表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/120

030.夜は明けて

 玄関で合流した『明けの明星』一行は、雨の中を静かに別荘へ続く階段を駆け上がった。

 頭上には一階の玄関窓から灯りが漏れる別荘が見える。


「俺が先に突っ込む。ゼトラは少し遅れて入ってくれ。アイビスとメルキュールは周囲警戒後に中へ」


 マーカスの指示に四人が真剣な表情で頷いたのを確認すると、ダガーナイフを抜刀して一気に階段を登りきったマーカスが玄関の扉に手をかけ、振り返って頷く。

 それを確認したゼトラとフィオリーナが身をかがませたままゆっくりと後を追い、アイビスとメルキュールが二手に分かれて別荘の裏手に回り込んだ。


 最大限の警戒と緊張が高まる。

 マーカスが威圧を込めた「動くなッ!」という怒声をあげようとした瞬間――


「ひぃいいいいい!!お助けえぇええぇぇぇッ!!」


 予想外だったのか、勢いよく開けられた扉の縁がマーカスの鼻を強かに打ち付けた。


「ふごぉ!?」


 餌を探す豚のような情けない悲鳴を上げて、マーカスが後ずさる。

 突然の事にフィオリーナを守るように抱きしめたゼトラの横を、薄汚い格好をした三人の男が腰元の破けた袋から金貨を撒き散らしながら階段を転がり落ちるように逃げていった。


「痛ってぇ……なんだぁ……?」


 マーカスは苦悶の表情で鼻頭を押さえ、思わずこぼれた涙をゼトラに気づかれないように拭う。

 ヒールしようと手を伸ばしたゼトラを遮り、灯りの消えた玄関から中を覗き込んだ。


「なんなんだよマジで……」


 ぼやかずにはいられない拍子抜けの出来事に、ため息を付くのだった。

 そこに裏手で合流したメルキュールとアイビスが戻ってきた。


「裏手は何もないわよ」

「賊らしき三人が慌てて逃げていった。取り逃がした」

「なによそれ、マーカスともあろう者が情けないな~」

「ごめん、ボクもびっくりしちゃって何も出来なかった」

「ま、一応中を確認しときましょ」


 マーカスにしては珍しい失敗なのだろう、口をへの字にしてため息をついたメルキュールを先頭にゾロゾロと入る。

 すると突然、バタン!ガシャーン!と勢いよく扉が閉まり鍵がかかる音が響いた。


「ちょっとぉ!?扉は静かに閉めなさいよ!さすがにびっくりするでしょ!?」


 薄暗い玄関で身体をビクリと震わせたメルキュールが振り返る。

 だがマーカス、ゼトラ、フィオリーナ、アイビス、全員自分じゃない、と首を振った。


「……」


 誰のものか、ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえる。

 その時。


 ケケタケタケタケタケタケタ!キャハハハハハハハハ!!


 子供の笑い声が天井を這うように二階へと消えていった。


「……マジ?」


 囁いたメルキュールが顔を引き締め、護身用の短剣を抜刀すると浄化魔法をまとわせ、鋭い目つきで闇を睨む。

 マーカスも同じく浄化魔法をまとわせたダガーナイフを構え、アイビスもまた浄化魔法を発動させると、聖なる輝きを手足にまとわせて構えた。


「死霊か……本当にいたとは……」


 マーカスがジリっと一歩、すり足で前に進んだ。

 なお、フィオリーナは既にこの世の終わりかというほどの表情で身体を震わせ、ゼトラの腕にしがみついている。

 ゼトラは動きにくそうにしつつも、フィオリーナの手を優しく握り返した。

 ガチガチと奥歯を鳴らしフィオリーナが呟く。


「メメメ、メルキュールは怖くないの……っ?」

「そりゃいきなり目の前に現れたらびっくりするけど、死霊自体は珍しいことじゃないし、慣れよ慣れ……」

「こんなの慣れたくない……っ」


 囁くような声で返事をしたメルキュールに、フィオリーナが震える声で涙をこらえて呟く。


「死霊は基本、物理的なダメージは与えてこない。精神的なダメージを与えて怯えきったところで身体に取り憑こうとするんだ。気を確かに持て。フィオはゼトラが守ってくれる」

「そうだよ、フィオ。ボクは全然大丈夫。怖くない。安心して」

「うぅ……」


 それでもしがみついた腕の力を緩めることなくジリジリとすり足で進むゼトラに付いていくのが精一杯だった。


「ゼトラは浄化魔法は?」

「覚えてない」

「渡しとく」


 メルキュールが手を差し出すと、それに重ねたゼトラの手の間で魔力が輝き、浄化魔法の詠唱送記が完了した。


 ぴちゃん、ぴちゃん、と雫が床に垂れる音がどこからともなく聞こえてきた。

 雨漏りか、それとも……。

 警戒を強めながらその音の出処を探ろうと耳を澄ますと、廊下の奥からコツ、コツ、と少しづつ足音が大きくなっているようにも感じた。

 雫が垂れる音が途絶え、一瞬気を緩めた瞬間。

 その時だった。

 頭上から逆さ吊りの死霊が襲いかかってきた。


「キャーッ!!」


 ウォォォと地獄の底から這い上がってくるよう声をかき消すように、フィオリーナの甲高い声がつんざく。

 それをマーカスのダガーが斬り裂き、一瞬で光の粒となって霧散した。


 それをきっかけに、廊下から、二階から、次々と死霊が身体をよこせぇ、と聞こえる呻き声を上げながら、手を伸ばして襲いかかってきた。

 メルキュールの短剣が死霊を捌き、アイビスの正拳突きが、或いは回し蹴りが、一瞬にして死霊を浄化してく。

 ゼトラもまた、廊下の奥から重なるように向かってくる死霊に向かって浄化魔法の閃光を叩き込む。

 そればかりか、部屋中の備品という備品、さらにはキッチンから皿や包丁までポルターガイストとなって襲いかかってきた。


 それを素早い剣捌きで叩き落としながら渦を巻くように襲いかかってくる死霊を浄化させていく。

 フィオリーナは頭を抱えてガタガタと震えてへたり込み、ギューッと目を瞑ったまま時間が過ぎるのを待つしかなかった。

 だがうっすらと目を開けると、床から滲み出るように死霊が手を伸ばしてきた。


「いやーーーーー!!」


 フィオリーナがゼトラの足にしがみつくが、見上げるとそれもまた死霊。

 不自然な角度で首が曲がり、フィオリーナの細い首に手を伸ばしてくる。


「キャーーーーーーーー!!」


 恐怖に慄える悲鳴を上げながら、腰を抜かして離れようと振り返るとそこにも死霊が手をのばしていた。


「うわーーん!もうやぁーだぁーーー!ゼトラァーーー!どこーーー!?助けてぇーーー!うわあああん!!」


 とうとう我慢の限界を超えたフィオリーナが大粒の涙をこぼして大声で泣きだしてしまった。

 マーカスがダガーを床を突き刺し、ゼトラの浄化魔法がフィオリーナにまとわりつく死霊を追い払うと、しっかりと抱きしめた。


「大丈夫!ボクはここだよ!」

「もうやだやだやだーー!帰るーーー!」


 大丈夫、大丈夫だから、と言い聞かせながらゼトラは身動きが取れないまま浄化魔法をまとわせた短剣で次々と襲いかかってくる死霊を追い払うが、さすがに数が多すぎた。

 それはマーカスも同じことを考えたようである。


「さすがにおかしいだろこれ!?数が多すぎるぞ!」


 マーカスの怒声に、メルキュールが目を瞑って一瞬考え、そして閃いたようである。


「壁……床からも……そうか!」


 二体、三体と死霊を薙ぎ払うと、メルキュールが叫ぶ。


「……このコテージそのものがゴーストハウスなんだわ!」

「なにぃ!?そんな化け物じみた死霊に取り憑かれているのかこいつ!?どんだけ怨讐に囚われてるんだよ!?」

「だからこそやりようがあるッ!」


 メルキュールが叫んでコテージの中央、大黒柱に駆け寄ると、手を当て魔力を最大限まで高めた。

 浄化の聖なる光が溢れ出し、柱から床に、壁に、天井に、あっという間に光が広がっていく。


 ギャァーーーーーー……


 凄まじい断末魔が部屋中に響き渡り、さすがのマーカスも思わず耳を塞いだ。


 一転してシン……と静まり返った真っ暗な部屋。

 雨が静かに屋根に当たる音だけが聞こえる。

 メルキュールが魔法を発動させて室内灯を灯すと、ふう、とため息をついた。


「……終わったか?」

「これでもう大丈夫よ」


 アイビスもゆっくりと構えを解いて、辺りを見渡す。

 ポルターガイストで飛び交い、破壊された時計だったもの、皿だったもの、包丁だったものが原型を留めない状態で散乱している。


「あーあ、これじゃあ掃除し直しねぇ……」


 がっくり肩を落としたメルキュールだったが、ゼトラが何かを感知したようだ。


「まだだよ。外に何かいる!」

「え!?」


 ゼトラの鋭い声に、再び短剣を構えて外に飛び出す。


「うわーーん!いかないでーー!」


 それまでシクシクと泣いていたフィオリーナが必死に手を伸ばすが、一瞬立ち止まったゼオラが振り返った。


「すぐに戻るから!アイビスはフィオをお願い!」


 雨の中、飛び出したメルキュール、ゼトラ、そして最後にマーカスが辺りを見渡す。

 だがゼトラが迷うことなくまっすぐに屋根を見上げた。


「上!屋根になにかいるッ!」


 その声に反応して見上げた二人が見たものは……。


「なにアイツ……!?鮫……の……死霊……ッ!?」

「まじかよッ!?なんだあのデカさは!!」


 体長二十メートルはあろうか。

 禍々しい瘴気をまとわせた死霊がはっきりとゼトラを睨みつけていた。

 欠けた背びれ、全身に入った夥しい傷、腹びれがまるで脚のように不自然に発達して、その身を支えて屋根全体を覆い尽くしている。


「まさかアイツ……ウーンデッド・シャークの死霊かッ!?」

「嘘でしょ!?アイツがゴーストハウス化させた元凶ってこと!?」


 特徴あるそれは、まさにアリスが仕留めたはずのウーンデッド・シャークの死霊だった。


「消えた!」


 凶暴な瞳を爛々と輝かせていた死霊が、不意に屋根から姿を消した。

 だが、その一瞬間を置いて音もなくゼトラの前に出現し、乱杭歯が並ぶ口を大きく開けて飛びかかってきた。

 ゼトラが超速の反応でそれを交わすと、死霊が地面をバウントして、さらに木をへし折って止まる。


「死霊のくせに、あれだけ物理影響を与えるなんて!」


 メルキュールの驚きの声を待つことなく、再び姿を消した死霊が今後はゼトラの横に出現して襲いかかる。

 しかし今度はゼトラは避けなかった。

 振り返って自分よりも大きい鼻頭を受け止め、勢いが弱まったところで背中に飛び乗る。

 地面をバウントして錐揉み状態になる中、ゼトラは深々と背中に剣を突き立て、浄化魔法を発動させた。

 浄化の聖なる光がウーンデッド・シャークを包み込み、爆発的な輝きを生み出す。


 グウォォォオォォォッ……


 生ある者全てを呪うような断末魔を残し、死霊をまとっていた禍々しい魔力が白く輝く粒となって霧散していった。


「やったか!?」


 マーカスがなおも周囲を警戒しながら逆手のダガーを構える。

 メルキュールが魔法を発動させ詠唱紋様が別荘を含めて周囲に広く展開していくのを見届け、一息ついた。


「死霊がまとう魔素の濁りを感じないわ。依頼完了よ」


 いつの間にか雨は上がり、雲が晴れようとしている。

 星の瞬きが雲の隙間から見えた。


 コテージに戻ると、困惑した表情でフィオリーナをあやすアイビスが居た。

 ゼトラがフィオリーナを抱きしめて耳元で優しく囁く。


「おまたせ、全部終わったよ」


 ものの五分とかからない死霊との決闘だったのだがフィオリーナにとっては時の牢獄に囚われているかのように永遠にも感じていたのだろう。

 安堵するのと同時に、またわんわんと泣き出して、ゼトラの胸に顔を埋めた。


「掃除は明日にして、今日はゆっくり休もうぜ……」


 散らかったままの部屋をため息まじりに見回したマーカスが促し、一行はコテージを後にするのだった。


 泣きつかれて眠るフィオリーナを横抱きにしたゼトラや疲れ果てた表情のマーカスらの一行がホテルに戻るとカウンターから飛び出してきた女性が心配そうな顔で駆け寄ってきた。


「大丈夫でしたか?すごい悲鳴が聞こえましたけど……」

「依頼は全て完了だ。死霊祓いもな」

「まあ!それは良かったです!ありがとうございます!」

「まだ大浴場は開いてるだろ?」

「はい!二十二時まで開いております!」


 疲れ切った様子で二十時の針を刺す時計を見上げるマーカスたちは喜色満面の体で深々と一礼する女性に見送られてそれぞれの部屋に戻るのだった。



 こうして二度に渡ってウォーレンツの漁村を襲撃したウーンデッド・シャークの騒動はようやく完全に解決することになった。


 なお、今回の依頼でフィオリーナが受けたショックは相当なものだったようである。

 しばらくの間は夜に雨が振るとビクビクと身体を震わせてゼトラの腕にしがみつき、一人でトイレに行けなくなってしまった。

 用を足すあいだも手を握っていて、とせがみ、用を足す音が聞こえると気づくや、耳は塞いで、と事細かく注文をつけた。ゼトラも手をつなぎながら耳も塞ぐという器用な真似をしながら苦笑してフィオリーナをあやすのだった。


「それにしたって、昼間は何事もなく、夜になって死霊が出るんなんてな」

「それなんだけどさ」


 翌日の朝食の場。

 根拠に乏しい推察なんだけど、と付け加えて今回の騒動についてメルキュールなりに考察したようだ。


 死霊は基本的に空き家や廃屋といった薄暗い場所を好む。

 特に廃屋は空中に漂う微かな魔力が濁りとなって吹き溜まりになりやすい。


 アリスはウーンデッド・シャークを仕留めはしたものの、恐るべき生命力で息を吹き返した怪物鮫はしばらくの間生き延び続けた。苦しんで苦しんで苦しみぬいて、ついに怨恨に囚われたまま絶命し、死霊化した。


 昼間は何事もないが、恐らくは夜。

 それに加えてこの時期めったに降らない雨がトリガーとなって陸上へ上がったのだろう。

 そして見つけた空き家となったコテージに取り憑いた。

 恨みを晴らそうと、アリスの子であるゼトラに誘われるように。


 そこにたまたま以前から目をつけていたと思われる盗賊が小綺麗になったコテージに入り込んだのがまず最初の騒ぎではないか、ということだった。


 ともあれ、無事に依頼を解決したのは間違いなく、明日は掃除を済ませたらヴィシャールへ戻ろう、という事になった。



 ◇ ◇ ◇



 一方その頃。世界のどこかで……。

 薄暗い闇が支配する部屋に、一人の女性が報告を受け取っていた。

 闇は深くその姿はよく見えないが、灯りが手元の報告書を照らし出している。


 その女性の後ろ、部屋の影に溶け込むような人の気配が伺えた。


「ふーん。勇者様は西へ……バインクレに向かうのね」

「現地情報提供者によると、既にヴィシャールへ入り、今はウォーレンツなる地にいるとのこと」

「悠長ね。さっさと向かえばいいのに」

「やはり足の確保に難儀しているようです」


 闇の中から淡々と報告する低い声に、肩をすくめる女性。


「ま、せいぜい勇者様の名声を高めるようにお手伝いしてあげましょ。例の計画は?」

「順調とのこと」

「じゃ、スケジュール通りよろしくね」

「畏まりました」


 一礼するような気配が消えると、薄暗い闇に女性が一人残った。

 手元の資料に目を落とし、にぃっと邪悪な笑みを浮かべる。


「せいぜい頑張ってくださいな、勇者様。私たちの悲願のためにね……」


 ふふふ、と不気味な笑みが部屋に響いた。

予告

無事に死霊騒ぎを解決した『明けの明星』はウォーレンツを後にする。

しかし戻ったヴィシャールで魔獣の大氾濫が起きたと急報が入る。

街を掬うため『明けの明星』が空を駆ける!

次回「031.平穏を襲う紅き瞳に」

お楽しみに。




ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年09月25日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ