024.新たな旅立ちと
新章突入です。
異界から元の世界に戻るにあたって、二日ほどの準備が必要だった。
フィオリーナを守るためにゼトラはメルキュールから二種の結界魔法を習った。
一つは物理的な攻撃や衝撃から身を守る防御結界。もう一つは魔法攻撃から身を守る魔法防御結界。
左腕を常に塞がれ、事実上左側が死角となるゼトラをカバーするため、メルキュールがマジックアローをカスタム化したマジックニードルをフィオリーナに授けた。
両手で魔力を練り上げる、という唯一の欠点があるマジックアローと違い、右手を塞がれるフィオリーナのために左手だけで放つことができるように調整したものである。
長旅に備えてフィオリーナの身なりを整える事も重要なことだった。
白銀色の前髪は眉辺りでナチュラルに揃えて右分けに、腰まで無造作に伸びていた髪は肩まで短くして後ろ髪はポニーテールで結んだ。
藍色のレギンスに灰色とブルーのストライプ柄の白色のミニワンピースを革のベルトで締め、ベルトにはアイビスの物ほどではないが、メルキュールが改造したマジックポーチと護身用のショートナイフを。
冒険者のために機能性を重視してポケットを多く備えたパステルピンクカラーの長袖のジャケットを重ねた。
見た目は軽装ではあるが、メルキュールの魔法によって防御魔法を施されており、見た目以上に防御力を誇るという説明があった。
着替えを済ませたフィオリーナが、はにかみながら、どう?とスカートの端をつまむ姿を見たゼトラが、食い気味に爽やかな笑顔で頷く。
「うん、すごく似合ってるよ!」
「えへへ!」
モジモジと身体をくねらせ、照れたように首を左右に振ったフィオリーナは、ゼトラの左腕に手を回した。
ちなみに、常にフィオリーナに魔力を供給し続けなければいけない以上、二十四時間常に側にいる二人である。
夜もまた然り。
苦虫を噛み潰し青筋を浮かべ、娘に何かあったら許さないからな!と息巻く父と、それを羽交い締めにしたマーカスに見送られて初めて迎えた夜。
胸が高まり、なかなか寝付けなかったフィオリーナは、そっと横を見た。
緊張しまくったフィオリーナと違い、スヤスヤと寝息を立てていたゼトラを見て、いささかご不満だったようである。
はやっ!とショックを受け、その翌日の午前中は、おかしいな、思ってたの違う、とずーっと悩み顔だった。
二日目の夜、接触という形であれば良いのでは?手を繋いでいなくても良いのでは?という仮説に基づいて二人なりに研究した結果、腕に手を回す形でも問題ないようだ、という結論に達した。
この先さらに暑くなる盛夏の季節、手汗でべっちょりなのに手を握るのはどうなんだろう、と乙女心なりに不安だったフィオリーナにとっては好ましい研究結果だった。
「さて、こんなものか」
全員旅支度を済ませたのを確認したマーカスは異界と世界を繋ぐ祠に向かった。
三日間の滞在とは言え、久しぶりの故郷に十分息抜きできたのか、或いは温泉の効果か、メルキュールの肌ツヤは何時にも増して調子いいようだ。
アイビスも外見は十六歳らしくハツラツとしているが、まるで恋人のように寄り添うフィオリーナとゼトラを見て、微妙そうな表情をひきずっていた。
チラチラと後ろ目でそれを見たフィオリーナが、ゼトラから手を離しアイビスに駆け寄りそっと耳打ちする。
「……!?違っ……!」
顔を真赤にして否定するように首を振るアイビスを見て、フィオリーナが悪戯っぽく小さく舌を出して笑いゼトラの横に戻る。
小首を傾げるゼトラは、腕に回した手をギュッと力を込めてクスクスと笑うフィオリーナを不思議そうな目で見る。
「何て?」
「……知らない!」
興味深そうに覗き込むメルキュールを避けるように、真っ赤な顔を両手を隠してそっぽをむくアイビス。
なんとなく察したメルキュールはニンマリと微笑んで胸をキュンキュンとさせるのだった。
なによ、それ……とブツブツ呟くアイビスの脳裏にフィオリーナの言葉がリフレインする。
――ゼトラはニブいみたいだからアタックかければまだまだチャンスあるよ。負けないんだから
いのち短し、恋せよ乙女。
ゼトラを巡る二人の乙女の対決に高らかなゴングが鳴り響く。
恋の終着駅を目指す遥かな旅路の始まりでもあった。
男だてらに大粒の涙をこぼす父と、その背中をバシンと叩いてしっかりなさい、と叱るその妻。
「じゃあ、行ってくるよ、親父、おふくろ」
「元気でねマーカス。時間が出来たらいつでも戻ってきなさい。異界の入り口はいつでもどこでもメルキュールが開けるんだから。もちろんみんなも、フィオもね」
「うん、父様、母様、今までありがとうございました」
ペコリと頭を下げるフィオリーナにナーシャがそっと抱きしめる。
「貴女が生きる意味はきっとある。それはきっとゼトラ君と一緒に見つけるものだと思うわ」
「……うん」
フィオリーナの頬を涙が伝いナーシャの胸におでこを当てる。
「母様ありがとう。行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
母子の別れを済ませ、祠の魔法陣が作動する。
「向こうの出現位置は街道の北側、森の中にしておくわ」
「大丈夫だとは思うんだけど。向こうの世界に飛んだらいきなり岩の中に飛んだりしないの?」
「問題ないわ。出現位置周辺に人がいないのも確認済みよ」
ゼトラの疑問にウインクして答え、転送魔法陣が強い光に包まれた。
「……」
「…………」
安堵したように、ふう、と一息ついたメルキュールの表情が、全てうまくいった事を示していた。
「やっぱり、ちょっと慣れないね」
脚元をふらつかせ、よろめいたゼトラをフィオリーナが慌てて腰に手を回して支える。
だがその重さを支えきれないのか、同じくよろめいて倒れかけた。
「……っ!」
少し逡巡して、意を決したようにゼトラの右手、フィオリーナと同じく腰に手を回してアビスがそれを支えた。
それを見て、メルキュールがからかうように笑う。
「モテモテじゃーん」
「うざ」
顔を赤らめながらそっぽを向きながら放つ、いつもより厳しめなアイビスのツッコミを気にすることなく、ますます声を上げて笑うメルキュールだった。
その様子を見ていたマーカスが肩をすくめ、引き締めるように声を挙げる。
「さて、街に戻るが……。ゼトラ、いいんだな」
「うん」
ゼトラが力強く頷き、マーカスを見る。
「アルベルトさんは絶対に味方になってくれる。大丈夫だよ、マーカス」
元の世界に帰還するにあたって、マーカスが最大の障壁となるのではないか、と懸念したのは依頼の処理だった。
マーカスたちが『伝説の七竜の探索』という依頼を受けたのは当然ながらギルドは承知している。
その結果、七竜と思われる巨大な未知の生物――と言っていいのか疑問は残る――が、復活した。
その上さらにそれをゼトラが活動を停止させた。
そこまで関連してマーカスたちが対応したのだ、と結論づけているかまでは計り知れないが、少なくとも復活に関わっていると思っているだろう。
それをどうギルドに説明すべきだろうか、という点でマーカスを悩ませた。
そこでゼトラが提案したことは、まずはマスターであるアルベルトに全て正直に話す、ということだった。
マーカスたちの正体が魔族と称される竜角族であること。その姿を幻装魔法で人の姿に偽り、冒険者として活動する理由。
伝説の七竜が復活した経緯、その全てを正直に話すべきだ、と強くゼトラは主張した。
マーカスは全てを明かすリスクを恐れた。
だが、強い信念でもあるのか、ゼトラの強い眼差しに圧された。
「ボクとアルベルトさんの間で嘘とか誤魔化しとか、隠し事はしてはいけないと思うんだ。その理由はその時みんなにも話すよ」
そう言ってニコリと笑うゼトラを見て、マーカスは信じた。その力強い眼差しに賭けた。
メルキュールが異界の出現場所に選んだのはマードル大森林を横断する街道を挟んで北側だった。
南側は大地をめくりあげた鎖やその裂溝帯で、足場も悪い。
被害状況を確認しているのか、あるいはマーカスたちを捜索しているのか、冒険者たちの姿が多く見られたためでもあった。
この三日間、マーカスたちが見つからなかったのは岩塊とともに北側に飛ばされて気を失い、二日程彷徨っていたから、という言い訳も念の為用意しておいた。
「マーカス!マーカスじゃないか!!無事だったのか!!」
街道を出てすぐちょうど通りかかった冒険者が慌てた様子で駆け寄ってきた。
マーカスが片手をあげてそれに応える。
「よう!心配かけたみたいだな」
「ゼトラも無事みたいだな!マスターが随分心配していたぞ。あんなオロつく姿は初めて見たぜ」
誰だっけ、と笑顔で誤魔化すゼトラの様子を見て、その冒険者が苦笑しながら肩をすくめた。
「おいおい、これでお前と会うのは三回目だぜ。いい加減覚えてくれてもいいんじゃないか」
豪快に笑いながら頭をかいて、ジョエル・クラージュと名乗ったその冒険者を見て、ゼトラもぽんと手を合わせた。
マードルの宿場町から王都へ向かう途中、ゴブリンの襲撃に遭った際に後ろの馬車から飛び出してきた冒険者。
マザー・ゴブリン討伐作戦に成功したその帰り、最初に声をかけてきた冒険者。
焦げ茶色の髪に薄い眉毛。まっすぐ鼻筋の通った整った精悍な顔つきで、黒色の瞳の鋭い目つき。
口角をニッと上げて笑うそれは人懐こく見えた。
軽装の鎧に蒼色の冒険者用のジャケットはありふれたものであるが、取り回しの良さを重視しているのかショートソードよりやや刃渡りの長い両刃の剣はよく使い込まれており、これまでいくつもの依頼をこなしてきた歴戦の冒険者であることを伺わせる。
それがジョエルだったとゼトラの記憶の中で合致した。
「ごめん、ありがとうジョエル!」
「おうともよ!」
ニカっと笑って握手を交わす二人を見て、マーカスが頷く。
「それで状況はどうなんだ?」
「最悪だな」
お手上げ、と言わんばかりに大げさに両手を広げたジョエルがこの三日の出来事を話してくれた。
トップランカーでもある『明けの明星』ことマーカスたちがが『伝説の七竜の捜索』の依頼を受けたらしい、という話は冒険者たちの間でもすぐに話題になった。
随分と物好きな、という一点に於いて。
だがその翌日になってアルーア・マルター島が動き出し、鎖が大地をめくりあげたのを見て、まさかあれが、ひょっとしてマーカスたちが復活させたのか?とジョエルは勘付いたようだ。
一方、島が大きく盛り上がり動いたことによって発生した大波の浸水被害、それ以上に巨大な鎖によって岩塊が吹き飛ばされた事による被害が甚大で、王城にも一部岩塊が届き、特に城下町の粗民街側が深刻な被害を受けた。
ジョエルのパーティは街の北部の農耕地帯における魔獣討伐依頼を受けていたため直接的な被害は免れた。
しかしその帰り道で見た、鎖が空を舞い、地面に叩きつけられる光景は一生忘れられない衝撃だと言う。
また、その後ギルドに冒険者たちが緊急招集された。
被害にあった人々の救助活動、岩塊の撤去作業、そして行方がわからなくなったマーカスたちの捜索にあたることになった。
捜索範囲は鎖の遺跡から裂溝帯が続くマードルテーブルまで、と距離も在る上に、埋まっていた鎖が跳ね飛ばされた事によって生じた裂溝帯には海水が流れ込んで、ちょっとした大河のようにもなっており、捜索は遅々として進んでいないのが現状だった。
ジョエルは一旦捜索結果の報告のためギルドに戻り、再び街道沿いから南の森へ入ろうとしていたところに、ちょうどマーカスたちを見つけた、ということだった。
「とりあえず無事で良かったぜ。『明けの明星』を失うことはギルドにとっても痛手みたいでマスターが随分と狼狽えていたからな」
「随分と迷惑をかけたみたいだな。すまんがジョエルはこのまま森に入って捜索中止の連絡をつけてくれるか。俺たちはギルドに戻る」
「よし、任せろ」
ジョエルが胸を叩いてニカッと笑う。しかしすぐに厳しい目つきで、マーカスを見た。
「あの七竜らしきデカ物……が復活?動き出したのはマーカスたちが関わっている……ってことでいいのか?」
やはりその質問がくるよな、とマーカスは内心思いながら肩をすくめる。
「分からん、というのが正直な所だな。遺跡を見つけたのは間違いないんだが。ともあれ、まずはマスターに報告してからと判断している。詳しくはギルドから説明があるだろう」
「そうか、楽しみにしてるぜ」
そう言うと、ジョエルは南の森へと入っていったのだった。
「さて。という状況らしいしギルドへ急ごう」
「は~い」
マーカスが先頭を歩き、それについていく一行。
ゼトラの後ろに隠れるようにしていたフィオリーナもゼトラの左、定位置に戻る。
どうして後ろに隠れていたのだろう、と思ったゼトラの視線に気付いたフィオリーナが、恥ずかしそうに腕に絡めた手の力を強める。
「初めて逢うヒト族にちょっと緊張しちゃった」
えへ、と笑ってギューッとゼトラの腕に抱きつくのだった。
ちなみに当然のことながらマーカスらはメルキュールの幻装魔法によって人の姿に戻っている。
フィオリーナは竜角族の特徴である角がなく、耳が人のそれと同じであるため、外見上はそう変わりはないのだが、瞳の色が人にはない紅色であるため、髪の色をゼオラの白金色よりやや濃い金色に、瞳の色を青緑色に変えている。
街道を西へ、正面城門に着くまで見ていくと、極めて深刻な被害に見舞われたことは明らかだった。
所々城壁が岩塊によって大きく崩れ、その隙間から街の屋根が見えている。
押し寄せた波がそこまで浸かったのか、泥のような土砂のラインが腰ほどの高さにこびり着いていた。また森林を破壊したことで細かい枝葉が残ったままの倒木もあった。
何より、南に視線を向けるとよく見えた、その鎖の全容である。
「おっきいね……」
フィオリーナが思わず立ち止まり、ポカンと呆気に取られて呟くように見上げた。
地平線の右端から左端へ大きく身体を向けて、その彼方へ消ていく強大な鎖の圧倒的なサイズ感はフィオリーナでなくても、よくぞ直撃しなくて済んだものだ、と安堵する。
鎖はどうやら城下町の外、スレスレに落ちたようで直接的な被害はなさそうだが、果たしてあれを撤去可能なのか想像もつかない。
城門をくぐるといつも以上の喧騒が戻っていた。
しかし以前に見た光景と違うのは、商売のために行き交う人よりも何かしら荷物を運ぶ人の方が多いことだった。
おそらくは復興に取り掛かっている人々なのであろう。
建築資材、撤去した瓦礫、そういったものを持ち運ぶ姿が多く見えた。
ギルドに向かう途中でも、すれ違いざまにマーカスの姿を認めた冒険者が無事を喜ぶように声をかけられ、その度に感謝の言葉と心配をかけた事に詫びをいれつつギルドへ急いだ。
ギルドへ入ると普段より人は少ないように見えた。
多くの冒険者が復興作業に駆り出されているのだろう。
「マーカスさん!ご無事でしたか!!」
窓口から大きな声をかけてきたのはアシェ・オリビエという受付嬢だった。
その声に気づいたように、ホール全体が、おぉ、とざわめきに包まれる。
それまで打ち合わせのため円卓を囲んでいた冒険者たちも立ち上がり、視線を向けてきた。
「みんな、この通りどうにか無事だ!迷惑をかけてしまったようだ!すまない!」
手を挙げてホール全体に聞こえるようなマーカスの声を聞いて、冒険者たちは指笛と拍手、歓声で応える。
次々と冒険者たちが駆け寄り、無事を祝うように握手を求めてきたり、あのデカ物はお前たちか?と興味深そうに聞いてくる。
それに言葉を濁しながらあしらっていると、受付窓口から飛び出してきたアシェが割り込んできた。
「マーカスさんたち『明けの明星』の帰還をマスターが心待ちにしていました!どうぞ!案内しますよ!」
そう言うと、囲んでいた他の冒険者たちは自然と解散し、復興作業に戻るように散っていった。
ギルドマスタールームに通された一行が見たのは山のように積まれた書類を矢継ぎ早に目を通して承認のサインを入れるアルベルトの姿だった。
「マスター!『明けの明星』が戻りました!」
マスタールームを開けるなり放ったアシェの元気のよい声に、アルベルトは椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。あまりの勢いは机を揺らし、山のような書類が崩れて部屋に散乱する。
「おぉ……ッ」
ゼトラに駆け寄り、怪我がないのかと肩に両手を於いて顔を伏せる。
「ゼトラさ……くん……。無事でよかった……」
「帰りが遅くなってごめんなさい。アルベルトさん」
「心配いた……しましたよ……」
頬を伝う涙を引っ込めるようにグッと顔を引き締め、立ち上がってマーカスをまっすぐにみる。
「さて、何があったのか、詳しく聞かせてくれるかな」
「ええ、もちろん。ただ……」
「ただ?」
「今はまだマスターだけの胸の内に秘めておいて欲しいこともある。覗き見盗み聞きを防ぐ結界を張ってもいいかい?」
「ふむ……?よほど重大な出来事があったようだな。よかろう。許可しよう」
「助かる」
マーカスがメルキュールに目配せすると、メルキュールが部屋全体に遮音や監視防止といった結界を次々と展開していく。
「随分と厳重だな。まあいい。掛けたまえ」
応接間のソファへ促され、腰掛けた一行の前にアルベルトが自身で淹れた紅茶を用意した。
「さて、聞かせてくれるかな」
そう言っていつもの穏やかな……だが嘘偽りを許さないような威厳ある態度でその対面に座るのだった。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
執筆を続けるモチベーションになりますので、
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年09月19日お昼頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




