038.行き着いた先は
ワイズスタット湖の遺跡に挑む五人。
ここまで第五の試練を超えて、第六の試練に挑もうとしていた。
「『幸せ者は爆発しろ』……?どういうこと……?」
「幸せ者は爆発するのか?なんだ?僻みか?」
石版を読んだメルキュールが腕組して考えるが、その言葉にはピンと来ないようである。
マーカスも同じく首をかしげるが、むしろ『爆発しろ』という危なっかしいキーワードに警戒の色を隠せない様子である。
「とりあえず危険があるかもしれん。ここは慎重に、一人づつ渡ろう」
「そうね……」
まずマーカスが一人で赤レンガを超えて、二十メートル先のゴールまでたどり着いた。
「なんもないな」
「うーん……何か爆発するかと思ったけど……」
続いてメルキュール、アイビスが続けて渡りきって、最後にフィオリーナとゼトラが渡ろうと手を繋いで赤レンガを超えた瞬間、通路全体の床が抜けた。
「おわ!!」
「きゃあ!」
全員が闇の中に消えた。
さしものゼトラも全員を抱えて三角飛びとはいかず、自然落下に任せつつ、フィオリーナを守るように抱きすくめて、着水した。
ザッパーンと盛大な水しぶきを上げた闇の中。
小さな水泡に包まれた一行が視線の先に、小さな光を見つけて水中をもがくように泳ぐ。
フィオリーナも口から漏れる空気を抑えるようにして、ゼトラに手を引かれながら懸命に足をばたつかせた。
そこはどうやら水中洞窟のようで、小さな光は次第に大きくなっていく。
そして洞窟を抜けると、頭上に光が降り注ぐ水面が見えた。
水面に向かってまた足をばたつかせて、呼吸を取り戻す事ができた。
「ぶはあ!」
「なんなのよ!!」
「ひどい……」
水面にあがった一行がひとくさり文句を言って辺りを見渡すと、どうやらワイズスタット湖である。
「おや、お帰りなさいませ!」
その一行の頭上から、道化の男がにこやかな笑顔で出迎えた。
「いや、かかった時間から言っても歴代最長ですよ!一体どこまでクリアされたのです?」
「六番目で床が抜けたわ!」
「おぉ素晴らしい!かのアリス様は第五の試練で断念されたそうですから、新記録更新でございます!」
「そ、そうなんだ……」
手を取り合って岸にあがり、そうなることを予想していたのか、焚かれていた火にあたってずぶ濡れの服を乾かす一行に道化の男が声をかけた。
「いかがいたしますか?もし諦めるならそれで結構でございますが、あと一回は再挑戦可能ですよ」
マーカスが時間を確認しようと空を見上げる。
日は既に大きく傾いて、あと数時間もすればまもなく日が沈みそうである。
「再挑戦は当然として、明日でもいいかしら」
鼻息荒いメルキュールが服を乾かそうと風魔法を発動させた。ロングヘアを抑えながら聞いた問いに、道化の男はニコニコ顔で頷く。
「ええもちろん、そういった冒険者のためにあちらのロッジを用意してございますよ!リビングダイニングにキッチン、ゲストルームは三つ、天然風呂付きです!お一人様銀貨二十枚頂戴いたしますが、いかがでしょう?」
「ちゃっかりしてるわね」
「こちらも慈善事業ではございませんので、申し訳ございません」
謝罪の言葉とは裏腹に、ニコニコ顔の道化に湖に面したロッジへと案内された一行は、一晩の宿を借りたのだった。
そして翌日の朝。
一度経験すれば容易いもので、第五の試練まではサクサクとクリアして再び第六の試練へ挑む。
ただしここから先は失敗は許されない。問答無用で再受注不可となる。
「ん~。要はさ、一人づつ渡れってことじゃないかしら」
「『幸せ者』ってなんだよ?爆発しないし床が抜けるだけじゃないか」
「知らないわよ!んなことはこの遺跡を創った人に聞いて!」
ぶつくさと文句を言いながら、一人づつ通路を渡り、無事第六の試練を突破したのだった。
そして螺旋階段を下ると、またも特に変わった所が見られない通路に出た。
「『双子の覚悟を引き継げ』ってなに?どういうこと?」
「ますます意味が分からなくなってきたな」
石版を読み上げたメルキュールが腕組し、その謎を解こうと頭を捻るが答えは出てこないようである。
「とりあえず考えたって仕方ないし行くか」
だが、一歩先に進んだ所で、ガコン、と両サイドから音が響いた。
「なんだ!?」
慌てて左右を見て、壁が迫っていると理解したマーカスたちは慌てて駆け出した。
だが速く走れば走るほど、迫る壁の動きが早くなるようで、もはや一人しか通れない、という所でマーカスが迫る壁を抑えようと手をつく。
同じくゼトラが反対側の壁を抑えた所で、壁の動きが止まった。
「こ、これは……」
マーカスは相当力を込めているのか、歯を食いしばって迫る壁を押し返そうと踏ん張る。
ゼトラも同じく力を込めると、壁がゆっくりと元に戻っていった。
ようやく人が二人程度通れるようになった所で、マーカスが後ろに続くメルキュールに声をかけた。
「とりあえずここは抑えておくから、お前たちは先にいってくれ!」
「わかったわ!」
メルキュール、アイビス、そしてフィオリーナが壁を抑える二人の間を抜けて、狭まる壁の先に抜けた。
「ゼトラ……だいじょうぶ……?」
「うん……これ以上は動かないかな……」
不安そうに声をかけるフィオリーナの顔を見て、ゼトラがそれを元気づけるようにニコリと微笑んだ。しかし壁はそれ以上動きそうにないようで、ゼトラの足は無情に地を掻くばかりである。
「とりあえず、このまま少しづつ横にずれてみよう……」
「わかった……」
マーカスと呼吸を合わせて、壁を押さえながら一歩づつ奥へと進んでいくが、手を離す度に壁はズズッと着実に迫ってくる。
そしてあと一歩で赤レンガを超える、という所で二人同時にゴールに向かって飛び込んだ。
ズシン、と重い音を立てて、壁がぴったりと閉じるのは同時だった。
「とりあえずクリアは出来たみたいだな……」
肩で息をするマーカスがその場に倒れ込んだ。ゼトラもまた振り返って、ぴったりと閉じた壁をコンコン、と叩く。
「どうするのが正解だったのか、わかんなかったね」
「う~ん……。『双子の覚悟』って二人が犠牲になって両側の壁を押さえろってことかしら?よくわかんないわねー」
メルキュールも首を傾げつつ、とりあえずさらに下の階層へと進むのだった。
そして第八の試練は一見してそれまでの通路とは異なるものがあった。
「鳥?こっちは人の形をしてるわね」
通路の横の壁に人の背丈はあろうかという石像が奥まで立ち並んでいた。
その石像は三種類あり、鳥、人、犬。
赤レンガのスタートライン前にその三体のミニチュア石像が鎮座している。
「『番人の目は誤魔化せない』かぁ……久々に謎解きらしい謎解きが来たわね」
メルキュールが腕組して、その石像をじっと見つめる。
ゴールはすぐ目の前で、十五メートル程しか離れていない。
だがそれを飛び越えるにはいささか距離がありすぎる。
「番人……番犬……?いや、この鳥はフクロウ?フクロウも森の番人なんて言われるし……」
ちらりと鳥を見て、また押し黙った。
手持ち無沙汰のフィオリーナが、赤レンガの手前にある石像を少し触ると、微かにガタつくように動いた。
「ねー。これって倒れたりしないのかな」
フィオリーナの何気ない一言だったが、その言葉はメルキュールにとっては天啓だったようである。
「そうか!えらいフィオ!」
「ふええ?」
メルキュールが嬉々として石像に手をかけて、ゆっくりと回転させると、通路にある石像も一斉に回転した。
それを見てフィオリーナが眼を丸くする。
「わっ!なにこれ!」
「ビンゴみたいね!」
メルキュールが勝利宣言をするように微笑んだ。
しかし回転する範囲は一定ではなく、右回りであったり、左回りであったり、四十五度であったり、三十度であったり、とバラバラである。
「難しいことはないギミックね。石像が全部後ろ向きになるように調整すればオッケーよ!」
「なるほど!」
それを理解したマーカスとゼトラがそれぞれのミニチュア石像の前に立つ。
そして何度も調整しては戻しを繰り返していく内に、メルキュールがその法則性を見つけ出すと、ようやく通路横の石像は、全て後ろ向きになった。
「これでオッケーね!さ!行くわよ!」
こうして、嬉々として第八の試練を超えたのだった。
この遺跡の試練はどこまで続いてるのか。不安に感じつつ、一行は第九階層の試練に挑む。
「なんだこりゃ」
通路に出たメルキュールの第一声は当然のことだろう。
通路を阻むように、いくつかの石像が並んでいる。
「『ネコと和解せよ』か……マーカス出番よ」
「なんで俺なんだよ」
「あんたいっつも暇ができれば猫耳族とイカガワシイことして泣かせてるんでしょ?」
「泣かせてねぇわ。イカガワシイこともしてねぇし。ニャンニャン癒やしてもらってるだけだ」
「どうだか」
プイっと視線を背けたメルキュールが石像をじっくりと観察する。
ちょうど視線と同じくらいの位置に、石像が台座に乗っていた。
中央に天を指し示す男性の像。その手には杭のような物が刺さり、額には棘のような冠がある。
その表情はどこか悲しげでもある。
そしてその像を囲むように、跪く人々の石像。
「猫ちゃんいないねぇ」
「う~ん……」
無論、この世界にも猫耳族といった獣耳族以外にも愛玩として猫や犬といった動物は存在する。
だがそれらしき動物はどこにも見当たらない。
石像の前後から見てもそれ以上の情報を得られそうもない。
試しに動かそうとしてみたが、台座も石像も動きそうもなかった。
「何かの宗教的儀式を表現してるのかしら。中央にいるのが神か、あるいはその神託を受けた預言者か……。神と敵対していた民に和解するように告げている……?」
「『ネコ』の要素がさっぱり分からんな」
「『幸せ者は爆発しろ』なんていう言葉もあった通り、そもそも私たちには理解できない暗喩かなにかかも」
「じゃあどうすんだ?」
「う~っん……」
メルキュールが唸って腕組し、その答えを探しあぐねる。
そこにアイビスがポツリと呟いた。
「和解……単なる解釈なのかも」
「ふむ?」
「例えば、和解を受け入れろとか……」
「そうねぇ」
和解を受け入れるのであれば、石像より頭を低くして通ればいいのか、と言う結論に達して、各々胸の前で手を組んで頭を石像よりも低くしてゆっくり赤レンガを超える。
……どうやら正解だったようで、何事もなくゴールの線を超えた。
「結局なんだったのかしらね」
「よく分からなかったね。どういう意味があったんだろう?」
ゼトラもまた、首をひねりながら、螺旋階段を下るのだった。
そして第十の試練、いよいよここが最後の試練のようである。
「扉がないわね。ここがゴールかしら」
やや狭い部屋、赤いレンガはなく、一番奥に凹んだ壁がある。
その凹みに台座と箱があった。
両手で持ち上げられる程、小さなサイズの化粧箱のような箱。
「これを開けたら床が抜けるとか笑えないぞ」
壁を見渡しても、それまでにあったようなヒントを示すような石版はない。
だが目の前にある箱を開ける以外の選択肢はなさそうである。
「女は度胸よ!うりゃ!」
躊躇するマーカスの横から、メルキュールが横から手を伸ばして箱の蓋を持ち上げた。
「……なにこれ?」
箱の中は、一冊の本。
だがその表が実にイカガワシイものだった。
女性が一糸まとわぬ姿で男を誘うように艶めかしく脚を組んで座り、胸元を片腕で隠すようなポーズを取っている。
見たこともない文字が本のタイトルだと推測できたが、それを読むことができなかった。
「えーなになに?」
「フィオにはまだ早いわねッ!!」
「わっぷ!」
横からそれを見ようとしたフィオリーナの視線を遮るように強引に壁を作る。
「どういうこと?」
「ゼトラにも早いッ!」
「おっと」
ゼトラも興味がわいたのか、空いたスペースから覗き込もうとすると、またそれを遮るように壁になった。
「えー。ケチンボ。マーカスとメルキュールばっかりずるいー」
「ダメったらダメなの!」
フィオリーナが口を尖らせると、アイビスまで一緒になってゼトラと三人で空いたスペースからそれを覗き込もうとする。
その度にメルキュールが半ば意地で壁となってそれを阻んだ。
「まあ待て。箱の蓋の裏にこれがあったぜ」
マーカスが一度蓋を閉じると、一枚の紙を取り出した。
辿々しい字で書かれたそれをメルキュールが取り上げて読み上げる。
「『得たくば大切なものを代わりに置け』だってさ」
「そのまんまの意味か?」
「うーん……大切なもの……大切なものねぇ……」
メルキュールはその言葉に裏があると思えるようで、腕組してその言葉を何度も咀嚼する。
「大切なものっつーと……俺は商売道具の大剣か?ダガーもあるが……」
「それ箱に入らないでしょ」
「そりゃそうだが」
メルキュールがじっと箱を見たまま、冷静にツッコミを入れる。
「大切なもの……私は……フライパンかな……」
「大事に使い込んでるもんな」
「へえ、そうなんだ」
「うん。油も馴染んで使いやすい……」
ポーチからフライパンを取り出したアイビスがクルリとその手元で返したが、そのフライパンも箱に収まるようなサイズではない。困ったような顔で、フライパンをポーチにしまう。
「大切な者……ゼトラ?」
「フィオ。あなたここにゼトラ置いてくの?それヒドすぎない?」
「なしなし!そうじゃないの!大切なものは何かって考えただけ!」
慌てて否定するように手を振ってゼトラの腕にしがみつくフィオリーナを見て、ゼトラが苦笑する。
だがメルキュールは答えにたどり着いたようだ。
「そう。『大切なもの』の価値なんて人によって曖昧だわ。物でも人でも、その人によって『大切なもの』の大きさも重さも、まるで変わってくる……そうか!」
「どういうこと?」
「別に本当に『大切なもの』じゃなくていいのよ!同じ重さのものを代わりに置けってことよ!」
「なるほどな」
マーカスは納得したように頷いたが、問題は何を入れるべきか、である。
石ころや魔石でも入れて重量調整すればいとも容易い。
だが後にこの遺跡に挑んだ者たちが、この最終層を訪れた時に石ころの入った箱を開けたらどう思うか。
「すっごいつまんないわね」
「だよね」
そこで一行は、各々私物を持ち寄ることにした。
マーカスはお気に入りの猫耳族からもらった、高純度エーテリウム鉱をペンタンドに加工したもの。
メルキュールは最近つけていないという魔力を高める効果のある宝石のピアス。
アイビスはレシピをまとめた手のひらサイズの本。三十年前に刊行されて今では入手不可能の珍品である。
フィオリーナは散々迷った挙げ句、ヴィシャールで衝動買いした、羽をあしらったリボンにした。
問題は最後に残ったゼトラである。
「そう言えばボク、私物らしい私物ないや……」
「んじゃ、サインとメッセージでも入れておけば?」
「そんなんでもいいのかな」
「いいでしょ。いずれゼトラは世界中の人間が知る有名人になるかもしれないのよ。それにここは少なくとも百年も突破されなかった遺跡でしょ。もし百年後に突破できた人が現れた時、ゼトラのサインとメッセージって分かったら歴史的価値は十分じゃない」
「そういうものかなぁ」
「そういうものよ」
ニッと笑うメルキュールに紙とサインペンを渡されて、メッセージに日付、サインを入れた。
サインについては、全員のサインと最後に『明けの明星』と一言加えた。
そして箱からマーカスがイカガワシイ遺物を取り出す。
「しれっと懐に入れるんじゃないわよ!」
「ギルドに納品するっつの!」
「信用できないっつの!納品する前にこっそり中を見る気でしょ!」
「くっ……」
マーカスが遺物を懐に入れようとするのを、メルキュールが横から奪い取り、自らのポーチにしまい込む。
そして箱の中に私物と、重量調整にいくつかのエーテライト鉱の破片を入れると、重さがぴったりとあったようである。
台座からカコンと軽い音がして少し沈んだ。
「うしっ」
「ビンゴじゃない!」
「やったぁ!」
パチン、と指を弾いたメルキュールがとびきりのウインクをすると、皆ハイタッチでお互いを称え合う。
箱に蓋を戻すと、台座から魔力の輝きが生じた。
その魔力が空中に集まり、人の形を成していく。
――突破……おめ……とう……私……の……ささ……な贈り物は……。願わ……ば……
人の形をなしたそれは、声が途切れがちで、ほとんど聞き取れなかった。
だがこの遺跡を創った者が、突破した者に送る祝福のメッセージなのだろう、というのは理解できた。
そして、そのメッセージの最後だけははっきりと聞こえた。
――では、……外へと送り……。最後……で楽しんでくれたまえ。
「は?楽しむ?」
メルキュール思わず聞き返したのと、床が抜けたのは同時だった。
「結局これなのォー!?」
闇の中に悲鳴は吸い込まれていき、ワイズスタット湖の遺跡を初めて突破した『明けの明星』は無事、湖上の人となった。
かくしてワイズスタット湖の遺跡の攻略情報は次第に明らかになっていき、その後も遺跡突破者が続出することになる。
だが、最終層での『大切なもの』の交換は冒険者の間で密かに話題になった。
実際の価値はピンキリではあったが、その心意気は冒険者たちの間で大切に受け継がれていくのだった。
予告。
無事に謎の遺跡を突破した一行に、依頼主のブレンウォード伯爵が面会を要求する。
そこで示唆される新たな出逢いは、ゼトラに何をもたらすのか。
そして旅立ちを前に、ウルスタット商店街に買い物デートに出かける三人。
だが、商店街で繰り広げられる恋のバトルに怪しい影が忍び寄る。
次回北西紀行編最終話「039.三角関係の商店街」
お楽しみに。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
執筆を続けるモチベーションになりますので、
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年10月03日お昼頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




