046.紅輝の獣に潜む
再興戦争になる。
その言葉は重くゼトラの肩にのしかかった。
十五歳の少年と言えど、命運をかけた戦いは双方に多くの死者を出すことは容易に想像がついた。
「私がこうして宰相の子孫であると喧伝するのは、来たるべき日に備えて勇士を集め、他国の支援を取り付けるためです」
「……なるほど」
「二十五年前、ユングスタイン王国の人口はおよそ四千万人ほど。そのうち件の策謀で約百五十万人の王国民が命を落とし、王国崩壊の混乱に於いて七百から八万人ほどが他国へと流出したと推測されます」
レイモンドは身振り手振りを交えてゼトラを見つめる。
まるでその覚悟がゼトラに備わっているのか、見極めるように。
「既に私の元には多くのユングスタイン人の同士が集っています。いざとなれば武器をとって戦う事を誓う者はおよそ二千名。蜂起すればこれに追随するものは十倍以上は増えましょう」
これに加えて、他国の支援としては既にエイベルク王国、バインクレ王国がその支援を内々に約束してくれていると言う。
「そうなんですね……」
なるほど、とゼトラは合点がいったようである。
エイベルク国王ギュスターヴがどうしてゼトラをユングスタイン亡王国の後継者ではないか、と容易に見抜いたか。そして来たるべき日が来れば支援したい、と急くように約束したのか。
既にレイモンドを通してその情報を得ていたから既に想像できたのか、と理解した。
「こうして己の出自を明かせば多くの者が集まってきます。ですが蜂起するには三つの課題が残っています」
「……課題?」
一つは軍を率いる戦術に長けた軍師、参謀、或いは指揮官がいないことをまず挙げた。
「私はあくまで政治的な戦略について進言することは出来ても、戦術的な才覚はありません。軍を指揮する者がいなくては、いくら軍事蜂起しようとも無策無謀の軍では何もできずただ打ち砕かれるだけでしょう」
レイモンドとしては、幼き姉弟を連れ出した元近衛騎士にその才覚ありや、と睨んだがニアベルクのギルドマスター、オリバーユーワイズ・レクツァトは気が弱くその才覚はなしと失望した。
また王都グランマリナのギルドマスター、ダニエルユーナイト・アルベルトは真っ先に逃げ出した王国政府宰相の子孫の言うことなど耳を傾ける価値すらなし、と面会にすら応じないと言う。
「アルベルトさんが……そんな事、一言も言ってくれなかったな」
「言わば内輪もめでもありますから、余計なことでゼトラ様のお心を煩わせまいという配慮なのでしょうか。私も一度お会いしたいと望んでおりますが、立場もありましょうから身動きがとれないのでしょう。なんとも歯がゆい限りです」
「……わかりました。ボクからもアルベルトさんに話してみます」
「おぉ……それは是非とも……ありがたき幸せでございます」
レイモンドが嬉しそうに頷き、紅茶を一口含んで乾いた喉を潤した。
「アリスアトラ様の元近衛騎士と思われる他二方はカールウェルズ魔創公国公都イザベリアのギルドマスター。アムスト大陸はカイコルロ王国王都ラミアーラのギルドマスターをやっている、という話は届いていますが、やはり距離の問題もあって意思の疎通は上手くいっていません」
「なるほど……七竜のこともあっていずれ赴く地です。ボクから話してみます」
「ゼトラ様御自ら、誠に申し訳ございません」
気になさらずと遮り、残る課題を聞く。
「それは……ゼトラ様ご自身になります」
「ボクの……?」
「ええ」
一つはゼトラ自身の目で和国の実態を見極め、軍事蜂起すべし、と号令をかける覚悟はあるか。
相手は世界最大の人口、約二億人を抱える強大な国である。
その国を相手に多くの犠牲を伴う軍事蜂起を促す覚悟はあるか。
そして最後の一つは、和国の悪事を白日の下に晒した時、ゼトラ自らそれを悪であると断じて裁く覚悟はあるか。
重い……、あまりにも重い決断である。
自らの意思で、多くの者に犠牲を強いる責任の重大さに、ゼトラは沈黙した。
その重い決断を十五の少年に迫らなければならない残酷な現実にレイモンドもまた唇を噛み締めて沈黙したが、やはり王族の正当な貴重血統性というのは誰にも代わりにはなれないのだ。
「……」
ゼトラは沈黙した。
長い沈黙に、フィオリーナがその左手を、アイビスがその右手に手を添えた。
ゼトラは俯いて、そして頷いた。
「分かりません……」
「ふむ」
「今はまだ、分かりません……。……ですがいずれ答えを出さねばならないことだと思います。しばらく考えさせてください」
「それで結構でございます」
その答えは逆にレイモンドを安心させたようだ。
苦悩する少年を労うように微笑んだ。
「複雑な思惑で成り立つこの世界を未だ知らぬ御身が激情に任せて蜂起すべきとご即応なされたら、私もいささか困ってしまいましたが、その答えこそ私の想定していた最良の答えです」
試すような物言い、誠に失礼いたしました、と深く頭を下げたがゼトラも微笑んで頷き返した。
「ですが、目の前の大切な人を守りたい。その気持ちだけは確かです。大切な人を守るための覚悟なら出来ています」
その気持ちの先にユングスタインの地に思いを馳せる者たちがいずれ含まれる日が来ることを、レイモンドは期待を込めて微かに笑みを浮かべて頷くのだった。
ちなみに、その言葉にまたもフィオリーナがモジモジ、アイビスはソワソワとしていたのは言うまでもない。
一方で、ゼトラが不思議に思っていたことがあった。
何故レイモンドは、フィオリーナとアイビス、二人が亜人であろう、と看破しておきながらそれに対して驚かず当然のように受け入れていたのか。
その疑問をぶつけた。
レイモンドはふむ、と少し考える素振りをして淡々とした表情で答えた。
「神話に於いて人と亜人、協力して七竜を封印した、とあります通り征魔大戦以前、およそ三百年前までは人と亜人の関係は極めて良好で、人と亜人の異種婚も珍しいことではございませんでした」
「えっ、そうなんだ」
「ええ。ユングスタイン王国に於いても、ゼトラ様のおよそ十五代前の王は竜角族の姫を王妃として迎え入れ、何人かの子を成してその血は今代に受け継がれているという文献も残っております」
「人と竜角族同士の結婚……」
キュン、とフィオリーナが胸をときめかせて、目を輝かせる。
「アリスアトラ様はもちろんゼトラ様ご自身にも。無論、我がフォーク家、多くの一般民衆さえ、過去を遡れば、遠い祖先に少なからず亜人が入っているという話もありますね」
「それほどまでに交流が……」
レイモンドは頷き、目を輝かせるフィオリーナを見てクスリと笑う。
「他にも遥か昔、特に人とエルフ族の間での異種婚交流が盛んに行われた時代もあったようです。どうやら同亜人種同士では子ができにくいが、人と亜人の間ではさほど血の束縛を受けない、という研究結果もあるようで、人口減少にあえぐエルフ族の策でもあったようです。それはハーフエルフと呼ばれ一国を成したという伝承も散見されます」
ただ残念ながら、と続く。
征魔大戦終結と同時に勝利者となった和国が亜人種は忌避するように喧伝された。
和国はその前身である秀和帝国時代から、ヒトはヒトのみで、亜人は亜人のみで栄え、異種血を混じり合わせることは忌避すべきという、純血主義と称された考えがあったようである。
それは大戦後に亜人種が地上から姿を消した事によって拍車をかけ、世界全体が亜人を忌避する論調にすり替わってしまった。
「私自身は亜人の忌避といった価値観はありません。ゼトラ様が亜人の姫を生涯の伴侶に迎え入れるなら歓迎すべきと思っております。ヒトと亜人、征魔大戦で失われた異種交流を復活させる新たな時代の幕開けの象徴となりましょう」
ただ、いずれにせよまだ若い。
もう少し先の話であることには違いなかった。
私自身、生涯の伴侶としてエルフ族と巡り逢いたいくらいです、と明るく笑うレイモンドを見て、ゼトラは、レイモンドを異界へ連れて行ったらどういう反応をするだろうか、と想像して同じように笑うのだった。
「さて、私はこれからも引き続き来たるべき日に備えてここで義勇の士を集い続けます。ゼトラ様はやはりお母君をお探しに?」
「そうですね……母さんの事、七竜との接触……。それに再興を目指すとなれば、冒険者として名を高め、多くの方や国からその賛同や支援を得ることも大きな旅の目的の一つとなるでしょう。ただレイモンドさんもお気づきのように……」
フィオリーナとアイビスが魔族とも呼ばれる竜角族であることと、この地上に取り残された亜人種の保護もまた目的の一つであると告げると、レイモンドは大きく頷いた。
「承知いたしました。アリス様はさらに西へ、アルムス大陸……アルムシタッド王国行の船に乗った、という目撃情報を得ています。七竜の件、地上に残った亜人種の噂についてもこちらで情報収集にあたりましょう」
「アルムス大陸へ……!」
ようやく掴んだ母の足取り。噂でしかなかった情報が確かなものとなって、ゼトラが目を輝かせた。
フィオリーナとアイビスも、それを祝福するように優しく微笑みかける。
嬉しそうに拳を震わせるゼトラにその手を重ねた。
ニアベルクを発つ前にもう一度会いたいと約束して、ゼトラたちはレイモンドに別れを告げた。
そしてマーカスたちに連絡すると、ギルドで合流したのだった。
時刻はすでに夕刻を回り、まもなく日が暮れようとしている。
窓から差し込む夕日は次第に色を失い、街を薄暗い空が包み込んでいく。
ギルドのホールでオリバーが業務の終えるのを待って、その私邸で歓待を受ける予定である。
待っている間にお互いに今日あったことについて情報の交換をしていた。
マーカスはレイモンドという宰相の子孫が来るべき日に備えて義勇の士を集っていると聞くと少し驚いた。
「もしその時が来るなら異界で暮らす亜人族たちも立ち上がるべきだろうか」
マーカスが悩むように腕組し、唇をかみしめる。
しかしゼトラは首を振り、やはり悩むように俯く。
「この前のエルフ族のようにそもそも人との関りを持ちたがらない人もいるだろうから、無理強いはできないよ。もし何事もなく平穏で暮らせるならそれでいい、という人もいるかもしれない」
「……それはそうかもしれないが……」
天に等しく愛され、等しく生を受けたにも関わらず、何故、和国の陰におびえて暮らさねばならないのか。
何故、この広い世界の下で、日の当たる空の下で大手を振って暮らすことができないのか。
その理不尽さに、マーカスは歯がゆい想いで拳を震わせた。
「それでマーカスたちはどうだったの?」
「ん。俺たちはとりあえず城壁に上ってきた」
「えー。観光?ずるい~」
フィオリーナが口を尖らせて、悪戯っぽく笑う。
マーカスがそれを見て苦笑して首を振った。
「そうじゃないさ。『蒼炎』が好みそうな薄汚い場所がどこかって考えたとき、城壁の上から見るのが手っ取り早いだろって話でな。たまたま今日、一般開放されていたみたいだからついでにな」
「それで……?」
「ああ、どうやらここからさらに南、海岸近くまでスラム街があるみたいだ。もし『蒼炎』が潜むんならあそこじゃないか、という話になったところだ」
「ま。あとは色々とお買い物も少々ね」
「お買い物?」
「それは後のお楽しみよ♪」
ニコニコと笑ってウインクするメルキュールに、なんだろう?と首を傾げた、その時である。
ズン、と地に響く爆発音が聞こえた。
「!?」
フィオリーナが思わず首をすくめ、ゼトラの腕にしがみつく。
「なんだ?」
「爆発?戦闘かしら?」
メルキュールが警戒するように耳を澄ませたが、同じくホールに残っていた冒険者たちが何事かと見まわす騒ぎ以外は聞こえない。
「外に出よう」
「うん!」
マーカスの後を追い、四人も続く。
他の冒険者たちも同様に何事かと厳しい顔で外に飛び出した。
「あそこだ!北の城門!」
冒険者が指差した先、北の城門付近に黒い煙が立ち上っていた。
同時に、ガンガンガン!と鐘を打ち鳴らす音が響く。
「襲撃を知らせる早鐘だッ!」
「どういうこと!?
そうしている間にも正門がぴったりと閉じられ、閂がかけられた。
王国兵が城壁を繋ぐ塔へ入っていくのが見える。
「冒険者たちは手を貸してくれ!魔獣の襲撃だ!」
「まさか!」
王国兵の一人が、城壁の上から叫んだのが聞こえて、マーカスたちは城壁には登らず、そのまま城壁内、北の城門へと走り出した。
恐怖の顔で引きつらせる住人や商人たちとすれ違うのを見ながら、駆けつけた先。
既に何体かの魔獣が城壁内へと侵入していた。
「キマイラにサラマンダー!大物クラスじゃないか!」
獅子の頭部に胴体。背中からは黒山羊の頭部と竜の翼。尻尾は蛇。
全長五メートル以上のキマイラが、次々と王国兵に襲いかかっているのが見えた。
また炎を全身にまとって滑るように素早く地上を這い回る細長い胴体。サラマンダーと呼ばれる巨大な蜥蜴のような竜が炎を撒き散らしながら家屋へと火を放っていく。
その時、聞き慣れた声が呼ぶのが聞こえた。
「マーカス!ゼトラ!」
「ジョエルさん!どうしてここに!?」
何体かの魔獣を倒していたのか、剣を抜いたジョエル・クラージュが駆け寄った。
「黒装束の連中だ!ウルスタットで黒装束の連中を見かけたから、その後を追ったんだ!そしたら城門近くで例のアレを!」
「どうして止められなかった!?」
「奴ら思った以上に動きが早い!こちらの動きを察知して姿を消しやがった!」
「チィッ!」
北の城門を塞ぐように既に魔獣達が溢れかえっていた。
後ろから次々とヴィシャール北部で見た魔獣たちが押し寄せるのが見える。
「こいつらを片付けないと外には出られないか!」
マーカスが魔力を帯びた大剣を抜き放ち、正眼に構える。
メルキュールも魔法の錫杖を取り出すと、巨大な火球を撃ち放った。
火球がキマイラに着弾して怯んだところに、マーカスが距離を詰めて獅子の頭部を斬りつけた。
その後ろ、マーカスの背中に隠れるように同じく距離を詰めていたアイビスがジャンプして、反撃しようとした黒山羊の頭部を踵落としで砕き、続けざまの回し蹴りが獅子の側頭部を捉えた。
もんどり打って斃れたキマイラの横からサラマンダーがマーカスに襲いかかったが、フィオリーナのマジックニードルが胴体を貫き、地面に縫い付ける。
そこにゼトラが剣を振るって飛んだ斬撃が斬り伏せた。
しかし続々と魔獣たちが北の城門から押し寄せる。
「腕が鳴るわね!思いっきり暴れるわよ!」
メルキュールが興奮したように再び魔法の錫杖を構え、マーカスがそれに応じるように魔獣の群れへ突っ込む。
アイビスとゼトラも、それに続き、北の城門での戦いは混戦状態へともつれ込むのだった。
予告。
ニアベルクを襲う魔獣の軍勢に再び立ち向かう『明けの明星』
マーカスの豪剣が唸り、メルキュールの魔法が炸裂する。
疾風のごときアイビスの拳が風を斬り裂き、地面を抉るゼトラの魔法の閃光。
だが混戦の最中でメルキュールとアイビスが失踪してしまう。
果たしてメルキュールとアイビスはどこへ行ってしまったのか……?
次回「047.悪意の影に」
お楽しみに。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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次回更新は2020年10月11日お昼頃の予定です。
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