043.忠臣の形と
エイベルク王国国境都市ニアベルク。
その冒険者ギルド。
ホールは多くの冒険者でごった返しており、その数で言えば王都グランマリナの『荒鷲の巣窟』に匹敵する勢いである。
また国境に接する街という性格からか、ホールを賑わす冒険者の出で立ちは『エイベルク風』と呼ばれる鷲の模様が入ったジャケットを羽織った者と、隣国の通称『山地装束』と呼ばれる山豹の模様をあしらったジャケット姿の冒険者が半々程だった。
前日に十時にまた来る、と告げていた通りの時刻に『明けの明星』は訪れていた。
空いていた総合窓口で事務仕事をしていた女性職員にゼトラが頭を軽く下げる。
「ゼトラ・ユーベルクと申しますが、こちらのマスター、オリバー・レクツァトさんはいらっしゃいますか?」
「はっ!? お伺いしています!今直ぐ、丁重に!ご案内いたしますっ!」
押さえを外したバネのように、女性職員がピョンコと飛び上がると窓口の横、カウンターを蹴り上げる勢いで跳ね上げた。
一礼すると、ささ、どうぞ、脚元にご注意ください、と妙に畏まって職員の机の隙間を縫うように先導する。
あの方がアリス様の?お隣のお子さんは恋人かしら、とても可愛らしいわ、後ろの従者の方もステキね、と囁き合う声が気になりつつもゼトラは緊張しつつその後を付いていった。
少し歩いた所に、大きな磨りガラスで囲われた壁があった。その一角、ギルドマスタールームと名札の下がった扉をノックした。
「どうぞ。空いてますよ」
くぐもった声が返ってきたのを確認して扉を開けた女性職員が深々と頭を下げた。
「お話にありました、ゼトラ・ユーベルク様をお連れいたしましたっ!」
「おぉ」
嬉しそうに喉奥から唸るような感嘆の声を上げて、鼻に乗せた小さな丸メガネを外すと、山積みになった書類の向こうから大男が立ち上がった。
その机の前、腕組していた王国の兵装をした女性が振り返り、首を傾げる。
「ほぅ、こちらが噂のゼトラ様か」
「打ち合わせの途中に申し訳ない。続きは午後にでも」
「わかったわ。じゃあ後で」
すれ違いざまにその女兵士が一礼して退出すると、続けて女性職員も一礼して退出する。
「さあ、かけてください。みなさんのことは我が無二の親友、ダニエルから聞いています」
そう言うと、パチンと指を弾いた。
すると、あっという間にギルドマスタールームが多重結界で覆われる。
「すっご。なんて展開速度……ッ!」
メルキュールだからこそ分かるのだろう。
詠唱なし、魔力集中なしに、高強度の遮音や監視防止といった各種結界が一瞬にして何重にも張り巡らされた事に驚愕し、浮かび上がった詠唱紋様を興味深そうに見渡した。
「さて……」
ソファに腰掛けたゼトラの前にゆっくりと大男が歩み寄る。
背丈はマーカスよりも高く、百九十ほどか。
高くまっすぐ通った鼻筋、鼻根が高く奥まった瞳、後ろで束ねた長い髪は銀髪で、よく手入れされているのか中年とは言え髪の艶が外から漏れる光を微かに反射している。
その顔つきは民族学に詳しい人が見れば『典型的なユングスタイン人』と呼ばれるものだが、その眼差しは優しく、穏やかだった。
それよりも目を引くのは、首から下である。
首の太さ、服を着ていても分かる鎧のようにまとった発達した筋肉、その逞しさたるやマーカス以上であり、その丸太のような太い腕から繰り出される一撃は、誰であっても防御することは困難ではないかと思わせた。
「お初にお目にかかります。オリバーユーワイズ・レクツァトと申します」
ゼトラの前に片膝を付いて、床に手を添え、胸に手をあて、最敬礼の姿勢で頭を垂れた。
「ゼトラ・ユーベルクです。はじめまして」
「は……はい……。ゼトラ様……お会いしとうございました……」
堪えきれなかったのか、その肩がブルブルと震え、カーペットが敷かれた床に涙がぽたりと落ちる。
「どうぞ、顔をあげてください」
「うぅ……ううぅ…………」
優しくオリバーの肩に手を置いたゼトラの手を取り、しかし頭を上げることもできず、その手を愛おしそうに握りしめ男泣きに咽び泣く。
長い長い旅の末にたどり着いたこの地で、消息不明となったアリスアトラの身を案じる日々。
そして現れたその子、ゼトラ。
ユングスタインを襲った悲劇から二十五年。
アルベルトがそうだったように、二十五年という月日はあまりに重い。重すぎた。
ポジティブな感情、ネガティブな感情、その全てが溢れ出す万感の思いは言葉にならず、ただ涙をこぼす以外にその思いの丈を表現する方法がないことは、オリバーの姿を見れば明らかだった。
フィオリーナにもそれが伝わったのか、頬を貰い涙が伝い、それを拭う。
マーカスも、メルキュールも、そしてアイビスも、主にようやく出会えた忠臣の姿を優しく見守った。
「お見苦しい所を見せてしまいました……」
涙がようやく枯れたのか、顔を上げたオリバーは、赤く腫れた目をゴシゴシとその袖で拭う。
ゼトラの促されてその横に大きな体を小さく丸めて腰掛けた。
「アルベルトから大体のことは聞いていると思うけど……」
「えぇ、是非お聞かせくださいませ」
ゼトラが優しく微笑んで頷き、これまでの旅の道中を話す。
オリバーもまた、ゼトラの手を取ってその話に耳を傾けた。
嬉しそうに、時に驚きながら、また涙をこぼして我がことのようにその英雄譚に目を細めるのだった。
ひとしきり話が終わり、オリバーは満足げに頷くと、ゼトラの手を両手で包み込む。
「ご苦労なされてきたのですな……」
「ここにいる仲間のおかげです」
「そちらの方々もこれまで本当にありがとうございます。これからも、どうか、ゼトラ様のお力添えの程、よろしくお願いいたします」
「ああ、どちらかと言うと、こちらが助けられることの方が多いけどな」
マーカスが苦笑気味に肩をすくめ、改めて自己紹介をした。
「マーカス・マンハイム、 メルキュール・ディミエ、 アイビス・ゼオンドーター、そして フィオリーナ・ルシフェルド。『明けの明星』の評判は、ここニアベルクの冒険者ギルドにも伝わっております。そのご活躍は、かのアリスアトラ様さえ上回るのではないか、と。驚嘆を持って受け止められていますよ」
「『ヴィシャールの太陽』……だったか。一体誰が言い出したんだかな」
「ハハ。あの時の騒ぎはこちらにもすぐ耳に入りまして、すわ禁呪の発動かという声もあったのですが、まもなく『明けの明星』の活躍と聞いて心踊ったものです」
オリバーが朗らかに笑い、しかしすぐに顔をグッと引き締める。
「僭越ながらゼトラ様にお願いがございます」
「な、なんでしょう」
急な変わりようにゼトラも驚いて、改めて背筋を伸ばす。
「どうか私めをゼトラ様の忠実なる下僕の一人に加えていただけませんか」
「え……?」
「やはり難しい……でございましょうか……」
その姿にはあまりにも似つかわしくない言葉を漏らし、しょんぼり肩を落とす大男に、ゼトラが首を傾げる。
「えっと……もう少し、考えを聞かせてもらえると……」
「はッ……」
オリバーはその体躯に見合わず、性根の優しい性格だった。しかし同時に心の弱い人間だった。
滅びゆくユングスタインから幼い姉弟を連れて逃げ出したが、その弟はクーデター軍に捕まってしまった。
西の果てまでの逃避行の最中も、いっそ死んでしまえば楽になろうか、と真っ先に弱音を吐いたのもオリバーだった。
絶望の旅路において、ひと目のつかぬ所で自死さえ試みた。
だが同期のアルベルトに止められ、叱咤され、そしてアリスアトラにさえ、自死など許さぬ、ならばその高い魔法技術を我に教えよ、我が魔法技術を極めるまで死ぬことは許さぬ、と命じられた。
そしてアリスアトラがただ一人旅に出ることを知ったときも、不安に駆られた。
アルベルトがアリスアトラを支えるために王都グランマリナの冒険者ギルドのマスターに就任すると聞いて、アリスアトラはオリバーに命じた。
なればそなたはニアベルクの冒険者ギルドのマスターとなれ、我を支えよ。そしていずれ訪れるかもしれない我が子の力になってくれ、と。
以来、その言葉だけを支えに、オリバーはニアベルクの冒険者ギルドマスターを演じ続けた。
ただ一重にアリスアトラの忠節に報いるため、ゼトラの支えになるため。
しかしアリスアトラが消息不明となってからは、また弱音の虫が鳴き始めた。
客観的に見ればオリバーのマスターとしての力量、尊敬を集めるその振る舞いは十分すぎるものなのだろう。
だが一方でオリバー自身は己の置かれた立場に自信がないのだと言う。
あくまでの主が健在であり、その主命を果たそうとしてこそ、オリバーはオリバーでいられるのだ、とゼトラは理解した。
――そういう生き方もあるのか。
マーカスはその生き方を驚きを持って捉えた。
気の向くままに冒険者として旅をする自分にとって、心の支えとなるものがあってこそ己を保たれるというのは自分にはない価値観だった。
アルベルトにもアリスやゼトラに忠節を尽くす、という姿勢はあったが、そこまで強く依存しているとは感じなかった。
だからこそ、驚いた。
「……わかりました。ではこれからもよろしくお願いします。オリバーさん」
「おぉ……」
感激の声で唸り、オリバーはソファから飛び降りて再び最敬礼の姿勢を取る。
「ではどうか、私めはどうか呼び捨てに。そしてその口調もどうか主らしくお願いしとうございます」
「えぇ……?」
まるで大きな犬が、尻尾をふってその主の命令を待つかのように目を輝かせるのを見て、困惑したようにゼトラが頭をかいて、う~ん、と言葉をつまらせる。
「王たる振る舞いを以てこそ忠臣は身が引き締まるというものでございます。再興を成された時の事を思えば今のうちから慣れていただかなくては」
「うぅ……」
ゼトラは恥ずかしそうにモジモジとして、意を決したように口を開き、手を差し伸べた。
「ではわかった。オリバーユーワイズよ。これからもよしなに頼む」
「ハッ!これよりオリバーユーワイズはゼトラ様を生涯唯一の主と定め粉骨砕身いたしまするッ!!」
ぎこちなく尊大な振る舞いを見せたゼトラと、それに仰々しく頭を垂れたオリバーを見て、皆笑いを堪えるのだった。
そしてオリバーは改めてその主命を問うた所、やはりギルドマスターという立場を活かして引き続き母の行方を探してほしい、という願いは当然のことであった。
無論、その他にも懸念事項がある。
「『蒼炎』でございますか」
「ああ、これはゼトラからの、と言うより俺からの願いでもあるのだが、ギルドはやつらの動きをどこまで把握しているのか知りたい」
「いや、ゼトラ様が付け狙われている可能性ありとなれば、見過ごすわけにはいきません。私怨による冒険者同士の諍いは明確なギルド規定違反行為です」
そしてオリバーは厳しい眼差しで俯く。
「ただ偶然と言うべきか。先程王国の兵がおりましたでしょう?」
「あぁ、さっきの……」
「あれは『蒼炎』に誘拐の疑惑があって、見つけ次第その委細を調べ、引き渡すように、との協力要請なのです」
「なんだって……誘拐……?」
「はい。各都市ギルドにそれは既に伝達済みであるとのこと」
「それで?『蒼炎』の疑惑は確かなのか?」
オリバーが難しい顔をして、うーむと唸る。
先程の王国女性兵士――ニアベルク駐屯兵団長が言うには、この一年間、王国内で村の若い娘が失踪する事件が立て続けに起きていたと言う。
王国側の捜査によると、『蒼炎』が依頼でその地を訪れた後に発生しており、そこで『蒼炎』のメンバーが失踪した村の娘に声をかけているのを見た、という証言があったことから、失踪に関わっているのではないか、というのが結論だった。
「誘拐か……あいつら、禁忌の薬物を含んでいたようだぜ。あの妙に甘ったるい匂いは、快楽を高める媚薬系だと聞いたことがある」
「禁忌の……なるほど、それで誘拐と繋がりますか」
「ああ、その可能性は高いと見ていいだろう」
だがやはりオリバーはそれでも厳しい顔を崩さず腕組する。
その太い腕に血管が薄く浮き上がり、かなり苦慮していることが伺えた。
すなわち、ギルドの規定があり、疑惑あるから即拘束、引き渡し、とはいかないと言う。
ヌルいな、とマーカスは悔しそうにボヤくが、仕方ないと言う風にオリバーは首を振った。
「確かに。ですがギルドは冒険者あってこそ成り立つ組織。冒険者が心置きなく活動できるよう、可能な限り保護し、尊重するのもギルドの役目。直接的な証拠でも押さえない限り、そう簡単には王国へ引き渡せないのです」
「多少の粗暴も目を瞑らざるをえないってわけか」
「まことに面倒な規定ではありますが、それで助けられてきた身でもありますれば、無下には扱えません」
うむむ、と腕組して、オリバーは思案するように顔をしかめた。
だが一つの考えが浮かんだようだ。
「ふむ。ですが別の線での拘束は可能かもしれません」
「と、いうと?」
ギルドに所属する冒険者にはいくつか規定を課せられる。
その一つに『依頼を特別な理由もなく三ヶ月未受注、未達成の場合は、所有する冒険者資格を一時停止する。その後の処遇についてはマスターによって一任される』というものがある。
オリバーの説明にマーカスがなるほど、と頷く。
「もし『蒼炎』が真に誘拐の当事者であれば、警戒してギルドに寄り付いていない可能性が高い。となれば……」
「三ヶ月の経過を待って、ギルド資格を剥奪しちまえば、やつらをどうしようと自由ってわけか」
「そういうことです」
マーカスとオリバーはニヤリ、と大人の悪巧みの笑顔を見せて頷き合うのだった。
予告。
国境都市ニアベルクでユングスタイン亡王国の旧臣レイモンド・フォークと出逢うゼトラ。
智者と名高い彼から明かされる、ユングスタイン王国滅亡の真相。
智者の怒りはゼトラに何を問うのか。
次回「044.智者の怒りは」
お楽しみに。
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次回更新は2020年10月08日お昼頃の予定です。
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