047.悪意の影に
北の城門で繰り広げられる魔獣との戦いに、続々と冒険者や王国兵が駆けつけていた。
街に侵入した魔獣を一掃すると、街の外へと次第に押し返していく。
「おらァッ!」
先頭になって街の外に出たマーカスが、横薙ぎの一閃で二十体以上もの魔獣たちを消し飛ばし、魔獣が魔石へと昇華されていく。その真横、その一撃から漏れた魔獣を襲いかかろうとした所を、アイビスの正拳突きからの回し蹴りで仕留めていく。
「もいっちょ!」
メルキュールが発動させた魔法により、巨大な氷の柱が上空に出現すると、それは魔獣たちを一斉に押しつぶした。
「こんなもんじゃないわよッ!」
さらに雷魔法、火炎魔法、と矢継ぎ早に繰り出される。
「まだまだーッ!」
地面が大きく盛り上がり、それは槍となって次々と魔獣たちを貫いていった。
メルキュールの範囲魔法の前に、反撃の隙を与えないまま一気に押し返すと、多くの冒険者たちもそれに続いてマーカスたちの前に躍り出る。
「俺たちも負けてられねぇぞッ!」
ジョエルが剣を大きく振りかぶって一体の魔獣の首を斬り飛ばし、その仲間たちも続いていった。
それを見て、ゼトラがマーカスとメルキュールの背中に叫ぶ。
「ここはお願い!ボクは根元を断つッ!」
そう言うと、二人の返事を待たずにフィオリーナを横抱きにしてニコリと笑った。
「しっかり掴まってて!」
「う、うんっ」
フィオリーナは頬を染めてゼトラの首に手を回し、ぎゅう、としがみついた。
そして、ゼトラが翔ぶ。
一足飛びで城壁の上に立つと、突如横に現れたゼトラに、弓をつがえた王国兵がギョッとしたような表情で慌てた。
「す、すごいな。一足でここまで……」
「この魔獣はどこから出たか分かりますか!?」
「分からない!いきなり地面から湧きだすように出現して……ッ!」
「瘴気に包まれた大きなエーテル鉱があるはずですッ!そこがこの魔獣氾濫の原因!」
「そ、そうなのか!?」
王国兵が矢を放って魔獣に応戦する中、ゼトラが城壁の外を睨んだ。
辺り一帯は黒い霧のような瘴気に包まれ、そこから続々と湧き上がるように紅い双眼の魔獣がその首をもたげ、咆哮を上げている。
「ゼトラ!あれ!」
フィオリーナが指差した先、岩陰に隠れるように不自然に盛り上がる瘴気の塊があった。
「あれかッ!」
ゼトラがフィオリーナに後ろに回るように促すと、胸の前でパン、と手を合わせた。
そしてその手の間に、魔力の強い輝きが生み出される。
手を開いていくと、その中に生じる魔力の輝き。
強烈な光が、まっすぐ横に伸びていく。
「マジックランス!」
振りかぶり、投げつけた魔力の閃光。
地面をえぐり、魔獣たちを消し飛ばしながら、その瘴気の塊を貫いた。
グワオォォォォォ!!
貫いたと同時に、魔獣が一斉に天を貫くように咆哮をあげた。
まるで痛みに苦しむような身の毛のよだつ咆哮に、フィオリーナが耳を塞いで足を竦ませた。
それまで北の城門に押し寄せた魔獣たちが制御を失ったように見境なく暴れだす。
「フィオ、まだ頑張れる?」
「う、うん!足手まといになんかならないもん!」
「じゃあ後少し、いくよ!」
「はいっ!」
気丈に頷くフィオリーナを横抱きにして、ゼトラは城壁の外へと身を躍らせる。
そして混戦の中へと身を投じるのだった。
北の城門に出現した魔獣氾濫事件は、ようやくその収束を見た。
城壁の上から警戒していた王国兵の報告によると、突如として一体が瘴気に包まれると、その中から続々と魔獣が出現したと言う。
ジョエルが目撃したという怪しい風体の黒装束がいたかどうかまでは、キャラバン隊が北の城門へ入る姿を見ながらであったので確認できていなかった。
ともあれ、王国兵、冒険者たちの活躍によってようやく北の城門付近に出現した魔獣を全て一掃する頃には、すっかり日が暮れていた。
暗い闇は松明に照らされ、煌々と深い影を生み出している。
ゼトラがようやくマーカスと合流したのは城門前だった。
「マーカス!無事だった!?」
「おう、お前らも怪我はないか!」
「メルキュールとアイビスは?」
「探してるんだが見つからない。あいつらがそう簡単にやられるとは思えんが……」
見渡すと、辺りには負傷して苦痛に歪む声、あるいは既に命を落として動かない遺骸も見えた。
焦りを隠すように、ゼトラは一人にヒールをかけながら二人の姿を探した。
マーカスもまたリンクドスネールを送受信モードに切り替えて、二人の名を呼ぶ。
だが全く反応が返ってこないのを見て、舌打ちした。
「マーカス、見つかった?」
「いや……」
少しして、再び北の城門前で合流したゼトラとマーカスが顔を見合わせる。
フィオリーナもその異常を察してか、ゼトラの腕を絡める力を強張らせる。
マーカスの瞳に怒りの感情が湧き上がった。
メルキュールとアイビスがこの戦いで命を落とすはずがない。
二人はそれぞれプラチナ級、ゴールド級である。
失踪した、と考えるべきだ。
となると思い当たることは唯一つ。
「やられた……『蒼炎』か……ッ!?」
「……ッ!」
「そんな……」
「クソッ……今回の騒動は、最初からその可能性を考えるべきだった……ッ!」
マーカスがその拳を握りしめ、怒りの表情で歩き出す。
「ど、どこにいくの?」
慌ててその背中を追いかけたゼトラが呼び止めた。
「おそらくスラム街だ。今ならまだ追いつくはずだ」
「確かなの!?」
「勘だ!」
マーカスはゼトラにギルドへ戻ってこの事をオリバーに報告した後、そのままギルドへ待機するように言うと、猛スピードで駆け出していった。
ゼトラとフィオリーナがそれを呆然と見送り、ひとまずギルドへ戻ることにした。
既にギルドの窓口は受付が終了しており閉じられていたが、マスタールームの灯りが残っているのを見て、そこに駆け込んだ。
今回の騒動について報告を受けていたのか、オリバーが厳しい顔でギルドの女性職員と相対していたが、ゼトラをひと目見て喜色満面の笑みで飛び上がる。
「ゼトラ様、フィオリーナ様も!ご無事でしたか!」
「オリバー!大変だ!二人が『蒼炎』に拐われたかもしれない!」
「な、なんですと!?」
オリバー・レクツァトの対応もそうだが、突然の報告に、ギルド職員もギョッとして立ちすくんだ。
「詳しく話をお聞かせください。あ、君は外で待っていなさい」
「は、はぁ……」
オリバーに促されて半ば強引に背中を押されてマスタールームから押し出されると、女性職員は一礼して訝しげな表情まま後にした。
それを見届けた後、オリバーが改めて問い、ゼトラはあらましを説明した。
オリバーはそれを最敬礼の姿勢のまま聞き、ふむ、と俯く。
険しい顔からすると、これにどう対処すべきか考えを張り巡らせているのだろう。
「畏まりました。王国駐屯軍に一報を報せ、隠密部隊『夜鴉』を動かすのが良いかも知れません」
「隠密部隊?」
「ええ。闇夜で動くことに特化した特殊部隊です」
エイベルク王国軍は第一軍から第五軍によって構成され、各都市に駐屯兵を派遣している。
これとは別に王家直属の部隊として『夜鴉』と呼ばれる特殊部隊が存在すると言う。
トップエリートから構成される近衛騎士団からさらに厳しい選抜試験を受けてようやくその一員となれる組織で、その活動内容はほぼ極秘とされていた。
そして唯一、公にされている活動の一つが、国境都市における情報収集と警備活動である。
幸い、この日の午前中、エイベルク王国駐屯兵隊長から場合によっては『夜鴉』を動かす事も許されている、と聞いていたことが幸いだった。
「事態は一刻を争います。『蒼炎』に次の一手を打たせる前にこちらから仕掛けます」
そう言うと、オリバーは白紙を取り出し流暢な文字で書きつけた。
――『蒼炎』による拉致が発生した模様。被害者は同業女性二人。『夜鴉』を動かすことも視野に入れ協力を願いたい。事態は一刻を争う。
丁寧に折りたたむと、外で待機していた女性職員を呼んだ。
「すみませんが、急ぎでこれを正門駐屯所に届けてください。宛先はレディ・カーラ兵隊長です」
「わ、分かりました!」
手紙を受け取ると、転がるように駆け出した女性職員を見送り、大きく息を吐いた。
「ボクも探しに行かなくちゃ」
「いえ、お気持ちはわかりますが、万が一の事を考えれば、ここにどうかお残りくださいませ」
「そんな……」
たまらずゼトラがその後を追おうとしたのを、オリバーが遮る。
「或いは無事逃げ出し、ここに戻るかも知れません。その時迎えるのはゼトラ様の役目でございます」
「……」
逡巡するように唇を噛みしめるゼトラを、フィオリーナが泣きそうな顔でその腰に手を回した。
まるで駄々をこねる子どもをあやすように、その背中をぎゅっと抱きしめる。
何も言わず、不安げな表情で見上げるフィオリーナを見て、ゼトラも少し落ち着きを取り戻したようだ。
「そうだね……待つよ……」
自分を落ち着かせるように大きく息を吐くとソファへと腰掛けた。
リンクドスネールにマーカスから一報から入ることを祈りながら。
一方その頃、マーカスは己の直感に従って南へ、スラム街へと足を伸ばしていた。
町並みは商店街から住宅街へ。幾つかの公園を挟みながら、次第に都市の郊外、薄暗いスラム街へと入っていく。
マーカスは何も闇雲に姿なき背中を追っていたわけではない。
もし女性二人を抱えて拠点に戻ろうとするなら、どこを歩くだろうか、と、自分がハカディならどう行動するか、という事を考えながらその足取りを探していた。
メルキュールとアイビスがどのようにして拉致されたかまでは想像もつかないが、もし意識があれば、また身体が動けば相当な抵抗をするはずである。
プラチナ級とゴールド級の二人なら或いはまんまと返り討ちにしている可能性も考え、それを想像して思わずほくそ笑んだ。
死んでいるのか生きているのか分からないような見すぼらしい格好の老人や、飢えた子供のギラギラとした目を躱しながら、路地裏から路地裏へと抜けていくと、放棄されて廃墟化した公園へと出た。
壊れて錆びた遊具が放置され、風に揺られてキィ、と寂しく鳴く。
微かに照らす星の灯りが薄い影を生じさせていた。
マーカスの直感が、自分を見ている者がいると察した。
いや、目を向けているのではなく、殺意を向けている、と。
ゾワリと背中から脚にかけて、身の毛がよだつのを感じ、ダガーを逆手に抜いた。
「いるんだろッ!?ハカディ!!顔を出せッ!!」
「……」
静寂に響くマーカスの声に、しかし沈黙だけが返ってくる。
その時、闇からキラリと光が走った。
マーカスがその光を避け、さらに追撃してきた光をダガーで叩き落とした。
その足元に、細いナイフが突き刺さる。
「クックックッ、小細工は利かねぇか」
いつの間にかスラム街の一角、屋根の上に影が一つ。
「ハカディ……ッ!」
マーカスは闇夜に照らされた邪悪な笑みを浮かべる無精髭の男を睨み、怒りの声で呟く。
「ったくよう、今度会う時はその湿気た面を治しとけって言ったろ。感動の再会が台無しだ」
「二人をどこにやったッ!!」
「安心しろよ。まだ手を出しちゃいねぇよ。まだ、な」
クク、と邪悪な笑みを絶やすこと無く、顎をしゃくる。
「尤も、てめぇが余計なことをしたらその保証はないぜ。そのまま真っすぐ進め。その角を曲がった所だ」
そう言うと、屋根の上から音もなくハカディの姿が消えた。
マーカスは舌打ちすると、その言葉の通り、警戒しながら真っすぐ進んで路地裏に入ると、角を曲がった先の扉に手をかけた。
薄暗い部屋に吐き気を催すような甘ったるい匂いが立ち込める。
壊れかけた室内灯がしきりに瞬く中、照らされた壁の隅にメルキュールとアイビスが居た。
「メルキュール!アイビス!」
だがマーカスの呼びかけには答えずピクリとも動かない。
後ろ手に縛られ、暴行を受けたのか、頬が赤く腫れ、美しい腕や脚にも痣が浮かんでいる。
幸い衣服が乱れていない所を見ると、その貞操は守りきったようである。
「おっと動くなよッ!てめぇが動くのと、このナイフがこのカワイコちゃんに突き刺さるのとどっちが早いか試すんなら別だがなッ!」
メルキュールとアイビスは相当抵抗したのだろう。
鼻がひしゃげ、同じように腕や脚に痣や切り傷ができた男二人――ゴードンとアーラスィがその手に握ったダガーナイフの切っ先を二人の喉元に突きつけた。
しかし痛みを感じないのか、ニヤニヤとどす黒い笑みを浮かべてマーカスを見ている。
――三人?もう一人はどこだ?
マーカスが怪訝そうに視線だけ動かして部屋を見渡すと、優男――コルラタの背中に深々と剣が突き刺さり、白目を向いて斃れているのを見た。
既に絶命して時間が経っているのか、血のくすんだ匂いが甘ったるい匂いと混じり合い、より吐き気を催すような悪臭になっている。
「仲間じゃなかったのか?」
「へッ。コルラタは俺の言うことを聞かずに女に手を出そうとしたからな、お仕置きしてやったのさ」
その死を嘲るように、馬鹿なやつだぜ、と下卑た笑いを上げる三人。
マーカスがそれを睨みつけ、口角を釣り上げた。
「天下のハカディも落ちぶれたもんだな。これで冒険者資格剥奪だ。人殺しはいかなる理由あっても禁じられていることを知らないわけじゃないだろ」
「おいおい、冗談はよしてくれ」
ハカディが大げさに手を広げ、嘲笑する。
「むしろ俺は襲われそうになった女を助けてやった正義の英雄だぜ」
「そんな詭弁、通じるものかよッ!」
「いいや!通じるねッ!冒険者ギルドなんてそんなもんだッ!規則だなんだと言っても冒険者様のおかげって見逃すさッ!それが冒険者ギルドってもんだ!今までそうだったようになッ!」
「クソ野郎が……ッ!」
また舌打ちして、ピクリとダガーを構えたマーカスを牽制するように、ゴードンとアーラスィがそれぞれ二人の髪を掴んで持ち上げると、その喉元にナイフを当てた。
「いいザマだなあ、マーカスよ!今からてめぇは、てめぇがそうしたように、俺がこの女をたっぷり可愛がる所を何も出来ないまま見守るんだッ!」
「なんだとッ!?」
「忘れたとは言わせぇねよッ!俺に惚れてたリサラを横から奪いやがってよぉ!!どれだけ惨めな思いをしたか、今からてめぇはそれを思い知るんだッ!!」
ハカディの邪悪な笑みが消え、憤怒に煮えたぎる顔でマーカスを指差す。
マーカスの脳裏に、初めて冒険者パーティ『蒼炎』に加入した時のことがよぎる。
ハカディ、ベイドリ、そしてリサラの四人で大地を駆け、数多くの依頼をこなし、多くの賞賛を浴びた栄光の日々。
リサラ・マイア。
美しい黒髪に、長い睫毛。厚い唇が、マーカスに大人を教えてくれた女性。
そのリサラの死を思い出し、マーカスが首を振る。
「禁忌の薬物に手を出したせいで、ついに脳みそイカれたのか?」
「あぁんッ!?」
「リサラを奪っただと!?違うなッ!俺はリサラに相談されたんだ!ハカディから時々色目を使うような嫌な視線を感じるが、どうしたらいいかってな!」
「なにィッ!?」
「それで俺たちは最初は恋人になった振りをしたんだ……ッ!」
「な、なんだと……ッ!?」
「もっとも、そのまま本当に恋人になっちまったがな!」
「クソがぁッ!!」
ハカディが激昂し、パチン、と指を弾く。
同時に、マーカスの身体に凄まじい圧力がかかった。
「グハッ!!」
不意の魔法の発動に対処することもできず、マーカスは床に叩きつけられるように、床板ごとめり込んだ。
それに抵抗するように膝をついたが、双肩にかかる凄まじい圧力に苦悶の表情を浮かべる。
「こ、これは……ッ!」
「ククク……重力魔法が魔具一つで発動できるなんて便利な時代になったもんだな……」
「な、なにッ!?」
「その状態でコイツをてめぇの上に放り投げるとどうなるか……分かるかぁ、マーカスよぉッ!」
「……ッ!」
ハカディがニタリと残虐な笑みを浮かべ、極重力に屈するマーカスの頭上に向かってナイフを無造作に放り投げた。
するとナイフがピタリと止まり、重力の勢いを乗せて鋭い刃となった。
マーカスの右肩に深々と突き刺さり、激痛に顔を歪ませる。
「……ぐぅ……!」
「ゲヒャヒャ!ざまぁねえな!そこでそのまま見てろよ!!今からたっぷりてめぇの女を可愛がってやるからよッ!!」
「クソが……ッ!!ぶっ殺すッ!!」
ジリ、と動いたマーカスにハカディは今度は石を放り投げると、極大の重さとなって、マーカスの左腕を砕いた。
その場に倒れ伏し、辛うじて挙げた頭、その視界の端で下卑た笑いを浮かべるハカディを睨みつける。
「クソッ……ゼトラ……!」
「ゼトラ?なんだ、ガキの名前か?」
ゲラゲラと嘲笑が巻き起こり、また一つ放り投げられた拳大の石がマーカスの肋骨を砕いた。
「この期に及んでガキの名前を呼ぶとは、いよいよてめぇもお終いのようだなぁッ!」
凄まじい殺気が渦巻き、マーカスへ容赦なく叩きつけられるのだった。
予告。
メルキュールとアイビスが拉致された。
一人立ち向かったマーカスも危うい。
絶体絶命の『明けの明星』の危機に、果たしてゼトラは間に合うのか。
そして爆発するゼトラの怒りが、恐るべき結末をもたらす。
次回蒼炎編ファーストクライマックス「048.勇者は問いかける」
お楽しみに。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
執筆を続けるモチベーションになりますので、
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年10月12日お昼頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




