲良かった子よ!」


 マーカスの問いにメルキュールは嬉しそうに微笑んで、急いで貨車へと戻るのだった。



 カールウェルズ魔創公国の国境宿場町ウィゲートルを十一時に発った魔動力列車は、途中いくつかの駅で止まって乗客を入れ替えつつ、その後は特に問題もなくひたすら西へ進み続けた。

 そして『明けの明星』も貨車で揺られることおよそ六時間。

 キャラバン隊なら少なくとも一週間、山地ならさらにそれ以上かかる約四百キロの距離を一日で走破して中核都市メルホートに到着した。


 ベーベントレイクと呼ばれる大きな湖に面したメルホートは、観光と採掘業で成り立つ街ということで、湖を囲む山肌にはホテルのような大きな建物から貴族が住まうような別荘が所狭しと立ち並んでいる。

 カールウェルズの山地に緑は少なく荒涼とした地が多い。まれにポツポツと申し訳程度の林地がある程度だが、ここだけは緑豊かな自然が広がっていた。

 街並みの一角には五階建てのビルが二、三棟ほど天に伸びている。

 その街並みを見ればエイベルク王国王都グランマリナさえ凌ぐ経済の豊かさを感じさせた。


「すごいねぇ」


 駅から少し離れた場所にあるそのビルを見上げ、フィオリーナがポカーンと口を開く。


「五年前はこんなのなかったわ。たった五年でこんなに発展したのね」


 メルキュールもまた、久しぶりに見たメルホートの街に驚いたようだ。

 様変わりしたその街並みに、感心するように大きく息を吐いて驚嘆した。


 その後商人から護衛任務依頼完了の了承を取ると、駅前の広場で再びメルキュールは親友のベアトリシュと再会した。


「本当に嬉しいわ、メル」

「トリシュも。元気そうね」

「今まで、やっぱり冒険者稼業?」

「そうよ、紹介するわね」


 抱き合って再会を喜び、メルキュールは仲間を紹介する。

 マーカス、ゼトラ、フィオリーナが頭を下げて、ベアトリシュも嬉しそうに頭を下げたが、顔を青ざめさせて、すがるように少年もたれかかり、抱きしめられている少女に気付いた。


「あら、そちらの子、大丈夫? すごく気分悪そう」

「ああ、うん、大丈夫です。こうしていれば、すぐに」

「列車に酔っちゃったのかしら」

「まあ、そんなものです」


 顔を青ざめさせた少女……アイビスに代わってゼトラが困ったような笑顔で頷くのを見て安堵するのだった。

 なお、アイビスは別に列車に酔ったわけではない。


 アイビスが身体を震えさせた原因が周囲に多くいたからだ。


「それにしても和国人が多いな。ほとんど和国人じゃないか」


 マーカスが目を丸くして、あたりを見渡す。

 黒い髪に、ほそい眉毛。小さく、つり上がった細長い目つき。大きく盛り上がった咬筋。

 典型的な顔つきの和国人が街を行き交っている。


「三年前、近くに和国人街が出来てね。それ以来よ、こんなにいっぱい和国人が増えたの」

「へぇ……」

「和国人はすごいわ。世界最大の人口三億人の経済力は本当にすごい。莫大な富をこの観光都市にもたらしたの」

「そんなに……」

「でも……さ、ちょっと困ったことも起きててね」


 声を潜めるように、メルキュールに顔を寄せる。


「通り、見てよ」

「ん? あー……なんかゴミが多いわね……」

「そうなの。和国人は何故かゴミをそこらじゅうに捨てていくの。公衆衛生観念が欠落してると言ってもいいわ」

「そんなに?」

「ええ、もう! しかも大小限らず公衆トイレを利用しないからね。おかげで地元の住民とのトラブルが耐えなくてねぇ」

「うわっ(きったな)い! なんでそんなので平気でいられるわけぇ!?」

「それが本気で分からないのよ」


 うんざり、といった顔でベアトリシュは首をすくめて、憤慨するのだった。


「ね、トリシュ。ところでその後ろの殿方、そろそろ紹介してよ」


 ニマ、とメルキュールが微笑んで、再会に喜ぶ輪から外れてニコニコ顔で見守るカールウェルズ人の男に視線を送る。


「あ、ごめん。実は私の……これなの」


 ベアトリシュはそう言うと、左手の薬指にはめられた結婚指輪をはにかみながら見せた。


「わぁ、おめでとう! いつ結婚したの!?」

「うふふ、三ヶ月前よ!」

「新婚さんじゃない! よかったわねぇ!」

「ありがと!」


 肩を抱き合って喜ぶ女性二人の輪に加わり、その男が頭を下げる。


「どうも、デュアルト・エストレーラと申します。妻が世話になった学友……しかも伝説の天才、メルキー・マンハイムさんとお聞きして望外の喜びですよ」

「トリシュを幸せにしてあげてね!」

「こちらこそ、私には過ぎた妻ですよ」


 デュアルトはメルキュールと、そしてマーカスたちとも握手を交わし、ベアトリシュ・ビニュイロ、もといベアトリシュ・エストレーラと談笑の話はなお尽きることはなかった。


 新婚夫婦が予約済みの宿で食事にしよう、という話になり、マーカスたちもその宿に泊まることにした。

 しかしその宿に向かう途中、マーカスたちにとって看過できない現場に出くわした。


「あれは……まさか……」


 多くの野次馬が騒ぐ輪を外巻きに見ていたマーカスが、顔をしかめてその輪の中心を見た。


「あれは……ッ!」


 メルキュールもそれを見たのか、厳しい目つきになって睨みつける。

 和国人の罵声が飛び交う野次馬の中心に、その集団が居た。

 子供ほどの背丈、胸まで生えた豊かな髭。

 女性の方は髭こそ無いが、筋肉がしっかりとついた寸胴な体つき。

 子供は更に小さく、フィオリーナよりもさらに背が低い。

 少しだけ尖った耳と、丸い鼻。ホリの深い顔はドワーフ族だった。

 二十名程のドワーフ族が、首、腕、そして足首に鎖に繋がれてその場に座らされていた。


「ああ、亜人……ドワーフ族みたいね。和国人が来るようになって北の奥地から続々とドワーフ族が見つかってるみたい。可哀想ね。別に悪い人たちには見えないのに……」


 怯えた目で罵声に耐えるドワーフ族を見て、ベアトリシュも悲しそうな顔でその野次馬を見つめる。

 不思議とデュアルトも舌打ちして苦々しげにそれを睨んでいた。


 ゼトラはそれを目ざとく気づき、おや、と思ったが、身体を震わせてゼトラにしがみつくアイビスをこの場から離すのが先決と思い、マーカスに視線を送る。


 マーカスもそれに気づいて頷いた。


「とりあえず、宿に行こう。日も暮れるし、ゆっくりしたいしな」

「……そうね」


 メルキュールが怒りの表情を解きほぐすように大きくため息をついて、無理やり笑顔を作ってベアトリシュを促すのだった。

予告。

メルホートに到着した『明けの明星』の一行。

だがメルホートの街は和国人で溢れかえっていた。

再び異変をきたすアイビスにゼトラが優しく手を差し伸べる。

次回「057.立ち込める暗雲を」

お楽しみに。


ブクマ、評価をつけて頂き御礼申し上げます。

本当にありがとうございます。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月21日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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