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004.難事を排して王都へ歩む

 王都へ続く森に挟まれた街道を往くキャラバン。

 砂利が敷かれた街道は整備されているとは言え、馬車の旅は快適とも言えなかった。


 時に大きく揺れながら馬車の上に据えられた見張り台の上に、メルキュールとゼトラが二人周囲を見渡していた。

 あたりを見渡すゼトラが何か気づいたように視線を止める。


「ねえ、あそこ、森の奥。なにか動いたよ」

「ん?」


 背中越しのゼトラの声にメルキュールも目を向けたが、林立する木々は陰に覆われ、特に怪しい気配を感じない。


「獣かなあ?」

「待って。サーチマジックかけるわ」


 そう言うとメルキュールが魔法を発動した。

 詠唱文様が渦巻き、四方へと四散する。己の魔力を四散させることで、敵意ある者の居場所に反応する探索魔法の一種である。


「確かに……いるわ。北方向、百メートル先。数はおよそ五十くらいかしら。まっすぐこちらを目指してるわ。このままだとすぐに後方の馬車が襲われるかもしれない……。マーカス!」


 メルキュールが梯子を飛び降りて馬車の幌を叩いて声をかける。


「襲撃くるわよ!北に百メートル先、数五十!ゼトラくんが見つけてくれた!」

「まじかよ」


 マーカスは驚いた表情でゼトラを見て、こいつどんだけ目がいいんだ?と内心つぶやきながらふと考える。


「いや、五十じゃ少なすぎる。二百くらいで襲撃されたキャラバンが壊滅した事件が二週間前にあっただろ。そいつは別働隊かもしれん」

「なるほど、じゃあ前方に本隊がいるかもしれないわね」

「どうするの?」


 馬車の屋根から降りてきたゼトラが不安げな顔で見つめてくるのを、マーカスはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「襲ってくるのが分かってるなら、先に別働隊をやっちまおう。挟み撃ちにしようって作戦みたいだろうしな」

「分かったわ」


 マーカスの指笛に反応してキャラバンがゆっくり止まり、馬車からそれぞれ護衛の任を受けている冒険者パーティが飛び出す。


「マーカス!敵はどこだ!」

「おう!北百メートル先に数は五十、すぐに鉢合わせするぞ!」


 後方の馬車から飛び出した若い冒険者の一人が、抜刀してあたりを見渡す。


「数が少ないんじゃないか?」

「別働隊と見ていいだろう!本隊が別から来るかもしれんから、各自その場で警戒して、各個撃破でいく!」

「よし!」

「俺たちは後方のサポートに回るから、お前たちはここを頼む!」

「任せろ!」

「いくぞ!」

「ええ!」


 素早い打ち合わせを済ませて、冒険者たちがそれぞれの持場につく。

 余計な迷いや恐れといった無駄が一切ない、まさにプロの動きである。

 マーカスらの三人が頷きあって駆け出そうとしたその背中に

「ボクはどうしたらいい?」

 と声をかけるゼトラに、

「お前はそこにいろ!」

 と振り向かずに応え、颯爽と走り出したのだった。



 人の子供くらいの小さな陰が一斉に森から飛び出し、後方の馬車を襲ったのは予測通りだった。

 濃い緑色の身体にそれぞれ棍棒やナイフといった冒険者から奪ったであろう武器を携え、ギャッギャと吠えながら次々と馬車に飛びかかる。

 しかし待ち構えていた冒険者たちは、素早い動きで次々と斬り捨て、あるいは弓矢で貫き、あるいは魔法で焼き払っていく。

 ゼトラはその様子を遠く見守っていたが、マーカスの言う通り、別の本隊の襲撃があるかもしれない、と警戒して周囲の気配を探る。そしてその超感覚が、(うごめ)く敵意を感じ取った。


「この数……多い!」

「ん?どうした?」


 先程の若い冒険者がゼトラの様子に気づき、声をかける。


「前方にすごい数。あと南と北からも来るよ」

「なんだって!?」


 あたりを見渡すが、そういった動きを感じ取れない冒険者が焦ったように周囲を警戒する。


「くる……!」


 そしてゼトラの声と同時に、街道の両側から馬車を挟み打ちするように小さな陰が一斉に飛び出した。


「クソ!こいつら気配遮断の魔法で近づきやがった!マジシャンタイプが混じってるのか!」


 若き冒険者の振り抜いた剣が馬車に取り付いた子鬼を斬り裂いたが、次から次へと襲いかかってくる。


「数が多い!二百以上はいるんじゃないか!!」


 他の冒険者たちも手持ちの武器で次々と屠っていくが、なお止めどもなく子鬼の群れが森から飛び出してきた。


「状況は!?」

「五分五分だ!」


 後方の馬車を襲撃した別働隊を処理し終わったマーカスたちが合流した。


 マーカスが一太刀で三体の子鬼を斬り裂き、メルキュールの火炎魔法がさらに群れごと燃やし尽くす。

 アイビスの正拳が一突きで頭部を吹き飛ばし、回し蹴りが胴から首を跳ね飛ばした。

 振り返れば、王族の馬車にも次々と襲いかかっており、護衛騎士団たちも応戦していた。だがあまりの数の多さに馬車に取り付く子鬼の数が次第に増えていくのが見えた。


「少しやばいな。前は捨てて戦力を集中させるか」


 舌打ちしたマーカスが全体の状況を把握し、指示を出そうとした、その瞬間だった。


「マルチシュートッ!」


 声がどこからか聞こえた。


 そして上空から降り注ぐ数多の魔法の矢。

 百や二百ではない。まさに数え切れないほどの魔法の矢が、正確に子鬼たち一体一体を貫き、一撃で葬り去っていく。

 文字通り雨のように降り注ぐ魔法の矢と、次々と斃れていく子鬼たちに、冒険者たちは呆然と立ち尽くす。中には天変地異でも起きたかと、頭を抱えて防御体勢を取る者もいた。

 理解し難い状況に混乱の最中にあったキャラバン隊と冒険者たちが、周囲が静まったことに気づいてふと息をついた時、襲撃していた子鬼たちの姿は既になく、その遺骸は全て昇華して魔石と化していた。


「おいおい……なんだあ、こりゃあ……」


 マーカスは百戦錬磨の冒険者である。多くの修羅場を経験し、時には死線をくぐり抜けてきた強者である。そのマーカスをして、初めて経験するこの異常な状況に、愕然として立ち尽くすしかなかった。


「こんな化物じみた魔法……トラップタイプか?」


 マーカスがメルキュールを見るも、メルキュールは自分じゃない、と首を振る。


「やばい魔法だったな。一体誰がやった?」

「分からん。あんな魔法初めて見たぜ」


 若き冒険者とマーカスが厳しい表情で一体誰の魔法なのか、と他の護衛パーティの様子を探るが、一様にこの異常な状況を受け入れられずに動揺しているようだった。


「禁呪に近い……カスタム魔法かしらね」


 メルキュールも考え込むように先程の状況を思い出してた。

 マジックアローをベースに、超広範囲化。そしてあの正確さは追尾系も同時に発動させていたのかしら、とメルキュールなりに分析する。


「ひょっとしたら、王国兵に宮廷魔術師が居て、トラップ魔法を仕掛けておいたのかも」

「あぁ、そういうことなら、手の内はあまり探れないか」

「そうね」


 あの魔法は一体なんだったのか、という謎は深まるばかりであるが、おそらくキャラバンに同行する護衛の王国兵なのだろう、という結論で無理やり納得する他なかった。

 ともあれ心配されていた襲撃事件が解決されたことには違いなく、王都へ急がなければならない。


「よし!怪我人がいないか、被害を確認して問題なければ出発だ!」

「おお!」


 マーカスの声に冒険者たちは持ち場に戻ると、傷を負った者たちに回復魔法をかけ、あるいは馬車に損傷がないか確認に回る。

 メルキュールがふと、ゼトラの姿を探した。


「あれ、そう言えばあの子どこにいたっけ」


 そそくさと背中を丸めてバツが悪そうに馬車へ乗り込む姿を見て、ふと首を傾げる。


「まさか……ね」


 お調子者、といった第一印象のメルキュールだが目を細めたその瞳は微かに紅みを帯びていた。



 ◇ ◇ ◇



 ゼトラが立ち寄った宿場町は、マードル大森林を横断する街道沿いを開拓した所あって、この大森林を抜けると、肥沃な大地が広がる草原地帯がある。

 海岸沿いまで広がるこの地は古くから西のカールウェルズ地方と中東のアルアリル地方、そして南西のアムスト大陸を繋ぐ交易路の中継都市として栄え、この地に王国を興したのが、エイベルク・リードスパインという英雄であり、後にエイベルク王国として栄えた。


 その王都が初代国王エイベルクの第一王妃マリナの名を冠したグランマリナである。

 東を流れる大河から引き込んだ三重の水濠と二十メートルを超す城壁で囲まれたそこは、城下町を含めると面積にして五十平方キロ以上、人口百万人を抱える世界有数の大都市である。

 西と東、そして南の大陸に繋がる交易路の一大中継都市は、喧騒という言葉が相応しいほど常に往来の途絶えない街だった。


 日は大きく傾き、間もなく夕刻を告げる鐘が鳴り響く頃、転がり込むように城門をくぐったキャラバン隊が、城門近くにある商館の倉庫の横付けされた。

 長い旅を終えた一行から冒険者たちがお役御免と言わんばかりにゾロゾロと馬車から降りて、めいめい労いながら後にする。

 その一団に、ゼトラたちも居た。


「この大通りをまっすぐ行くと王族が住んでるグランマリナ城。大通りを挟んで西側が貴族や政治家といった政治的身分が高い連中が住む貴民街。あとそいつらの懐目当ての豪商なんかも住んでるな。俺たち冒険者にとっちゃ何の興味も沸かない嗜好品なんかを扱う超高級商店街もある」


 中継都市という性格からか、人種のるつぼという言葉がぴったりと当てはまる程、多種多様な人々が見て取れた。肌の色、髪の色、職業、種族としても人以外にも獣耳種と呼ばれる猫耳族、犬耳族、熊耳族。

 それらの人々もそこに居るのは当たり前、というほど街に溶け込んでいる。


 夕刻を迎え、歓楽街に誘おうと色気を振りまく猫耳族の少女を適当にあしらい、忙しそうに行き交う大勢の人々を避けながら案内するマーカスと、初めて見る大都市に物珍しそうに幾度も見上げては見渡すゼトラの後ろ姿を見て、その初々しい反応にニヤニヤと笑顔を抑えきれない様子で見守るメルキュールと、相変わらず無愛想なアイビス。


「んで大通りの東側が俺らのような都市外から訪れる連中を広く受け入れる粗民街だ。粗民なんて言葉の響きはいまいち悪いが、別に荒くれ者ばっかりってわけじゃないな。王国の衛兵が常に巡回しているから治安の良さで言えば世界でもトップクラスだろう。ただ、城壁の外には貧しい連中がスラム街を形成していてそこまでは衛兵の目が行き届かないことも多い。面倒事がよく発生するから注意が必要だ」

「へー!」


 マーカスの案内にいちいちうなずいて感激するゼトラに、マーカスも思わず微笑む。


「んで、俺たちが世話になってる冒険者ギルドが、城門をくぐって最初の通りを左に曲がって少し歩いたところにある、あのデカい館だ」

「でっかい!」


 ゼトラが大きく手を広げて感動の声をあげる。確かに王都の冒険者ギルドは周囲の建物よりも二回り以上も大きく、赤い屋根がひときわ目を引いた。


「『荒鷲の巣窟』……?」


 冒険者ギルドの入り口に立ち止まり、乱暴な字で書かれた看板を読み上げたゼトラの横を旅人姿の男たちが次々と出入りしてく。


「オラァッ!!邪魔だぞ坊主!ここは見せ物小屋じゃねえんだ!」


 ゼトラの肩をぶつかり、すれ違いながら乱暴な言葉を浴びせる冒険者が睨むのを見て、ゼトラが思わず首をすくめる。

 見るからに粗暴そうな様相の剣士、理知的な雰囲気を漂わせる魔術師、十字架を胸に下げた聖職者の出で立ちの者が次々とギルドから出ていく。


「確かに邪魔だな。入るぞ」


 マーカスに促されてギルドに入ると大きな空間が広がっていた。外からはわからなかったが、扉をくぐった中は喧騒が渦巻いていた。


「ちなみに『荒鷲の巣窟』ってのはこの冒険者ギルドの愛称みたいなものだ。誰かが勝手に言いだして、いつの間にか勝手に誰かがあれをぶら下げてる」

「な、なるほど」

「んで、左に食堂と酒場を兼ねた『鳥の骨』。営業時間は朝十時から夜十時までだ。中央奥、人だかりができてる所が依頼を張り出してる掲示板。その横から右奥まで五つくらいあるのが報酬を受け取る専用の窓口。右奥から右手前まであるのが冒険者の相談ごとやら依頼の受注、新規冒険者の登録やら対応する総合窓口。二階と三階は冒険者しか泊まれない宿泊エリアやら大浴場やら。安いが良いベッドだぜ」

「すっごいね!人がいっぱいいる!」


 ざっと見回して冒険者姿だけでも二百人以上はいるか。その数の多さと、それを受け入れてなお十分なスペースのある広い空間。それを見たゼトラは楽しそうに興奮した様子で身体を弾ませた。そのあまりに純粋な反応に、後ろで様子を見守っていたメルキュールが吹き出しながらゼトラの頭を優しく撫でる。


「いいわ~。すっごい新鮮な反応がめっちゃいいわ~!私も初めてここに来た時のこと思い出しちゃって、なんだか初心に帰るわね~!」


 ゼトラを後ろからハグするように手を回し、覗き込んだメルキュールがウインクする。


「困ったことあったらいつでも相談するのよ!」

「うん、ありがと!」


 ゼトラが照れくさそうにメルキュールの腕から抜け出し、総合窓口を指差す。


「じゃあボクはあそこに行けばいいんだね!」

「ああ。俺たちも報酬を受け取りに隣の窓口にいくからよ」

「分かった!じゃあまた後で!」

「おう」


 そう言って別れたゼトラの背中を見ながら、メルキュールが小声でマーカスにつぶやく。


「ダメだわ。魅了魔法は完全に通じない。何か別の、強烈な加護に阻まれてる感じだわ」

「お前も結構粘るね」

「皇王認定魔術師としてのプライドがあるのよ!」


 ククッと笑い、からかうマーカスに、イーッと頬を膨らませるメルキュールのやり取りをいかにもツマラナイ、といった表情のアイビスが追い抜く。


「報酬」


 つっけんどんな口調のアイビスを二人は慌てて追いかけるのだった。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年08月26日18時頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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