039.三角関係の商店街
遺跡を後にした一行はその日の内にミンズベルに立ち寄り、老婆の所で再び一泊の宿を借りた。
老婆は遺跡を踏破したという報告に我がことのように喜び、ささやかな晩餐でその偉業を祝福した。
そして翌日、ウルスタットへと戻った一行がギルドへ依頼達成報告のついでに最終層にあった『イカガワシイ遺物』を納品すると、考古学者へ回されることになった。
だが、マーカスら『明けの明星』が遺跡を無事踏破したことはブレンウォード伯爵家にとっても驚きの事実だったようだ。
ブレンウォード伯爵家からどのような遺跡だったのか詳しく話を聞きたいという申し出があり、その日の午後にウルスタットにある邸宅で面会することになった。
「やあ君たちかね!あの遺跡を踏破したというのは!」
白髪交じりの顎髭、シワの入った顔つきは老年に差し掛かろうかという年齢か。
腹は少し出ているが、貴族らしい品格が見て取れた。
応接室に入るなり気さくに声をかけてきたその男はサイモン・アデリ・ブレンウォードと名乗った。
マーカスたちも一人ひとり自己紹介を済ませると、早速報告にはいった。
遺跡はどんなところだったのか、最終層には何があったのか、という報告に顔をほころばせて楽しげに聞き入るのだった。
「遺物についてはギルドに納品していて、専門の学者に回されるようなので、問い合わせれば伯爵殿も現物は閲覧できると思いますが」
「イカガワシイものですけどね」
マーカスの報告に、メルキュールが一言付け加えた。
ブレンウォード伯爵はそのやり取りが面白かったのか、膝を打って大声で笑う。
「いや、君たちはなかなかいいコンビじゃないか。冒険者稼業は長いのかな」
「パーティを組んでからは五年目ですね」
「まだ若いのに、すっかりベテランの風格だな。いや面白い」
そう言ってブレンウォード伯爵は少し遠い目をして身の上話を始めた。
ブレンウォード伯爵家は古くからウルスタットから北部にかけて領有する名家である。
ウルスタットもまた古くから交易路に栄えた工芸都市であったため、行き交う商人や冒険者の姿を幼い頃から見ていたという。
多種多様な肌の色、髪の色、話す言葉は共通でもアクセントが微妙に異なり、一体どこからこの人達は来ているのだろう、とサイモン少年は興味を覚えたようだ。
そこでサイモン・アデリは当主を引き継ぐ前に、二十歳から三十二歳の十二年に渡って、カールシア大陸を南海ルートから北海ルートを通ってグルリと一周する旅に出た。
そこで見た各国の情緒あふれる文化や景色は今でも忘れられないよ、と言って伯爵は懐かしそうに壁にかかった絵画を見る。
どうやらそれは若き頃に見た風景を画家に描かせたものであるようだ。
「君たちは見た所、実に不思議な外見だな。紅い焦げ茶の髪色は西の果てポルトレド人に近いのに、ホリの深い顔つきはまるでアルアリル人だ。だがそちらの子はユングスタイン人にも見える」
「そ、そうですか」
ドキリとして身をこわばらせた一行を見て、伯爵が慌てたように手を振る。
「ああ、気にしないでくれ。別にどこの出身だからと言って咎めるつもりはないんだ。純粋な好奇心として多種多様な人種がこうして身を寄せ合って世界各地を回る冒険者として活躍しているのが、羨ましくもあるんだ」
「羨ましい?」
「そうさ。私はブレンウォード伯爵家として王より預かった地を治めなければいけない立場だ。昔のようにフラフラと遊びにいくことはもう叶わない願いさ。若いうちの経験というものは実に貴重だよ」
また遠い目をして紅茶を一口すすり、昔の旅を思い出したのか、楽しげに笑う。
「君たちはこれからどちらに行くのかな?」
「隣国、カールウェルズ魔創公国に」
「おお。かの国の勢いは実に素晴らしいと聞く。魔動なる技術発展がめざましく、次々と見たこともないようなものを発明しているようだ。世界は魔動技術によって革新されるともっぱらの評判だよ」
「ええ。その魔動技術によって馬に代わる足が手に入るかも、という話を聞きまして」
「魔動車だな。マルター商会の会長にも乗せてもらったが、乗り心地はともかく移動の速さは物流に革命をもたらすかもしれんな。これはポートマハバもうかうかしていられんだろう」
「ポートマハバ?」
ウルスタットから西へおよそ百キロ、南海ルート交易路上の海岸沿いに新しい都市が建設中であると言う。
それまで陸路頼みだった交易路に於いて海上大量輸送を実現するために大規模な港整備が進んでいると言う。
「これまで南西のアムスト大陸北部都市への海上輸送はウェンドラ要塞都市を経由するのがもっぱらだったが、あそこは浅瀬が多く、大きな船が入れないからな。そこでエイベルク王家は小さな漁村に過ぎなかったポートマハバを大改修して大きな船でも入港できる港湾交易都市にしよう、ということのようだ。もし君たちもあの街を通るなら立ち寄ってみるといい。実に活気あふれる街だよ」
「ポートマハバが交易拠点になるなら、ウルスタットもより栄えそうですね」
「うむ。ものづくりについてはエイベルク王国内はもちろん、世界でも負けないという自負がある。カールシア大陸以外の交易路が開拓されればますます栄えような」
見据える未来は明るいか。ワッハッハと胸をそらす伯爵は実に愉快そうである。
「時に、ゼトラ君と言ったか」
「あ、はい」
「君の出自がユングスタインかどうかはさて置き、かの二十五年前の悲劇でユングスタイン王国から多くの民が流出したのはご存知かな?」
「いえ、知りません……」
「ふむ。或いは君もそういった類の縁者なのかと思ったのだがな」
まあいい、と言ってさらに言葉を続ける。
「ニアベルクに旧ユングスタイン王国政府の宰相の子孫を名乗る者が小学校の教師をやっているという噂を聞いたことがある。なかなか聡明で評判もいいらしいから、もし興味があれば尋ねてみてはいかがだろう。ユングスタインの面白い話が聞けるのではないかな」
「そうなんですね!もし機会あれば行ってみます!」
パッと笑顔になったゼトラが大きく頷くのを見て、伯爵も満足げである。
「失礼ながら、伯爵はユングスタインに肩入れされているのですか」
「ああ、うむ。かの悲劇のことは政治に関わる者であれば他人事ではいられないよ。それに私の妹の夫、……義弟がユングスタイン人でね。幼い頃に脱出してきたというんだが。それでどうしても贔屓目に見てしまうのさ」
「なるほど」
よもや目の前にいる少年がユングスタインに縁のある者どころか、亡き王家の王子であるは露とも知らず、マーカスの問いに気軽に応える伯爵である。
ともあれ、依頼の報告も兼ねた伯爵との面会は滞りなく終えて、帰途についたのだった。
早速ギルドへ戻ったマーカスたちは、幸運にも三日後にニアベルクへ向けて出立するキャラバン隊の護衛任務の空きが急に出来たということでその依頼を受注することができた。
ニアベルクへは八泊九日という長旅にもなる。その準備のため、残り日にちはその旅支度に当てることにした。
幸い、ものづくり拠点都市を標榜するウルスタットの都市商店街は一日見て回るだけでも飽き足らない程に賑やかである。
「どうせあんたのことだから、またニャンニャンよろしくやるんでしょ?」
「いや、ちゃんと準備するぞ。替えの服が少しボロくなって来てるのもあるし、日用品の買い替えもある」
「ふーん……」
「疑うんならお前も一緒にくるか?」
「は?なんでマーカスの買い物に付き合わないといけないのよ」
「そういうお前はどうなんだ?」
「私だって色々準備ありますぅ~」
円卓を囲み、マーカスとメルキュールによる相変わらずの掛け合いを見て、ゼトラとフィオリーナがクスクスと笑いながら楽しんでいる所に、アイビスがゼトラの袖をちょいちょい、と引っ張った。
「あの……ゼトラ……」
「ん?どうしたの?」
「明日……どうするの……?」
「んー。八泊するなら替えの服が少し足りないかもだし、着替えの買い足しとか、アルベルトさんにお土産買おうかなって思ってた」
「そう……」
「どこか行きたい所あるの?」
「あの……食材の買い出し……よければ……」
ボソボソと遠慮がちに呟くアイビスを見て、ゼトラがニコリと笑って頷く。
「もちろん付き合うよ!フィオもいい?」
「行く!九日分の食事の下ごしらえをするんだよね?お手伝いもしたい!」
「じゃあ……明日……」
「うん!楽しみだね!」
ニコニコと笑うゼトラとフィオリーナに対して、ほっとしたように息をつくアイビスだった。
その様子を見て、目を合わせたマーカスとメルキュールが優しい眼差しで微笑んでいたのはいつも通りである。
翌日。
ゼトラとフィオリーナとアイビス。
そしてすったもんだの末に結局一緒に買物に行くことになったマーカスとメルキュールとは別行動となって、ウルスタットの商店街で分かれた。
三人がまず向かったのは食材を取り扱うエリアである。
八百屋から食肉店まで奥まで続く商店街を見て、思わず驚嘆の声をあげるゼトラとフィオリーナ。
一方、アイビスは安くて美味しそうなものを手に入れようと気合が入っているのか、眼を少し輝かせていた。
開店の時間を迎えたばかりとあって、商店街のあちこちから、安いよ安いよー!という呼び込みの声がかかる。
「ねね。アイビスはいつもどうやって買い物してるの?」
「ん……とりあえず端まで行ってから考えてる……」
「へ~」
「最初から作る料理を決めて、それ用の食材を買い揃えたらどうしても高くついちゃうから……。安い食材は何か調べてから、それから作る料理を考えるの……」
「賢い!」
ゼトラが感激した様子で素直に驚嘆すると、そうでもないけど、と頬を染めながらうつむくが、その口元は嬉しそうにニマニマとしているのが可愛らしい。
アイビスが先頭になって端から端までグルリと回ると、また最初の場所に戻ってきた。
どうやら安くて美味しそうな食材の当てがついたようだが、ゼトラの袖を少しだけ引っ張って、ボソポソと呟く。
「ゼトラが……その……食べたいのとかあった?」
「え?ボク?う~ん……」
ゼトラは何も考えずにその後ろに付いていきながら、その物珍しさに感心していただけだったのでその質問は予想外だったようである。
そこで無理やり引き出した答え。
「あ、羊肉ってなんだろって。食べたことないから」
「羊肉……わかった」
いつも美味しい!と感激して食べてくれるゼトラの期待に応えたいというアイビスの慎ましい愛情表現……もとい、友情なのだが、果たしてそれはゼトラに届いているのだろうか。
ともあれ、より一層気合をいれたアイビスは、あっという間に九日分より少し多めの食材を買い込んだ。
無論、ゼトラのリクエストにあった羊肉も購入済みである。
なお、食材を購入する際に、ゼトラが「ボクも出そうか?」と問うたが、アイビスは慌てて首を振った。
聞けば、食材の購入費はマーカスから別途もらっているから、と言う。
あくまで金銭面については平等を貫く『明けの明星』らしい方針だった。
食材調達を済ませた頃にはちょうどお昼時で、賑わいもさながら、昼食目当ての人だかりも目眩がするほどに多くなってきていた。
すれ違いざまに肩がぶつかりそうになったのをきっかけに、はぐれないように、とゼトラがアイビスの左手を取った。
「……!」
ドキリとした表情で一瞬手を引きかけたが、ニコリと笑うゼトラを見て、大人しくその手を握り返す。
「お腹すいちゃったね。何か食べたいものある?」
まるで耳元で囁くような小声に、アイビスが頬を染めながら辺りを見渡す。
「ウルスタットは麺料理が美味しい……。マーカスに連れられて……確か……あそこ辺り……」
そう言って指差すと食堂エリアの一角に行列が出来ていた。
「そうなんだ!ウルスタットは初めてじゃないんだね」
「うん……二年前に一度だけ……」
「へぇ」
「ねね、いこいこー」
頬を染めるアイビスを見て危機感を抱いたのか、ゼトラの腕を引っ張っていき、行列の最後尾に加わるのだった。
小麦を練って細くカットした麺は、黄金色に透き通るスープに浸されていた。
牛肉を甘く煮込んだ物、スライスしたオニオン、キャベツの千切りといった具材が載せられた麺料理を、三人仲良くカウンターに並んですする。
スープは鶏ガラと魚の合わせ出汁を岩塩とガーリックで味付けしたものか、程よい塩加減が絶妙で、あっという間に平らげた。
昼食を終えた一行が次に向かったのは工芸エリアである。
文房具からアクセサリーといった多種多様なウルスタット産の工芸品を並べた店が多く立ち並んでいる。
だが不思議なことに、商品棚に売り切れの名札がかなり目立っていた。
「ここも売り切れか。人気なんだね」
「……二年前は……そんなことなかったけど……」
空の商品棚を前にしていた時、お店の主人がひょいと顔を出す。
「やあ何かお探しかい?」
「あ、うん。何ってわけじゃないんだけど結構売り切れが多いねって話をしてたんだ」
「だよなぁ。最近は和国の商人が多くってさ。大量に買い付けていくからどこも売り切れが多いんだ」
「へー和国人が」
その言葉を聞いて、ゼトラは自然な流れでアイビスの手を取って、アイビスもその手を握り返す。そして高まる鼓動を無理やり抑えつけるかのように その腕を胸元に寄せた。
「和国は人口も多いから消費も多いんだろうなぁ。お陰様で儲かって仕方ないよ。ワッハッハ!」
豪快に笑うお店の主人はホクホク顔である。
「あ、これ可愛い!」
フィオリーナが目ざとく見つけたのは前髪を留めるヘアピンである。
花を模したそれは銀色に輝いている。女の子受けするデザインなのか、アイビスも興味を持ったようだ。
二人共ヘアピンで止めなければいけないほど前髪が垂れているわけではなが、ヘアピンはオシャレを楽しむアイテムとしては必要なものなのだろう。
早速物色し始めたフィオリーナの横にしゃがみ、アイビスも可愛らしいデザインのヘアピンを手にとっては戻している。
ゼトラはその後ろ姿を見て、ふんわり胸が高まったのか、後ろから覗き込む。
「ね。二人とも、買ってあげようか」
「いいの!?」
フィオリーナが目を輝かせて、アイビスも期待の眼差しで振り返った。
ゼトラがニコリと頷くと、真剣な表情で商品箱に並ぶヘアピンに目を戻す。
「え~!どれがいいかな~迷う~!ねね、アイビスはどれがいい?」
「私は……これか……これか……」
キャッキャとヘアピンを選ぶフィオリーナに倣い、アイビスも楽しそうに手にとっている。
どうやらいくつか候補が決まったようで、フィオリーナが三つ、アイビスが二つ手にとってゼトラの前に広げる。
「ね!ゼトラが選んで!」
「ボクが?」
「うん!ね!アイビス!」
「うん……」
「そうだなー、じゃあ……」
ゼトラなりに悩んだ結果、それぞれ一つづつ選んで、二人の前髪にヘアピンを留める。
「えへへ!ありがとゼトラ!大好き!」
「ありがと……」
フィオリーナがゼトラの首に手を回すと、頬に軽くキスをして嬉しそうにぎゅっと腕にしがみつく。
アイビスもまた左の前髪に留められたヘアピンを嬉しそうに触り、頬を染めた。
ちなみにお代は二つで銀貨六枚のところを、モテる兄ちゃんのいいところを見せてやりたいじゃないか、と言って銀貨五枚にまけてくれた。
なお、アルベルトの土産はというと、通りがかった文房具屋で金貨二枚もする豪華なペンにした。王都グランマリナの冒険者ギルドへ配送を頼み、気前よく支払いを済ませた少年に文房具屋の主人は目を丸くして応対したのだった。
その他の日用品や着替えなど必要なものを買い揃えた帰り道。
フィオリーナを間に挟んで三人仲良く手を繋いで宿へ戻る。
だがその帰りがけに、小さなトラブルに巻き込まれた。
降りかかるその小さな火の粉は、『明けの明星』を激しく焦がし、恐るべき陰謀へと巻き込まれる最大の危機へと繋がっていく。
予告。
商店街のデート帰りに降りかかる蒼炎の火の粉。
ゼトラは二人の少女を無事守れるのか。
そして次なる街に向かう前に『明けの明星』内で力試しを行うことに。
マーカスvsゼトラ。フィオリーナvsアイビス。
その戦いの行方やいかに。
次回新章、蒼炎編「040.蒼炎の火の粉は」
お楽しみに。
次話より新章です。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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次回更新は2020年10月04日お昼頃の予定です。
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