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031.平穏を襲う紅き瞳に

 その日の午後、掃除を終えた一行がコテージの玄関で休んでいると、そこに続く階段の下に、見慣れない乗り物が止まった。


「なんだありゃ?」

「うげぇ!あれは……」


 マーカスが首を捻る一方でメルキュールが踏み潰された蛙のような声でたじろいだ。

 荷馬車のようにも見えるがそれを引く馬はなく、前輪と後輪でサイズの異なる車輪が目を引いた。

 車体の前部には、むき出しになった鉄の塊がカタカタと上下して振動している。

 その振動がプスンと音を立てて止まると、乗り物の扉が開き、でっぷり太った男性が降りてきた。

 汗をかきながら階段を登ってきて、それを待ち構えるマーカスらに気安く握手を求める。


「やあ!君たちが今回の依頼を解決してくれた方々だね!」


 年は三十ほどか。

 若さのわりに貫禄たっぷりの大きなお腹が上下に弾む。


「どうも。ひょっとしてマルター商会の?」


 マーカスの質問に満面の笑みで、その男が答える。


「グレッグ・マルターだ。マルター商会の会長をやっている今回の依頼主さ。商会を興した先々代の孫にあたるんだ」

「そりゃどうも。依頼の掃除と死霊祓いについては無事完了したが……見てもらえれば分かるが、部屋はちと傷物になっちまったよ」


 マーカスの案内で玄関をくぐりキッチンからダイニングまで繋がる部屋を見渡した。

 壁という壁がポルターガイストで細かく傷が付き、床にはマーカスが突き立てたダガーの跡。

 そして大黒柱にはメルキュールが発動させた浄化魔法の痕跡が掌の形なって黒く焼け焦げ付いたように残っている。

 だがグレッグ・マルターは気にする素振りも見せず、満足げに頷いた。


「いや、どうせめったに使わない別荘ならいっそ宿として提供しようと思いついてね!かつて死霊騒動があったコテージなんて良い宣伝文句になりそうだよ!」


 アハハと快活に笑うグレッグ・マルターの商魂のたくましさにマーカスたちは苦笑するしかない。


「おや、君はどこかで見たような……」


 ふとゼトラに気づいたグレッグが首を傾げた。


「母を……アリスをご存知なんですか?」

「おぉ!あのアリス様のご子息かっ!」


 思い当たる人物が脳裏に浮かんだのか、大げさに手を叩いたグレッグが握手を求めてきた。


「いやあ、かのアリス様のご子息が死霊を討伐!そのコテージに泊まれるなんて!こりゃ儲かるぞ!」


 興奮した様子で早口で捲し立てると、早速皮算用を始めたのか手のひらで何やら算盤を叩く素振りをするグレッグを見て、ゼトラも困惑したように笑う。

 立場が違えばこうも人は変わるのか。ゼトラには想像もつかない商人の世界を覗き見たような気がした。


「うんうん。しかも可愛いお嬢さんを両手に侍らせて、君もなかなかやるじゃないか!」


 呆然と見ていたアイビスはその視線を避けるようにゼトラの背に隠れ、フィオリーナも怯えるように腕に回す手の力を強める。


「今度機会があったら是非冒険譚を聞かせてくれないか!書籍化したらきっと売れるぞ!」

「か、考えときます……」


 格好の商材でも見つけたのか、なおも興奮するグレッグからゼトラは思わず後ずさるのだった。

 それに割り込むように、遠慮がちにメルキュールがグレッグの乗り物を指差した。


「ところで、あれ、どうしたんです?」


 それにおぉ、とまた大げさな声を上げると嬉しそうにグレッグが手を広げる。


「カールウェルズ魔法工学研究所の所長に無理を言ってね!大枚を叩いて譲ってもらったんだ!乗り心地は決していいとは言えないが、あれはいいぞ!一日駆け通しでも疲れ知らずで、しかも馬より速い!今まで一週間かけて移動していた距離も、二日で済むんだ!」


 唾を飛ばしながら一気にまくし立てたグレッグを、どうどう、と抑えるとグレッグも我に返って軽く咳払いする。


「この広い世界にあのような移動手段が確保されれば、世界の流通も商売も一気に発展するぞ!東の果ての和国の商品が次の日は西の果てのバインクレで並ぶ日が来るんだ!」


 なおも興奮覚めやらずと捲し立てるグレッグに、マーカスがなるほど、と頷いた。

 メルキュールが言っていた、移動手段を早められる可能性とはあの乗り物のことのようである。


「アイツ……魔法工学研究所の所長なんてやってんだ……はぁ……」


 ため息をついてブツブツと呟くメルキュールの様子を見る限り、カールウェルズ魔法工学研究所とやらの所長と旧知の仲のようで、馬よりも早く移動できる手段を入手できるアテがあるようだ。

 だがどうにも気乗りしない様子が気にかかった。


 ともあれ、グレッグ・マルターの最大限の賛辞を受けてウォーレンツを後にすることになった。

 報酬の金貨二十枚に加えて、追加の特別報酬としてさらに金貨二十枚を約束され、思わずマーカスもニヤけるのだった。


 その日の内にヴィシャールに戻り、思いの外早く依頼が解決したことで予約済みの護衛任務まで残り二日。

 なにか依頼を、とも思ったが二日で達成できる見込みがある依頼はなく、結局のんびりとヴィシャールホテルで過ごすことになった。


「だらけるわ~これは良くないわね~」


 メルキュールの言葉とは裏腹に、マッサージに身を委ねて肌の艶に磨きをかける。

 アイビスもまたそれに付き合い、気持ちよさそうに目を閉じる。

 ゼトラとフィオリーナも『ヴィシャールの足湯を全て巡って豪華賞品ゲット』なるスタンプラリーに参加して、街のあちこちにある足湯を楽しみながら観光を楽しむのだった。



 そしていよいよ出発当日の朝を迎えた。

 目指すは街道沿いに北西へ約四百キロ、ウルスタットの街である。


「またここ来たいな~。結局足湯巡りはコンプできなかったし……」

「そうねぇ。さすが観光をウリにする街は違うわ~」


 朝八時を告げる鐘が鳴り響く中、のそのそとキャラバン隊の馬車に乗り込み、ぐんにゃりだらけるフィオリーナとメルキュールを見て、マーカスが呆れる。


「おいおい。いい加減気を引き締めろよ。これは仕事なんだ」


 厳しい目つきのマーカスに向かって、遠くから手を振る猫耳族の姿。


「マーカスにゃん~!また来るのにゃん~!」


 昨夜マーカスが引っ掛けた女の子たちなのだろう。手を振って応えたマーカスに黄色い歓声が湧く。


「マーカスにゃんの仕事がにゃんだって?」

「うるせーな」


 茶化すメルキュールを誤魔化すように、マーカスがそっぽを向いた。


 と、その時である。


「その馬車待った!冒険者たちは今すぐギルドに集まってくれ!!」


 ギルドの男性職員の大声が荷馬車のつなぎ留めに響いた。

 今まさに動き出そうとした馬車が急制動をかけられ、馬が大きく嘶き、立ち上がる。


「どうした!?」

「魔獣だ!魔獣の襲撃の報告が入った!!」

「なんだと!?」


 一斉に馬車から冒険者たちが飛び降り、ほど近いギルドに駆け込んでいく。

 ギルドのホールは王都グランマリナの『荒鷲の巣窟』ほど広くはないが、今日の食い扶持を求める冒険者でごった返していた。


「緊急依頼です!!ノースヴィレッジから魔獣の襲撃の報告です!その数少なくとも千以上とのこと!!皆さん今すぐノースヴィレッジに向かってください!!早馬はこちらで用意します!!」


 女性職員の声がホールに響き、一斉に冒険者が駆け出していく。

 刹那に緊張感が走った。

 厳しい目つきのゼトラがマーカスを見て、脳裏に浮かぶ地図からその固有名詞を探しだしたマーカスが答えた。


「ノースヴィレッジってまさか……」

「ノースヴィレッジは確か……ここから十キロ北の農村だったはず……」


 その答えに、ゼトラはビルデン・キーアンドルの名を思い出した。

 最後の依頼としてヴィシャールまでの護衛任務を共に受けて仲良くなり、その長い冒険を終えて、故郷へ戻った中年の冒険者。

 その故郷がノースヴィレッジだった。

 ゼトラは気をもむようにフィオリーナの手を引っ張ってギルドを飛び出す。


「急がなくちゃ……」

「だけど、十キロよ!どんなに走ったって、一時間以上かかるわよ!!全速力で馬を飛ばしても三十分!」


 その後を追うメルキュールの目つきも厳しい。


 果たして間に合うのか。


 千を超える魔獣と言う。

 もし間に合わないならいっそノースヴィレッジを放棄して、ヴィシャールの手前に防衛戦を引いた方がよい、という判断もありうる。


「でも……」


 ゼトラには最初から見放すという選択肢は存在していない。

 懇意になった者を見放すということは、ゼトラにとっては敗北でしかない。

 そしてまた、ゼトラは分かっていた。

 自分が本気を出せば、十キロの距離など一足で着く。

 ゼトラにとっては、その程度の距離でしかないのだ。


 だがその左手にはその手を離すと死んでしまう少女が繋がっている。

 魔獣の一体や二体ならともかく、千を超える魔獣相手にフィオリーナを連れて戦うリスクはあまりにも大きい。

 苦悩するゼトラを見て、フィオリーナが察した。


「行って!ゼトラッ!」

「え!?」

「私のことは気にしないでっ!!」


 勇気を振り絞るフィオリーナの声が、躊躇するゼトラの背中を押した。


「本気なの!?」

「私は大丈夫!走ってなんかは無理だけど、馬ならすぐに追いつけるんだよね!?」

「そりゃそうだが……」

「だから行って!ゼトラなら千の魔獣なんかちょちょいとやっつけちゃうんでしょ!?私はゼトラの足手まといになりたくないのっ!!」

「……ッ!!」


 少女の悲痛な願いは、ゼトラにも、そして反対するマーカスとメルキュールにも届いた。

 まっすぐに視線を交わし、ゼトラがフィオリーナを抱きしめる。


「わかった。ありがとう、フィオ。先に行くね」

「無理するんじゃないわよ」

「すぐに追いつくからな」

「うん!」


 耳元で囁かれるゼトラの想いに、フィオリーナも目を閉じて温もりを受け取る。

 少しでも自分の魔力がフィオリーナに届くように、そう想いを込めてフィオリーナの肩を抱きしめて、ゼオラは立ち上がった。

 アイビスと視線を交わし、ここは任せて、と頷いたアイビスに頷き返す。

 頬を染めながら強気に微笑むフィオリーナが「またあとでね」と小さく手を振り、それに応えてゼトラも手を振り返す。


 そして、翔んだ。


 地を蹴り、空を蹴り、あっという間に光の矢となって、北の空へと消えていった。


「あ、あの子……あんなスピードの飛翔魔法まで使えるの!?防御結界もなしに、無茶苦茶過ぎる!!」


 愕然としてメルキュールが呟いた。


「そんなにすごいのか?」


 飛翔魔法を使えないマーカスには、なに食わぬ顔で翔んでいったゼトラのそれは大した事がないようにも見えた。

 だがメルキュールが説明する飛翔魔法の原理とはこうだ。


 実は浮遊する、という事自体はそう難しいことではない。

 地上三十センチ程度であれば微かな魔力放出で維持できる程度に、大したことはないレベルではある。

 だが高度を十メートル、二十メートルと上げていくと、消費する魔力は倍々に、指数関数的に跳ね上がっていくのが浮遊魔法の特徴だった。

 これに加えて、飛翔するということは浮遊とは別に推進力を得る、という事である。

 推進力を得る方法はいくつかあるが、最も一般的なのは魔力を風魔法に変換させて後方に噴射する方法である。


 無論それも速度を上げれば上げるほど、飛翔のための魔力消費は増大していくし、速度を上げれば別の問題も発生してくる。

 例えば空に舞い散る木の葉など微細な物理的障害物も、静止状態であれば何の影響もないが、高速移動中に衝突すれば、それは肌を斬り裂く凶暴な刃になる。


 それを防ぐためにはある程度の強度を持った対物理防御結界を張らなければいけない。

 さらにより高速に、音よりも速い速度を目指そうとすると、前面に圧縮された空気が熱を帯びてしまうため、これを防ぐための耐熱に特化した結界も必要になる。


 これが魔法体系学において研究、解明、分類された飛翔魔法の正体。


 理論上可能だが事実上使用不可の飛翔魔法である。

 禁呪指定すべきかと議論にもなったが、緊急時の有用性という観点から辛うじて禁呪指定を免れた経緯がある。


 そういった知識があるメルキュールだからこそ、既存の魔法学を根本からひっくり返すような荒業を見せつけたゼトラは驚愕すべきものだった。


「お前も飛翔魔法は使えるんだろ?」

「そりゃあ使えるけど、あの子ほど早くは翔べないし、距離だって十キロも保たないわ。無理すれば届くだろうけど私は魔力枯渇で死んじゃうわよ」

「……でも馬よりは速いんだな……?」


 マーカスの深刻そうな表情を見て、メルキュールに嫌な予感が走った。


 ――やばいやばいやばい。コイツがこんな顔をする時は、絶対に無茶苦茶なことを言い出すんだ。


 考えるように腕組していたマーカスが、そーっと逃げ出そうとするメルキュールの首根っこを掴んで引きずり戻す。


「ちょ!やめ!私は嫌だからね!!」

「まだなにも言ってないだろ」

「言わなくてもわかるわよ!!」


 試しに言ってみろ、と睨んだメルキュールにマーカスが告げた。


「頼む。ノースヴィレッジまで翔んでくれ」

「ほらやっぱりー!」


 うがーと頭を抱えたメルキュールが早口で唾を飛ばす。

 周囲には一体何事か、とその騒ぎを見守る住人たちが集まっていたが、そんなものは目に入らないようだ。


「私の話聞いてた!?あの子ほどは速くは翔べない!これは絶対!その上距離も足りない!私は魔力枯渇で死ぬかもしれないのよ!」

「魔力が足りないなら、触媒状態の高純度エーテル鉱で補えばいい」

「そんなのどこにあるのよ!」

「あれは?」


 そう言ってマーカスが指差した先には、ギルド前の冒険者用商店。

 なんというおあつらえ向きか、煌々と赤く輝くエーテル鉱が陳列されている。

 高位魔法使いのために開発された、不足する魔力を補助するための高純度エーテル鉱である。


「そりゃ、あれなら距離はギリギリ……ってもう翔ぶ前提なのね!?」


 金貨一枚という、消費アイテムにしては少々お値段が張る拳ほどの大きさの高純度エーテル鉱を購入したマーカスがメルキュールの前に突き出す。


「無茶を言っているのは分かっている」


 マーカスはその手を離せば死んでしまうフィオリーナのことも心配だったが、ただ一人先を急がせたゼトラの事が気にかかった。

 ゼトラなら一人でもどうにかしてしまうだろう。

 だがそれを良しとして後からのんびりと駆けつける事は、自分が許せないのだ。

 ゼトラの横で共に剣を奮うことこそ、マーカスの真の願いだった。


「頼む」


 高純度エーテル鉱を胸に押し付けてまっすぐに見つめるマーカスに、ボッキリと音を立ててメルキュールが折れた。

 覚悟を決めたのか、はぁ、と盛大なため息をついて魔法の錫杖を取り出す。


「分かった!分かったわよっ!やりゃあいいんでしょッ!?」

「すまん」

「死んじゃったら死霊化して一生耳元で恨み言をささやき続けるからね!?」

「全部受け止めるよ」

「くぅうう!こんなときに妙なイケメン顔しちゃって!!」


 不貞腐れるように呪詛を吐きながら、胸元に高純度エーテル鉱を押し込むと、対物理防御結界を展開させた。


「私に掴まって!思い切り飛ばすわよ!」

「大丈夫?メルキュール。無理しないで……」


 それまで大人たちのやり取りに呆然としていたフィオリーナが心配そうな顔でメルキュールの腰に手を回した。

 だが覚悟を決めたメルキュールは、強い。


「いい?フィオ。一度やる、と決めたらとことんやるのが『いい女』の条件よ!」

「そ、そうなの?」

「大丈夫。私も魔力(マジック)補充(リチャージ)でサポートする」

「頼むわね!」


 アイビスもまたメルキュールの腰に手を回し、掌に魔力補充の魔法を発動させる。

 それを受け取りながら、メルキュールの脚元に魔法陣が描かれた。


「翔んだぁ!!」


 それを見ていた民衆から一斉にわぁ、と歓声が上がる。

 高位魔法使いは空をも支配する、という話は誰もが耳にすることではある。

 だが実際にその目で見るのは初めてなのだろう。

 魔獣襲来の報せに狼狽える民衆たちは、目の前で起きた奇跡に興奮を隠せないようだ。


「がんばってー!!」

「いけぇ!やっちまえ!!」

「がんばれーー!」


 自然と湧いた声援が空を駆けるメルキュールに届いた。


 ――突如として出現した魔獣を討伐するために冒険者たちが立ち上がった。


 その英雄譚を目の前で目撃することは、魔獣襲来の報せに怯える民衆を奮い立たせるには十分なことだった。

予告。

ノースヴィレッジを襲う魔獣の軍勢。

その圧倒的軍勢の前に、村人たちはもはや壊滅寸前だった。

そこに駆けつける希望の光・ゼトラ。

勇者が放つ強烈な魔力の輝きがノースヴィレッジに炸裂する。

次回「032.勇者は二度嗤う」

お楽しみに。



ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年09月26日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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