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044.智者の怒りは

 エイベルク王国国境都市ニアベルク。

 ニアベルク冒険者ギルドのマスター、オリバー・レクツァトは王都グランマリナ冒険者ギルドマスターであり無二の親友であるダニエル・アルベルトから、ゼトラのことやその旅の目的は聞いていたが、改めて直接お伺いしたい、と尋ねた。


 第一の目的はやはり母の消息を掴むこと。

 第二の目的としてあげるなら、マーカスの目的である亜人の保護。

 そして第三の目的としては現在半覚醒――待機状態にあるという伝説の七竜との邂逅が上げられた。


 七竜が一柱、山剴竜(さんがいりゅう)が警戒する『極めて深刻な(カタストロフィック)脅威(ディザスター)』なる存在も懸念事項として上がるが、情報が少なすぎてこれ以上の対処は難しい。

 また、アルベルトやオリバーが密かな大望として掲げるゼトラによるユングスタイン王国の再興も旅の目的には含まれていると言えばそうなるが、そこに繋がる糸口はつかめていない。


 他にも魔獣氾濫事件を引き起こしたとされる謎の組織や、個人的な問題としてフィオリーナの特異体質の解決方法を探すなどもあるが、この三つがやはり旅の主目的になるだろう。


 これに加えて新たに持ち上がった問題である『蒼炎』については足取りさえ掴めれば対処のしようはあるが、それまでは静観だろうか。


「ところで、ブレンウォード伯爵から聞いたのだが、オリバーはユングスタイン亡王国出身の宰相の子孫なる者は知って……いるか」

「無論でございます。レイモンド・フォークですね。三年程前からニアベルクの北部、セントクレスト教会にほど近い小学校で教師をやっております。ただ……」

「ただ?」

「なんとも気難しい方ですね。これまで幾度かお会いしたことはありますが、問答になっては言い負かされ、追い返され、ということばかりで」


 オリバーは頭をかいて、申し訳無さそうに俯いた。


「そ、そうなんだ……」

「かの御仁は相当な智者であることは違いなく、私をひと目見て王国近衛騎士か、と看破いたしました。そして二十五年前に王城から脱出したと噂される幼き王族とは、すなわちアリス様か、と。……アリスアトラ様の生存さえ確信した様子でした」

「母さんのことを……」

「お会いしたいのであればこちらから連絡して召喚しましょうか」

「いや、それには及ばない。ついでにニアベルクの街を見て回りたいからこちらから出向くよ」

「ふむ……では乗合馬車を利用されると良いでしょう。街の北部といっても、ここから五キロ以上もあります」

「そうする。ありがとう」

「勿体ないお言葉でございます」


 オリバーに是非とも日のある内にギルドに戻って欲しい、そして家族を紹介させてほしい、と請われ、それを約束したゼトラは、早速レイモンド・フォークなる人物を尋ねることにした。


「じゃあ俺たちは適当に街を見て回っておくわ」

「『蒼炎』の動きも気になるから気をつけてね。もし何かあればすぐに知らせて」

「おう」


 ポケットにしまったリンクドスネールを示して頷く。


「アイビスは一緒に行かないの?」

「え……?」


 マーカス、メルキュールと共に行動するつもりだったアイビスが、フィオリーナに声をかけられ、戸惑うようにゼトラを見て、メルキュールを見て、どうしようかと迷っているようだ。

 その様子を見て、メルキュールがニコリと笑い、そっと耳打ちする。


「……ッ!」


 アイビスが頬を微かに染めてジロリとメルキュールを睨んだ。

 だが顎でしゃくるように頷くメルキュールを見て、肩を落とす。

 そして少し間を置いて、モゴモゴと歯切れ悪く口を開いた。


「じゃあ……その……ゼトラが良ければ……」

「もちろん断る理由なんてないよ。行こうよ」

「うん……」


 おずおずと、モジモジとしながら、アイビスはゼトラの右に立ち、三人は教えられた乗合馬車の乗り場に向かうのだった。

 その背中をニンマリ微笑みながら見送ったマーカスが、メルキュールを小突く。


「なんて言ったんだ?」

「内緒♪」

「なんだそりゃ」

「乙女心は繊細なのよ~」


 やれやれ、と肩をすくめるとマーカスとメルキュールも商店街の雑踏に向かうのだった。


 ……その姿を離れた路地裏から見つめる眼が四つ。

 気配遮断の魔法を身にまとわし、その姿を影から追いかけ雑踏へ消えていくのを見届けた。


「二手に分かれたな。仕掛けるか?」

「ハカディが日が暮れたら仕掛けるからそれまで手を出すなって言ったろ。堪えろ」

「へへっ。クソッ……うずいて仕方ねぇ……早く俺の女にしてやりてぇよ……」

「今はお古で我慢しとこうぜ……うひひっ」


 邪悪な笑みを残し、深い影に覆われた路地裏へと消えていった。




 最初こそゼトラの横で居づらそうにモジモジとしていたアイビスだったが、賑やかな町並みにはしゃぐフィオリーナの姿を見て、少し気持ちは和らいだようだ。


 アイビスもまた、物珍しそうに高くそびえ立つ国境の城壁を見上げる。

 二階建ての家の屋根より遥かに高く、石を一つ一つを積み上げたこの城壁を構築するのに一体どれほどの年月がかかったのか、地平線の彼方まで続くそれを遠く見つめる。


「アイビスもこの街は二度目なんだよね」


 同じく見上げながらゼトラに問われるとコクリと頷く。


「前は二日くらいしか滞在してなかったから……ここまでちゃんと見るのは初めて……」


 カタカタと石畳に揺られながら、馬車は緩やかに進んでいく。

 街の景色は立ち並ぶ商館から集合住宅に、そしてまた小さな商店街から、再び一軒家が集まる区画を通り過ぎていく。

 そして一時間が経つ頃になって、ようやく大きな公園を挟んだ小学校前に到着した。


 先にゼトラが降りて、えい!と可愛い掛け声で飛び降りたフィオリーナを受け止める。

 そして手を差し伸べた。


「……」


 逡巡して、アイビスがその手を取って馬車から降りる。


「……ありがと」


 モジモジとしながら熱くなった顔を見られないように、そっと顔を背けるのだった。



 セントクレスト教会横の小学校は、今日は休校日のようで子どもたちの姿は見えなかった。

 裏門をくぐり「受付」の看板表示に従い、校舎へと入る。

 そして受付でレイモンド・フォーク先生に会いたい、と告げると職員は怪訝そうな表情になったが、卒業生とでも思ったのだろう。

 すんなりと応接室へと案内された。


「失礼しますよ」


 軽くノックして入室した男性は年齢としてはマーカスと同じくらいの二十代後半か。

 白金髪(プラチナブロンド)の髪は教師らしく短く揃えており好印象を受けた。

 優しい顔つきで三人の少年少女を見てニコリと微笑む。


「おや、随分と可愛いお客さんだ」

「はじめまして、ゼトラ・ユーベルクと申します」

「ほう……ユーベルク……」


 目を細め、差し出された手を握り返すと、ソファへ腰掛けた。


「これはこれは、まさかかのアリス様にお子さんが居たとは存じ上げませんでした。初めまして。レイモンド・フォークと申します。どうかよろしくお見知りおきを」

「ええ、よろしくおねがいします」


 固く握手を交わし、さて、と興味深そうに三人の顔を見る。


「そちらはゼトラ様の従者か、お仲間か、あるいは……と受け取って宜しいのでしょうか」

「こちらはフィオリーナ・ルシフェルド、そしてこちらはアイビス・ゼオンドーター。ボクの大切な仲間です」

「ほう、ルシフェルドに、ゼオンドーター……ほうほう……」


 見定めるように目を細めたレイモンドの視線に、フィオリーナとアイビスが警戒するようにゼトラの手に重ね、ゼトラに身体を寄せた。

 その様子に気づいてレイモンドは胸に手を添えて頭を深く下げる。


「おっと、申し訳ございません。女性を怖がらせてしまいましたね。失礼しました。どうも新しい知見を得ると悪い癖が出てしまう」


 丁重な謝罪の言葉にゼトラが苦笑しながら、それを遮るように、気になさらず、と手を軽く上げた。


「それで、どうしてこちらに?」

「レイモンドさんはユングスタイン王国の宰相を務めた方の子孫と聞きました。それで是非ひと目でも、と」

「なるほど。ちなみにそれはどなたから?」

「ブレンウォード伯爵です」

「ふむ」


 ニコリ、と人の良さそうな笑顔を見せたが、ゼトラにはその瞳はどこか笑っていない、何か別の物を見ているように思えた。


「レイモンドさんは、こちらで三年前から小学校の教師をやっていると聞きました」

「ええ、そうですね。専門は社会学や政治学ですがね」

「……それはやはりユングスタイン亡王国の悲劇からくるものですか?」

「悲劇……ええ、まあそうですね。表向きは」

「表向きは?」

「……言葉の綾ですよ」

「……?」


 ゼトラがその意味する所を理解できず、首を傾げる。


「ふむ。ではゼトラ様は、ユングスタイン亡王国の悲劇のことをどこまでご存知なんですか?」

「実は、それを聞きたくて今日ここに来たんです」


 ゼトラは真っ直ぐな瞳でレイモンドを見て、続ける。


「ボクが知っているのは、あくまでも多くの人が知っている程度のことでしかありません。歴史的な不作が起きて、立て続けに病が流行って、民衆の不満を押さえきれなかった王族がクーデター軍によって討たれた、という所ですね。宰相の子孫であれば、そういった所の詳しいことをご存知ではないかと思ったんです」

「……ふむ。何故知りたい、と思ったのですか?」

「それは……その……ボクが……ボクが、母の子だからです」

「……」


 まるで答えになっていないような答えだが、レイモンドが、ふふ、と吹き出すように笑いだし、次第になお笑いを堪えるように胸を押さえた。

 ゼトラも自分がずいぶんとトンチを利かせた答えを言ってしまった、と反省して頭をかく。


「ククク、随分と珍妙な答えですが……ええ。貴方の今の立場であれば、そう答えるのは致し方ないかもしれませんね。ゼトラ・ユングスタイン様」

「あ……」

「そう警戒なさらずとも結構ですよ。ひと目見たときから、アリス様はアリスアトラ様ではないかと半ば確信しておりましたし、そのご子息であれば、すなわち二十五年前に失われた王国唯一の後継者というお立場」

「……えぇ、まあ、そうなんです……」


 レイモンドは余程可笑しかったのか、目に浮いた涙をそっと拭って、ニコリと微笑んだ。


「つまるところ、二十五年前のあの日、幼き母君の身に何があったのか。そして再興を成す気概があるが、再興を成した後に同じ過ちを繰り返さぬように、あの時何があったのか知りたい、ということですね」

「そういうことです……」


 ゼトラは恥ずかしそうに俯いたが、レイモンドはその答えに満足したようである。


「結構なことかと存じます。人を傷つけないための優しい嘘、など言うものはありましょうが、嘘をつくことに慣れると、人の心は次第に濁るものです。そして民衆は王の嘘をいとも容易く見破ります。どうかゼトラ様に於かれましては、そのまま真っすぐな心をお持ちくださいませ」

「ありがとう?ございます……」


 褒められたのかどうなのか、よく分からなかったが、ゼトラが疑問系を含ませて礼を述べたのを見て、レイモンドは、ふむ、と微かに笑う。


「さて、どこからお話しましょうか。確かに私も二十五年前のあの日、父母に連れられて滅びゆく王国から脱出いたしましたが、当時は四歳の幼子です。ただ辛く怖い思いをしたと言う記憶しかなく、あの時何があったのかは、父の証言とその後の私の独自の調査に基づく推察でしかありません」

「それでも結構です」

「……わかりました。では多くの方が知っているであろう王国に崩壊を招いた最初の出来事から訂正させていただきましょうか」

「訂正……?」


 レイモンドは頷き、静かに口を開いた。


 王国の崩壊を招いた要因として、部分的に伝わった二十五年前の出来事は、確かに不作と流行り病の不幸が重なったようにも思える。

 だが実際には、不作となって仮に収穫ゼロであっても国民全員が飢えることなく冬を越せるくらいの蓄えは十分にあったのだ。

 しかし、その食料倉庫で火事が発生し、懸命の消火活動の甲斐なくほぼ失われてしまった。

 結果として王国政府の蓄えはあっという間に底を突いたが、そういう事もあろうかと同時に隣国含め諸外国に食糧支援要請を行っていた。

 これに応じて各国より食糧支援が続々と届き始めたが、今度はまるでそれを狙いしましたかのように盗賊が大量に発生し、王国に届く前にその支援物資を尽く奪い去っていった。


 無論、腕利きの冒険者がその護衛任務にあたっていたが、或いは斬殺され、或いは敵わずと判断して逃げ出すことが続いた。

 次第に冒険者たちは護衛任務を受注したがらなくなり、支援物資は滞りを見せ始め飢饉へと発展していく。


 そして追い打ちをかけるように発生した流行病。

 これはおかしい。人為的な策謀ではないか、という疑問が生じたのは当然だった。

 さらに唯一の支援要請に応えていた隣国、ヴァリーク王国の支援が完全に止まった。

 いくら支援要請を行えども、断りの返答すらない有様である。


 不作、倉庫の火事、支援物資の略奪、隣国の支援停止、流行病。

 王国政府諸大臣と王族は、これらから一つの答えを導き出した。


 そこで一旦言葉を区切ったレイモンドの顔に、憤怒の色が宿る。


「あれは不幸が重なった悲劇なんかではありません……」


 怒りのあまり感情を高ぶらせすぎたのか、言葉を詰まらせた。

 拳を強く握りしめて震わせ、机に置かれた紅茶を睨みつけ、怒りを抑え吐き捨てるように言った。


「和国による侵略戦争だったんですよ」

予告。

ユングスタイン王国の滅亡は、不幸の連続ではなく和国による侵略だった。

智者が解き明かす、その侵略の真相。

一方フィオリーナとアイビスはゼトラのど天然タラシ発言にメロメロになる。

次回「045.勇者へ問いかける」

お楽しみに。



ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月09日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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