027.舞い降りた天使の
「出発は一週間後だ」
冒険者ギルドのホールの一角。
ため息まじりにマーカスが円卓の席に腰掛ける。
「一週間後ねぇ。ま、ちょうどいいんじゃないの。アパート引き払うのにも多少なり準備はいるでしょうし」
「引き払うって言ったって、家財道具なんざロクに置いてないし始末は半日もあれば終わるだろ」
「じゃあしばらく時間が空いて暇ってこと?」
「そういうことだな」
謁見を終えた翌日。朝から雨が降っていた。
間もなく雨期に入るためこの雨はしばらく続くのではないか、という予想である。
七竜が封印されていると思われる地を目指すことになったマーカスたちは、検討した結果、西方の果てのバインクレ王国を目的地と定めた。
距離としてはエイベルク王国から南のアムスト大陸にある古の七王国、カイコルロ王国が近い。
だが、その途中のソドナ公国、その隣国のエセル共和国では資源を巡って一触触発の状況が続いており、エイベルク王国から船で直接渡海する方が望ましいだろう、というアルベルトの助言があった。
だが夏の時期は海が荒れやすく、船は避けたほうが良い、ということで西方の果てを目的と定めた次第である。
またバインクレ王国までは直線距離でおよそ七千キロ、実際には八千キロ以上にはなるが、その途中のカールウェルズ魔創公国に、移動を早められる手段を確保できる可能性がある、というメルキュールの提案があった。
「本当は二度と会いたくない奴がいるんだけどね、背に腹は変えられないわ……」
想像するだけでゲンナリとした表情をするメルキュール曰く、メルキュールが魔法を学んだカールウェルズ高等魔法術学校で、馬に代わる移動手段を研究している者がいると言う。
カールウェルズ魔創公国の王都、イザベリアまでは距離にして約三千キロ。
急いだとしても一ヶ月。
実際はその途中の都市に立ち寄り、依頼をこなして旅の資金を稼ぎながらの旅路となる。
或いは本来の目的であるアリスの足跡を探しながら、亜人集落の噂がないかを探りながらであるから、倍以上はかかると見ていいだろう、というのがマーカスの見立てである。
さて、冒険者が都市を移動するにあたって、その手段は概ね二つある。
一つは都市間を繋ぐキャラバンの護衛任務を兼ねて移動するのが最も多い。
もう一つは移動先に近い場所の依頼をこなしながら移動する方法である。
後者は実入りも増えるが不確定要素も多く、時間が予定よりもかかりがちなのが難点である。
よって前者の手段を取ることが多いのだが、同じことを考えて移動する冒険者も多く、キャラバン護衛任務は予約制となるほど人気が高かった。
その結果、ここから北西へおよそ三百五十キロ程離れた都市ヴィシャールへのキャラバンの護衛任務を確保できたのが先にマーカスが述べた、『一週間後の出発』という事である。
「都合よくいかないものね」
メルキュールもそんなことは分かっているだろう。しかし誰が相手と言う訳でもなく、文句の一つも言いたくもなる、とはマーカスも同意する所だった。
「ま、一週間という限られた時間を有効に使うのも冒険者としての嗜みだと思ってくれ」
「分かった」
仕方ない、と言った顔で苦笑するマーカスを見て、ゼトラも頷く。
「んで、だ。この一週間だが、過ごし方は各自に任せる。一応パーティ推奨の魔獣討伐依頼もあるにはあるんだが、どれも遠方の依頼で移動だけで十日はかかる場所ばかりだ。依頼をソロでこなすも良し。知識や魔法の習得の時間に当てるもよし。どうだ?」
「ん。オッケー」
「了解」
過去にも同じことがあって要領を得ているのか、迷うこと無く頷くメルキュールとアイビスと違い、ゼトラとフィオリーナが二人、同時に小首を傾げた。
「依頼ってソロでも受注できるの?」
息ピッタリの二人の動きにメルキュールが思わず吹き出しそうになるのを堪え、マーカスが咳払いをする。
「もちろん。今は復興関連の依頼が殺到しているからソロ用の依頼も多くある。ゴミ掃除やら岩塊撤去作業やら、それこそなんでもな。魔獣討伐なんて依頼はパーティ前提だが、ソロ用の依頼でも探せばいくらでもあるぜ」
「へー」
「そーなんだー」
瞳を輝かせた二人も理解したようで、マーカスが腰をあげる。
「てことで、メルキュールにお願い事だ」
「は?」
ソロ用の依頼でも探そうかと同じく腰を上げたメルキュールがポカンと口を開ける。
「すまんがコイツの改造を頼む。金貨二枚やるわ」
「リンクドスネールね。いつの間にどうしたのよ」
「ここに来る途中で買っといたんだ」
マーカスが手渡したのは急速に普及しつつあるリンクドスネールの市販品、六つだった。
一つにつき銀貨十枚と決して安い方ではないが、マーカスにとっては少額の買い物であろう。
「常時連絡を取れるようにしたいから、一つはマスターに預ける。残りは俺たちの分だ。市販品はエーテル電池で動くやつだが、電池が切れる度に入れ替えるのも面倒だから、所有者が直接魔力を供給できるように改造してくれ」
「ふーん」
メルキュールがリンクドスネールに仕込まれている通信魔法を解読するため、鑑定魔法を走らせ、続いて発動させた分析魔法、解読魔法で暗号化されていた生の詠唱文を引っ張り出すと、軽く一読した。
「ふん、ちょろいわね。三日から四日ってとこね」
「さっすがメルキュール様。高等魔法術学校を主席で卒業した天才は違うね」
「もっと褒めていいのよ♪」
気分良さそうにニンマリ笑ってメルキュールがウインクする。
そのついで、と言わんばかりにゼトラに手を差し出す。
「?」
差し出された手に、右手を重ねたゼトラ。その上からまたフィオリーナが左手を重ねる。
「お手じゃないわよっ」
思わずツッコミをいれたメルキュールが苦笑する。
「ゼトラのマジックポーチも用意したげるわ。時間があまりないからアイビスの物ほどじゃないけど。ぎゅーぎゅーに詰め込めば一週間分の着替えを押し込める程度のやつに改造したげるわ。改造用の素体が金貨一枚で売ってたから、それ買うのにゼトラの口座から振り込み処理するからタグ用意して」
「あ、そういうことなんだね」
ゼトラも思わず笑い、ふと思い出したように懐から金貨一枚を取り出した。
村を出るときに渡されたエイベルク金貨である。
「これでもいい?」
「え、まあいいけど。今どき現金持ち歩いてたの?珍しいわねー」
「村を出るときに渡されたんだ。旅の資金にって」
「いいの?思い出の品じゃない」
「いいんだ。使うべきときに使わないと、いつまでも使わない気がして」
「ならいいんだけど」
そう言って金貨を受け取ったメルキュールは、嬉々としてリンクドスネールを抱えてギルドから出ていった。
「さて、お前らはどうする?俺は体力勝負の依頼でも受けようと思ってるんだが。災害ゴミの片付け、岩塊の撤去作業といったところだな」
「そうだね……」
依頼が張り出されている掲示板の前に移動し、ずらりと並んだ紙を見上げる。
「アイビスはこれまでこういう時はどうしてたの?」
「私は……メルキュールと一緒に色々……」
「そなんだ」
人間不信気味で積極的に他者と関わろうとしないアイビスにとって、共に行動するつもりだったメルキュールは別行動となってしまっている。
アイビスも困惑した顔で依頼の一覧を見ていた。
「あ、じゃあこれなんてどう?これならフィオも受けられるし」
『治療のお手伝い』
先の騒動により多くの怪我人が出ている。その治療に当たる人手が足りないためその手伝いをお願いしたい。
報酬:銀貨五枚。働き次第では特別報酬あり。
達成期限:一日毎。継続的に受注してくれる場合は報酬上乗せ。
依頼主:ソントラー病院。
推奨ランク:カッパー級以上推奨。
特記:回復魔法が使用可能なら好ましいが、使えなくても構わない。
疾病対応であれば医学的専門知識が必要だが、外傷を治す程度なら冒険者の回復魔法でも十分であるためこういった治療の手伝いは大規模災害発生時にギルドへ依頼されるのは、よくあることだった。
ちなみに、フィオリーナも先んじて冒険者登録を済ませている。
十二歳――外見上は十歳という幼さから受付嬢はかなり渋ったが、マスターであるアルベルトとマーカスの推薦という事もあって鑑定球を通した所、カッパー級という判定が出たため、目出度く冒険者登録を済ませる事ができた。
冒険者の低年齢化時代到来なのか、とても危惧されます、とぼやいていたが。
「私、どうしよ。回復魔法使えない……」
フィオリーナがしょんぼりとしてゼトラの腕をイジイジとつねるが、ゼトラがその手に重ねて優しく微笑む。
「回復魔法が使えなくてもいいって書いてあるし、色々手伝いできることあると思うんだけど、どうかな」
「なら……そうしよっかな……」
「私は……ゼトラが一緒なら……」
うつむき加減でふと呟いたアイビスがハッとした表情で自分の言葉を否定する。
「べ、べ、別にそういう意味じゃないけど……っ」
慌てた表情で首を振るアイビスを後ろで見ていたマーカスがクククと笑いを堪え、アイビスが顔を真赤にしてジロリと睨みつける。
慌ててそっぽを向くマーカスだったが、その顔はにやけていた。
「じゃあ僕たちはこの一週間、この依頼を受けるよ」
「オッケー。じゃあ毎朝九時と十八時に集合してお互いの状況報告をしよう。メルキュールにも伝えておいてくれ」
「了解」
「わかった!」
「はーい!」
こうして解散となり三人は揃って依頼主であるソントラー病院へと向かうのだった。
病院は粗民街の一角、一番外の城壁沿いにあった。海に近く、浸水被害にあったのか壁の腰ほどの高さに茶色の泥の線がなおも生々しく残っている。
建物は大きく、粗民街の住人たちを広く受け容れていることを伺わせた。
依頼を受けて治療の手伝いに来た冒険者と名乗る少年少女に病院側も最初は戸惑いを隠せなかった。
特に幼い女の子が心細いのか少年を腕を離そうとしないのを見て、お父さんかお母さんが入院してるの?お見舞いに来たのかしら?と勘違いしたほどである。
だが、三人とも冒険者タグを提示して、その内二人は回復魔法の使い手という事もあり受け入れることになった。
怪我人が急ごしらえのベッドに寝かされ、病院の受付にまで溢れかえっている。
「あんまり急のことで逃げ遅れた人も多かったせいか、とにかく怪我人が多くてね。全然人手が足りないのよ」
年齢は四十台ほどか。小じわこそ目につくが整った顔立ちが美しい女性が、白いコートを翻してため息をつく。
看護婦長のアリサ・スプリングと名乗った女性が一人の患者に案内する。
「この患者さんは中軽症ってところなんだけど治せそう?」
「やってみる」
血の滲んだ包帯が腕や胸、太ももに巻かれ、痛みに苦悶の表情を浮かべる男性がベッド――というよりは椅子を組み合わせて敷布を敷いただけの所に寝かされている。
その男と目線を合わせて腰を落としたアイビスが、手をかざして回復魔法を発動させた。
患者の全身が光に包まれると、出血は止まり、怪我で赤黒くなっていた肌の色がみるみると健康的な肌へど変わっていく。
ゼトラたちが見守る中で、あっという間に治療を完了させた。
苦痛に息を荒げていた男性だったが、既に穏やかな呼吸で眠りについている。
「ッ!?すごい!こんな急速回復なんて初めて見たわ!さすが手伝いに来る冒険者ってだけあるわね~!」
感激した様子でアリサが熱を測るように首元に手を添え、頷く。
「うん。少し熱は残ってるけど怪我はもう大丈夫みたいね。順調なら今日にも退院できそう」
アリサはフィオリーナに熱冷ましの濡れタオルを額に載せるように依頼すると、バケツと大量のタオルを渡す。
アリサが魔力枯渇には十分気をつけて、都度休憩を挟むように、と言い含めて、ゼトラもまた治療に当たるのだった。
この一週間、可愛らしい少年少女の活躍はたちまち評判となった。
特に無尽蔵の魔力を誇るゼトラは、治療不可能と見放されかけていた重篤患者さえも治してしまいアリサを驚かせた。
ソントラー病院に天使が舞い降りた。
その評判を聞きつけたのか病院には途切れることなく患者が運び込まれ、一週間も経つ頃には病気持ちの患者以外、ほとんどの外傷患者が回復に向かっていく事になった。
「素晴らしいわ!病院で雇いたいくらいよ!」
最終日になって別れの日になるとアリサの他、病院付きの回復魔法の使い手、病院長のエセト・ソントラーという老年の男性ら総出でその別れを惜しんだ。
ゼトラとアイビスの治療を受けた元患者たちも、その見送りに病院へ押しかけており、受付はごった返している。
感謝の握手を求められ、戸惑いながら無愛想にそれに応えるアイビスもまんざらでもなさそうである。
「ありがとう、ありがとうねえ。まるで神の子だわ」
そう言って涙ながらにゼトラに手を合わせる老婆に、ゼトラが優しく微笑んで手を握り返すと、老婆は年甲斐もなく頬を赤らめて顔を伏せるのだった。
この一週間で三人の合計報酬額は特別報酬の上乗せを含めて金貨十五枚が計上された。
ゼトラはマーカスが以前話してくれた方針の通り、きっちり金貨五枚づつ、三等分にしてアイビスとフィオリーナで報酬を分けた。
「いいの?私はゼトラやアイビスほど頑張っていないのに……」
ゼトラは申し訳なさそうにタグを受け取ったフィオリーナの肩を抱いて微笑む。
「胸をはって受け取っていいんだよ。ボクはフィオリーナが一生懸命働くのを見ていたから頑張れたんだ。もちろん、アイビスも頑張ってるのを見て、みんなのために力になりたいって思えたんだから」
「そっか、そなんだ……えへへ」
そう言って腕にギューッとしがみつくフィオリーナの頭を撫でてアイビスを見る。
アイビスもまた、少しモジモジとしながら微かな笑みを浮かべるのだった。
いよいよ出立となる前日の夜、マーカスとメルキュールもアルベルトの招きで邸宅へ集まった。
しばらくの別れとなる、最後の夜である。
アルベルトの一家と食卓を囲み、レリアの作った料理に舌鼓を打った。
フィオリーナを連れ帰ってきた最初の日こそ一家も驚き戸惑っていたが、二日もすればすっかり家族のように接するようになった。
ルチェとアロイは妹が出来たと言わんばかりに喜び、いや、未来の王妃様では?という指摘にフィオリーナはすっかり舞い上がりゼトラは苦笑した。
「お三方の活躍、ギルドにも届いておりました。見事な働きでございました、ゼトラ様」
「ううん。みんなのおかげだよ。こうしてみんなが居たから、ボクも頑張れたんだ」
自慢するように胸を張って仲間たちを見渡すゼトラに、つい涙ぐむアルベルト。
それに釣られてか、レリアもそっと頬を拭った。
「聞いてくださいゼトラ様。主人ったらマスターを辞めてゼトラ様に付いていくべきか、なんて悩んでいたんですよ」
いたずらっぽく笑うレリアをアルベルトが慌てるように遮って頭をかく。
「それは言わない約束だったじゃないか」
「あんな顔初めてみたものですから、今となっては可笑しくなっちゃって」
そう言ってオロオロと悩み、困ったような顔マネをするレリアを見て、爆笑の渦が巻き起こった。
「付いてこられちゃ、エイベルク王家の連絡手段がなくなっちまうよ、マスター」
マーカスも笑いながら口元を隠す。
「はい、そんな心配性のマスターにプレゼントよ」
良いタイミングと見て、メルキュールが懐からリンクドスネールを差し出した。
それを受け取り、アルベルトがしげしげと見る。
「これは……いいのかい?」
「ええ。魔力供給を所有者に設定してあるから常時送受信状態にしちゃうと魔力枯渇で疲れちゃうから注意。常時受信待機状態、送受信モードなら一日十分程度なら耐久性は十年は保たれるわ。通信範囲も世界の裏側じゃない限りは多少聞こえづらくても届くはず」
「ありがとう……大切に使わせてもらうよ」
大事そうにリンクドスネールを起動させ、ポケットにしまうアルベルトを見て、メルキュールも他のメンバーにも配る。
「あれ?私のはないの……?」
しょんぼりとしたのはフィオリーナである。
除け者にされた、と感じたのか瞳を潤ませてせがむようにメルキュールを見る。
「ごめんね。今のフィオの体質だと故障する可能性が高いって判断なの。だから我慢して。その代わりゼトラのリンクドスネールに入った通信は手を繋いでいればフィオにも聞こえるように調整してあるから」
「そなんだ……」
それでもあまり納得できていないのか、顔を少し伏せているのを見て、ゼトラがフィオリーナの指に絡めるようにして手をそっと握る。
その温かさにフィオリーナはゼトラを見て、その笑顔にニコリと返した。
「うん。分かった!その代わり治ったら、私にも頂戴!」
「もちろんよ!」
機嫌が治った様子に胸をなでおろしたメルキュールは、フィオリーナの頭を優しく撫でるのだった。
夜もすっかり更けて、そろそろベッドに就かなくては、という時間になって別れの晩餐はお開きとなった。
マーカス、メルキュール、アイビスの三人を見送った後、ゲストルームに向かうゼトラとフィオリーナをアルベルトが呼び止める。
「明日の七時に起床できそうなら一度ゼトラ様と、もちろんフィオ嬢とも見たい景色があるのですが、如何でしょう」
「七時ね。わかった。起きるよ!」
「恐れ入ります」
おやすみの挨拶を交わしたアルベルトが一礼して、二人揃ってゲストルームのベッドに潜り込む。
見たい景色ってなんだろうね、そう囁きながら二人もいつしか眠りに就くのだった。
雨はいつしか上がり、虫の音が静かに歌い出す。
美しく瞬く星の輝きが夜空に浮かぶグランマリナ城を優しく照らしていた。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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次回更新は2020年09月22日お昼頃の予定です。
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