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052.振り払うその手を取って

 諸侯の疑惑の眼差しに包まれるニアベルク、そして王都グランマリナの重苦しい会議室。

 いかなる反論も即時論破してみせようと、交易卿フレック・ラザフォード、財務卿モーガン・ドナルドの二人は微かに笑みを浮かべている。

 静まり返った所に、ユングスタイン王国宰相の子孫を名乗るレイモンド・フォークが挙手した。


「では、私めから発言よろしいですかな」

「うむ。レイモンド・フォーク殿の発言を認めよう」


 議事進行を務める宰相アシュトン・ラインベルクが頷く。


「さて、こちらにおわす『明けの明星』一行にかかる疑惑について、ゼトラ様がユングスタイン王国の遺児である。マーカス殿らは魔族の一派である、と。すなわちその共通の敵である和国とエイベルク王国と争わせるために策を謀っているとのことでございますが……」


 回りくどい言い方で、疑惑を改めて確認する。


「では、ゼトラ様がユングスタイン王国の遺児ではない。マーカス殿たちは魔族ではない、そう主張すればこの疑惑は晴れるのですかな?」


 馬鹿なことを、と呟き、交易卿フレック・ラザフォードが手を挙げた。


「その匿名の情報提供なる真偽はさておき、そこに亡王国宰相の子孫を名乗る貴殿が同席して、一介の冒険者である少年に向かって『ゼトラ様』という敬称。そのような発言では事実上認めているのも同然では?」


 ニタリと笑い、フレック交易卿は着席する。

 囁くような声で、他の大臣からも、やはり、という言葉が漏れた。

 これにニコリと微笑んで応え、レイモンドが挙手をする。


「然り。その疑惑について、その通りである、と申し上げましょう」


 はっきりとその事実を認め、他大臣のざわめきが大きくなる。

 静粛に、とそれを諌める宰相の言葉で静まるのを待って、レイモンドが続く。


「こちらのマーカス殿が魔族である、という事についてはどのような御業で人の姿を映しているかは私めには測りかねますが」

「ふん。大方、幻装魔法(ミラージュ)なる仕業であろう」

「……ほう。そうなのですか?」


 フレック交易卿の指摘を聞いて、レイモンドがメルキュールを見た。

 その視線を受けてメルキュールが露骨に顔をしかめ、なんでこっちに話を振るのよ!と抗議する目を向ける。

 だが、私を信じてほしい、と訴えるレイモンドの目に、腹を括ったようだ。


「はぁ……そうね」


 指をパチン、と弾き、マーカスたちの姿が魔族のそれへと一変した。

 おぉ、というこれまでで最も大きなどよめきが起き、宰相も息を呑んで映像を見たようだ。


「やはり魔族であったか!陛下!これは亡王国と魔族による共謀に違いありませぬ!」


 勝ち誇ったように発言したフレック交易卿をギュスターヴ国王が、ジロリと睨む。


「宰相、フレック交易卿の発言を認めていたか?」

「いえ」

「と、いうことだ。貴殿の発言は認められていない。今はレイモンド殿の主張を聞く時だ」

「ぐ……失礼いたしました」


 ギュスターヴ国王の冷たい言葉であしらわれ、フレック交易卿が怒りを堪えて着席するのを待ってレイモンドが口を開く。


「さて今回の疑惑の発端について私が大いに疑問を感じる点がございます」

「ほう。なにかな?」


 ギュスターヴ国王が興味深そうに目を細め、手のひらを向けてその発言を促す。


「今回の疑惑の発端、匿名の情報提供者によるものとございます。ゼトラ様がユングスタイン王国の遺児である。マーカス殿らは魔族である、という情報を得たのでしょう」

「ふむ。確かにな」

「ではまず一点。マーカス殿にお伺いしたい」

「ん?」

「あなた達は魔族であるが、その姿のまま、この王国を闊歩しておりますかな?」

「まさか!」


 吹き出すように笑い、挙手したマーカスに頷き、宰相が発言を促す。


「この姿を晒せばどんな最悪な事が起きるか容易に想像つくさ。俺たちだって身をわきまえている。この姿を人前に晒したことは仲間であるゼトラ以外に、ただの一度もない」

「うん、そうでしょうね」


 他の諸侯もその発言に納得した様子で頷いているを見て、レイモンドが満足げに微笑む。


「もう一点。尊崇する我が主君、ゼトラ様……ゼトラ殿下にお伺いする無礼をお許しくださいませ」

「な、なんでしょう?」

「ゼトラ殿下はこれまで、自らの素性を明かしたことはございますか?」

「……そうですね……。ボクの素性を知るのは、母アリスアトラ・ユングスタインの忠臣である、ダニエル・アルベルト、オリバー・レクツァトの両名。そして大切な仲間であるここの四名。レイモンド・フォーク殿。そして……そちらのギュスターヴ国王陛下です」


 さわ……と微かなどよめきが起きた。

 その視線がギュスターヴ国王に集まる。

 一体どういうことなのか、と説明を求める視線だった。


 これに対して、仕方ない、とギュスターヴ国王が頷く。


「余はこの王国内の出来事、目立つ人物、微かな動きさえも夜鴉(よがらす)を通して微細に渡って見ている。ゼトラ殿下がアリス様のご子息であらせられること、ユングスタイン亡王国の歴史、アリス様がエイベルク王国に流れ着いた時期、ご年齢、そのご活躍ぶりといった細かな情報をつなぎ合わせていき、自ずとその答えを導き出した。さりげなくそれを問うた所、お認めになったのだ」


 ギュスターヴ国王の答えに、なるほど、と諸侯が頷く様子が見えた。


「当然ながらその御身分を明かせば政治的な思惑に絡まられるは必至。ゼトラ殿下のご意向を重んじれば、その素性を知る者がこれを言いふらすことは、余を含め、断じてあり得ない。そのことは容易に想像つくことであろう」


 確かに、と納得した声があがり、レイモンドもニコリと頷いた。


「まこと、その通りでございます。陛下」


 しかし芝居がかったように腕組し、首を傾げる。


「さて困りましたね。その匿名の情報提供者は、どこで、いつ、ゼトラ殿下とマーカス殿の素性を知ったのでしょうね?」

「なるほど。確かに」

「まあ、そこはひとまず置いておきましょう」


 また笑みを浮かべて、弁舌を振るう。


「列席する諸侯の皆様はご承知の通り、私めはユングスタイン王国宰相の子孫を喧伝しております。それ故、多くの者が私の元を訪れます」


 レイモンドの視線は、映像の先、フレック交易卿、 モーガン財務卿を捉えていた。


「その多くは同郷の士ですが、そうでない者もおります。そう……例えば私を暗殺しようとする不逞の輩もね」

「えッ……!?」


 レイモンドの言葉に、ゼトラが驚いて見やるが、何事もない、と言わんばかりに微笑んで頷いた。


「当然、私は身の危険を感じてエミリー様にそれを訴えております。相違ございませんね」


 宰相が挙手したエミリー・ラインベルクの発言を認めると、大きく頷く。


「国境都市において不貞の輩による殺人事件が起きては都市の秩序を預かる駐屯兵団の名折れ。レイモンド殿のおっしゃる通り、密かに監視及び護衛をつけております。事実、これまでに一度だけ、レイモンドを襲撃する動きを見せた不審者を追い払っております」


 ありがとう、と一礼して、また芝居がかったように手を広げる。


「さて、先程申し上げた通り、ゼトラ殿下とマーカス殿の素性。一体いつ、どこでその情報を手に入れたのか?」


 苛ついた様子のフレック交易卿、 モーガン財務卿を見て、レイモンドがニヤリと微かに笑みを浮かべて発言を続ける。


「ああ。ただ、これのきっかけになりうるのではないか、と思える出来事がありました。先日、私はそちらのゼトラ殿下と同伴者のフィオリーナ様、アイビス様と面会しております。その場に於いて、私は『ゼトラ様はユングスタイン王国の遺児でございましょう』『フィオリーナ様とアイビス様は、亜人の方では?』とお尋ねしております」

「何が言いたいッ!?」


 徐々に徐々に外堀を埋めていくような、回りくどい言い方に痺れを切らしたのか、モーガン財務卿が低音のドスの利いた声を張り上げた。

 だがこれを睨みつけたギュスターヴ国王の視線に怯えて肩を小さくして着座する。


「おや?とすると匿名の情報提供者は私ということに?」

「まさか」


 宰相が思わず笑い、発言は簡潔に、とそれを制する。


「失礼。では改めてエミリー様にお尋ねしたいのですが、その日に前後して、私の周辺に異常はございませんでしたか?」

「……」


 一瞬戸惑い、エミリーが口を開く。


「はい。確かにレイモンド殿が勤務する小学校周辺にて、レイモンド殿を襲撃した怪しい風体の男、二名の捕縛を試みております。うち一名には逃げられてしまいましたが、内一名は、その場で自死し、絶命いたしました」

「ほう……それはどのような方でしたかな?」

「……身元を確認できるようなものはありませんでしたが……、その顔つきからの推測で、和国人と思われます」


 なんと……!?というざわめきが王都グランマリナの会議室に沸き起こった。


「……身元不明の不審者の自死となれば報告にも時間がかかり、未だ王国政府にはその旨伝えておりません」

「ふむ……。エミリー様のおっしゃる通り、私の元には同郷の士以外にも、その動向が気になるのか、和国人も探りに来るようですね。暫定的に、和国諜報員とでもしましょうか。どうやら和国の諜報員がこのエイベルク王国内を堂々と闊歩し、あまつさえ私とゼトラ殿下との面会を盗み聞き、フィオリーナ様とアイビス様が亜人である……いや、魔族である、と看破したようだ」


 レイモンドはニコリと笑い、映像に目を向ける。


「つまりは、その匿名の情報提供者とは和国諜報員そのもの、あるいはその諜報員からもたらされた情報を元にした告発である、と推測されますね。……いや、これはいけない。我々にかかる疑惑は、その実、和国の陰謀ではないでしょうか?実際に和国の侵略行為でありながら、その罪を亡王国と魔族にすり替えようとする、恐るべき陰謀です」

「なるほど。道理である」


 ギュスターヴ国王が大きく頷き、レイモンドもそれに同調するように頷いた。

 そして怒りの声を含ませて、ギラリと睨みつけた。


「宰相閣下に要求致します。尊崇する我が主君、ゼトラ殿下をこのような理不尽かつ陰湿な謀議に巻き込み、その高貴なる身分を穢した悪辣さは極めて不愉快。厳重に抗議すると同時に、その匿名の情報提供者とはいかなる人物か、明らかにしていただきたい。発言は以上です」

「……」


 しん、と双方の会議室が静まり返った。

 レイモンドの主張に誰一人として言い返せず、ゼトラやマーカスたちの疑惑を晴らし、形成を覆す決定的な一打となった。


 匿名とは誰だ?今度はその疑惑の眼差しが、宰相に向けられた。


「恐れながら」

「内務卿バーナード・ウィーバー殿、どうぞ」

「匿名の情報提供は、不義不正を正す内部告発の一助であります。正義の行いであり、その情報をみだりに明かすことは、今後の不正告発に支障をきたすものと思います」

「その通りだ!」


 バーナード内務卿に同意するように野次ったフレック交易卿をギュスターヴ国王がジロリと睨みつけた。

 そして一瞬ニヤリと笑い、口を開く。


「しかし内務卿。レイモンド殿の主張の通りなら、我が国の真なる敵を見誤らせる、万死に値する陰謀、あるいは外患行為とも言える。国王としてそれは認めがたい。レイモンド殿の主張が正しいのか、その匿名なる者の主張が正しいのか、ここに至って双方の素性を明らかにして公平に判断すべきと思うが、宰相はどう思う?」

「……」


 静かに見つめるギュスターヴ国王の視線を感じながら、宰相が苦悩する様子が見て取れた。

 そして一考した宰相は、ふう、と大きく息を吐いた。


「内務卿のおっしゃることは理解しますが、この件は我が国の存亡に関わる事案。ついては国王陛下のおっしゃる通り、その匿名の情報提供者の素性を明かすべきでしょう」

「話が違うぞ!宰相!」

「交易卿ッ!貴殿の発言は認められていないッ!」


 国王の一喝が飛び、フレック交易卿が苦々しく顔をしかめて俯く。

 そのフレック交易卿を宰相は冷徹な眼差しで睨んだ。


「……本件の匿名情報提供者とは即ち、交易卿フレック・ラザフォード、及び、財務卿モーガン・ドナルドであります」


 再び会議室にざわっと大きなどよめきが起きた。

 ギュスターヴ国王が鼻で笑い、その目を疑惑の二人に向けた。


「……ほう。交易卿と財務卿は、その和国諜報員から提供されたと思われる情報を元に『明けの明星』に疑惑を向けたのか。それは何故か?また何故、貴殿らが和国の裏と繋がっているか、説明してもらえるか」

「……」

「……」


 押し黙り、俯く二人。

 拳を震わせ、その表情には怒りが見える。


「……陰謀だ……」

「ん?」

「陛下!これは大変な言いがかりでありますッ!我々は和国とは……、その諜報員とも関係ございませぬッ!」

「ほう、ではどの情報を元にマーカス殿が魔族であると断じたのかな?」

「それは……私の私設諜報員による調査で……ッ!」

「なんだそりゃ」


 あまりにも苦しい言い訳に、マーカスが思わず吹き出した。

 フレック交易卿が映像に向かってギロリと睨みつけるが、もはや恐れることなど何もなかった。

 ここに至って、事態は交易卿フレック・ラザフォードと財務卿モーガン・ドナルドを断罪する場へと変わろうとしていた。


 苦し紛れの発言に、ギュスターヴ国王が背もたれに身を預けて、アッハッハと大声で笑い、天を仰いだ。


「なるほど私設諜報員と来たか。交易卿に過ぎない貴殿に私的な諜報員がいるとは初耳だが、まずはその主張に十分な精査が必要だろうから今は聞き容れるとしよう」

「ぐっ……」


 嘲笑するギュスターヴ国王の態度を侮辱的と受け取ったのか、身分を超えて憎悪の視線を向ける。


「不敬だぞ交易卿ッ!」


 その態度を改めるようバーナード内務卿が怒りの声を発したが、ギュスターヴ国王がそれを制する。


「よい。さて、では私からも一つ、告発を用意している」

「はぁ……?告発……ッ!?」


 驚くモーガン財務卿を無視して、ギュスターヴ国王は一枚の紙を懐から取り出し、宰相の前に置いた。


「これは……?」

「それは、会計監査局、不正会計口座調査部の報告書だ。余の依頼により、諸大臣に不正な取引を行う口座がないか、調べさせてもらった。それによると交易卿と財務卿の私的な隠し口座に『ブレンダ商会』なる名義人より個人としては余りにも不釣り合いな大金が振り込まれているとのことだ。その額、それぞれ金貨三千万枚」

「三千万ッ!?」


 悲鳴にも近いざわめきが起きた。

 平民が一生働いて稼ぐ額の倍以上、という大金に、列席する諸侯の誰もが言葉を失った。

 しかし淡々とギュスターヴ国王は糾弾を続ける。


「さて『ブレンダ商会』とは聞かぬ名だが一体何だ、と調べさせた所、その実、リーイェン・ブレンダなる和国人が会頭を務める活動実態なき商会……偽装商会(ペーパーカンパニー)と判明した」

「な、なんですとッ!?」


 和国人の商会……ッ!?と言うどよめきは、明確な敵意となって、フレック交易卿とモーガン財務卿に向けられた。

 その視線に耐えるように、拳を震わせて俯く男二人。

 ギュスターヴ国王はなおも淡々と、しかし冷徹に睨みつける。


「さて、お二方。和国人の商会より金貨三千万枚の振り込みとは、いかなる利があって得た金か。説明願おうか」

「……」

「……」


 必死に答えようと、思考を……言い訳を張り巡らせているのだろう。

 何度も口を開きかけては閉じて、唇を噛みしめる。

 だがその言葉を待たず、ギュスターヴ国王が宰相に膝を向けた。


「さて、宰相ならびに列席する諸大臣に提案がある」

「はッ」

「交易卿フレック・ラザフォードと財務卿モーガン・ドナルドは不正を疑う確実な証拠がある。ついてはその役務をこなすに相応しくないと判断し、即時解任を提案する。如何か?」


 異議なし!と即答した宰相。

 フレック交易卿とモーガン財務卿以外の諸大臣が言葉を揃えてこれに続いた。

 ギュスターヴ国王が満足そうに頷き、これに応えるように宰相も頷く。


「では、ここに国王陛下より発議された交易卿及び財務卿の解任決議は、列席諸侯の同意を得たため、宰相の権限に於いてこれを決定するッ!」

「そ、そんな……ッ!?」


 ここにエイベルク王国政府に忍び込んだ和国の邪悪な意志は暴かれたのである。

予告。

炸裂するレイモンド・フォークとギュスターヴ国王の策略。

『明けの明星』はどうにか窮地を脱することが出来たのだった。

そしていよいよエイベルク王国を離れる時が来た。

旅立つ勇者たちに旅路を祈るラッパが響き渡る。

次回蒼炎編最終話「053.勇者よ、いざ征かん」

お楽しみに。




ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月17日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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