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045.勇者へ問いかける

 二十五年前のあの日。

 もはやこれ以上は民衆の不満を抑えきれないと判断した王国政府宰相のレイモンドの父を始め、諸大臣は真っ先に逃亡をしたと伝わるが、実際には異なる。

 和国の策動を察したユングスタイン王国国王、アレンマリク二十一世は、諸大臣に真実を見極めよという主命を授けて、先んじて脱出するように命じた。

 そして万が一の時は後を頼む、と託して。


 レイモンドは幼い頃からその事を何度も父に聞かされた。そして悔し涙に暮れる父の背中を見ながら育った。

 そして無念の内に病に斃れ他界した父の志を受け継いで、独自に調査を続けた。


 その結論が、二十五年前にユングスタイン王国を襲った悲劇は和国による侵略戦争だった、という事である。



 怒り混じりのレイモンド・フォークのその言葉を聞いてゼトラは押し黙ったままだった。

 レイモンドとは違い、不思議と怒りの感情は沸かないようである。

 やはり自分が生まれる以前の出来事には当事者意識が芽生えにくいせいか。


 もしゼトラの母アリスがこれを聞いたらどう思うか。

 ゼトラにとってはそれすらも余り想像がつかないようだ。

 ただ、疑問だけが持ち上がる。


「どうして……どうしてユングスタイン王国に侵略したんだろう」


 その疑問は言葉になってレイモンドに問いかけた。


「……わかりませんね。北海交易路ルートの終着点であるユングスタイン王国と、南海交易路ルートの終着点にある和国。これを接続することで経済圏の拡大を図ったのか、とも推察していますが……」


 レイモンド独自の調査によれば、和国へと編入されユングスタイン自治区と名を変えた後、これに関わったと思われる政府上層部はその後全て解任され行方知れずとなったか、謎の死を遂げていると言う。


「え……死……!?」

「はい。その経緯を知り、証言できる者が存在しなくなった結果、残ったのは紆余曲折の上にユングスタイン自治区を正規の手続きを経て編入したと言う事実のみ。仮にユングスタイン亡王国民が侵略戦争であった、と告発し、その不当性を訴えた所で、真実は闇の中。ただの言いがかりと突っぱねる事もできる、巧みな政治戦略とも言えます」


 そもそも侵略戦争であると断じたのも状況証拠の積み重ねでしかないと言う。


 品種を問わず尽く作物が枯れ、不作となったのはその水源に作物を枯れさせる薬物を投じたから。

 不作となる事を見越して、その備蓄を狙って和国の工作員が食料倉庫に火を放った。

 食糧支援物資の輸送キャラバンを襲った盗賊は野盗ではなく、盗賊に偽装した和国兵。

 隣国、ヴァリーク王国の支援が停止したのは何らかの理由をもって脅迫したから。

 そして流行病の病原菌を持ち込んだのは和国の工作員。

 決定的な王国崩壊を招いたクーデター軍の首謀者、クライフクロム・クーガー南征大将軍は和国によって煽動された。


 そう結論づけたが、いずれに於いてもそれを示す直接的な証拠はなく、わずかな証言や文献を元にした推測の域を出ていない。状況証拠でしかない。

 仮に和国の罪を訴え裁きを求めても、和国政府にそんな証拠はない、言いがかりである、と言われてしまえばそれまでである。


「ですが、調べれば調べる程、私には和国が恐るべき悪意を宿した、邪悪な企みを巧みに隠した国にしか見えないのです」

「……」


 特にレイモンドが疑いを持たざるを得なかったのは、和国政府の起きた事実をなかったことにする、或いは自国に都合の良いように論調をすり替える宣伝工作だと言う。


 レイモンドが席を立ち、全く同じ装丁の二冊の本を持って戻ってきてそれを差し出す。

 和国政府とは恐るべき悪意を宿した怪物ではないかと疑うきっかけになった書だと言う。


「こちらを御覧ください。表題は全く同じ『秀和臣民調和国における民衆政治活動の歴史』という本で、和国のとある運動家が記したものです」


 同じ装丁ではあるが、表題の下が異なっていた。

 左が第一版、右が第二版となっており、第二版は一年後に改訂されたものという事だった。

 そして同じページをめくる。


「ここには、およそ五十年前にアグネスという女性運動家が和国政府における公文書改ざん問題を糾弾した『真実究明運動』と呼ばれる活動を記述した内容になっています」


 レイモンドは赤線で囲ったその箇所を指し示した。

 第一版は以下の通りである。


「政府による公文書の紛失は意図的であり、政府の都合の良いように公文書を改ざんした形跡を発見したアグネスはこれを政府が臣民を欺く行為として糾弾した。これに同調した多くの臣民のデモ行進活動へと発展し、これは『真実究明運動』と呼ばれた。だが政府はこれを政府転覆を謀る内乱策動であると断じて彼女は逮捕され、愛和教育訓練所へと収監された」


 とある。だが、第二版になると以下のように書き換わっている。


「政府による公文書の紛失は意図的であり、政府の都合の良いように公文書を改ざんしていると、アグネスは偽証を捏造し喧伝した。その結果、これに同調した一部の国家体制転覆を目論む不貞愚民によるデモ行為へと発展し、デモ隊は商店の襲撃などを行った。政府はこれを平和を愛する臣民の生活を乱す内乱行為であると確固たる意思を持って対抗し、彼女は逮捕され、愛和教育訓練所へと収監された」


 ゼトラが顔をしかめながらその記述を見て、唸る。

 そのあまりな理不尽な記述に憤慨するかのように口を尖らせた。


「これじゃあ、この女性運動家はただの悪者じゃないですか」

「ええ、そうです」


 同じように顔をしかめてレイモンドも頷く。


「このように、自国政府の都合の良いように歴史的な事件、出来事を後世に伝える本さえも書き換えさせる。それが和国政府のやり方と見ています。和国の事を調べれば調べるほど、こういった歴史的事実の歪曲、捏造、隠蔽、隠滅している形跡がいくらでも見られます。……言わば歴史修正主義とでも言いましょうか。それはユングスタイン王国が崩壊する過程を伝える亡国史に於いても、当事者であった王国政府宰相の証言と、多くの者が知る知識が食い違っていることからも伺えます」


 何故和国はユングスタイン王国ヘ侵略したのか、和国の政治工作といった外交的、政治的に高度な話に及び、まだ幼いフィオリーナには理解が及ばないのか要領を得ないような不思議な顔だが、どうやらとても悪い人たちである、という点では理解したようである。

 何気なく、ふと呟く。


「……七竜?」

「え?」

「ユングスタインにも七竜は眠ってるんだよね?七竜を覚醒させて、それで他の国を攻めようとしてるとかかな~?」

「も、申し訳ないですが、その話をもう少し詳しくお聞かせください。それは先日、王都グランマリナで発生した巨大鳴動と関わりがあるのですか?」


 慌ててフィオリーナに膝の向きを変え、困惑した表情のレイモンドを見て、フィオリーナは自分がマズい事を言ってしまったのか、とゼトラの腕に隠れて助けを求めるように見上げた。

 ゼトラもそれに微かに笑みを浮かべて、代わりに問う。


「巨大鳴動とは?」

「ええ、王城にほど近い島が突如として鳴動して急激に隆起したという話は聞いています。まるでそれを拘束するような巨大な鎖も同時に出現してあれは七竜なのでは、と噂されましたが、王国政府はノーコメントを貫いています」

「なるほど……」


 どうやら七竜の復活自体は正確には民衆に伝えられていないようである。

 ゼトラは一瞬迷ったが、その真実を全て話すことにした。


 神話の伝説に過ぎなかった七竜は確かに存在していること。

 その復活のトリガーはゼトラ自身であること。

 古の七王国に眠る七竜は覚醒の時を待っていること。

 旅の目的の一つとして七竜との接触があること。


 その話を聞いてレイモンドは目を瞑ってブツブツと考察を始める。

 いや、まさか、しかし、と何度も呟きながら、レイモンドなりに答えを導き出したようである。


「フィオリーナ様が仰せになった、七竜の力を使った他国への侵略という戦略はやや考えにくいように思います」


 何故なら、と自分の考えを続ける。


 七竜を覚醒できるのはゼトラのみであるとすれば、そもそも七竜を覚醒できるはずがない。仮に何らかの手段で覚醒できて、それを制御下に置いたとしたら、それは他の古の七王国も同様である。

 同等の対抗戦力を持つ他国相手に侵略戦争を仕掛けるのは無謀にも近い。


 さらに仮定の話をするなら、仮に全てに打ち勝ってこの世界の国全てを勢力下に治める、つまり世界征服というとてつもない事を成し遂げたとしても、それはあまりにも愚策である。


「勧善懲悪の小説で題材になりやすい邪悪な魔王による世界征服なんて下策中の下策です。単一政府の元にこの広い世界を支配するのはあまりにも効率が悪く、その統治体制は何年も持つはずがない、というのは政治学に於いて常識です」


 悲劇を装ってユングスタインの領土を手に入れた巧みな戦略を使いこなす和国が、そのような性急かつ乱暴な手段を取るとは到底思えない。

 そう結論付けた。


「しかし七竜の力を手に入れるためにユングスタインの地を望んだ、という考えは理に適うとは言わずとも、不自然ではありません。何かしらの思惑があると考えるのは妥当かと思います。さすがゼトラ様の生涯の伴侶にもお成りあそばされる方であれば、その閃きは流石です」

「は、伴侶?」


 ニコリと微笑んだレイモンドの言葉を聞いてフィオリーナが驚き、しかしデレっと顔をニヤけさせゼトラの腕に絡みつく。

 それほどでも~、とクネクネと身体をよじらせる。

 ……幼い外見にしては大人びた美しい顔が台無しである。


 ゼトラがフィオリーナの様子を見て、なんとも言い難い微妙な表情を浮かべたのを見てレイモンドは不思議そうな顔をする。


「ゼトラ様はルシフェルドとゼオンドーターという名高き亜人種のご子孫の両方、あるいはいずれかを、伴侶に迎えるおつもりなのでしょう?」

「え……っ!?二人のことを知っているんですか……?」


 外見は人の同じのそれにも関わらず、フィオリーナもアイビスも亜人であろうと看破し、その上でそれ自体は別に不思議ではないように受け入れているレイモンド。

 少し警戒して険しくなったゼトラの顔に、レイモンドも少し驚いたようである。

 さも当然かのように問いかけた。


「ええ。かつての征魔大戦における南軍魔王と恐れられたイザヤ・ルシフェルド、北軍魔王と恐れられたミゲル・ゼオンドーター。亜人諸国連合軍を率い、秀和帝国を恐怖に陥れた最強の二大魔王。お二人はそのご子孫なのでは?」

「……ッ!?」

「ユングスタインと亜人の子孫が、共通の敵である和国を討ち果たすべく立ち上がるとは、なんともドラマティックな展開だと、私は感心いたしましたが……」

「え……?」


 知ってた?とフィオリーナとアイビスに振り向いたが、少女二人ともそんなことは初耳だと首を振る。

 その様子を見て、レイモンドは首を傾げた。


「ふむ……。どうやらこの世界のいずこかに逃げ隠れたという亜人族にも事情があるようですね」

「ええ。それに伴侶だなんて……ボク達には()()早いですよ」

「っ!!」

「っ!?」


 ゼトラの『まだ』という言葉に反応して、フィオリーナは頬を染めてモジモジと、アイビスは顔を真っ赤にしながらソワソワとして俯く。

 ゼトラは自身のド天然タラシ発言に気づいていないのか不思議そうな顔で、あれ?と小首を傾げた。


 三者三様の反応にレイモンドが可笑しくなったのか、ククク、と口元を押さえて笑いを堪えるのだった。



「さて、先程申し上げた通り、私は既に和国には恐るべき陰謀、策動があると見ています」

「……」

「ですが……」


 言いにくそうに少し言葉をつまらせて、また続ける。


「私は一度疑ってしまった以上、和国がやること成すこと全て、そうとしか見えなくなっている可能性もあります。もはやこの先はゼトラ様ご自身の目で確かめて、ご判断いただく他ありません。かの国が一体何を成そうとしているのか」

「……そうですね。七竜との接触という目的がある以上、それは避けられないでしょう」

「そして再びユングスタイン王国の再興を目指すとなれば、交渉で最良の結果を得らればそれで良し。そうでなければ、覚悟が必要です」

「……覚悟と言うと……」


 レイモンドが大きく頷き、そして真っ直ぐにゼトラを見つめた。


「旧ユングスタイン王国の勇士を結集した軍事蜂起となりましょう」

予告。

智者の怒りにゼトラは何を思うのか。

そして和国と立ち向かう覚悟はあるか、という問いにどう答えるのか。

そして判明する、母アリスの行方。

だが再びニアベルクに魔獣の軍勢が襲いかかる。

次回「046.紅輝の獣に潜む」

お楽しみに。



ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月10日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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