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055.文明の灯りは

 早朝。

 夜が明けてまもなく、稜線がうっすらと白む頃に、誰よりも早くに目を覚ましたマーカスはソファベッドから転がり落ちるようにして、ムクリと起き上がった。

 大きく欠伸をしながら、思い切り背筋を伸ばす。

 ぐい、ぐい、と身体をよじって軽くストレッチをして、慣れないベッドで軋んだ筋肉をほぐした。


 そして、ふと三人が眠るベッドを見てギョッとした。


 ――こいつら本当に一線超えてないよな?


 そう疑いたくなるほど、まるで事後のようにピッタリと身体を寄せる少女二人。

 二人はゼトラの胸に手を這わせ、少し顎をつき出せばゼトラの頬に唇が触れるくらいに顔を寄せている。

 二人の少女の穏やかな笑みはいかにも幸せそうである。


 ゼトラもゼトラで、この二人の少女は自分のものだ、と主張するように、両脇の少女の背中に手を回して抱きすくめている。

 その幸せそうな笑みを浮かべて眠る三人の姿は、誰もが嫉妬しそうである。


 ――本当に一線超えてないよな?


 もう一度問いかけるようにゼトラを見て、寝相が少々悪いメルキュールの毛布をかけ直してやると、朝の散歩に出かけるのだった。



 雨上がりの朝もやに包まれた街の中。

 夜明けの時間は過ぎているが、日はまだ登っておらず、夜と朝の境界が西の空に見えた。

 マーカスは入り口の看板を見て、そう言えばこの街の名前はウィゲートルだったな、とようやく思い出した。


「もう五年も前か……」


 マーカスの脳裏に、この街を通ってメルキュールを連れて逃げ出すようにカールウェルズを出国した日の事が(よぎ)る。


 ――街の名前を確かめる余裕なんてなかったな。


 そして自分がかつての恋人、リサラ・マイアの顔をあまり思い出せなくなっていることに気づいた。

 果たしてそれが良いことなのか、悪いことなのか……。


 懺悔の念を振り切るように頭を振って、賑やかそうな街並みへと足を向けるのだった。


 カールウェルズからエイベルクに向かう者にとっては最後の宿場町。

 エイベルクからカールウェルズに向かう者にとっては最初の宿場町。

 しかし宿場町という割はかなり規模が大きい。


「こんなに発展した街だったか?」


 独り言をこぼしつつ、昔の記憶を引き出しながら街並みを歩いていく。

 たしか風に吹かれて土埃の舞う道で、小さな宿がいくつかあって、商店が並んでて……と呟きながら歩みを進めるが、どうにも記憶と一致しない。

 土埃一つも起きそうもない石畳、三階建ての大きな宿、商店と思しきショーウインドウにはきらびやかな衣装や嗜好品が所狭しと並んでおり、経済的な豊かさを物語っていた。


 そうこうしていると、広場に出た。

 鉄の棒が二本、平行に並び、大きな馬車がその棒の上に載っている。

 馬車という言葉では語弊があるほど、あまりにも大きいそれは、鉄の貨車だった。


「……なんだこりゃ」


 その建物の名前なのか、看板を見てマーカスは目を白黒とさせた。

 早々に散歩を切り上げて、慌てて宿へと引き返すのだった。



「メルキュール! 大変だ!」


 扉を慌てて開けたマーカスがメルキュールに声をかけた。


「んあ?」


 鏡から視線を外すことなく、メルキュールが髪をブラシでといている。

 ふと見れば、他の三人も目を覚ましていたのか、アイビスはベッドに腰掛けて、顔真っ赤にして顔を伏せており、フィオリーナはニコニコ顔でいつものようにゼトラに甘えている。

 そのゼトラはどこか気まずそうだ。


 よもやそれが、ピッタリと身を寄せ合った三人を見たメルキュールが、呆れ顔で

「あんたたち事後? やることやっちゃった?」

 と言った事に対する反応とは。


「やってない……ッ!」


 顔を真っ赤にして己の純潔を主張するアイビスもまた、微笑ましく映る。

 どんなにからかわれても、結局翌日の夜にはまたぴったりと身を寄せ合って眠りにつくことは容易に想像できるからだ。


 さておき、マーカスが慌てた様子でまたメルキュールを呼んだ。


「だからなんなのよー」

「お前の名前があったぞ?」

「はあッ?」


 素っ頓狂な声を出して、ロングヘアをポニーテールで結ったメルキュールが顔を向ける。


「どゆこと?」

「いや、なんかの施設の名前が『メルキー・マンハイム駅』と……」

「なによそれ!」


 メルキュールが首をすくめ、目を剥いた。


「メルキー・マンハイムって……?」

「あー、うん……」


 ゼトラの問いに、メルキュールが頭をかいて、顔をしかめた。


「五年前まで使ってた、偽名よ……」

「へ……?」



 異界で生まれ育ったメルキュールは、独学にも関わらず、天才的な才能を発揮していた。

 しかし十四歳の頃に、これ以上は独学では難しいと判断して異界を旅立つことにした。

 どこで学ぶべきか大人たちに相談した所、それまで行商のために何度か人の世界に出入りしていた亜人の一人が、世界最高峰と呼び声高い、カールウェルズ高等魔法術学校がいいだろう、と助言した。


 しかし一人で異界の外に行かせるわけにはいかない、と判断した父母は当時十九歳のマーカスと共に、異界の外に出させることにした。

 マーカスも異界の外を見てみたい、という思いが強かったためである。


 そこでメルキュールはその名をメルキー・マンハイムと偽った。

 マーカスの妹、という設定である。


 十四歳当時から幻装魔法(ミラージュ)を使えたメルキュールは、自身とマーカスに人の姿に偽る魔法をかけて、ヒトの社会へと溶け込んだ。


 そしてメルキーことメルキュールは十四歳という若さながら世界最高峰の魔法学校に無事入学を果たした。

 マーカスはカールウェルズ魔創公国の首都、イザベリアで冒険者登録を行い『蒼炎』に入り、メルキュールと自身に不意のトラブルがあった場合に連れて逃げ出せるように、その成長を見守り続けた。


 メルキュールは十四歳ながらあっという間にトップクラスに入り、学友にも恵まれて楽しい学生生活を送りながら、その才能をいかんなく発揮し続けた。

 その傑物ぶりに魔法研究所始め王宮からも、将来のぜひうちに就職しては、と声がかかり、宮廷魔術師の首席の座さえ約束された。

 誰もがその未来を嘱望し、その才能を羨んだ。

 しかしメルキュールが十六歳の頃、ある事故が起きる。


 マーカスの恋人、リサラの死。


 きっかけは些細なことだった。

 ある雨の日。王都イザベリア、北の郊外。

 幻装魔法の掛け直しも兼ねて、高等魔法術学校の様子はどうか、校外の林の中でマーカスとメルキュールは密かに会っていた。

 だがリサラはそれをマーカスの浮気、逢瀬と勘違いしたようである。

 またちょうどその時、幻装魔法が切れていて、二人の真の姿……竜角の姿を目撃してしまった。

 マーカスの真の姿を知らず、パニックになったリサラは、悲鳴を上げてその場から逃げ出した。

 マーカスは慌ててその後を追った。


 そこに居合わせた、魔獣の爪牙。

 ほぼ丸腰だったリサラはあっけなく魔獣に一撃でやられ、息を引き取った。

 その魔獣を打ち倒したのはゼトラの母、アリス。

 事切れたリサラの亡骸を悲しげに見下ろし、助けてあげられなくてごめん、と呟いていた。


 それはマーカスとメルキュールがアリスと初めて顔を合わせた瞬間でもあった。


「大丈夫だった?」


 眉目秀麗な顔立ちに不思議そうな顔を浮かべて、竜角の姿のマーカスとメルキュールを興味深そうに見る。


 ――しまった。


 メルキュールが慌てて幻装魔法をかけて人の姿に偽装した。


「別に、私は言いふらしたりしないから安心していいわ。いずれ人と亜人が仲良く暮らせる日がくるといいわね」


 儚げに笑うアリスは、マーカスの冒険者の格好をしているのを見て、思いついたようだ。


「ここからうんと東……アルアリル大砂漠の北の奥地に竜角族の生き残りの集落があるって噂なの。そこを和国人が狙っているらしくってさ。なんとか助けてあげたいんだけど、協力お願いできない?」

「それは本当か!? そういうことなら、是非協力させてくれ」

「ありがと!じゃあ情報掴んだらまた連絡するから」


 アリスとはそこで別れ、マーカスが『蒼炎』を脱退して東に……アルアリル地方まで足を伸ばしたのはそれから少し後である。

 だがアリスの救助の手はわずかに及ばず、唯一の生き残り、傷ついた一人の少女――アイビスを託された。


 メルキュールもまたそれを機に、冒険者を目指すことにした。


 誰もが驚き、それに反対した。メルキュールの才能を活かす場ではない、と説得したがメルキュールの決意は固かった。

 そして卒業に必要な単位を修得すると、期末試験で全科目満点という史上初の快挙を成し遂げて、首席卒業を果たした。



「なーんで昔の名前が駅名になってんのよ……」


 集合時間にはまだまだ早かったが、とりあえず冒険者装束に着替えた『明けの明星』は、メルキー・マンハイム駅の広場に集まっていた。


「ねぇ、あれってなんだろう」


 フィオリーナが指差した建物の向こう、柱の隙間から大きな馬車が見えた。

 それを見て、メルキュールが、あっ!と小さな悲鳴を上げる。


「あれって……そうか……だから駅名を……」


 一人納得したように、しかし顔をしかめて頭を抱えた。


「どういうことだよ。説明しろ」

「あー……うん。朝ごはん食べながらしましょ……」


 極めて不本意そうに、ため息をつきながら、宿へ戻るのだった。

 ひとまず空腹を満たして、まったりとお茶を飲みながらメルキュールが口を開いた。


「あれって、六年前だったかな。私が在学中に研究論文で発表したやつよ」

「ふむ?」

「高速大量輸送を実現する魔動力列車。一応、模型レベルまでは実現できていて、後は実際に作るかどうかはエライさん達にお任せ~って感じで投げといたんだけど、この六年で本当に実現したんだわ」

「高速……大量?」


 キョトン、とゼトラが首を傾げるのを見て、メルキュールが紙を取り出してサラサラとその魔道力列車を描いた。


 エーテリウム鉱を魔法の力で爆発的な反応状態にして内燃機関を動かし、その内燃機関を備えた先頭車両で貨車や客車を牽引する仕組みに、皆一様に感心したようにふんふん、と頷く。

 効率的かつ高速輸送を実現するために、専用の軌道、レールを敷いて走らせるその姿は、まさに近代魔法科学文明の最先端を象徴する、高速大量輸送を実現する交通機関だった。


「お前……本当にすげぇやつだったんだな」

「もっと褒めていいのよ♪」

「メルキュールすっごぉい!」

「うん……あんなの作っちゃうなんて……」

「うふふっ」


 口々に賞賛の声を浴びせられ、メルキュールも少し得意げである。


 なお、内燃機関の発明自体は特に真新しいものではなく、かなり以前からアイデアや理論レベルまでは存在していた。

 だがメルキュールは実験段階レベルに過ぎなかったものを、高効率、高耐久、高速、と実用性に耐えうる高いレベルまで一足飛びで実現してしまった。


「あの駅名は、きっと発明者に敬意を表してって所なんだろうけど、一言くらいは断ってほしかったわ」

「だが偽名だからな。名前が変わってちゃ、断りの連絡もつけようがないだろ」

「そうなんだけどさあ」


 ぷーと頬を膨らませて、また不本意そうにため息をつく。


 しかし、ああ、なるほど。とマーカスが合点がいったように呟いた。

 今回の護衛任務依頼は、たったの二日で完了するものだった。


 国境を超えて一日目で、現在滞在しているウィゲートルの街に到着した。

 二日目で約五十キロ西へ進んだ次の宿場町に到着して依頼完了と思っていたが、そうではなかった。


 あの魔動力列車に乗って、さらに四百キロ西へ、カールウェルズ魔創公国の中核都市、メルホートに一日で行ってしまうと言うことなのだ。


 そう考えると、あの荒れ放題の交易路も頷ける。

 交易路をのんびり馬に牽かせるキャラバン隊なんかよりも、魔動力列車で輸送した方が遥かに速く、大量に輸送できるからだ。

 鉄道網の整備に予算を割けば、交易路の整備なぞ二の次になってしまう。


「この魔動力列車ってのは、カールウェルズだけなのか?」

「んー。どうだろ。公国政府はリンクドスネールみたいな世界的公益に資する技術の輸出や技術者派遣には積極的だったから、他国にも普及の話は行ってると思うけど……」

「にしては、エイベルクでそんな話は少しも聞かなかったぜ。隣国の友好国なら、真っ先に話がいくはずだろ。何しろ既存の交易輸送に革命を起こす技術だ」

「政治の話も含まれるし、冒険者の耳まで届いてないんじゃないの」

「だが……政治経済以外にも、冒険者観光客、国民の移動に劇的な革命を起こすものだろう」


 隣国の宿場町まで伸びた、その終着駅でもある魔道力列車の線路。

 しかしそこで完全に魔法科学文明の波は止まってしまっている。

 その都市間わずか六十キロの距離でありながら、カールウェルズ魔創公国のウィゲートルとエイベルク王国のニアベルクではその街並みに隔世の感さえある。


 なにか裏がある……そう思ったマーカスとメルキュールの脳裏に浮かんだのは唯一つ。


「……和国か」

「でしょうね……」

「カールウェルズ魔創公国がエイベルク王国に魔道力列車の技術を輸出しないように、和国政府が干渉してるってか?」

「……」


 和国政府の意思決定にそこまで影響が及んでいるということなのか。

 だがカールウェルズとエイベルクの往来は多い。

 特に最もその恩恵を受けるであろう、商人たちの強い要望もあれば、公国政府とて動かざるを得ない。

 そう遠くない未来にエイベルク王国にも魔道力列車の線路が蜘蛛の巣のように張り巡らされる日がくるだろう。


 政治談義に顔をしかめるマーカスとメルキュールの間にゼトラが割って入った。


「そう言えばさ、マルター商会の会長さんが載っていた魔動車、あれもメルキュール?」

「そうなのよ!」


 思い出したように、メルキュールが手を合わせた。


「あれも魔道力列車の研究の一貫で作った内燃機関試作モデルなの。専用軌道で運用する前提だったから、まさか改造してまであんな使い方してるとは思わなかったけど」

「ハハッそりゃ乗り心地はよくないわけだ」


 マーカスはボテボテの腹を揺らしながら得意満面の笑みを浮かべて魔動車を運転するグレッグ・マルターを思い出して、クスリと笑う。


「とりあえず、こと政治の世界が関わると途端にめんどくさくなっちゃうわねぇ」

「ああ、冒険者風情に政治の世界は縁遠いものであってほしいもんだ」


 ボヤくメルキュールに、マーカスも頷いて同意する。


 ゼトラもまたそれは同意する所であるが、しかし『明けの明星』にまたもカールウェルズ魔創公国における政治に混乱に巻き込まれることを知る由もない……。



 ◇  ◇  ◇



 一方その頃……。

 夕暮れが長い影を作りだす一室に、一人の女性。

 報告書を一瞥し、ふーん、と興味なさそうに床に放り出した。


「勇者様はようやくカールウェルズ入りしたのねぇ。ホント、まどろっこしい……」

「ファシュ様、いっそ搦手という手段もございますが……」


 その報告書を拾い上げて、その脇に抱えた老人が物騒なことを口走る。

 搦手とは即ち、拉致誘拐といった類の手段である。

 だがその老人を軽蔑するように、ファシュ、と呼ばれた可愛らしい女性が睨みつけた。


 髪はピンク色のツインテールで、人の自毛とは思えない不自然さを感じさせる色合いだった。


「ばぁーか!ホントわかってないわねぇ。勇者様に力で勝てるわけないじゃない。和国政府にしたって、私達にしたって、力任せでどうにかなる相手じゃないわ」


 そう言って、頭を指差す。


「私達が使うのはココ!頭を働かせて、めいっぱい勇者様に気に入られなくっちゃ」


 ふふ、と笑みを浮かべたファシュのツインテールが左右に揺れる。

 老人は困惑した様子で、かすかに顔を歪ませた。


「しかし和国政府が先んじて接触を図れば、我々和国反体制派の悪評を刷り込まれるということも……」

「大丈夫でしょ。あいつらよほど焦ってるのか、色々ポカしまくってるじゃない。ほんと昔っから学習しないバカばっかりねぇ」


 ファシュがシッシと手を振って老人を追い出すと、さらに口角を挙げた。


「うふふ!世界を騒がす大悪党を征伐する勇者様!ステキだわ!今はたっぷり、政治の世界のことを学んでもらわなくっちゃ」

予告。

魔動力列車で次なる街へ向かう『明けの明星』の一行。

その途中魔獣の襲撃を受ける。


次回「056.行き先を照らす」

お楽しみに。


ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月20日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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