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041.頭上に舞い散り

 冒険者ギルド裏の修練場には多くの冒険者が詰めかけ、その腕を磨くため競い合っていた。

 だが、激しく打ち合う四人の姿を見て、いつの間にか手を止めていた。

 呆気にとられて、その圧倒的スピードで繰り出される戦技に見守る中から、おぉ!すげぇ!と驚嘆の声があがった。


「あんたらすげぇな!」


 ようやく休憩に入ったのか、待ちきれなかった様子で一人の冒険者が声をかけた。

 百八十センチ以上の男はともかく、一回り背の低い女性、それよりもさらに幼い顔つきの少年少女の鋭い動きには同じ冒険者として、闘う者として心震えたのだろう。


 どうも、と軽く頭を下げた一行に、声をかけた冒険者は最近評判になっている、というトップランクパーティを思い出したようだ。


「そうか!あんたら『明けの明星』か!」

「知ってるんですか?」


 幼さが残る少年が首を傾げてるのを見て、満面の笑みを浮かべて頷き返す。


「ああ。最近とんでもなく活躍してるってどこのギルドでも評判だぜ。ヴィシャール北部の魔獣氾濫事件での活躍は伝説級だって聞いた。まるで『ヴィシャールの太陽』だったってよ」

「ヴィ……ヴィシャールの……」


 少し恥ずかしそうに俯いた少年こそ、その『ヴィシャールの太陽』と呼ばれる所以になったゼトラであるとは思わないのか、感動した様子でマーカスと握手を交わす。

 その冒険者はジョブ・ハンプトンと名乗った。


「だが気をつけろ。噂じゃ『蒼炎』の連中があんたらのことを探ってるようだぜ」

「『蒼炎』が……?」


 ジョブの『蒼炎』という言葉を聞いて、マーカスの眉がピクリと動き、口元が歪んだ。


「ああ、なんでもあんたら昨日『蒼炎』のやつとトラブルになったんだって?『明けの明星』が受けている依頼はなんだとか、どこに向かうのかって聞きまわっているらしい」

「そうか……忠告ありがとな。気をつけるよ」


 蒼炎て?と問うゼトラに、マーカスが肩をすくめて応える。


「話せば長くなるからな……今日のとこはこれで切り上げよう。話はその後だ」




 宿に戻り、宿の大浴場でゆっくりと汗を流した一行は、マーカスとゼトラ、フィオリーナが泊まる部屋に集まった。

 メルキュールが入念に遮音結界や覗き見防止の結界を展開し、アイビスがレモンティーを煎れて各々部屋の椅子やベッドに腰掛ける。


「『蒼炎』の名前を聞いたのは久しぶりだな……。もう九年前になるのか……」


 マーカスは一口すすって軽くため息をつき、重い口を開いた。


 マーカスが冒険者になったのは今から九年前、十九歳の時である。

 異界を離れてカールウェルズ高等魔法術学校へ入学する当時十四歳のメルキュールに不測の事態が起きた時に備えるためのサポート役を兼ねてのことだった。


 冒険者に成り立てのマーカスが初めてパーティを組んだのが『蒼炎』である。

 師弟制度で紹介されたのがパーティ加入のきっかけだった。


 パーティのリーダーは、ハカディ・アウラル。

 アリスと同年代でその実力はアリスに次ぐとも言われその冒険者パーティである『蒼炎』の評判は高かった。

 ハカディも人格、技量、いずれに於いてもリーダーに相応しい人物で、マーカスも冒険者としての心得やサバイバル術といった技術はハカディに学んだ。


 メンバーは他に女魔法使い(ソーサレス)のリサラ・マイア。男僧侶(プリースト)のベイドリ・ラノーの二人で、一年経った頃にハカディの誘いで、正式に加入することになった。

 マーカスが正式加入した後も『蒼炎』の活躍はめざましく、どれほど危険な依頼でも確実にこなし、交易路から遠く離れた寒村にも赴いて住人を助けるその姿は冒険者の鑑と言われた。

 そうしている内にソロで活動するアリスを除けば、冒険者パーティトップであるとさえ言われる程になっていた。

 そしてまた、いつしかマーカスは二つ年上のリサラと恋仲になった。


 だが正式に加入してからさらに一年後……今から七年前に、とある事件が起きてリサラは命を落とした。


「とある事件?」

「ああ……」

「なにがあったの?」

「……」


 マーカスはゼトラの問いには答えず、ちらりとメルキュールを一瞥し、ふぅ、と軽く息をついて目を閉じる。


「すまん……正直あの時のことはまだ心の整理がついていないんだ。……話せる時が来るまで待ってくれ」

「……」


 恋人の死は、辛い出来事なのだろう。

 マーカスの表情こそ淡々としているが、その言葉の端には後悔の念が滲んでいるように見えた。


 リサラの死は、『蒼炎』の崩壊をもたらした。

 人格者のハカディが酒に溺れ、粗暴になったのはその頃からである。

 依頼を達成するとその拠点として滞在した村に過度の歓待を要求した。

 村の若い女に酒をつがせて(あお)るように飲む姿を見て、マーカスは何度も咎めたがその度に空になった酒瓶を投げつけられ、汚い言葉で罵られた。


 そういったことが二度、三度と続き、マーカスはこれまでの事に感謝の言葉を述べて『蒼炎』を去った。

 以来、英傑の名は完全に落ちぶれた。

 後になって聞いた所によると、ベイドリもどうにかハカディを救済しようと残ったが、ついに刃傷沙汰に及んでパーティを追放されたようだ。


 それでもハカディの戦士としての力量、優秀さは健在で、新たにメンバーを加えて『蒼炎』は活動を続けている、という話は時々耳にした。

 だがその評判は以前ほど芳しいものではなく、むしろその粗暴な振る舞いに悪評が目立った。

 いずれマーカスがカールウェルズ高等魔法術学校を卒業したメルキュールとコンビを組み、アイビスを加えて『明けの明星』を結成する頃には、『蒼炎』の名を聞くことは無くなった。


「てっきり冒険者稼業なんて辞めたものだと思っていたんだが、まだ続けていたんだな……」


 マーカスは呟き、重い空気を振り払うように、パン、と膝を打つ。


「つまらない話は以上だ。『蒼炎』……ハカディが未だに元気にしているのかどうかは知らないが、目をつけられるってのも穏やかじゃない。一応は警戒しておいてくれ」

「ごめん、ボクがトラブル招いたみたいで……」

「気にするな。元は俺の因縁だ。遅かれ早かれこういう日が来ると、どこかで思っていた」

「そうね……ま、気にしすぎても仕方ないし」


 メルキュールもいつもの調子で手をヒラヒラとさせたが、その表情にはどこか翳りがあるように見えた。



 ◇ ◇ ◇



 時は昨夜に遡る。

 ウルスタットの市街地のはずれ、スラム街を形成するうらぶれた一角に、痛む腕を押さえた男が歩いていた。

 苛立った様子で餌をねだる子猫を蹴り飛ばすと、クソッと口汚く罵りながら、乱暴に廃屋の扉を開けた。

 隙間風が吹き込む薄暗い部屋にはソファとテーブルが無造作に置かれ甘ったるい匂いが漂っていた。

 ソファには無精髭の男が座り、離れた所の椅子にも男が一人、そして部屋の片隅の床にも男が一人。

 そしてその側に女がそれぞれ一人づつ。


「なんだ、ゴードンか。女は見つかったか」

「うるせぇな!見りゃ分かるだろッ!」


 ククク、と嘲笑するように口角を上げた無精髭の男がソファの肘掛けに肘をつく。


「オィ、止めてんじゃねえよ」

「あぅ……ゴハッ……」


 脚元に転がる女の頭の髪を乱暴に引っ張り上げた。

 女は虚ろな目で男を見ると、口元からだらしなく涎を溢れされた。

 他にも、男の上で乱暴に扱われる女。女を這いつくばらせて陵辱する男。

 女は嬌声を上げることもなく、ただなされるがままになっていた。

 女達は一様に目は昏く濁っており、意識が混濁しているようで、自らの意志でここにいるわけではないようだ。


「チッ……余ってねえのかよ」

「へっ。そこに猫耳族のやつがいるだろ」

「クソッ……もう使い物にならねぇだろ」

「だからその代わりを見つけにいったんだろ」


 無精髭の男がまた嘲るように笑みを浮かべると、顎でシャクった部屋の片隅に、猫耳族の少女が横たわっていた。

 意識を失っているのか、或いはもはや死んでいるのか、足蹴にされても力なく転がり、ピクリとも動かない。腕や脚には生々しい傷や痣があり、その顔は赤く腫れ上がっている。


「オラッ起きろや!」

「うにゃ……」


 尻尾を掴まれ、無理やり腰を上げさせると、意識を取り戻した猫耳族の少女がピクリと身体を震わせた。

 なおも無抵抗の様子に苛立ったゴードンが蹴り飛ばす。


「あぅ……」


 苦痛の声が少女から漏れたが、抵抗する力はなく、その場に力なく倒れ伏した。

 それから幾度となく繰り返される陵辱行為に、少女はただ無反応のまま男の気が済むのを待つしかなかった。


 少しして、気が済んだのかゴードンが大きく息を吐いた。

 乱暴に少女を投げ棄てると、噛み煙草を口に含んで少女の背中にどっかと座り、苛立ちの言葉を吐き捨てる。


「オラッ。暴れるんじゃねぇよ」

「うぅ……」


 虚ろな目の少女は逃げようと身じろぎしたが、その頭を強引に押さえつけてその顔に唾を吐いた。


「いい女なら見つけたぜ、ハカディさんよ」

「あぁん?」

「見た目はまだ十かそこらだがな」


 虚ろな目でヨダレを垂らし、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべたゴードンが、口に溢れた唾液を床に吐き棄てた。

 だがその言葉に、別の男が吹き出すように笑う。


「なんだあ、ゴードン。てめぇは幼女趣味(ロリコン)に目覚めたかよ!」

「うるせぇなアーラスィ。てめぇだって今まで十七のガキを孕ませちゃ堕ろさせてぶっ壊してきたくせに、よく言うぜ」

「分かってねぇな。女は熟れる前が一番なんだよ、ケツの青いガキは興味ねぇ」


 ゲラゲラと下品な笑いが部屋に響く。

 アーラスィと呼ばれた男は、その足元に転がる少女の腹を蹴ると、少女は微かな悲鳴を上げた。


「だがなアーラスィ。あのガキはあと数年も経ちゃあ、とんでもねぇ上玉に育つぜ。そん時になってもてめぇにはやらねぇからな。体つきはまだガキだが、顔だけは今でも十分ソソる可愛い子ちゃんだからな」

「へっ、言ってろ言ってろ。俺はまだしばらくコイツで遊ぶさッ」


 残虐な笑みを浮かべたアーラスィが快楽に喉を震わせて言葉を切って、少女を強く押さえつけた。

 少女から苦悶の声が漏れ、力なくその場で倒れる。そしてすすり泣くような声が聞こえたが、その声もまた男の嗜虐心を満たすのか、下品な笑い声が少女を弄んだ。


「ケッ。アーラスィ好みの気の強そうなガキもいたぜ。ショートヘアのよ。ありゃ十五か六くらいか」

「ほー……」


 興味が湧いたのか、アーラスィの瞳がギラリと光り、少女の頭を目を細めて撫でる。


「もう一人、ありゃ二十代前半か、黒髪の女はきっとハカディとコルラタは気にいるぜ。うひひ」


 ゴードンが口元から垂れたヨダレを拭い猫耳を強く握ってつまみ上げると、少女が悲鳴を上げながらそれから逃れようとして、頬を張られて崩れ落ちた。


「ゴードンがそんなに言うなら一度見てみますか。冒険者ですか?」


 コルラタと呼ばれた、一見すると優男にも見える端正な顔つきの男が、脚元で力なく俯く女性の頭を愛おしそうに撫でる。

 そして女の口を舌でこじ開けると、その口に自分の唾液を流し込んだ。

 女は咳き込みながらそれを吐き出そうとしたが、コルラタはそれを塞ぐように強引に飲み込ませる。


「ああ。噂の『明けの明星』だ」

「ほぅ……」


 その言葉に反応したのは無精髭の男、ハカディだった。

 マーカス・マンハイムか、と呟き、邪悪な笑みを浮かべる。


「なんだ、ハカディさんよ。興味湧いたか」

「……そうだな」


 ハカディが残虐な笑みを浮かべて、男たちに足蹴にされてうつろな表情の女たちに目を向け、その口元を拭う。


「そろそろ落とし前をつけてもいい頃か」

「じゃあ次の獲物は決まりだな」

「おう」


 男たちの低い、邪悪な笑い声が廃屋に響く。

 部屋を照らす蝋燭に小さな羽虫が飛び込み、青い炎を上げながら床へ落ちた。



 ◇ ◇ ◇



 予定通り、キャラバン隊の護衛任務を受注した『明けの明星』が馬車に乗り込んだ。

 目指すは北西へおよそ六百キロ、カールウェルズ魔創公国に接するエイベルク王国国境の街、ニアベルク。


「楽しみだね~」

「うん」


 無邪気なフィオリーナがいつものようにゼトラの左腕に絡みつく。


「オリバーさんってどんな人なんだろうね~」


 ゼトラもまた、ニアベルクに行くことは楽しみで仕方がなかった。

 アルベルトから、ニアベルク冒険者ギルドマスター、オリバー・レクツァトはアルベルトのかつての仲間、アリスアトラの忠臣の一人であり、是非お会いいただきたい、と聞いていたからだ。

 まだ母の過去を知る面影を追って、ゼトラもまた馬車へ乗り込む。


 だが、悪意が蒼い火の粉となって静かに舞い散ろうとしていた事にまだ気づいていなかった。


予告。

国境都市ニアベルクに向かう途中、港町に立ち寄った『明けの明星』一行。

だがそこで『蒼炎』の恐るべき悪意に触れる。

静かに怒るゼトラの瞳に何が映るのか。

次回「042.その悪意に触れる」

お楽しみに。



ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月06日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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