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036.水面光る湖の畔へ

 マーカスはウリッフピュリを始め、集まったエルフ族に異界はどういうところか、どういう暮らしをしているか、改めて説明した。

 竜角族、エルフ族、ドワーフ族、魚人族がそれぞれの住処で暮らし、争うこと無く平穏に暮らしていること。

 征魔大戦以後に異界に連れ帰った亜人種も別け隔てなく接して疎外されることがないこと。

 今まで一度も人間の干渉を受けたことがないなど、いかに安全で平和な暮らしが約束されるか、詳しく説明した。

 だが、ウリッフピュリはなおも渋い表情のまま、首を縦に振ろうとはしなかった。


 もはやこれ以上は説得は無理か、そう諦めかけた時、惑わしの森に新たな侵入者が現れた。


「長よ、侵入者です」

「幻覚魔法は?」

「機能しています」

「おかしいねぇ……まっすぐこっちに向かってるんじゃないですか?」

「そのようですね……」

「ちッ……強度を高めなさい……」

「はっ……」


 ウリッフピュリの前に魔力が生じ、それは白い霧のようなものとなって浮かぶと、侵入者の映像が映し出された。


「こいつは……」

「あの時の和国人だわ……」


 ウルスタットの冒険者ギルドで見た、あの和国人の冒険者パーティだった。

 マーカスもその姿を見て、拳に力が入る。

 メルキュールが呟くと、アイビスが顔を伏せた。拳と肩を震わせ、ゆっくりと深呼吸する。

 その様子を見て、ゼトラは黙ってアイビスの腰に手を回して抱き寄せた。

 フィオリーナもまた、同じように背中に手を回し、アイビスの胸に顔を寄せて、だいじょうぶだよ、と小さな声で囁く。

 アイビスは握りしめた拳を緩めると、ゼトラの腰を抱いて、ありがと……と穏やかな表情で小さく頷く。


「ご覧ください、やつら胸元からなにか取り出しました」


 エルフ族の女性が映像を指差して、マーカスも視線を戻した。

 見れば胸元のポケットから紅く輝く石のようなものを掲げた。そしてその石から光を放たれると、それまでお互いの姿を探そうとキョロキョロとしていた和国人が、安堵した表情で集まる。


 幻覚魔法が強制解除する魔石のようなもの、と看破したウリッフピュリが静かに叫ぶ。


「あれはマズいですね……あれを使わせてはなりませんよッ」

「ハッ!」


 一人の女性が弓矢を抱え、枝から枝へと音もなく飛び移っていき、和国人の冒険者パーティに近づいていく。

 そしてまた一つ強度を高めた幻覚魔法を察したのか、和国人が再び紅く輝く魔石を掲げようとした、その時、鋭い矢がその手の甲をまっすぐに貫いた。


 ぐわッ!という悲鳴がゼトラの所まで聞こえたが、マーカスはそれを見て舌打ちした。


「そんなやり方じゃダメだ……。メルキュールッ!結界を張ってくれ!俺が始末するッ!」

「いいけど……殺すの?」

「まさか!ギルドタグに討伐リストのログを残すようなヘマはしないッ」

「わかったわッ!」


 メルキュールがマーカスに結界を展開すると、足音を立てないように森の中へと消えていった。

 そして少しして、再び和国人の冒険者の悲鳴が聞こえた。

 それからまた少しの時を置いて、マーカスが和国人の手から引き抜いた矢と、その懐から抜き出した紅く光る石を持って戻ってきた。


「ゼトラ、すまんがあいつら全員にヒールをかけてくれ。この森で傷ついた、という証拠を残したくない」

「わかった」


 ちょっと待っててね、とフィオリーナとアイビスの耳元で囁くと、ゼトラもまたヒールをかけるために森の中に飛び込み、すぐに戻ってきた。


「メルキュール、後で解析頼むわ。あの強烈な幻覚魔法を解呪できる魔具か、魔石か……聞いたことがない」

「おっけ」


 紅い魔石をポーチに仕舞うとエルフ族たちと一緒に、息を殺して和国人の冒険者たちの映像を見守る。

 すぐに目を覚ましたのか、頭を振りながら立ち上がると、四人それぞれが別方向にフラフラと何かを探すように、森の外に向かって彷徨い始めた。


「ふむ……幻覚が効いたみたいですね。あの様子じゃあこの森に入ったことも、何故、どうやって森に入ったかも忘れるでしょう」

「だといいんだがな……」


 ホッとしたようなウリッフピュリとは違い、マーカスの顔つきは厳しい。


「あんたらは和国人を甘く見過ぎだ。あの様子でも数日すればさらに大勢の和国人を連れてここにくるぞ。エルフ族がここにいる、と確証を得たようなものだからな」

「ふん。なら今のうちにさっさと別の森へ移るさ」

「どうせそこも惑わしの森に変えるんだろ?結局同じことだ。時間稼ぎでしかない」

「……」


 マーカスの認識は正しく、ウリッフピュリもまたそれを理解したのだろう。

 苦々しい顔でマーカスたちを睨む。

 その表情にまた幻覚魔法を仕掛けてくるか、とゼトラが再び警戒するように皆をかばうように一歩進み出た。


「どうしてもダメなの?」

「……そうですねぇ。分かるんですよ、百五十年も生きてるとね……これまでなんとかヒト族に関わること無く平穏に暮らしてきたのに、私たちの運命を大きく左右するような厄介事に巻き込まれるんじゃないかって。嫌な予感がするんです」


 ウリッフピュリの言葉に、マーカスが一つ伝え忘れていた事を思い出した。


「その外見だと、百五十歳なんだな。異界にゃ三百歳は生きてると自称するエルフ族の婆さんがいるぜ。もっとも最近はずっと寝てばかりでまともに会話もできないが」

「三百?それは妙ですね。どんなに天に愛されし命でも二百から二百五十が精々です」

「知らないのか?星詠みの預言者と言うんだが」

「星詠みの……?知らないですねぇ」


 首を傾げるウリッフピュリを見て、マーカスが思い出すように頭をかいてメルキュールに振り返る。


「星詠みの預言者の婆さん、本当の名前はなんて言ったっけ、ウリウリ……ピピット?」

「ウリュイウッルイ・ピピッムゥカキァトよ。いい加減覚えてあげなさいよ」

「そんな発音しにくい長ったらしい名前覚えられるかよ。なんでエルフ族はどいつもこいつも長ったらしい名前なんだ」

「それ本人たちの前で言う?さすがに失礼すぎない?」


 小声で交わす軽妙なやり取りに、エルフ族自身もそう言われる自覚があるのか、ぷっと吹き出してクスクスと笑いあう声が周囲から漏れた。


 ちなみに、マーカスがぼやく通り、エルフ族の名前はかなり長く発音しにくい。

 その理由としてエルフ族だけ使用する特有の言語、通称『精霊語』から名付けしている事に依る。


 しかしその名を聞いて、ウリッフピュリの顔が一瞬ハッとして、優しい笑顔になった。


「その名前を聞くのは……百年ぶりくらいでしょうかね……」


 目尻を下げて、ふふ、と笑う。


「なんだ知ってるんじゃないか」

「ええ、よく存じていますよ。今はそちらで星詠みの預言なんてやってるんですね……」


 ウリッフピュリの頬に一筋の涙が伝った。

 ウリッフピュリにとって、とても懐かしい、そして大切な人なのだろう、というのはその涙を見れば明らかだった。


「親しい人なんですね」

「ええ。私の母なんですよ」


 ゼトラの問いに、ニッコリと笑って答えたウリッフピュリに、今度は一同が大きく驚かされて、言葉を失うのだった。



 ともあれ、母親が暮らす異界ならば、ということでウリッフピュリの決意は固まったようだ。

 他のエルフ族もそれに同意するのを確認して、早々に異界へと連れ帰ることになった。

 だがメルキュール曰く、異界への座標が遠く離れているから三十分待ってほしい、という事である。


 その説明によると、通常、異界は王都グランマリナからさらに東の地に『同じ場所に在るが異なる世界』として存在しているらしい。

 現世界と異界の扉は内側からか、外側からは限られた者――現在はメルキュールのみがその世界の扉を開くことができる。

 ただし『異界』が通常存在している場所から、遠く離れた場所で異界の扉を喚び出すためにはメルキュールが言うところの『座標合わせ』という待ち時間が必要であると言う。

 よって遠く離れれば離れるほど、その待ち時間は長くなる、ということだった。

 ともあれ、異界への扉が開くまでの間にエルフ族の撤収の準備を済ませた。

 住処としていた家を取り払い、地面についた足跡さえも、丁寧に消して落ち葉で隠した。


「なあ、森にかかってる幻覚魔法はあんたたちが居なくてもしばらくは維持できるのか?」

「ええ。エーテル鉱さえあれば最大でも一年は」

「いや一年も維持しなくていい。一週間でいいさ」

「どうしてです?」

「急に幻覚魔法が解除されれば、まだ近くにいるのかと辺りを探し回るかもしれん。そうなると森の近くに居た俺たちが関与してるのか、と疑われて都合が悪くなる恐れがある。それこそ時間稼ぎ目的で、一週間くらいは幻覚魔法だけはこのままにしておいてくれ」

「ふむ。いいでしょう」


 なるほど、ヒト族は聡い、とウリッフピュリは呟くとエーテル鉱を取り出した。そしてエルフ族らに手配して森のあちこちに落ち葉の下に隠させたのだった。


「座標合わせ完了!扉が開くわよ!」


 メルキュールの脚元に展開した魔法陣が、うっすらと輝きを増して光の柱が立ち上る。


「定員は五名までだから、順番にね。向こうにはいつもエルフ族の子が近くにいるから声をかければすぐに話は通るはずよ」

「あいよ。私は最後にしますから、みんな先にお往き」


 ウリッフピュリに促されるように、エルフ族が五名づつ魔法陣の上に乗り、その度にメルキュールが転送魔法を発動させて異界へと送り込む。

 そして最後にウリッフピュリが一人、魔法陣に乗ると、ゼトラに優しく微笑みかけた。


「また会えることがあったら、妖精王のことを聞かせてくださいな」

「ええ、もちろん」

「彼女たちを大事にね……」


 そう言ってアイビスとフィオリーナを見て、また微笑んで光の向こうへと消えていった。

 メルキュールが脚元に描いた魔法陣を閉じると、足跡を消すように地面を均して落ち葉で覆い隠す。

 そしてあらぬ方向を向いて、苦笑した。


「さて、森の外に戻るわよ。ゼトラよろしく!」

「え?う、うん!」


 幻覚魔法を仕掛けた主が居なくなったことで、制御を失った幻覚魔法があっという間にメルキュール始めマーカスたちに襲いかかっていた。

 うっかり対幻覚魔法結界を展開し忘れていたことで、マーカスたちはすでに幻覚の虜になっている。

 メルキュールもそれを転送魔法でウリッフピュリを送り出した直後に思い出して、内心、しまった!と舌打ちしたが時既に遅し、である。


「お前あとで反省会だぞ」

「うっさいわね!転送でそれどころじゃなかったのよっ!」


 ゼトラの肩に手を置いたマーカスとメルキュール、そして腰にぴったりと手を回したフィオリーナとアイビスを連れて、ぶーぶーと文句を垂れながらすごすごと森の外へと脱出する『明けの明星』なのだった。


「いや、帰途じゃないでしょ」

「そうだ。俺たちは今から湖の遺跡に向かうんだ」

「そうだった!」


 森の外に出た後、ゼトラの赴くままにミンズベルの村に戻ろうとして、慌てて踵を返した。

 受けた依頼の本来の目的地は、さらに二キロ北、ワイズスタット湖の遺跡である。


 惑わしの森には、人影らしきものが見えたので、まさか、と思いうっかり入ってしまい幻覚魔法にかかってしまった。運良く半日ほどで出られたのは幸運だった、という事にしよう。

 と、口裏合わせをしたが、ゼトラは不安そうである。


「聞かれたら誤魔化せる自信ないなあ」

「だろうな」


 ククッと笑い、マーカスがゼトラの肩を軽く叩く。


「お前は何も言わず、笑ってりゃいいさ」

「そうそう、嘘をつくのは女の特権よ、任せときなさい」


 メルキュールもクスクスと笑ってウインクした。


「いいのかな」

「いいさ。お前は嘘をついちゃ行けない立場にいずれなるんだ。嘘をつくことに慣れてほしくない」

「そういうことよ。そういう尻拭いは私たちに任せとけばいいのよ」

「なんか悪いね」

「いずれ分かる日がくるさ」


 そう言うと、マーカスはまたゼトラの肩を叩き、急ぎ足でワイズスタット湖へと向かうのだった。



 ミンズベル村からおよそ北へ二キロ、ワイズスタット湖という小さな湖がある。

 面積としては池にも近い広さで、およそ十平方キロメートル。

 だが水深はかなり深いらしく、少なくとも五十メートル以上はあるようだ。

 恐らくはその丸に近い湖面から、はるか太古の時代に火山の噴火口だったようで、カルデラ湖ではないか、という案内板があった。


「世界にはいろんな風景があるんだね」

「だろ?こういう美しい風景に出会えるのも、旅の醍醐味さ」


 その畔で湖で水遊びを楽しんだ後、一行は昼食を取ることにした。

 日はすでに天頂をすぎているため、いつもよりはやや遅い時間となった。


 お待ちかねの本日の昼食はというと。

 昨夜のビーフストロガノフの残り物から牛テールの肉をほぐしたものをトーストに乗せ、トマトソース、輪切りにしたピーマン、スライスオニオン、そしてチーズを乗せたピザトーストである。

 お供としてキャベツとレタスの千切り、ミニトマトを添えたサラダ。ドレッシングはオリーブオイルに岩塩、黒胡椒、リンゴ酢、砂糖を混ぜたアイビスオリジナルである。


 簡易竈に網を敷き、チーズが溶けるまでしっかり炙って出来上がったそれをゼトラは大きく頬張る。

 トマトソースの酸味、ピーマンとオニオンの野菜の甘みとほのかな苦味を、溶けたチーズが包み込むことで旨味へと昇華され、ホロホロに解れた牛テールの肉の繊維が程よい噛みごたえとなってデミグラスソースが仕込みんだ肉の旨味が口いっぱいに溢れ出す。


「最高」


 感激した様子で一言だけ呟くと、また一口、とかじる。

 アイビスもまた満足気に照れたように笑うと、それに続くのだった。


 手早く昼食を済ませてグルリと一周するように湖の畔に沿って歩いていると、その反対側にはコテージが何軒か建っているのが見えた。

 ブレンウォード伯爵家が経営する別荘地か何かかな、と話している内に、まもなく目的地が見えた。


 何故、そこが目的地と分かったか?


「ようこそ!ワイズスタットの迷宮へ!挑戦する冒険者さんですかな!」

「お、おう」


 道化服の男性が、風船を持って歓迎の挨拶で出迎えた。


「えっと、どちらさまで?」

「おっと失礼。わたくし、ブレンウォード伯爵家より派遣されました、当迷宮の受付係でございます!どうぞお見知りおきを!」

「そ、そうか」


 仰々しく頭を下げた道化を見て、さすがにマーカスも困惑した。

 目の前には崖に埋め込まれたような石の扉があるが、それを遮るように鎖がポールに繋がれている。


 聞けば、依頼自体は同時にいくつもの冒険者が受注できるようにしてあると言う。

 ただし他の冒険者パーティと何人も同時に迷宮に入られると不測の事態も予想されるため、バッティングを防ぐためにこうして受付係に案内させているらしい。


「入っていいんだよな?」

「ええどうぞ、どうぞ!ごゆっくりお楽しみくださいませ!」

「お楽しみになる迷宮なの?」

「さて?今だ突破されていない迷宮ですからね!ただ今まで挑戦された冒険者の皆さんはいずれも楽しんだご様子でしたよ!」

「そうなんだ……?」


 扉を遮る鎖を外して、また仰々しく案内する道化に促されて、困惑しっぱなしのままの一行はその中へと踏み入れたのだった。

予告。

無事エルフ族を救い出し、物のついでに受注した依頼を達成するため、謎の遺跡へ向かう『明けの明星』

しかしその遺跡は思った以上に難関で『明けの明星』を、メルキュールを人生最大の窮地に追い込む。

一行は果たして無事に遺跡を突破できるのか。

次回「037.遺跡の難関を超え」

お楽しみに。




ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年10月01日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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