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049.温もりを両手に

『明けの明星』は帰りがけに立ち寄った軽食屋で、売れ残りのサンドイッチを購入して晩ごはんを済ませた。

 宿の前でオリバーと別れを告げそれぞれシャワーを浴びて床に就こうとしていた。


「大変な一日だったな……」

「うん……」


 一日の疲れを隠さず、マーカスがポツリと呟く。

 フィオリーナが戻るのを待ちながらゼトラが頷いた。


 はぁ、と大きく息を吐き、アイビスに叩かれた頬を撫でる。

 特に痛くはなかったが、非難するアイビスの悲鳴が聞こえた気がして、ゼトラの気を重くした。


 カチャリと部屋を開ける音がして、シャワーを上がって寝間着姿のフィオリーナが顔を出す。


「ゼトラ、マーカスも……ちょっと」


 ちょいちょい、と手招きして首を傾げるゼトラと、それに続いてマーカスも部屋を出ると、そこに寝間着姿のアイビスがいた。

 薄い黄色をベースに可愛らしいウサギ柄のデザインで七分丈の寝間着、マイ枕を胸の前に抱き、俯いていた。

 先程まで泣きはらしていたのか、その目元は赤く腫れている。


 紫紺色のナイトドレスのメルキュールがアイビスとは対象的にニコニコと微笑んでいる違和感に、ますますゼトラが首を傾げる。


「あのね、今日一緒のベッドで寝たいんだって。いい?」


 フィオリーナがおずおずと上目遣いで尋ねると、戸惑うようにゼトラが聞き返した。


「えっ……。ボクと?」

「うん……ダメ?」


 アイビスの代わりにフィオリーナがもう一度尋ねる。


「……」

「うん……まあ、いいけど……」


 視線を合わせないように俯くアイビスを見て、ゼトラが承諾すると、アイビスがホッとしたような表情になった。


 ちょい、とメルキュールがマーカスを手招きし、アイコンタクトを飛ばす。

 それを見たマーカスはすぐに察したようだ。微かに笑い、頷いた。


「んじゃ、俺はこっちで寝るか」


 そういうことよ、と頷いたメルキュールが悪戯ぽく笑って腕を抱える。


「手をだしたら承知しないわよ」

「阿呆か。手を出すならとうの昔に手を出してる」

「ぐッ……!」


 おどけるマーカスを、メルキュールがジロリと睨む。


「それは確かにそうかもだけど、そう言われるとなんか腹が立つわね!」


 ふくらはぎを削り取るような切れ味鋭いローキックをお見舞いし、マーカスが痛ってぇ!と悲鳴を上げる。

 相も変わらずな二人のやり取りにゼトラとフィオリーナはクスクスと笑うのだった。



 まだ大人になりきれていない背丈の少年少女とは言え、三人で横になるにはさすがにちょっと狭いベッドに身を寄せ合って毛布を被り、ゼトラはギュッと目を瞑った。

 両脇の柔らかな温もりを感じて、高まる胸の鼓動を誤魔化すように、ふぅ、と大きく息を吐く。

 フィオリーナはアイビスと一緒のベッドで寝るのが余程嬉しいのか、ニッコニコの笑顔で、にへ、と妙な笑い声でゼトラの腕に絡みつく。

 一方のアイビスは押し黙ったまま、ゼトラと視線を合わせようとしない。


 しかしその指先は、ゼトラの寝間着の袖を小さくつまんでいた。


「………………」

「…………」

「……」

「頬……痛かった……?」

「ん?」

「叩いて……ごめん……」


 長い沈黙を経て、アイビスがぽつん、と呟き微かに顔を上げる。


「ううん、痛くは……いや、痛かったかな……」

「ごめん……」


 またポツン、と呟くようにして、はぁ、と息を吐いた。

 女の子特有の甘い香りが、ゼトラの鼻をくすぐる。


 ますます高まる胸の鼓動を誤魔化すように、身をよじらせてふとアイビスを見ると、アイビスもまた、じっとゼトラを見つめていた。

 シャワー上がりのシャンプーの香り、艷やかな唇にゼトラの目が吸い寄せられる。

 それに気づいたように、アイビスは視線をはずした。


「怖かった……」

「……」

「ゼトラ、すごく怖かった……」

「ごめん……」


 視線を外したまま、ぽつり、ぽつりと呟くアイビスの瞳が微かに潤んでいるように見えて、ゼトラは思わず謝罪の言葉を呟いた。


「でも、ゼトラは私たちのためにあんなに怒ったんだよね」

「それは……そうかもだけど……」


 フィオリーナのフォローにアイビスは肯定するように俯いたが、でも、と続ける。


「あんな怖いゼトラ……もう、見たくない……」

「……ごめん……」


 また謝罪の言葉を呟き、アイビスを見る。


「あの時……ゼトラがどこか遠い所に行っちゃうんじゃないかって……それも怖かった……」


 アイビスがまた、まっすぐにゼトラを見つめていた。

 その瞳からこぼれる、一滴の涙。


「朝起きたら、ゼトラがいなくなってたらどうしようって思ったら……不安で……」


 そこで言葉を切って、グス、と涙を拭くように枕に顔を埋める。

 ああ、そうか、とゼトラは納得した。

 だから今日、なるべく一緒に居たい、と……。


「ボクはどこにも行かないよ」


 その耳元に届くように、ゼトラが囁く。

 それを安心したのか、顔をあげて小さく頷く。


「……ほんとに……?」

「うん……」


 重い口を開くように、またぽつり、ぽつりと言葉を繋ぐ。


「私……和国の人が怖い……。あの人たちを見ると……、身体が強張って……悲しくて……辛くって……」

「……」


 フィオリーナがゼトラの胸越しに、アイビスの頭をよしよし、と頭を撫でてニコリと微笑む。

 アイビスもまたそれをくすぐったそうに笑い、その手を握り返した。


「でもね……ゼトラが横にいると、安心するの。この手を握っていると……すごく安心する……」


 そう言ってぎこちなく手を握り、腕に頬をこすりつける。


「だから……だから……ね?」

「うん」

「そばに……いて欲しいの……」

「うん……」


 ゼトラもまた、その頭を優しく撫でて、微笑む。


「……そばにいるよ」


 ゼトラが微笑み、ゼトラとフィオリーナの腰の下に手を回した。

 そしてぐいっと引き寄せる。


「わっ」


 二人同時に可愛い悲鳴を上げて、その密着の間合いに頬を染めた。

 しかし抵抗することなく、鍛えられた厚い胸板に頭を預ける。


「ボクもさ」


 恥ずかしがるように胸に顔を埋める二人の美少女の耳元に小声で囁く。


「ボクもすごく不安になるんだ」

「えっ」

「行方の知れない母さんのこと。七竜のこと。ユングスタインのこと……。考えれば考えるほど、すごく不安になる」

「……」

「でもそんな時にさ、フィオとアイビスがそばにいると、すごく安心する……」

「……うんっ」

「立ち止まりそうになっても、フィオとアイビスがいれば、前に進める気がするんだ」

「うん……」

「だから、二人にはそばにいてほしい」


 フィオリーナが嬉しそうに、その頬を胸にこすりつけて甘える。

 アイビスもまた、嬉しそうにその胸の鼓動に耳を澄ますように目を閉じた。

 ゼトラが目を閉じて、その両手の温もりを確かめるように、大事な宝物を守るように、そっと抱きしめた。

 それから少しして、また大きく息を吐く

 ようやく二人の少女の腰に回した力を弱めたが、フィオリーナもアイビスも、離れようとしなかった。


「今日は、なんだか疲れちゃったね」


 二人の少女がゼトラを腕枕にして、無邪気に笑いながら目を合わせる。

 ゼトラもそれに釣られて、クスリと笑った。


「酷いことされなかった?」

「うーん……いっぱい殴られたけど……、それ以上にメルキュールも私も、いっぱいやり返した」


 ぺろ、と悪戯っぽく舌をだし、そのあまりに可愛らしい仕草にゼトラの胸が再び早鐘のように打ち鳴らす。

 それを誤魔化すように、アハハ、と声に出して笑った。


 北の城門での魔獣反乱騒動の混戦の中、マーカスとゼトラを見失ったメルキュールとアイビスは、後ろから突然組み付かれて、悲鳴を上げられないように口を塞がれたらしい。

 しかしすぐにその腕から抜け出すと『蒼炎』の顔と見た瞬間、あざやかな側頭蹴りをお見舞いした。

 だが再び後ろから組み付かれ、強烈なエルボーを叩き込んだが、後頭部に強い衝撃を受けて気を失ったそうだ。

 しかし目を覚ましたあの廃屋で、アイビスもメルキュールも後ろ手に縛られたまま暴れに暴れ、手を焼いたハカディが発動した重力魔法で、拘束されてしまった。

 散々頬を叩かれたが、それでも威嚇を止めないメルキュールとアイビスを見て、噛みつかれやしないかと怯えたハカディたちは、結局手出しも出来ず、マーカスを待ち受ける方針に変更したそうだ。


 その話を聞いて、暴れまくるメルキュールとアイビスの姿が容易に想像ついたのか、ゼトラが明るく笑う。


「さすがアイビスとメルキュールだなぁ」

「ほんと~」


 フィオリーナもまたクスクスと無邪気に笑い、アイビスも声に出して笑い、それを隠すようにゼトラの腕に顔を埋める。


「私……もっともっと、強くなりたい……」


 ううん、強くなる、と力強く頷き、ゼトラを見つめる。


「ゼトラの横に、立っていられるように……心配かけないように……」

「私も!私も、もっと強くなりたい!」

「うん……」


 目をキラキラと輝かせる少女たちを見て、ゼトラもまた頷く。


「強くありたいね……」


 アイビスは、ゼトラはもう十分強いじゃない、と思わず言いそうになったが、しかしそれは戦う力という意味ではなく、心を強くありたい、という意味と察して、微笑んだ。


「そうだね……」


 ふわ、と欠伸を噛み殺したフィオリーナに釣られるように、ゼトラが大きく欠伸をして、アイビスにそれが伝染する。

 それを見てまたクスクスと笑いあうと、三人ともゆっくりと目を閉じて眠りにつくのだった。




 翌日。

 ギルドに顔を出して旅の目的に叶うような依頼がないか探したが、目につくようなものはないと見て、マーカスの方針で昨日のこともあったし、一日休み、ということになった。


 メルキュールは調べ物があるから、と早々に宿へ引きこもり、取り残されたマーカスとアイビス、ゼトラ、フィオリーナが目を合わせる。


「どうする?」

「私、城壁の上に登ってみたい!」

「あそこ、午前中だけ解放されるみたいだぜ」


 フィオリーナがはしゃいで、一緒に行こうとせがむようにゼトラの腕に絡む。


「ボクは図書館に行ってみたいな。この世界のこと、もっと知らなくちゃ」

「私は別に、どこでも……」


 モジモジとするアイビスを見て、ふむ、とマーカスが頷き、微笑んだ。


「んじゃ、お前ら仲良くやってな」


 ニヤリと笑い、背中越しにヒラリと手を振る。

 歓楽街に行くのかな、という視線を感じつつ、ギルドを後にしたのだった。


 しかしマーカスは歓楽街には向かわなかった。

 まっすぐ南のスラム街へと向かった。


 ハカディに襲われた、廃墟と化した公園。

 そして昨夜の廃屋へと向かう。


 その入り口には立ち入りを阻むように王国兵が立っており、ジロリとマーカスを睨む。


「昨日、ここで『蒼炎』とやりあった者だが、中を見させてもらってもいいかい?」

「おぉ、そうか……!ふむ……」


 少し考え、廃屋の中へ入るとすぐに戻ってきた。


「中では捜査中だ。部屋に入らず、邪魔しないのなら良い、ということだ」

「わかった、ありがとな」


 マーカスが手を挙げて礼を言うと、拘束されていた部屋を覗き込む。

 軽装の王国兵が、床に伏して丹念に睨みつけている所を見ると、何か痕跡を探しているようだ。

 マーカスもまた、重力(グラビティ)魔法(フォール)を喰らってひしゃげた床板を、険しい表情で睨みつける。


 ――ハカディの野郎、魔法は決して得意じゃなかったはずなのに、あの威力の魔法……。魔具一つであんな威力とは……。


 舌打ちして、廃屋を後にしたのだった。



 そして次に向かったのは正門近くの駐屯王国兵の詰め所だった。

 上長と思しき男性に、囚われているハカディに会いたいと申し出た。

 しかしその男性は、ウーン、と顔をしかめて腕組する。


「昨日捕らえた時から、情緒不安定のようでね。まともに会話は出来ないよ。やけに恐ろしい思いをしたせいみたいだが……」

「……だろうな。ひと目だけでも見ておきたいんだが、頼めないか」

「……分かった。兵隊長に確認してみよう」


 マーカスが苦笑して昨夜の出来事を思い出す。

 極化重力によって床に縫い付けられ、身動きが取れない中で現れたゼトラ。

 最初はいつも以上の怒気を感じた程度だったが、フィオリーナが叩かれた瞬間、それは殺気へと変わった。


 かすむ意識の中、廃屋がその恐るべき殺気に支配されるのを感じ、マーカスもまた戦慄していた。

 無造作に振り回される鋭利な刃の如きゼトラの殺気は、マーカスも恐怖した。


 恐らく、あの場に居た者、あるいはその周辺に居た者全てが、あの異様な殺気に当てられて、言わば幻覚魔法で精神攻撃を喰らったような印象を受けたのではないか。


 宿でアイビスと部屋を代わり、特にナニをすることもなく、()()()()()()()()()()()()()()、メルキュールがマーカスに話した。

 それによると、アイビスはシャワーから上がると、今まで見たこともないような顔で泣きじゃくったと言う。


 ゼトラがいなくなっちゃう。


 何度もそう言うアイビスの頭を撫でて、メルキュールが、そんなわけないでしょ、となだめたが、泣き止むことはなかった。

 そこで、じゃあ今日はずっと一緒にいたら?と言うと、最初は驚いたが、モジモジとして、そうする、と頷いたそうだ。


 ――随分と成長したものだ。


 妹の成長に、マーカスが微笑む。


 その手を繋いで死んでしまう特異体質のフィオリーナと同じように、心の拠り所としてゼトラを頼り、手を繋ぐアイビス。

 恐らくゼトラも、二人の少女の存在が、ゼトラの歩む険しい道のりの支えになるのだろう。

 そう思い、マーカスは納得したように微かな笑みを浮かべるのだった。



「兵隊長の許可が取れた。我々の立ち会いの許、五分だけならいいということだ」

「すまん。ありがとう」


 そう言うと、兵に連れられて地下牢へと案内された。

 三人それぞれ独房へと入れられており、手つかずの粗末な食事と水が残っていた。


 まず最初にゴードンと目が合った。

 そして目が合った瞬間――。


「ひぃいッ!こ、殺されるッ!」


 ガタガタと震えだし、頭を抱えて壁を向いた。


「は、早く殺してくれ……ッ!」


 そう呟き、壁に頭を擦り付けた。

 次に目が合ったアーラスィは、その瞬間に白目を剥き、泡を拭いて昏倒した。

 慌てて別の兵士が介抱するため独房の扉を開けた。


 そして最後に一番奥、ハカディが囚われている独房の前に立つ。


 ……惨めな姿だった。


 溌剌とした闊達な全盛期を知っているからこそ、あの頃からは想像もつかないほどあまりにも惨めに変わり果てた姿を見て、マーカスは愕然とした。


 あれから一晩たっただけなのに、髪から色素が抜けて白く変わっており、何年経ったのかと勘違いするほどにシワが深く入って老け込んでいる。

 何度も吐いたのだろう。

 ボロボロに汚れた薄絹を身にまとい、濁った瞳でマーカスを見上げる。


「……あ……う……」


 何か言おうとしたのか、しかしそれは言葉にならず、カタカタと身を震わせて、膝を抱いた。


 ――完全に壊れたか……。


 マーカスは舌打ちし、もうあと何日も保たないだろう、と察した。

 ハカディはブツブツと何か言っているようにも聞こえたが、特に興味は沸かなかった。


 ――あばよハカディ。地獄でまた会おうぜ……。


 頬を伝った涙を拭い、マーカスは踵を返す。


「もういいのか?」

「ああ。あれじゃあ会話もできやしないしな……」


 唇を噛み締めて、地下牢を後にしたのだった。

予告。

ようやく日常を取り戻した『明けの明星』

だがメルキュールが明らかにした情報によって、陰謀へと巻き込まれることになる。

次回「050.旅先を祈り」

お楽しみに。




ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月14日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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