050.旅先を祈り
その日の午後、日が傾き始めた頃。
メルキュールに呼び出されて四人はギルドへと集まった。
マーカスはあれから適当に街をぶらついただけだったが、ゼトラとフィオリーナ、アイビスは三人であちこち回ったようだ。
やけに機嫌のいいフィオリーナがニコニコと笑い、いつも以上にゼトラに甘えている。
それどころか、アイビスまでもゼトラの腕にくっつくように寄り添い、頬が赤い。
穏やかな笑みを浮かべている所を見ると、昨日のわだかまりはすっかり無くなったようである。
――なにがあったんだ?まさか一線超えたか?
マーカスの無遠慮な邪推とは異なり、当然ながら健全な少年少女は、街並みを見て回る中で仲を深めただけだったのだが。
「さて、ちょっといいかしら」
メルキュールは相当に根を詰めていたのか、口元を隠してふわぁと大きく欠伸をして、円卓を囲んだ一行を見る。
ゼトラとフィオリーナはまだしも、いつも以上に近いアイビスとゼトラの距離感。
ちょこん、と袖をつまむ可愛らしい仕草を見て、メルキュールがきゅん、と胸を高まらせつつ軽く咳払いした。
「何か分かったのか?」
「あ、うん。そうね」
マーカスが苦笑しながら発言を促すとメルキュールの顔つきが深刻なものに一変した。
「結論から言うと、かなり最悪なものを引き当てちゃったわね」
「……どういうこと?」
ゼトラもまた厳しい顔つきになり首を傾げる。
「うーん……正直、私たちの手に余るものだから、マスターの前で話したいんだけど、ゼトラ、頼める?」
「え、うん……聞いてみるよ」
「昨夜の件でかなり重大な問題が判明したからマスターと話したい、くらいに伝えて」
「うん」
ゼトラが総合窓口に行って面会の伺いを立てると職員が慌ただしく動いた。
どうやらすぐに了承を得たようで、ゼトラが手招きした。
マスタールームの扉をノックして、くぐもった声の返事を待って入室する。
「おっと、また会ったな」
オリバーともう一人、昨日の女性兵士がまたも居た。
昨夜の『蒼炎事件』について報告か打ち合わせでもしていたのだろうか。
二人とも腕組して、神妙な顔をしていた。
これはゼトラ様、と一礼して立とうとするオリバーに、ゼトラも一礼して手を挙げてそれを遮る。
メルキュールは女性兵士を見て、ニコリと頷いた。
「あらちょうど良かったわ。貴女はニアベルクの駐屯兵団長さんでしょう?」
「え?そうだけど……」
怪訝そうに女性兵士が首を傾げる。
「ギルドだけじゃなくて、王国にとっても重大な問題だから、話を聞いてもらうために同席をお願いしたいわ」
「ふむ……そういう事なら……。そう言えば自己紹介がまだだったな」
エミリー・ラインベルクと名乗ったその女性を見て、マーカスがハっと目を見開く。
「ラインベルク公爵家のお嬢さんか」
「おや、冒険者にも当家の名が知れ渡っているとは嬉しいな。私は三女だがな」
「知れ渡っているも何も、最も政治的影響力の大きい王族分家の公爵家なら知らない奴はいないよ。そんな方が国境都市駐屯兵団長とはさすがだな」
「親の七光りの賜物だよ」
自虐気味に苦笑したがマーカスの目には相応の力はあるように見えたようである。
そんなことないさ、と笑ったのを見て、エミリーは少し嬉しそうに微笑み返した。
「では、エミリー様もどうぞこちらへ。話を聞きましょう」
オリバーが指を弾いて多重結界を敷いた。
促されるままに全員ソファへ腰掛けるのを待って、メルキュールがポーチから二つの石を取り出し、ローテーブルに置いた。
色も形も違う、拳ほどの大きさの石だった。
「これは……?」
怪訝そうにオリバーとエミリーがそれを取り上げ、不思議そうに裏表、上下に返して見やる。
「報告の前に、ウルスタット北部の『幻惑の森騒動』はご存知かしら?」
「無論、報告は入っていますよ。あれはエルフ族の仕業と推測されています。近々大規模調査が行われる予定と聞いています」
「ああ、その話なら小耳に挟む程度だが知っている」
大規模調査なんてやっても意味ないんだけどね、とメルキュールは内心思いつつ、その事は黙っておいた。
「個人的な事情があるからあまり詳しく聞かないで欲しいのだけど、実は私たちもあの『幻惑の森』に入ったの」
「なんと!」
「そこで、色々あってこれを拾ったの」
驚くオリバーを他所に、メルキュールが微かに青みがかった石を取り上げる。
「これはあの森にかかった幻覚魔法すらも打ち破る、強力な解呪魔法を込められた魔具よ」
「そのようなものが……」
「んでこっちは、って言うと……」
微かに赤みがかった石を取り上げた。
「これ、昨日『蒼炎』の連中が持ってた魔具ね。少しヒビが入ってて機能は失われているけど重力魔法を発動させる効果があるわ」
「な……っ!?」
エミリーが目を見開いて、メルキュールを睨みつけた。
「それ、我々も探していたのよ!?マーカス殿が受けたあの謎の魔法、何かアイテムを触媒にして発動していたように見えたって報告あったから散々探し回っていたのに!」
事件現場から証拠物を持ち去るのは重大な違反行為である。
その事を知らないわけじゃないメルキュールだが、ごめん、とかなり猫をかぶった笑顔で、手を合わせて頭を下げた。
「あいつらがゼトラにふっとばされた時に私の脚元に落ちたみたいでさ。私も何だこりゃ、って拾って、ついそのまま懐にいれちゃったの」
「……しかし……ッ」
「エミリー様、ここは一つ抑えて、まずは話を聞きましょう」
オリバーが憤慨するエミリーを遮り、エミリーも渋々ソファへ戻る。
「ありがと、マスター。んでさ、私も高位魔法使いの端くれだし、この魔具はどういう仕組なのかなって調べたわ」
「ふむ?」
「……結論から言うと……」
言い渋るメルキュールをエミリーは少し苛つく素振りで睨み、言葉を待つ。
「結論から言うと、詠唱文が読めなかったの」
「は?」
マーカスが驚いてメルキュールを見た。
メルキュールはカールウェルズ高等魔法術学校を首席で卒業した天才である。
そのメルキュールをもってしても解読不可能な詠唱文とはただ事ではない。
「厳重な暗号化処理も施されているのもそうだけど、その詠唱文字は、恐らく古代文字とは思うんだけど、読めない文字で記述されてるわ」
「古代文字……今は既に失われいるものですか」
「ええ」
「待って。それって、二つとも同じ古代文字で書かれていて読めないってこと?」
「そういうこと」
エミリーに問われ、メルキュールが厳しい顔で頷くのを見て、ゼトラが何か気づいたように、眉をしかめた。
「それ、おかしいよね」
「え?」
どういう事?とエミリーと同じく、フィオリーナがゼトラを見上げる。
「この青い石……解呪魔法の魔具は『幻惑の森』で和国人の冒険者が持っていたものだよ。どうして『蒼炎』が和国人と同じ、古代文字で記述された魔具を持っていたの?」
「あ……!」
一同がそれを理解した。
「……つまり『蒼炎』は和国人と繋がっていたってことか?」
「そうなるわね」
マーカスの戸惑う声に、メルキュールが首肯する。
何故『蒼炎』が……?どこで、いつ?と様々な疑問が湧き上がるが、答えはすぐに見つかりそうもない。
そして大きく息を吐いて、エミリーとオリバーを見る。
「で、ここから先が私たちじゃ手に負えない。ギルドだけの問題じゃない。王国側の貴女にも同席したほうがいいと判断したことなんだけど」
「何かしら?」
「魔獣氾濫騒動はヴィシャール北部でも起きたのはご存知?」
「無論です。あの報告を受けて警備体制を強化しています」
「それについては我々王国側にも伝達されている。謎の組織なる暗躍が伺えるとのことだったな」
頷いたオリバーとエミリーを見て、メルキュールが顔をしかめたまま、腕組して魔具を睨みつける。
「あの騒動が偶然発生して、たまたま居合わせた『蒼炎』が動いて私とこの子が拐われた、なんて考えにくいわ。あいつら事前にあそこで魔獣氾濫騒動が起きるって知っていた。そう考えるのが自然だと思わない?」
「……ッ!」
その言葉に最も驚き、愕然として、そして怒りの表情へと変わったのはエミリーだった。
認めがたい事実を、しかし認めざるを得ない事実を口にした。
「待って……。じゃあ謎の組織なるものは……和国そのものってこと?」
「そういうことになるわね」
和国人と繋がっていた『蒼炎』は、和国人が北の城門で魔獣氾濫騒動を引き起こすことを知っていた。
そして騒動が起きた混乱の最中で、メルキュールとアイビスを拉致した。
エミリーがその事実を認識し、肩を震わせる。
「それが事実なら、これは和国による侵略行為も同然だわ……ッ!」
「……」
エミリーは三女とは言え、政治的格式が最も高いラインベルク公爵家の一員である。
その立場から言っても王国の秩序を乱す存在には許しがたい思いが強いのだろう。
ヴィシャール北部、そしてニアベルク北の城門付近で相次いだ魔獣氾濫事件が、見知らぬ謎の組織ではなく、和国によって引き起こされたものであれば戦争行為、侵略行為と言って当然だった。
極めて高度かつ深刻な政治問題、外交問題へと発展するのは間違いない。
ワナワナと肩を震わせ、事態の重大さを思い知ったようだ。
「君の解析結果、主張については理解した。このことは直ちに政府に報告させてもらう」
「もちろんよ」
「事件現場から証拠物を持ち去ったことについては、その優れた分析を得たことで、私の権限に於いて不問にしよう。無論、これは両方とも持っていく。他に隠し持っているものはないな?」
「ないない。そんな厄介なもの、持ちたくないわ」
メルキュールが苦笑して手をヒラヒラとして潔白を訴えると、それを信じるように頷いたエミリーは二つの魔具をポーチに仕舞い、慌ただしく部屋を出ていった。
「いやはや、参りましたね……」
政治的に無縁でありたい冒険者ギルドのマスターであるオリバーは、あまりに重い話を聞いて、どっと疲れが来たのか、その巨体を背もたれに預けてソファが軋む。
だがメルキュールの険しい顔つきは元には戻らず、マーカスとゼトラをちらりと見る。
「まだ何かあるのか?」
「そうね……」
疑問に感じたマーカスが、眉をしかめる。
ポツリとメルキュールが呟いた。
「……ヴィシャール北部、そして今回のニアベルク北の城門での騒動……たまたま居合わせた奴が、もう一人いたわよね」
「……ッ!」
ゼトラもまた、ハッとしてメルキュールを見た。
「ジョエルさん?」
「そう。ジョエル・クラージュとその仲間の一行」
メルキュールの厳しい顔を見てマーカスがそれを否定するように首を振る。
「……黒装束の行方を追っていた、と聞いたが」
「でもあの人たち以外、黒装束なる連中を見ていないわ」
「いや、待ってくれ。あいつらも和国と繋がりがあるって言うのか?」
「その可能性を否定できないってことよ」
「ふむ……黒装束なる者はすなわち彼ら自身。自作自演、ということですかな」
「……そうとまで断言はできないから、あくまで可能性よ」
「………………」
重い沈黙に支配され、ゼトラに厳しい目つきが宿る。
その横顔を見て、不安に思ったのかフィオリーナとアイビスがその腕にすがるように手を回した。
それに気づいてゼトラが安心させるように笑顔で二人に頷いた。
大丈夫、そう言い聞かせるように。
「分かりました。彼らのことはこちらで預からせてください。調査の上、内密にマークしましょう。彼らが政治的思惑に関与しているとなれば『相互不干渉協定』に抵触します」
「そうしてくださると」
メルキュールが頷き、小さく息を吐く。オリバーもまた厳しい顔で大きく息を吐いた。
巨大な政治的思惑に『明けの明星』が……いや、ゼトラが関わろうとしている。飲み込まれようとしている。
ユングスタイン王国の再興を目指す以上、決して逃れることが出来ない宿命とは言え、重大な事態は思った以上に急速に迫っているように見えて、オリバーの胸は悲壮な思いで締め付けられた。
それを振り払うように、オリバーがさて、と手を合わせた。
「今日こそ、ゼトラ様に家族を紹介させて頂きたいのですが、予定はございますか」
「いや、ないよ」
「では是非に。もちろん皆さんもご一緒に」
「そうさせてもらうよ」
マーカスもそれに合わせるように明るく振る舞った。
「では私は定時に上がれるように仕事を片付けてしまいましょう。定時にホールで」
「わかった」
笑顔に戻り、別れを告げたのだった。
その夜、オリバーに連れられてギルドにほど近い私邸に案内された。
オリバーに似て、おっとりとした口調の妻、ローラ・レクツァト。
そしてオリバーは愛情深いのか、五人の子供を紹介された。
上から十三歳、十一歳、九歳、八歳、五歳。
長男のハーマイン、長女のローズ、次女のノア、次男のガブリエル、三女のアンナ。
既にゼトラの身の上、オリバーとの関係も聞かされていて理解もあったのか。
ローラが最敬礼で頭を垂れる。
「お目にかかり光栄でございます。ゼトラ様。主人よりお話は伺っております。これまでさぞご苦労なされたことかと存じます。どうぞごゆるりとおくつろぎくださいませ」
「これはご丁寧に。お世話になります」
ローラの丁寧な口上を受け、それにぎこちなく子どもたちも倣うのを見て、ゼトラは苦笑しつつも、返礼した。
そして食卓には豪華な食事の数々。
ローラは生粋のエイベルク人という事らしく、海産物を中心に伝統的なエイベルク料理が並べられた。
特にゼトラは、タコのカルパッチョがとても気に入ったようだ。
歯ごたえの良さと胡椒が程よく効いた辛味、アルアリル地方から取り寄せたという特産の岩塩の塩気、レモン果汁の酸味が相まってタコの甘みを引き出して、これ美味しい、とパクパク頬張るのを見て、一同の笑いを誘った。
なお、アイビスは、あとでレシピを聞こう、と思ったのは言うまでもない。
食事を済ませた後も、オリバーのユングスタインでの生活のこと、エイベルク王国にたどり着くまでの苦労話、ゼトラのこれまでの旅路に話題は事欠かなかった。
そしてこれから旅の行く果てに幸多かれ、と祈りを捧げるのだった。
予告。
しばしの滞在となった『明けの明星』一行。
そこでニアベルク駐屯兵団との合同訓練で、ゼトラが再び躍動する。
一方その頃、王都グランマリナでの陰謀が『明けの明星』に絡みつこうとしていた。
次回「051.絡みつく陰謀を」
お楽しみに。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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次回更新は2020年10月15日お昼頃の予定です。
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