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042.その悪意に触れる

 ウルスタットを経って二日後、ゼトラたちを乗せたキャラバン隊は夕刻頃に交易路に栄える宿場町へと立ち寄った。

 街の名はポートマハバ。

 宿場町と言うには随分と人の往来がある賑やかな町並みだった。


「なるほど、これは前評判通りだな」

「すっごいわねぇ。あんな大きな帆船は久しぶりに見たわ」


 町の入口から緩やかに続く坂道を下ると港があって、そこに接岸された巨大な帆船に、メルキュールも驚嘆のため息をつく。


「大っきいね~!」

「すごいね」


 フィオリーナとゼトラもまた馬車を降りると、その全景に感激した様子で目を輝かせる。

 港湾都市として改修拡張工事が続いていると聞かされていた通り、入り口周辺を除けば港までは建設中の建物が多く、日が大きく傾きかけている時刻にも関わらず人夫が忙しそうに資材を運んでいた。


「宿はこちらで予約してあるからな。明日は九時に出発だ。遅れないでくれよ」

「了解した」


 キャラバンの主である商人が冒険者たちに声をかけると、それぞれ了解の返事して、街の雑踏へと姿を消していく。


「さて、せっかくだしチェックインを済ませたら帆船をもっと近くで見てみるか」

「わーい!やったぁ」


 フィオリーナがぴょんぴょんとポニーテールを跳ねさせて、クルリと回る。

 早く行こう、とゼトラの腕を引っ張るのだった。



 間近で見る巨大な帆船はメインマストの前後にサブマスト、横帆と縦帆を組み合わせた大型帆船で、船首から船尾まで全長百メートル近くあった。

 その巨体の横腹、上部分が大きく開き、そこにかけられた桟橋を通って貨物が途切れること無く運び込まれていく。

 他にも帆船の見学に来たと思われる姿も多く、同行した冒険者以外にも各地の商人が羨ましげにそれを見上げていた。


 まもなく夕日が美しい時間だが、あいにく雲がかかってきて空気が湿ってきており、まもなく雨が降るだろうと予想させた。

 そのためか貨物を運ぶ人夫は心なしか急いでいるようにも見えた。


 ふと、アイビスがゼトラの右腕に添えると、さらにその腕に頭をコツン、とぶつけた。


「?」


 見たくないものを見てしまったかのように目を瞑るアイビスを見て、ゼトラが辺りを見渡す。

 その視界の端に、和国人らしい商人の姿が見えた。

 フィオリーナもそれに気づいたのか、反対側に回ってアイビスの手を握り、ぎゅっと腰に手を回す。

 アイビスが微かに笑みを浮かべて小さく、ありがと、と呟くとフィオリーナも笑みを返すのだった。


「もう行ったみたいだよ」


 そっと耳打ちするゼトラの声を聞いて恐る恐る顔を上げたアイビスがホッと一息ついた。

 ゼトラの右腕に絡めた手を離すことなく、帆船を見上げる。


「すごいね……どこまで行くのかな……」

「ね。あんな立派な船なら、隣の大陸まで行けそう」

「うん……」


 事実、その帆船は出港すると南のアムスト大陸北岸を経由して西のアメルア大陸、アルムシタッド王国へ向かうものだった。

 新たに開拓されたばかりの航路のため立ち寄る船はまだ少ないが、ポートマハバの利便性が良ければより多くの船と商人で賑わう街になるのだろう。


「さてそろそろ日も暮れるし戻るか」

「は~い」


 マーカスが振り返り、それに合わせて他も踵を返す。

 だが、マーカスがビクリと身体を震わせて立ち止まった。その行く手を塞ぐように立つ四人組を見て、眉間にシワを寄せた。


「よぉ、マーカスじゃないか。こんな所で会うなんて久しぶりだな」

「ハカディ……ッ!」


 ハカディをリーダーとした『蒼炎』のメンバーがニヤニヤと厭らしい顔つきで『明けの明星』を……正確には女性三人を見る。


「そう怖い顔をするなよ。久々の再会じゃないか。一杯どうだ。懐かしい話でもしようや」

「また空き瓶を投げつけられちゃたまったもんじゃないからな、遠慮しとくよ」

「ハッハッハ!あん時は悪かったな。俺もどうかしてたんだ」


 マーカスは顔をこわばらせながら微かに首を横に振るが、それを気にしない素振りでハカディが無精髭を撫で回す。


「そういやウルスタットでうちのゴードンが世話になったらしいじゃないか。すまなかったな。よく躾けておいたぜ」

「そりゃどうも」

「それにしても……随分とカワイコちゃんを侍らせているって聞いたが、なるほど上玉だな。特にそっちのガキは……また十かそこらか?」

「……」

「おっと、そう怖い顔で睨むなよ。俺はお前と違って人の女に手を出す悪趣味はねぇんだ」

「……そうか。じゃあな。明日も早いんでな」

「おう。これからもどこかでばったり会うかもしれねぇからその時はそのしかめっ面を少しはマシに治しとけよ」


 四人がゲラゲラと下卑た笑いでマーカスの背中を見送り、唾を吐いて腕組する。


「言った通りだろ?とんでもねぇ上玉だ」

「ああ、たまんねぇ。ひと目見た時からうずいて仕方ねぇぜ……へへっ……楽しくなってきやがった」


 ゴードンが小突くと、アーラスィが口元からこぼれた涎を拭い、その視線の先、アイビスの背中を追う。


「あの気の強そうなショートヘアの女、たまんねぇな。俺好みの女に仕込んでやるぜ」


 美少女が汚れる姿を想像したのかアーラスィがぐひ、と喉を鳴らせてまた口元を拭う。


「だがゴードンの言った通り、あの十くらいのガキはすげぇな。あと四、五年もすりゃあ言い寄る男に困らないだろ」

「手は出させねぇよ。あのガキは俺がじっくり育てるんだ」

「おい、飽きたら俺に回せよ」

「へっ、その頃には俺の虜になってるか、ぶっ壊れちまってるかもしれねぇがな。うひひっ」

「あんな幼気な可愛らしい子に……随分と悪趣味ですね」


 コルラタが肩をすくめてやれやれ、と手を上げる。


「すかしてんじゃねぇよ。てめぇが一番エグいのによ」

「そんなことはありませんよ。私は心から愛でています。ただ少々激しすぎてすぐに壊してしまうだけです」

「だがあの黒髪の女はてめぇ好みだろ」

「ええ、そうですね」


 優男が口角を歪に吊り上げ、嗜虐に満ちたその目が怪しく光る。


「胸の膨らみは平均よりやや上……、クビレのはっきりとした腰つきといい、体つきは私好みの満点ですよ。実に調教しがいがありますね。どんな声で哭くのか、ゾクゾクしてしまいますね」


 クフフ、と含んだような笑みを浮かべ、端正な顔つきを邪悪に染めた。


「へっへっへ。ハカディさんよぉ、どうするよ。あんたの玩具がないぜ」

「ふん……」


 ゴードンの問いにハカディが不敵に笑い、ギロリと睨んで殺意を三人に向ける。


「だったら、てめぇらの内の一人を殺して奪い取るまでだ」

「おー怖ぇ怖ぇ」


 向けられた殺意をまるで頬を撫でる爽やかな風のようにサラリと交わし、ゲラゲラと下品な笑い声をあげるのだった。


 ……四人は分かっていない。


 事前に獲物をひと目でも見ておこうと、夢中になって物色するあまり、四人を冷徹な眼差しで見つめていた少年の姿が眼中に入っていなかった。

 その目を見て冷静に判断すれば、敵に回してはいけない、その怒りには絶対に触れてはならない、絶対に敵わない相手である、と分かる勇者の姿に。

 言葉を変えれば、破壊の化身とさえ恐れられる絶対的強者の仲間に手を出すことなど絶対にやめておこう、と気づくべきだったのだ。

 だが、邪悪な欲望に染まった愚かな男たちには、その判断ができなかった。



 一方、足早に立ち去ったマーカスの背中を追って、女性たちが嫌悪感丸出しの顔で罵詈雑言大会を開催していた。


「キモいキモいキモいキモい!うわー最悪ッ!なにあれ!ぺっぺ!」

「ほんとダメ。あれだけはダメ。気持ち悪すぎて無理無理、あんなの二度と会いたくないっ」

「あの優男が私を見る目、見た!?風邪でもひいたんじゃないかってくらい寒気がしたわよッ!」

「あの一番チビのやつ、私を見て涎垂らしてたんだよ!?最悪すぎて無理ーっ」

「ほんと無理っ!思い出しただけで寒気するっ!」

「気持ち悪い!ほんと気持ち悪いっ!」


 メルキュールの罵声に合わせて、フィオリーナさえも普段見せないような言葉遣いでその美しい顔をしかめる。


「なんか変な匂いがした……吐きそう……」


 アイビスさえも顔を青ざめて、口を抑えながらゼトラの袖をちょい、とつまんだ。


「あの消しきれない甘ったるい匂い……恐らく禁忌の薬物だろうな。ったく、ギルドはなんであんな連中を野放しにしてるんだ?」


 マーカスも苦虫を噛み潰したような顔で怒り混じりのため息をつく。


「…………ゼトラ……?」


 ひとしきり厭悪の感情を吐き出してすっきりしたのか、フィオリーナがそっとゼトラの顔を覗き込む。

 フィオリーナはいつもゼトラを見ると、笑顔であろうが真剣な眼差しであろうが、とりあえずどんな顔をしていようが頬を染めてうっとりとすることは多々あるが、今だけは違った。


「……怖い顔してるよ……?」


 恐怖に怯え、胸を抑えて一歩離れた。


「え?あ、ごめん」


 それまで眉をひそめて脚元を睨んでいたゼトラが、眉間を軽く揉んで、ニコリと微笑む。

 いつものような優しい笑顔に戻ったぜトラに、ほっと胸をなでおろしたフィオリーナが、恐る恐るその手を握る。

 ゼトラもまたフィオリーナの手を優しく握り返すと、空いている右手でアイビスの手を取った。

 アイビスは一瞬、ハッとしたような表情でモジモジとしたが、そのゼトラの表情……悲しげな瞳を見て何か察したのか、その腕に手を絡ませて寄り添う。

 私はもう大丈夫よ、と言うように。


「ごめんね」


 ゼトラがもう一度謝罪の言葉を呟いて、静かに、ゆっくりと深呼吸するように息を吐いた。

 まるで内に湧き上がった感情を押し戻すように、ゆっくりと。


「大丈夫?」


 メルキュールもまたその異変に気づいたのか、心配そうに振り返る。

 ゼトラはそれにニコリと微笑んで答え、だが悲しそうな顔でポツリと呟く。


「悪意……」

「ん?」

「……悪意の塊だね、あの人たち」

「わかるの?」

「うーん……なんとなくだけど。あの人たちに酷い目に合わされた人たちの……なにか声というか、雰囲気というか、そういう、何か呪詛のようなものがあの人たちに付きまとっているような、そんな気がした」

「……そうか……そうかもな」


 呟くようなゼトラの言葉がマーカスの耳にも届いたのか、言葉少なに答える。


「日々を平穏に過ごす市井の人々を襲う邪悪な意思。ただ純粋に、己の欲望のために行動する。そういう奴らなのかもしれん」

「……」


 マーカスのため息まじりの怒りの声にはゼトラは答えず、ただ悲しげな瞳で雲の隙間から覗く茜色の空を見上げるのだった。



 それからの道中で『蒼炎』と遭遇することはなく、時折遭遇する魔獣を討伐しながら予定通り八泊九日の旅を終えた一行は無事にニアベルクへと到着した。


 エイベルク王国に接するカールウェルズ魔創公国との国境都市、ニアベルク。

 その規模は王都グランマリナに次ぐとも言われ、国境を遮る長大な石壁に密接するように広大な市街地を形成していた。


 キャラバン隊が到着した時間はまもなく日が暮れようかという時間で、賑わいは商人からその夜を楽しもうという市民や冒険者たちへと移り変わっていく頃だった。

 城門の入り口近く、商館に横付けされた馬車から続々と冒険者たちが降りていく。


「じゃあな、マーカス、ゼトラ」

「うん、またどこかで!」


 その道中ですっかり仲良くなった冒険者とお互いの健闘を祈って拳を合わせて別れを告げる。

 談笑しながらギルドへ向かう『明けの明星』の一行を見送ったその冒険者が、肩をすくませた。


「それにしてもゼトラにいつもくっついてるあの子、めちゃくちゃ可愛かったな。羨ましいぜ」

「なんだ~い?アタイじゃご不満だってのか~い?」

「そうは言ってないだろ」


 冒険者の仲間か、戦斧を肩に担いだ筋骨隆々の女性がドスの効いたガラガラ声でひょい、と覗き込み、男は女戦士におどけるように下唇を付け出し、首をすくめる。

 しかし体つきこそ男かと見紛うほどだが、顔は決して悪くない。その長い睫毛に整った顔つきは、その体をドレスで隠せばお姫様抱っこされてみたい、と願う男は少なからず存在しそうである。


 だがもう一人別の仲間の男が、飢えた子犬を撫でるように憐れんだ目でその肩に手を置き、首を振った。


「そういうことは胸にしまって口に出さないのがモテる男の秘訣じゃねえの」

「お前だってあの子が笑いかけたらふにゃふにゃ目尻下げた顔で鼻の下を伸ばしてたじゃねぇか!」

「口には出してないだろ!」

「同じことだろ!」

「アッハッハ!男共ォ、今日の酒は美味そうだね~」

「ひぃ、勘弁してくれ」

「だから言ってるだろ、こんな筋肉ダルマじゃなくって、もっと可愛い女の子入れようって!」

「言うじゃないか~い!今日は徹夜コースだね~!」

「なんで火に油を注ぐッ!?」


 ガラガラと笑いながら、女戦士の首根っこを掴まれた一行も雑踏へと消えていくのだった。


 冒険者ギルドはその利便性を重視するのか、どの都市においても正門からほど近い場所に立地している。マーカスらも迷うことなくニアベルクの冒険者ギルドへ入ると、報酬窓口へとまっすぐに向かった。

 ホールに入ってからも受付の場所や依頼掲示板の場所なども、どこの都市に立ち寄っても迷わないように、という配慮でどこも同じような配置になっている。


「ご精算は五名様合計で金貨十二枚、銀貨五十三枚、銅貨二十二枚になります」

「確認した。金貨二枚づつ各自に振り込んで、残りは俺の別口座に頼む」

「畏まりました。では少々お待ちくださいませ」


 サラサラと流れる討伐ログを流し見して、振り込み処理を待つ間、キョロキョロと辺りを見渡す。


「な、ここのマスターさんは在室かい?」

「いえ、今日は打ち合わせのため外出で、そのまま戻られないそうです」

「明日は?」

「明日は定時の九時にはこられるかと」

「そうか、じゃあゼトラ・ユーベルクという冒険者が明日十時にまた来るから、一度ご挨拶したい、と伝えてくれるか」

「え?……まあ、伝えるだけは伝えておきますけど、ギルマスさんは個別にお会いする方ではないですよ?たまたま通りがかった時に談笑はしてますけど」

「まあ、よろしく頼むよ」

「はあ……わかりましたけど……はい。振り込み手続き完了しましたー。タグをお返しします!」


 タグを懐に仕舞い、その別れ際。

 怪訝そうな顔の職員にフィオリーナが手を振ると、その可愛らしい笑顔に、まぁ、と頬を染めて手を振り返す。

 背中に名残惜しそうな視線を感じながら窓口を後にするのだった。


「さて、てことで明日十時な」


 マーカスが肩の力を抜くように、うん、と背伸びをして背中の大剣を外して手に持ち変える。


「……」


 チラ、とマーカスを見たメルキュールの視線を察したのか、苦笑して頭をかく。


「『蒼炎』のこともあるから大人しくするさ。それに残った食材も処理しないとだろ?」

「どーだか」


 メルキュールのからかうような笑顔に、他の三人もクスクスと笑いを堪えるのだった。

予告。

国境都市ニアベルクにようやく到着した『明けの明星』

そこで母アリスの旧臣と出逢う。

旧臣との出逢いはゼトラに王の自覚を促す事になる。

次回「043.忠臣の形と」

お楽しみに。



ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月07日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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