037.遺跡の難関を超え
遺跡の中は不思議な空間だった。
松明などの灯りは存在しないにも関わらず、壁や天井ががうっすらと明るく、少し不気味そうにも見えるが、見えなくて困る、ということはなかった。
それ以上に、ゼトラを除く四人は遺跡に入ってすぐ立ち止まると、遺跡の雰囲気に首を傾げた。
「なんか……」
「うん。なんかあれだな」
「……」
同じく首を傾げるアイビスに、なんかってなに?とゼトラが尋ねる。
「なんかね。懐かしい感じがするの。初めての場所なのに、変なの」
「そうなんだ」
フィオリーナが三人を代弁して、不思議そうな顔を浮かべた。
「ま。気にしても仕方ないし、いきましょ」
メルキュールが先頭に立って歩きだす。
少し浮かれているように見えるのは、アリスさえも突破できなかった遺跡は知恵や工夫が必要なのだろう、という知的好奇心からくるものなのだろう。
そして少し進んでいくと、床にラインを引くように赤いレンガが引いてあった。
さらに視線を奥に向けると、同じように赤いレンガがある。
「ここがスタートで向こうがゴールってこと?」
そこで立ち止まって、メルキュールが左右を見渡すと、壁に文字が彫り込まれた石版があった。
「んーっとなになに……『振り返るなかれ』?」
「ふむ。振り返らずにあそこまで進めってことか?」
「そうねぇ。素直に解釈すると……」
マーカスが奥の赤いラインの石畳を指差した。
メルキュールも何か裏があるのかと考察するようだが、特に思いつかないようである。
「振り返ったらどうなるんだろ」
「さぁね?今までこの遺跡で死人が出たとか怪我人が出たって話は聞かないし」
当然抱くゼトラの疑問だったが、メルキュールはお手上げのポーズを取る。
「悩んでも仕方ないし、指示通り行きますか」
「おう」
意を決して一歩進み、全員が赤いラインを超えた、その時である。
ガコン、という音が突如背後で聞こえた。
首をすくませ、思わず立ち止まる一行。
「な、な、なに……?」
フィオリーナは後ろを振り向きたい衝動を必死に堪えながら、ゼトラの腕に回す手の力を込める。
「そう……。そういうことなのね……」
メルキュールがただ一人、納得したように頷く。
「いい?絶対に後ろを振り向いちゃダメよ!何が聞こえてもね!」
そう言うと足早で歩き始めた。
と同時に、背後から、ガシャンガシャンと鎧武者のような足音が追ってくる。
「おいマジかよ。走るなよ」
「走らないでか!」
「こ、怖いんだけど~~~!ふえぇぇぇ」
フィオリーナが涙をこらえてすぐ背後に迫る不気味な足音に怯え、振り向きたい衝動を必死に押さえながら、足早に歩くゼトラに必死に付いていく。
「なになに?なんなの?趣味悪すぎない?」
メルキュールもまた背後から迫る得体の知れなさを誤魔化そうと早口でまくし立てて、ようやく赤いラインを超えた。
そして、一斉に後ろを振り返る。
「……」
そこには何もなかった。
何事もなかったように、通路は薄明かりに照らされ、入り口は既に見えない。
「なにそういう事?ビックリドッキリ系の遺跡なの?」
「え~~!?怖いのやだぁ!」
「とは言っても、今更引き返せないしなあ」
フィオリーナは既に半泣き状態で、駄々をこねるように首を振る。
ゼトラとアイビスが、なだめるようによしよし、と頭を撫でるが、フィオリーナも口を尖らせてヤダヤダ、とゼトラの腕にしがみつく。
だがマーカスの言う通り、とにかく前に進まなけれればならないというのはフィオリーナも理解したのだろう。
メルキュールが一体誰よこんな遺跡作ったやつ、とブツブツ呟きながら、一行は奥に進んだ先にあった扉を開けた。
螺旋階段を下って再びまっすぐに奥まで続く通路に出ると、そこには奇妙な床があった。
赤いラインの先に、五本の通路が闇に浮かんでいる。
「なんだこりゃ」
マーカスが通路の隙間、およそ四十センチ程の闇を覗き込み、落ちていた小石を投げ込む。
音もなく吸い込まれた小石が闇に溶け、少しして、カランカラン……ポチャと水に落ちる音が聞こえた。
「なるほど。落ちたら水にドボンか」
「んで、これは手を繋いで渡れってことみたいね」
メルキュールが『手をとりあって』と書かれた壁の石版を指差した。
闇に浮かぶ通路の幅は六十センチとそう狭くもないので、普通に歩けば何ということもないだろうが、やはり両サイドに落ちる闇は恐怖感を煽るものがある。
右からメルキュール、アイビス、マーカス、フィオリーナ、ゼトラの順で並び、仲良く手を繋いで一歩踏み出す。
「これさ、五人で遺跡に入ったから五本の通路なのかしら。それとも五本で固定なの?」
「さぁな」
「これ五本で固定ならアリス様みたいなソロには絶対クリアできないじゃない。それどころか五人より一人でも多いか少ないかでもクリアできないわ。結構条件厳しくない?」
「なるほど確かに」
「一体誰がこんなの作ったんだろうねぇ」
「う~ん。なんか性格の悪さを感じるギミックだわ」
煽る恐怖感を誤魔化すように各々考えている事を口に出しながら、通路を渡りきった。
そして再び扉を開けて螺旋階段を下り、第三の試練を目の前にする。
「なんもないぞ」
最初の試練のように、通路にはなにもなく、ただスタート地点を示す赤レンガの線だけがある。
ゴールを示すラインは暗闇の向こうにあるのか見えていない。
「『走れ』だってさ」
メルキュールが壁の石版を読んで、肩をすくめる。
「走って抜けろってことか?ゴールが近いといいんだがな」
ため息交じりのマーカスを先頭に、全員が小走りで赤いラインを超えた瞬間。
ガコン、とまた背後で音が鳴った。
「な、なんだよ?」
足を止めずに振り返ったマーカスがそれを見てゾッと顔を青ざめさせた。
「うぉおお!!走れぇええええ!!!!」
ゴロゴロゴロ……と鈍い音を立てて、人の倍以上はあろうかという巨大な岩球が、すぐ背後に迫って追いかけてきたのだ。
「いきなり殺意高めてきたわね!!!」
メルキュールも叫びながら全力で足を動かす。
だがフィオリーナはその体躯からどうしても足がもたつく。
特にゼトラと比べれば、あまりにも足が遅すぎてバランスを崩して躓いた。
「ふにゃ!」
だが転びそうになったフィオリーナをゼトラが横抱きに抱きかかえると、猛然と足を早めた。
先頭を行くマーカスさえもあっという間に追い抜き、赤いラインを超えて直ぐ先の扉を蹴り破るように開けて飛び込んだ。
「ありがとゼトラ」
思わぬお姫様だっこにフィオリーナは頬を染めながら、甘えるようにその胸に抱きつく。
「みんな急いで!」
だがゼトラはそれに気づかないのか、振り返って手を振った。
マーカス、メルキュール、そして最後にアイビスが懸命に走るが、その背後には既に大きな岩球が迫っている。
マーカス、メルキュールの二人は扉に飛び込んだが、少しだけ遅れたアイビスが躓き、岩球に触れかけた瞬間、床が抜けた。
「アイビスッ!!」
闇の中に、アイビスの姿がすっと消えていく。
だが同時に、ゼトラがフィオリーナをマーカスに預けると、闇の中に身を躍らせた。
空中でアイビスをキャッチすると、同じく落ちる岩球を蹴り、壁を蹴り、反対側の壁を蹴り、と三角飛びの要領でどうにか出口に戻ってきた。
ふう、とゼトラが一息ついて、抜けた床を見る。
アイビスもまた、お姫様だっこされて、借りてきた猫のように丸くなっていた。
だが、顔が近い。
アイビスが少し顎を突き出せば、唇がゼトラの頬に触れそうなほどに、顔が近い。
アイビスが顔を真っ赤にして、身を硬直させる。
「あ、あの……ありがと……」
「危なかったね」
爽やかな笑顔でアイビスを見たゼトラの唇と唇が触れ……なかった。
ギリギリ。
慌ててアイビスが顔を引いたからである。
「降ろして……もらえると……」
「あ、ごめん」
ゼトラもようやく気づいたのか、頬を染めてアイビスを解放した。
マーカスとメルキュールがニンマリと笑みを浮かべ、アイビスが顔を真っ赤にしたままギロリと睨みつける。
一方のフィオリーナは口を真一文字に結んで、むー……と何やら微妙そうな顔。
様々な思惑を抱えながら螺旋階段を下っていった。
「なんもねぇな」
第四の試練は、文字通り何もなかった。
既に床が抜けているのである。
どこまで続いているのか、深い闇が通路を途切れさせている。
「『目に見えぬものこそ』ねぇ……」
壁に埋め込まれた石版を読んだメルキュールが、深い闇をじっと見て腕組みする。
「ま、翔べば早いわね」
そう言って飛翔魔法を発動させようと魔力を込めたが、強制解除された。
「うげ。ズルはダメってこと?」
魔法の発動を阻害するように、壁がうっすらと輝きを増して、詠唱紋様が浮かび上がった。
「てことはだ、どうにかしてこれを渡れってことか?」
マーカスが片膝をついて、闇にじっと目を凝らした。
だが意外にもその正体を突き止めたのは同じくしゃがんだフィオリーナだった。
「ねーねー。端っこの方おかしいよ。壁の模様がずれてる」
「ほう?」
フィオリーナの目線までマーカスが腰を落とし指差した端の方を見る。
確かに、壁の模様を描く線が、途中で不自然にずれている。
「つまりここか?」
マーカスが大剣を抜いて、その先端を吸い込まれるような闇を指した。
闇を指し示した大剣の先に、コツン、と床のような感触が返ってくる。
「ここが床になってるのか!」
どこからどう見ても下に落ちる深い闇だが、壁に手をついて一歩踏み出したマーカスが、闇の上に立った。
「怖い!なにこれ!すごい怖い!」
ギャーギャーと騒ぎながら、壁に手をついて慎重に一歩一歩、闇に床があることを信じてどうにか渡り切ったのだった。
そして螺旋階段を下った先の第五の試練。
これが後で思い返せば最大の試練となった。
「『正直者こそ、左右等しく』だって」
石版を読み上げたメルキュールが通路を見ると、その前にわずかに色の異なる床が左右に分かれている。
石版の下に、一、二、三、五、七、一〇と数字が書かれた砂袋がいくつか置かれており、それを持ち上げたマーカスが、どうやらこれは数字通りの重さのようだ、と判断した。
そして目の前には左右で色の異なる床。
「つまり……これは左右重量を均等に分けて渡れってことか」
「むぅ」
なんとなく察したマーカスの言葉に、メルキュールが唸る。
「俺は八十一キロだが、装備諸々込みで八十六ってとこかな。ゼトラは?」
「うーん……諸々込みなら、五十六かな」
「私は四十一キロ~」
フィオリーナも無邪気にそれに続く。
「…………四十九」
アイビスも一瞬躊躇しつつ、自らの体重を告げた。
「ということは、四十一と四十九で九十だから、五十六を足して百四十六か。……ここから俺の八十六を引けば……残りは六十」
マーカスが黙ってメルキュールを見て、その視線にメルキュールが目を吊り上げた。
「いや、六十はないわ!そこまでぽっちゃりしてない!」
「お、おう。それは見れば分かるぞ」
「じゃあその目線はなに!?」
「しょうがないだろ!このギミックを突破するには『正直者』じゃないといけないんだから!」
「く、くぅうう!」
メルキュールが歯ぎしりしながら、頭をかきむしる。
「わかったわかった。何も聞かないから、お前の判断で調整してくれ」
マーカスが砂袋を指差し、右の通路の前に陣取る。
アイビス、ゼトラ、そしてフィオリーナが左の通路の前に立った。
「なんなの!このギミックは!ひどくない!?デリカシーの欠片もない!!」
ブツブツと文句を言いながら、七キロの砂袋を持ち上げる。
「ここでサバ読んで床が抜けたら、ますます恥をかくことに……」
「……………………」
マーカスの無情な言葉に長い沈黙を経て、七キロの砂袋を叩きつけるように置いて、五キロの砂袋を持ち上げた。
そしてマーカスの隣に移動すると、その尻に切れ味鋭い鮮やかな回し蹴りを入れる。
「痛ってえっ!俺は悪くないだろ!?」
「私のぶつけようのない怒りを受け止めるのもリーダーの仕事よ!」
「なんだよそりゃ!」
ともあれ、せーの、の掛け声で赤のラインを超えると、無事成功だったようである。
「メルキュールはむしろ痩せてるように見えたけどな」
「うん……平均以下だと思う……」
「私も、大きくなったらメルキュールみたいになりたいなって思ったもの」
「フォローは嬉しいけど、なんか腹たつ~~~!」
子どもたちのフォローにメルキュールが天を仰ぎ、その怒りの悲鳴は遺跡の通路に吸い込まれていった。
予告。
謎の遺跡の試練に立ち向かう『明けの明星』
そしてようやく最終層たどり着いた一行が見たものは、大変イカガワシイ(?)ものだった。
怒り狂うメルキュールに鼻の下を伸ばすマーカス。
戸惑う少年少女三人に、大人たちはどう取り繕うのか。
次回「038.行き着いた先は」
お楽しみに。
このエピソードはゲラゲラ笑いながら執筆していましたが、いかがだったでしょうか。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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次回更新は2020年10月02日お昼頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




