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048.勇者は問いかける

 沈黙を支配するギルドマスタールーム。

 時計の針が動く音だけが静かに耳に届いた。

 ゼトラは焦りを隠そうともせず、手を組んで報せを待っていた。

 フィオリーナもその手に重ね、同じく不安そうに、唇を噛みしめる。


 ギルドマスター、オリバーの元には、すぐに王国兵から夜鴉(よがらす)を出動させた事を告げる報せがあった。

 しかし焦るゼトラを他所に、時間だけが無情に過ぎていく。

 時計の長針が頂点を指し、ガチャリと大きな音をたてた。それを見て、堪えきれないようにゼトラが立ち上がった。


「ダメだ、じっとしていられない!ボクもいくよ!」

「しかしゼトラ様!」

「止めないでくれ、オリバー!目の前の仲間も救えない者が、王になれるものかッ!」

「……ッ!!」


 ゼトラの思い詰めた顔つきを見て、オリバーは沈黙し、しかし覚悟を決めたようだ。

 意を決して力強く頷く。


「畏まりました。ではお供いたします!」


 頷き合い、フィオリーナの手を引いて外へと駆け出す。

 オリバーはギルドマスターらしく簡易な礼装だったが、その手に小ぶりなステッキを握りしめた。


「……みんな……どこにいるんだ……!」


 マーカスが向かったであろう、スラム街へ続く街を早足で歩きながら唇を噛みしめる。

 その時だった。


――あっちだ!みんなが危ないッ!!


「えっ!?」


 フィオリーナは確かにゼトラの声を聞いた。

 辺りを見回し、そしてゼトラを見上げる。


 ゼトラもまた、その声を聞いたようだ。


「どういうこと!?」


 その声に反応するように辺りを見渡したがその声は再び返ってくることはなかった。

 だが、ゼトラの脳裏に、三人のいる場所が浮かんだ。


「あっちかッ!」


 しっかり掴まって、とフィオリーナを横抱きにすると、猛然と駆け出す。

 その足の速さに呆気に取られたオリバーもまた、その後を追いかけるのだった。



 その頃。

 マーカスたちが捉えられている廃屋の周辺に蠢く影が二つ。

 それはエイベルク王国最強の隠密部隊、夜鴉(よがらす)の姿だった。

 チチチ、と小鳥のさえずる音が微かに聞こえ、廃屋の隙間から一つ影が這うように二つの影へと合流した。


「見つけました。この先の廃屋に被疑者四名。うち一人は既に死んでいるようです。拘束された女性二人。意識はないようです。その仲間と思われる男は妙な術で拘束されている模様」


 闇夜に溶けた影がボソリと呟き、それに応えて別の影が頷くように見えた。


「貴殿は捜索にあたっている王国兵を参集させて待機。我々二人で突入する」

「ハッ……」


 二つ影がまた動き、音を立てることなく屋根へと飛び乗った。

 そして屋根から屋根へ這うように移動すると、目的の廃屋へと近づいた。


「ギャハハ!ざまあねえな!マーカスよ!そのまま死ぬかッ!?えぇ!?」

「うぐ……ハカディ……ッ!」


 二つの影は、廃屋の中から聞こえる嘲るような笑い声にピクリとも反応せず、静かに二階の窓を開けると、そっと中を見る。

 二階の奥、部屋の片隅に四人の女性。

 視界にそれが入ったか、一瞥して静かに部屋に忍び入る。


「あれは……被害者か?」

「恐らく……」

「ゲスめ……」


 動かない様子を見て、生死を確認することなく音をたてないように階段へと這い寄った。

 影が頷きあい、階下から聞こえる興奮した声の場所を確かめる。


「なあハカディさんよ!俺もう我慢できねえよ!この子を可愛がってもいいだろ!?」

「へっ!仕方ねぇな。見せつけてやれよッ」

「ヒャアッ!お許しでたぜぇ!」


 ゲラゲラとアーラスィの下品な笑い声が聞こえ、二つの影がまさに階段から躍り出ようとした瞬間。

 疾風が巻き起こり、扉を突き破った。


「なんだッ!?」

「うお!?」


 疾風は暴風へと変わり、吐き気をもよおすような甘ったるい匂いを吹き飛ばした。

 全て窓がその風に吹き飛ばされて粉々に砕かれ、ガラス片となって夜の光にキラキラと舞い散る。


「マーカスッ!メルキュールッ!アイビスッ!」


 駆け込んだ一人の少年、その横抱きにされた少女を見て、まさに飛び込もうとした二つの影はそこで踏み止まった。

 いや、正確には、動けなかった。

 本能が警告を発したのだ。

 動いたら死ぬ。殺される。

 近づいてはいけないモノが、飛び込んできたのだ、と。


「アイビスを……離せッ!」

「ゼ……トラ……か……」


 凄まじい怒気が、ハカディを睨む。

 今もなお極重力に押しつぶされる中、辛うじて意識を残したマーカスが視界の外にゼトラの気配を感じ取った。


「ガキか……妙な技を使いやがって……ッ!」


 ハカディはマーカスに向けていた剣をゼトラに向き直し、頬を伝う汗を拭った。

 アーラスィもまた、掴んでいたアイビスの髪を思わず離し、その喉に突きつけていたダガーの切っ先をゼトラに向けた。


「こいつ……ッ!ふざけやがって……ッ!」


 だが一人、ゴードンが素早くその身を隠すようにメルキュールの背後に回って、そのダガーを喉に当てた。


「ガキ!また会ったな!!その小っけぇ上玉をこっちに寄越しなッ!」

「なにッ!?」

「これを見りゃ分かるだろッ!動いたらナイフが滑るぞッ!」

「……ッ!」


 一歩前へ踏み出したゼトラを牽制するように、ゴードンが殺気を放つ。

 固唾を呑んで動こうとしないアーラスィの背中にゴードンが叫んだ。


「アーラスィ!何をぼーっとしてやがるッ!」

「お、おうッ!?でかしたゴードンッ!」


 ゼトラはじっとメルキュールの喉元と、その後ろに隠れるゴードンを睨みつけたまま動けないでいた。

 ゴードンに背中を押されるように、アーラスィがゼトラにダガーナイフを向けたままジリジリと近づき、フィオリーナの手を取る。


「いやっ!触らないでっ!」


 フィオリーナが伸びてきた手を思わず払いのけ、マジックニードルを咄嗟に発動させた。

 弾き飛ばされた腕に魔法の針が数本突き刺さり、アーラスィが腕を押さえて後ずさる。

 しかし憤怒の表情を宿らし、大きく手を振り上げた。


「このクソガキがぁッ!!」

「きゃっ!!」


 頬を叩かれ、フィオリーナが壁に飛ばされ、叩きつけられた。


「フィオッ!!」


 ガクン、と膝を付き、そのまま倒れ伏すフィオリーナを見て、ゼトラが叫んだ。

 そして、ゼトラの右腕が消えた。


 いや、消えたように見えた。


「なんだッ!?」


 一陣の風がフワリと舞った。

 何かをした。

 何かをされた。


 そう感じた男たちが武器を構える。


「…………?」


 ハカディがなんだ?と呟き、その瞬間。

 武器を取った手がズルリと滑り落ちた。


「な……!?手がッ!」

「うぎゃぁあああああああああああ!」


 三人同時に、痛みが走った手首を押さえ、その場でうずくまる。

 三人とも武器を取っていた手首のその先が、いつの間にか斬り落とされていた。


「こ……、この……、このガキッ!やりやがったなッ!ぶっ殺してやるッ!」

「……」


 苦悶の表情で絞り出した呪詛の言葉をゼトラは静かに見下ろす。


「うるさいな」


 ゼトラはそう言うと、左手をかざした。

 左手から放たれた魔力の輝きが、男たちの切断された傷口辺りに集まる。魔力が肉が盛り上がらせると強引に傷口を塞いだ。


「う……ぐわッ……!」


 ハカディは激痛に顔を歪ませ、歯を食いしばってゼトラを睨みつける。

 そして震える膝を叩いて立ち上がり、渾身の力を込めて、無事な方の右腕で殴りかかった。


「ふさげやがってッ!!」

「……ガキがッ!!」


 しかしゼトラに届くあと少しのところで弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「ガハッ!」


 同じく殴りかかったアーラスィも吹き飛ばされ、ハカディに重なるように叩き伏せられる。


「……」


 ゼトラの視線が、ジロリとメルキュールの背後に隠れるゴードンを見た。


「……こ、殺される……ッ」


 向けられた殺意に、喉の奥から恐怖の呻きを漏らしたゴードンがメルキュールをその場に投げ捨て、裏口から逃げようと駆け出した。

 だがまたフワリと風が舞い、その裏口にゼトラが立っていた。


「ひぃッ!?」


 慌てて踵を返した所に、その背中にゼトラの蹴りが飛び、壁に叩きつけられて動けないでいたハカディとアーラスィに重なるように吹き飛ばされた。


「あぎゃあッ!!」


 階段の上からそれを覗いていた二つの影はそれを見ていた。

 正確には、全く見えなかった動きを、見ていた。


 捉えらることができなかったゼトラの動きに戦慄し、少年から発せられる凄まじい殺気に、奥歯をカタカタと鳴らす。


 ――止めなければいけない。あの少年を。

 ――あの男たちを殺してしまう……!


 頭ではそれを理解している。

 だが身体が動かない。


 ――止めに入ったら、殺される……ッ!


 二つの影の本能が、それを理解していた。

 ゼトラがゆっくりと三人に近づくのをただ黙って目で追うしかなかった。


「う……うぅ……」


 その時、意識を取り戻したアイビスの呻き声が聞こえた。

 そしてすぐ目の前に、ゼトラの姿を認めた。


「ゼ、ゼトラ……」


 アイビスの微かな呻き声。

 しかしゼトラにはそれが届いていないのか、三人をジッと見つめる。


「ボクはね……聞かれたんだ……」

「な、なに……ッ?」

「悪と断じた時、それを裁く覚悟はあるかって……」


 一歩一歩、ゆっくりと近づいてくるゼトラを、男たちは生唾を飲み込んで見返す。

 もはや戦う意志は砕け散っていた。

 逃げ出そうと脚を藻掻くが、身体が震えて虚しく地を掻く。


「ボクには、まだ……その答えが出せないでいる……。だからお前たちに聞きたいんだ……」


 一歩、また一歩と近づくそれは、三人にとって死神の足音のようにも聞こえただろう。

 爛々と紅く輝くゼトラの双眼を捉え、恐怖の悲鳴を撒き散らす。


「ば、化けモノ……ッ!」

「……こ、殺される……ッ!」


 三人の前に立ち、ゼトラはショートソードをゆっくりと抜く。

 そして、切っ先をハカディに突きつけた。




「お前たちに……生きている価値はあるのか?」




 呟くように静かに、しかし、まっすぐに向けられた殺意。

 そして男たちはようやく気づいた。

 ようやく悟った。


 ――殺されるッ!死にたくないッ!


 この少年の仲間には、絶対に手を出してはいけなかったのだ。

 絶対に触れてはいけない怒り。

 それを目の前にして、ようやく自らの行いを悔いた。

 命乞いなど許されない。

 命乞いなどした所で何の意味もない。


 地獄。ただただ地獄。

 三人に向けられた殺意が容赦なくその精神を斬り刻む。

 果てのない地獄のような殺意に意識が耐えきれず、死を望んだ。


 ――嫌だッ!死にたいッ!殺してくれ!


 実際に剣で斬りつけられたわけではない。

 問われたに過ぎない。

 しかし、事実上の死刑宣告。


「あ……が……」


 存在価値を否定され、男たちの口元から涎が泡のように吹きこぼれる。

 死ね、と言われたも同然のゼトラの言葉に、辛うじて生存本能が上回り、自死へと走る精神をギリギリの所で支えていた。


 ゼトラがゆっくりとショートソードを振り上げる。

 紅い双眼がただ静かに怒りを湛えていた。


 ――殺されるッ!死にたいッ!!嫌だッ!死にたくないッ!殺してくれ!


 気が狂いそうになるくらいの殺意に、三人の精神が削られていく。


「ダメッ!ゼトラッ!やめてッ!!」


 アイビスの悲鳴がゼトラの背中に向けられたが、それが聞こえていないのか。ゼトラは振り向こうともしない。



 そして死神の鎌が振り下ろされようとした、その瞬間。



「そこまでです!」


 入り口から飛び込んできた巨体が、ゼトラの腕を掴み、包み込んだ。


「!?」


 ハッと我に返り、ゼトラが見上げる。


「どうかゼトラ様。お収めくださいませ」


 オリバーだった。


 オリバーがゼトラの腕を取り、その太い腕でゼトラを抱きしめる。

 オリバーもまた、ゼトラの殺気に当てられたのか、声を震わせていた。

 ただ忠義の心のみで己を奮い立たせたのか、声の震えを抑え込み、ゼトラの耳元で囁く。


「このような下賤の輩ごとき、ゼトラ様、御自(おんみずか)ら手を穢す必要はございませぬ。どうかここから先は、私めにお任せくださいませ。どうか……このオリバー、命に代えましての願いでございます」


 震える声で、涙ながらにゼトラへ懇願した。

 その場を支配していたゼトラの殺気が急速に失われていく。


「……」


 ふぅ、と大きく息を吐き、ショートソードを離した。

 カランと乾いた音が床板に響き、ゼトラが頷く。


「……フィオ!」


 そしてすぐにフィオリーナに駆け寄り、抱き寄せた。

 頬こそ赤く腫れ上がっているが、意識を失っている以外は無事なようである。


 ヒールをかけて腫れが引くのを見て、今度はマーカスへ駆け寄る。

 右肩に突き刺さったままのナイフを抜くと、ヒールをかけた。


「……ゼトラ……すまない……」


 かすれた声は意識が途切れそうではあるが、命には別状ないのを確認して安堵の息をつく。

 そして最後にメルキュールとアイビスに駆け寄り、縄を解いてヒールをかけた。


「……う~ん……」


 メルキュールがすぐに意識を取り戻し、拘束されていた手首をさする。


「あらゼトラ。来てくれたのね。ごめんね~。やられちゃった」


 いつもの調子でニコリと微笑んだのを見て、ゼトラもよかった、と頷く。

 だがアイビスの様子がおかしい。


 俯いたまま、口を真一文字にして肩を震わせている。


「アイビス……?」

「……」

「大丈夫?どこか痛い?」


 そっと肩に手をかけたゼトラの手を払いのけると、真っ直ぐに睨みつけた。


 パン、とゼトラの頬を叩く乾いた音が廃屋に響く。


 ゼトラが驚いた顔で手を引き、戸惑っていると、アイビスがゼトラの胸に飛び込んだ。

 そして嗚咽を漏らすのだった。



 一方、ゼトラの殺気から逃れた三人の男たちはオリバーの脚にすがりついていた。

 だらしなく涎を垂らし、失った手首を見せつけた。


「た、た、助けてくれッ!あの化物に殺される所だったんだ!」

「そうだ!俺たちはあの女たちが『明けの明星』が嫌になったって逃げ出したのを、助けてやったんだ!それをあのガキが逆恨みして……ッ!」

「冒険者同士の諍いなんていつもの事だろ!これを見てくれよ!まだ死にたくねぇ……!」

「……」


 事前にそう打ち合わせしていたのか、詭弁にもなっていない戯言を弄する男たちにオリバーが冷淡な視線を向ける。

 惨めな男たちを、ふん、と鼻であしらい睨みつけた。


「ハカディ・アウラル、ゴードン・ビガーマイン、アーラスィ・ホライト。冒険者パーティ『蒼炎』の以上、三名はたった今、冒険者資格は停止されました」

「な、なにッ!?」

「よって国境都市ニアベルク冒険者ギルドのギルドマスター、オリバー・レクツァトの権限に於いて、あなた達の冒険者資格を剥奪しますッ!」

「ど……、どういうことだよッ!?」

「……貴様らはもはや冒険者ではないッ!ただの犯罪者だッ!殺害、婦女暴行、拉致の疑いにより、拘束するッ!」


 冒険者ギルドの規則、『依頼を特別な理由もなく三ヶ月未受注、未達成の場合は、所有する冒険者資格を一時停止する。その後の処遇についてはマスターによって一任される』

 これが適用されないか確認した所、まさに今日、この時間に、それが適用されることが判明した。

 それを確認したオリバーは、その時間まで待つことができれば、より自由に動けるようになると判断し、敢えてゼトラに踏みとどまるように願った。

 あいにくと、ゼトラはそれまで待てなかったようだが。


「い、嫌だ……ッ!死にたくない……ッ!!」


 なおも縋る三人に、腰を落としたオリバーは笑みを浮かべて睨みつけた。


「……安心しろ……。死にはしないし、殺しもしない……。ただ、死んだほうがマシだと思えるくらいのことは覚悟しておけよ……」


 普段温厚で、丁寧な口調なオリバーからは想像もつかないほどの、ゼトラの怒りを代弁するかのような残虐な笑みと、暴力的な言葉。

 それを想像したのか『蒼炎』の男たちが戦慄を覚えて悲鳴を上げる。


「あ……うあ……ッ!い、嫌だーッ!殺してくれぇーッ!」


 逃げ出そうとした三人を、続いて廃屋に突入した王国兵がそれを囲み、後ろ手に拘束した。


「お願いだ!殺してくれッ!死にたくないんだッ!あの化物に殺されたくないッ!殺してくれーッ!」


 ゼトラの殺意を思い出して気が触れたのか、支離滅裂な言葉を残し『蒼炎』は連行されていったのだった。

予告。

蒼炎拉致事件はゼトラの恐るべき力によって解決した。

だがその影響は極めて深刻で、アイビスにある変化をもたらす。

次回「049.温もりを両手に」

お楽しみに。



ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月13日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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