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029.その波は穏やかに

 翌日早めの時間にヴィシャールを出た一行は、南へ二十キロにあるウォーレンツへと向かった。

 景勝地へと向かう観光客を快く迎え入れるためか、よく整備された街道は緩やかな上り下りを繰り返しながら、地平線の彼方に時々海が見えた。

 その道中、マーカスがこんな話をした。


 実はこのウォーレンツを訪れるのは、マーカスとメルキュールは二度目だという。

 今から五年前、コンビを組んだばかりのマーカスとメルキュールは、征魔大戦勃発以前までウォーレンツに魚人族が暮らしていた、という情報を得た。

 そこで当時ウォーレンツの漁村を騒がしていたウーンデッド・シャークという凶暴な海陸両性魔獣の討伐依頼を受け、この地を訪れたと言う。

 だが魚人族の痕跡は全く残っておらず、二週間張り付いたにも関わらずウーンデッド・シャークは現れなかったため、二つの目的はいずれも空振りに終わった。

 結局依頼も断念し、ヴィシャールへ戻った二人だったが、程なくアリスがウーンデッド・シャークを討伐した、という情報が入ってきた。


「母さんが!」

「お義母さますごい!」


 目を輝かせる二人を見て、マーカスが肩をすくめる。


「ウォーレンツでアリス様の手がかりをつかめるかも知れないと思って、今回この依頼を受けたんだぜ」

「そうなんだ、ありがとう!マーカス!」


 眩しい笑顔を見せるゼトラの足取りは軽く、遥かに望む海を遠く見つめるのだった。



 時々休憩を挟みながら、ウォーレンツに到着したのはお昼前のことだった。


「『この先ウォーレンツ。絶景と漁業の街へようこそ』だって」


 看板を読み上げたメルキュールが振り返ると、看板を前にして、フィオリーナがもう歩けない、と泣きそうな顔で立ち止まっていた。


「フィオ、疲れた?」

「疲れたぁ~!」


 やはり外見十歳の足で二十キロの道は辛いのだろう。

 正直に弱音を吐いてその場にへたり込む。


「もうちょっと頑張れ。ここを少し歩けば第一の絶景ポイントだ」

「ほら、フィオがんばろ」


 ゼトラがフィオリーナの前にしゃがみ、背中を向ける。

 その背中を見てそれまでの泣きそうな表情はパッと晴れやかに変わり、んしょ!と言う掛け声で自ら叱咤すると、その背中に嬉しそうな顔でしがみつくのだった。


 それから十分ほど歩いてまた緩やかな坂を下り、また上がりと、と道を歩いていると一気に見晴らしの良い場所にでた。


「すごい……!」


 一行の前に現れたのは、水平線の彼方まで続く大海。

 そして大海から抉られるように出来た、幅五十メートル、高さ六十メートルほどの深い谷。


 谷は垂直に切り立つ崖のように海に接して、その一番奥には滝が直接海に向かって落ちていた。

 かなり遠くにあるにも関わらず、ごうごう、と途切れることなく瀑布の音が聞こえて来る。


 フィオリーナもズルズルと背中から滑り落ちると、ゼトラの手を離れて柵の近くまで駆け寄った。


「すごい……」


 ポカーンとしてその大瀑布を見上げ、一体あの水量はどこから来るのだろう、とじっと見つめる。


「すごいね、滝があんなに」

「すげぇよなあ」

「うん。やっぱすごい絶景よね」

「アイビスもここは初めて?」


 ゼトラの問いにコクリと頷き、アイビスは遠く南の海を見る。

 南へ視線を向ければ、遥か彼方に薄っすらとカールシア大陸と南西のアムスト大陸を繋ぐ陸地が見えた。


「あそこがエイベルク王国の南西の端、隣国との国境を接するウェンドラ要塞がある場所さ。あそこから先は、俺たちも行ったことがないがな」


 そう言ってエイベルク王国周辺の地図を広げたマーカスが、自分たちの現在地を指し示した。

挿絵(By みてみん)


「こうして見ると、遠くて近いような……」

「結構愕然とするだろ。一週間かけて、俺達はまだエイベルク王国の北西のこれだけしか進んでいない」

「うん……」

「ま、のんびり行こうぜ。幸い封印とやらものんびり待ってくれるみたいだからな」


 気楽そうに笑うマーカスに対して、ゼトラは微妙な表情を浮かべて苦笑するのだった。


 ひとまずここで昼食を、という事になり見晴台に備え付けられたテーブルにアイビスお手製のランチが並べられる。

 アイビスは王都グランマリナの冒険者ギルドで食べた昼食で、フォカッチャのサンドイッチを気に入ったようだ。

 今日の昼食はアイビスオリジナルレシピのフォカッチャサンドイッチである。

 溶かしたチーズとレタスまでは共通だが、スパイスの効いたローストビーフ、ハニーマスタードソースにアレンジされていた。

 サンドイッチのお供として温めたチキンオニオンスープも添えられ、一口頬張る。


「美味しい……ッ」


 パン生地に染み込んだオリーブオイルの微かな香りと、ハーブの微かな爽やかな香り、肉汁が溢れるローストビーフの旨味、蜂蜜のふんわりとした甘み、マスタードのピリッとしたスパイス。

 それらがすべて合わさって、例えようのない絶品の味に昇華された。

 ゼトラが絶句して目を閉じ、その味わいに感激する。


「こっちの方が好きかも……」


 ポツリと呟いたその言葉にアイビスは満足げに小さな鼻を膨らませる。

 同じく美味しい、美味しいと頬張る他の三人に続いて、サンドイッチをかぶりつくのだった。




 絶景と漁業の街、ウォーレンツと自称する通り、見晴らしの良い崖から九十九折(つづらおり)の坂を下っていくと、狭い海岸に漁業に勤しむ住人たちの住居と小型の舟が所狭しと並び、その途中、小高い丘にいくつかの別荘と、宿が何軒か建っていた。

 その空には海鳥がおこぼれを狙おうと盛んに鳴きながら上空を旋回している。


 当てにしていた母、アリスの情報は、地元の人間と思われる中年の漁師姿の男に尋ねたところ「さてな。ウーンデッド・シャーク討伐以来見てないなあ」という返事にあっさりと砕かれた。


 だが面白い話も聞けた。


 アリスはウーンデッド・シャーク討伐のために街へ訪れると、その背びれを見つけたのか、荒れる波間に一人小舟で漕ぎ出したと言う。

 危険だからやめなよ、という制止を振り切って。


 住人たちがハラハラとしながら見守る中、小舟が大きく揺れると、ウーンデッド・シャークの大きな口に飲み込まれた。

 やられた!誰もが思ったその時、大きな波しぶきを上げてウーンデッド・シャークに組み付いたアリスが海の底から飛び出した。

 何度も何度も身を震わせながら背中にかじりつくアリスを振り落とそうとするウーンデッド・シャークが陸へ上がると、その丸太のような尾びれでアリスに襲いかかった。

 だがアリスはヒラリとそれを交わすと雷の魔法を叩き込み、一瞬動きが止まった隙を突いて尾びれを切り落とした。

 怯んで海辺を逃げ出そうとしたところに、空を駆けて背中から深々と剣を突き立て、ウーンデッド・シャークは大量の血を吐いてついに力尽きたと言う。



 ウーンデッド・シャーク。

 細長い尾びれを含めて全長二十メートル。欠けた背びれや全身に傷の入ったその外見から名付けられた魔獣化した巨大な鮫である。

 幾度となく漁民を襲い続け、住人を恐怖のどん底に陥れた怪物の最期だった。

 アリスは礼を述べようとする住人らへの挨拶もそこそこに、街を立ち去ったと言う。


 なお、ウーンデッド・シャークの恐るべきは、命尽きたはずにも関わらず、陸へ引き上げようとした時に息を吹き返したことだった。

 慌てふためいた住人たちが海へ逃げたウーンデッド・シャークを見守ったが、白い腹を何度も見せながらついに絶命し、海の底へと沈んでいったと言う。

 以来、ウォーレンツは絶景と漁業の観光地として栄えるようになった。


「やっぱすげぇな。アリス様は」

「一人で舟で漕ぎ出すとか、常識外すぎるわ……」


 依頼を失敗した二人だからこそ分かる、依頼達成の難しさである。

 それを一人で成し遂げてしまうアリスの恐るべき戦技は、五年前の出来事でもなお語り草になっている。

 ゼトラはその事を少し誇らしげに思い、胸を張るのだった。


 その後もゆっくりと漁村を周り『ウォーレンツの棘』と呼ばれる断崖絶壁の先に鋭くそびえ立つ岩塊を眺め、依頼を受けた際に用意された宿にチェックインすることにした。


 マーカスたちが依頼を受けた際に「宿は用意されます」と聞かされていた。

 その指定の宿はウォーレンツマルターホテル、という名だった。

 今回の依頼主であるマルター商会が所有するホテルである。所有する宿があるからこそ、依頼のついでにあてがったのだろう。


「食事は別なんだろ?」

「はい、そのように承っております」

「ちゃっかりしてるぜ」


 チェックイン時にカウンターで確認したマーカスに、女性スタッフが愛想笑いを浮かべながら事務的に返事をした。

 ホテルにもレストランはあるが、お値段はいわゆる観光地価格の設定で少々お高い。

 無論、そのような金額を払えないほど金には困っていない『明けの明星』ではあるのだが、冒険者たるもの安上がりで済ませられる時は安上がりに、という根性が染み付いているため、やはり相場よりも高い値段設定には納得行かない気持ちもあるようだ。


「恐れながら、お食事の価格はここでは大体同じでございますよ」


 だから諦めろ、と言わんばかりに満面の愛想笑いを浮かべるカウンターの女性スタッフ。

 あまりにも堂々たる振る舞いに、マーカスは苦笑しながら宿泊簿にサインを入れた。


「わかったよ。じゃあ今日の晩飯と朝食、男二人に女性三人、用意しといてくれ。とびきり美味い飯で頼むぜ」

「ありがとうございます。承りました」


 とびきりの営業スマイルで一礼した女性に、二階の部屋に案内された。


「お部屋は二部屋用意してございます。それぞれダブルサイズのベッドが二つ。ちなみに……」


 そう言ってベランダに続く窓を開けると、少し離れた丘の上に雑草が生え放題のコテージがあった。


「あちらが今回ご依頼させていただいた、マルター様の別荘になります」

「なるほど。ここから見張れってことか」


 それに答えることなく、受付の女性は一礼するとさっさと部屋を出ていった。


「さて、まだ夕食まで時間はあるし、ひとっ風呂浴びるか」


 時計の針は十六時を指していた。

 ホテルの大浴場で一日の汗を流し、こころなしか豪華な食事に舌鼓を打ち、初日を終えたのだった。




 翌日。

 朝食を取りながら一日の行動を確認した。

 予約しているウルスタットに向かうキャラバンの護衛任務は四日後である。

 今日中に掃除を終わらせ、件の死霊祓い?の正体を掴みたい、というのがマーカスの意向である。


「ちなみに昨夜は何度か起きて見張っていたが、何の動きもなかったぜ」

「同じく、ちょい早起きしたから見張ってたけど何もなしよ」


 盗賊の根城になっているのではないか、というマーカスの目論見は早速外れたようではある。


「今はお出かけ中で、今日あたり帰ってくるのかも!」

「その線もあるな」


 フィオリーナなりのフォローに、マーカスが笑いながら頷くのだった。

 ともあれ、まずは依頼の一つである清掃である。


「庭はメルキュール。二階はアイビスとゼトラたち三人で手分けしてくれ。一階は俺が手を付けとこう。片付き次第、それぞれ手伝いって感じでどうだ」

「は~い」

「了解」

「うんっ!」

「わかった」


 マーカスの指示に頷くと、一斉に動き出し、別荘地の清掃に取り掛かった。

 メルキュールが手早く旋風魔法を発動させると、鋭い風がかまいたちとなって伸び放題の雑草を刈り尽くす。

 狩り尽くした雑草を箒で掃き集めると火炎魔法で着火させ、白い煙が立ち上がった。


 ものの三十分で庭の掃除を終わらせたメルキュールが一階のマーカスと合流する。


「庭の方は終わったわ。そっちはどう?」

「案外片付いてるな。荒らされてる様子はない。あちこち蜘蛛の巣が張ってるからそれをはたき落として、床やテーブルを拭き掃除すればそれでいいんじゃないか」

「おっけ。じゃあ二階の様子見てからそっち手伝うわ」

「おう」


 メルキュールが二階に上がり部屋割を確認しながら、掃除に取り掛かっている三人の様子も見守る。

 ゼトラが窓を拭き、フィオリーナが床の拭き掃除をし、五分ごとに休憩がてら手を繋いで、或いはハグで魔力を補給して、と忙しなく働く二人を見てなんだか可笑しくなってしまうメルキュールだった。


 一階はキッチンどダイニング、リビング。寝室が一つ。二階には寝室が三つに書斎。両階にトイレ。いわゆる4LDK ではあるが、裏手のひと目につかないところに天然風呂があるのを発見した時は、さすがにメルキュールも驚いた。


「さっすが豪商ね。年に何度泊まるかも分からない別荘に結構お金かけてるじゃん。これを放棄しようと迷ってるとか、なんなら壊れてもいいとか、経済感覚が狂ってるわね~」

「引退したらここ買い取るか?」

「冗談。私は図書館付きのデザイナーズハウスが夢なの」

「何度も聞くけど、本当にその老後の人生は楽しいか?」

「脳みそまで筋肉つまってるような奴には分からない話なのよ~」

「よく言うぜ」


 軽口を叩き合いながら掃除を済ませるのだった。


 アイビスお手製の昼食を取り、引き続き午後も掃除となり、ようやく片付いたのは十五時頃である。


「疲れた~!」

「戦闘の方がまだマシだな……」


 二階の見晴らしのいい広いテラスに集まった一行がぐったりと座り込む。

 あぐらをかいたゼトラの膝の上に座ったフィオリーナも、溶けそうなほどにグッタリとしている。


「がんばったね、フィオ」

「頭なでて!」

「エライっ」

「えへへ!」


 イチャつく二人を他所に、マーカスが遠く『ウォーレンツの棘』と呼ばれる鋭く伸びる岩山を見上げる。

 あいにく木が邪魔をして滝は見えないが、今更剪定もやろう、という気は起きないようだ。


「今日はもうこの辺でいいだろ。あと二日見張って動きがなければ依頼完了ってことで引き上げだ」

「賛成~!」


 メルキュールが力なく手を挙げて、アイビスも静かに頷く。

 何事もなくこのままのんびり二日過ごして、死霊なんて気のせいじゃないですか?という事で済ませたい気満々である。


 だが、その期待はその日の夜に大きく裏切られる事になる。


 夕方過ぎから雨が静かに降り出した。

 今の時期はあまり雨が降らない、この地域にしては珍しい、というのはホテルの従業員の弁。

 雨がサラサラと屋根を叩く中、のんびりとお風呂で汗を流し、食事を済ませた一行が部屋に戻った。


 だがベランダから何気なくマーカスが件の別荘を覗くと、日が暮れて真っ暗な夜に窓から煌々と灯り漏れていた。


「メルキュール、見えるか」

「こっちでも確認したわ」


 リンクドスネールで素早くやり取りを済ませたマーカスがゼトラとフィオリーナに頷く。


「仕事だぜ」


 ため息交じりに大剣を装備して、雨が降りしきる夜を足音を立てないように駆け出すのだった。

予告。

別荘の掃除を済ませ、適当にお茶を濁して帰還する気満々だった『明けの明星』を襲う謎の影。

果たしてそれは盗賊か、この世を恨む死霊か。

影に怯えて泣き叫ぶフィオリーナをゼトラは救えるか。

そして忍び寄る、恐るべきもう一つの闇の姿とは……!?

次回「030.影を払い」

お楽しみに。


ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年09月24日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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