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054.高地の宿で

 カールウェルズ魔創公国。

 エイベルク王国の西に隣接し、東西四千八百キロ、南北三千キロに及ぶ面積を誇る。

 多くを高山地帯を占めており、第一次産業は酪農が中心であるが、その規模もあまり大きくはなかった。

 その代わり世界一とも賞賛されるのが工業と学問である。

 第一次産業が根幹産業を成すには地勢的は困難であることから、第二次、第三次産業と魔法学研究において常に先鞭をつけ続け、その規模と先進性に於いては追随を許さない国。

 それがカールウェルズ魔創公国である。


 遠距離通信技術であるリンクドスネールを始め、魔法と工業を組み合わせた先進的な技術はほぼ全てカールウェルズ魔創公国からもたらされたものであり、今もなお世界を驚かせる先進技術が日々開発されていた。



 エイベルク王国国境都市ニアベルクに接する国境を超えて、西へおよそ五十キロ。

 凹凸だらけの山道を登った先に、魔法の国の最初の宿場町がある。


 とっぷりと日が暮れた頃に、十の馬車で構成されたキャラバン隊が這々の体でたどり着いた。

 冒険者も、商人も、その顔は疲れが色濃く出ており、誰もが早く宿に入って休みたい、と願っているだろう。


「さて、よろしいかな」


 キャラバン隊の隊長である商人が、各冒険者のリーダーを呼んだ。

 明日の集合は十一時であることを告げ、宿を割当ると、散会となった。


「十一時集合なんて、随分とのんびりねぇ」

「しかも護衛任務がたったの二日だからな。妙な依頼だぜ」


 訝しがるメルキュールに同意するように、マーカスも首を捻った。


「とりあえずもうクタクタだ。さっさと休もうぜ」

「そうねぇ。お風呂入りたいわ。もう汗でぐしょぐしょ」


 高山地帯に既に差し掛かり、海抜は千メートル以上にある宿場町であると言う通り、立ち止まればひんやりと涼しい風が優しく頬を撫でる。だがやはり夏の季節である。

 随時休憩を挟みながらでも、一日歩き通しでは『明けの明星』も流石に音を上げた。

 なお、フィオリーナは既にギブアップしており、ゼトラの背中でぐったりと眠りについており、アイビスがその背中を支えるように手を添えている。


 五人で一部屋の大部屋に案内されて、メルキュールがドアノブに手をかけた。


「……ん?」

「どうした?」

「んー……」


 ドアノブに手をかけたまま、それをじっと見つめるメルキュール。

 何か違和感があったのか、眉をひそめてそれを探るように首を傾げた。

 そして、口元に人差し指を添えて、喋らないように、とアイコンタクトで示した。


 怪訝そうな顔のまま大部屋に入ると、そこにはセミダブルサイズのベッドが二つに、背もたれを倒せばベッドに変わるソファベッド。

 あとはトイレとシャワールームが一体になったユニットバス、四人がけの椅子と、それを囲むテーブルが一つ。

 どこにでもありそうな、ありふれた構図の部屋だった。


 沈黙を保ったまま、入室する一行。

 そしてメルキュールの違和感を、マーカスも、そしてゼトラとアイビスも感じた。


 ――見られてる……。


 妙な視線を感じる部屋だった。


「……」


 メルキュールがその視線の正体を探ろうと、ベッドの横のランプに手をかけた。

 そして(ほとばし)る魔力の輝きと、詠唱紋様がそのランプを覆うと、パシンと何かが弾けるような音がして、小さな石が転がり落ちた。


「なんだこりゃ」


 その石を拾い、ひっくり返してみるが特段変わった所は見られない。

 しかしなおも残る、妙な視線。


「ふむ」


 頷いて、メルキュールが床に手を置いてさらに魔力を集中させて、練り上げた。

 床から壁に、壁から天井に、波のように詠唱紋様が行き渡ると、部屋のあちこちからパシン、パシン、と弾ける音が鳴った。

 そして妙な視線は消失した。


「なんなの、この部屋……」


 眉をしかめてそれを見たメルキュールが呟く。


「これは……監視の魔具か?」

「……盗聴機能もあるはず」


 マーカスの直感がその正体を囁き、メルキュールが同意してそれを補足した。


「監視に盗聴の魔具って……まさか、和国?」

「多分……ね」


 ゼトラはエイベルク王国を離れる前に、アルベルトを経由して耳にした、ギュスターヴ国王の話を思い出していた。


 カールウェルズ魔創公国の様子がおかしい。

 首都に多くの和国人の姿が見られると言う報告が上がっている。

 公国政府の対応も表向きはこれまでと同様に友好的に振る舞っているように見えるが、どうもその裏に和国政府に対する過剰な配慮が伺える。そのことから、公国政府には、既に和国が入り込んでいる可能性が高い。

 また取り逃がしてしまった件の和国諜報員によって、君たちの素性は和国政府に伝わっている可能性が高い。

 そう考えると、和国政府の意を受けたカールウェルズ政府内の何者かが、君たちに妨害してくるかもしれない。

 十分気をつけてほしい。


 事前にそう警告されていたものの、よもや公国政府とは無縁そうな、多くの者が泊まる民間の宿にまで和国のものと思しき監視や盗聴が入り込んでいるのは、ギュスターヴ国王も予想外ではなかろうか。


 その時、扉をノックする音が聞こえた。


「何かしら?」

「失礼します」


 ホテルの女性スタッフだった。

 顔つきこそ現地のカールウェルズ人だが、その表情にはどこかぎこちなさがあるようにも見えた。


「大変申し訳ございません。備品の一部が故障していて交換するのを忘れておりました」

「は?」


 そう言うと、メルキュールを押しのけるようにして部屋に立ち入ってきた。

 そして営業スマイルを浮かべたまま、ささっとベッド横のランプを交換し、出ていった。

 そして再び復活する、妙な気配。

 視線を感じる違和感。


「……」


 メルキュールが再び魔力を走らせ、ランプに仕込まれた魔具を破壊した。

 するとまた少し経って、再び、扉がノックされた。


「申し訳ございません。故障しているランプだったようで……」


 営業スマイルを遮るように、メルキュールが壁に手をついて入室を拒んだ。


「ごあいにく、ちゃんとランプとしての機能はあるわ」

「ですが……」

「これ以上余計なことをするなら、こちらにも考えがあるけど」


 いつもの笑顔でありながら目は笑っていないメルキュールの表情を見て、女性スタッフからもスッと笑顔が消えた。

 しかしそれは一瞬のことで、厚手のカーテンで本性を隠すように、女性スタッフに営業スマイルが戻った。


「これは大変失礼いたしました。どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」

「そうさせてもらうわ」


 メルキュールはニコリと微笑み、その後姿を見送ってから扉を閉めた。


「まさかこんな所で和国の影を踏むとはな……」

「ゼトラは……私たちもか。めちゃくちゃ警戒されてるわね」

「面倒なことになってきたな」


 ため息をついて、メルキュールが指を弾く。

 それと同時に部屋の隅々まで詠唱紋様が走り、一気に多重結界を敷いた。

 出立前にメルキュールがオリバー・レクツァトに師事して学んだ、盗聴や監視を防ぐ多重結界の迅速展開である。


「寝てる時に何かしてこないかな?」

「安心していいわ。結界が反応するから」

「ならいいけど……」


 不安げなゼトラの肩をぽん、と叩いてメルキュールがウインクする。

 その表情に少し微笑んで、フィオリーナをベッドに寝かせた。


「う~ん……」


 それで目が覚めたのか、フィオリーナが寝ぼけ眼でゼトラの首に手を回して甘える仕草で胸に額をこすりつける。


「おはよ、フィオ」

「おはよ~……」


 目をこすりながら、いつものようにゼトラの腕に絡む。それに合わせるようにゼトラもベッドに腰掛けた。

 メルキュールが呆れてその頭をクシャっと撫でる。


「そんな寝ちゃったら夜眠れなくなっちゃうわよ」

「いいも~ん。ずっとゼトラを見てるものー」

「えぇ……?」


 困惑するゼトラを他所に、フィオリーナはベタベタと甘えてフフフ、と笑うのだった。


「そんなことより、飯か、風呂にしようぜ。俺は先に飯にしたいが……」

「お風呂がいい……」

「同じくお風呂~」

「はーい。お風呂~」

「ボクはどっちでも……」


 はい、という事でお風呂ね!と半ば強引に段取りを決められ、男性陣はベランダへ追い出された。

 二人揃ってベランダに据えられた椅子に腰掛け、マーカスは大きな欠伸をして背を伸ばす。


「男二人に女三人じゃ、やはり分が悪いな。主導権を握られちまう」

「しょうがないよ」


 光を遮るカーテンの向こう側、キャッキャウフフな姦しい声を聞きながら、ボヤくマーカスと、苦笑して首をすくめるゼトラ。

 一応、ベランダの外から覗こうとするものはいないか、意識を向けてみたがいつの間にか降り出したシトシトと静かな雨音が邪魔をしてその気配は分からない。


「ま、さすがにそこまでヤル気はないか」

「カールウェルズ人なのに、和国の手先なのかな」

「和国がカールウェルズまで影響力を及ぼしている、と考えるべきだろう。こりゃ先々苦労しそうだ」


 ふぅ、と大きなため息をつきマーカスがウトウトと目を瞬かせる。

 あいつらの気が済んだら起こしてくれ、と呟きながら仮眠に入るのを見てから、ゼトラも椅子にゆっくり寛いで暗い闇に覆われた雨空を見上げるのだった。



 まもなく一時間経って、フィオリーナは大丈夫なんだろうか、と不安を感じた頃にようやくカーテンが開き、男性陣を呼ぶ声がした。


「ねね! これゼトラが選んだって!?」


 メルキュールが目を輝かせてゼトラに好奇の目を向ける。


「え? ああ、うん。すごく似合ってる」


 アイビスとフィオリーナが、色違いのワンピースを着て立っていた。


 フィオリーナの冒険者スタイルはミニワンピースにレギンス、と動きやすい格好。

 アイビスの普段の冒険者服もまた、ジーンズ・パンツに、膝当とすね当てを兼ねたブーツ。上半身はロングシャツと肘当て、胸当ての軽装鎧にショートマントを羽織っている。

 いつもの部屋着もまた同様で、シンプルなワイドパンツとロングシャツで、肌の露出は控えめだった。

 フィオリーナはメルキュールの部屋着に似て、ロングワンピース姿であることは多かったが、今の二人はいつもより肌の露出が多かった。


 今、二人が着ているのは、膝丈ほどのノースリーブワンピース。

 アイビスは薄い緑色、フィオリーナは灰色。

 いつもより肌の露出が多い部屋着に慣れないのか、アイビスはモジモジと、フィオリーナがクネクネとしながら、どう?とスカートをつまむ。

 それを見て、ゼトラがニコリと微笑んだ。


「すごく可愛いよ」


 ニコニコと笑うゼトラにフィオリーナがえへへ!と嬉しそうに微笑んでその腕に絡む。

 アイビスもまた、モジモジとしながら上目遣いでゼトラの反応に喜ぶのを隠せてない。



 二人のワンピースは、三人揃ってニアベルクの街を観光している時、ゼトラが街を行く女性を見て何気なくと聞いたことが発端だった。


「普段スカートとか履かないの?」

「履かない……」


 あっさり答えたアイビスにフィオリーナは驚いた。


「もったいない! あんなに綺麗な身体をしてるのに!」


 憤慨するフィオリーナと、不思議そうな顔のゼトラを見て、アイビスがモジモジとしながらと聞いた。


「見てみたい……?」

「そうだね」


 無邪気に頷くゼトラを見て、アイビスも決心したようだ。


「じゃあ、部屋着なら……」


 ということで三人揃って衣服店へ入った。

 そこで何着か試着して、ゼトラがお金を出してプレゼントしたものである。

 その時の女性店員がアイビスとフィオリーナを見て言った。


「とてもステキですわ。絵になります。お二人とも彼女さんかしら」


 美辞麗句を並べたのに対して、ゼトラはニッコリと笑う。


「ボクの数少ない自慢なんです」


 そう言うと、アイビスとフィオリーナは、モジモジクネクネしながらゼトラの腕に手に甘えるように絡めたのだった。



 その時ことを思い出したのか、フィオリーナがえへへ、と笑ったが、不意にカクンと力が抜けたように膝を落として一瞬倒れかかった。


「わっ……と」

「大丈夫?」

「あー、うん……」


 慌てて支えたゼトラの腕に掴まり立ちしてフィオリーナがゆっくりと呼吸を繰り返す。


「ちょっとはしゃぎすぎちゃったわね。うん……枯渇した魔力を急速に補う流れがあるわね……。しばらくそうしてなさい」

「はぁい」


 やはり一時間も手を離していると、フィオリーナは体内の魔力を失って枯渇状態になるようである。

 ゼトラが手を引いてベッドに腰掛けると、フィオリーナは全身で魔力を受け取ろうかと言うように、その膝の上に馬乗りになって正面からゼトラの首に手を回した。胸を合わせ、頬をすり合わせて甘える。

 そのくすぐったい感触にゼトラも笑いながらその背中をさすると、えへへ、とまたフニャフニャの甘い声を出すのだった。


「んじゃ、先にシャワー浴びるわ」

「先にご飯作っとく……」

「あら。手伝うわよ」


 無邪気なじゃれ合いに呆れ気味のマーカスがユニットバスの戸を開けた。

 少し名残惜しそうな視線を残してアイビスがエプロンを着けて、その背中をメルキュールが追う。


 ゼトラも手早くシャワーを済ませ、宿のダイニングキッチンで簡単な食事を済ませたのだった。



 そして夜も更けて、寝ることになった。

 最早そうするのが当然のように三人揃ってセミダブルベッドに潜り込み、大きめの毛布を首までかぶる。

 フィオリーナはニコニコとしながらゼトラの腕にくっついて、アイビスもゼトラの右にピッタリと寄り添った。

 セミダブルベッドなので左右の隙間に余裕はあるが、そんなことはあまり関係ないようだ。


「んじゃ、灯り消すわよー」

「おう。おやすみ」


 同じくセミダブルベッドを陣取ったメルキュールの声に、ソファーベッドに寝転がったマーカスが答える。

 パチン、と音がして灯りが消えて真っ暗になった部屋の中。

 ベッドの底から漏れる間接照明だけが微かに光を発していた。


 ゼトラはそれと同時に電池が切れたように、ストン、と眠りについた。

 アイビスはスースーと穏やかな寝息を立て始めたゼトラを見て、びっくりしたように目を丸くする。

 フィオリーナはクスクスと笑って、アイビスと目を合わせた。


「すごく寝付きいいよね」

「うん……」


 こうして三人で同じベッドに入るようになって数日と言った所だが、アイビスはまだ少し慣れていない。

 ドキドキと高まる胸を抑えながら、その穏やかな寝顔を見ながらようやく眠りについていた。


 クスリと笑ったアイビスが、そーっと伸ばした指先で、ゼトラの頬をぷに、とつつく。


「んー……?」


 無意識か、寝ぼけているのか、ゼトラはアイビスの手を握り、その手の甲が、アイビスの頬に添えるようにぺたりと垂れた。

 それを両手で握り、嬉しそうに頬ずりする。


 今度はフィオリーナが真似をして、ゼトラの左頬を突いた。


「ん……」


 今度はそれを優しく払うと、二人の腰をグイ、っと引き寄せた。


「……ッ!」


 微かな声をあげ、ゼトラの頬に寄せられる、少女たちの唇。

 幸せな夢でも見ているのか、ゼトラが微かに笑みを浮かべているように見えて、フィオリーナとアイビスは目を合わせてクスリと笑う。


 そしてフィオリーナが、ゼトラの頬に少しだけ唇を当てた。


「!」


 アイビスが目を丸くして、フィオリーナを見る。

 一方フィオリーナは、アイビスにはできないでしょ?と勝ち誇ったようなドヤ顔。

 それを見て、対抗心を燃やしたのか。あるいは温もりの中で心が緩んだか。


 少しムっとしたアイビスもまた、ゼトラの頬に唇を当てた。


「……っ!」


 ニマニマと微笑むフィオリーナの視線を感じてすぐに冷静になり我に返ったアイビス。

 自分のした事に顔を隠すように、顔を真っ赤にして背中を向けた。

 その唇を抑え、高まる胸を抑えて顔を伏せる。

 もぞもぞとゼトラの腕が動いて、アイビスを包み込むように、また抱き寄せた。

 胸にかかる手に、アイビスは両手をそっと重ねて、微笑む。

 その温もりにフィオリーナとアイビスは、穏やかな気持ちに包まれながら、眠りに落ちるのだった。



 ただ『明けの明星』はまだ知らなかった。

 夜が更けてからの宿だったのでその街の全容をまだ見ていない。

 日の下での街こそ本当の姿であり、それは『明けの明星』とって、特にメルキュールにとって、驚愕するものだったのだ。

予告。

魔法科学の国を訪れた一行の前に現れる、世界最先端の魔法科学文明の産物。

しかしそれは、かつてメルキュールが関わっていたものだった。


次回魔創公国編「055.文明の灯りは」

お楽しみに。


ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月19日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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