023.全力を出すと世界に破滅を招く勇者と、その手を繋いでいないと死んでしまう魔王の娘は出逢う
光を遮る暗い一室に、詠唱文様と呼ばれる実体化した魔法の詠唱文が球状を成していた。
「これが我が娘を封印している時空断絶結界だ。この状態でもう二年にもなる……」
その結界を見上げるのは、一人は多くの人々から魔王と恐れられて欲しかった男、ジョージ・マンハイム。
頬から側頭にかけて禍々しく伸びる四本の角と、太い眉毛に紅く光る瞳が、人のそれとは大きく異なった。魔王と称され、畏怖の念を抱かせるには十分すぎるほどの強大な魔力が周囲の空間をわずかに歪ませていた。
そしてその隣には魔王の隣にいるにはあまりにも相応しくない少年、ゼトラ。
艶のある白金色のショートヘア、龍の模様が入った民族衣装服を身をまとった軽装で、腰元に差したショートソードは特に珍しいものではなかったが、その使い込まれたグリップは少年が相当な使い手であることを伺わせた。
ゼトラは、そっと結界に手を伸ばしてわずかに揺らぐ反応を見てから、ジョージとメルキュールに振り返り、ニコリと笑う。
「うん。問題なさそうだよ」
「そうか……。よし。結界を解除してくれ」
「かしこまりました」
ジョージの後ろに控えていたメルキュールが一歩進み出て、結界の前に立ち、手に持った錫杖を構えた。
球状の結界は黒い濁りを守るかのように中空に漂っており、淡い光を放っていた。
メルキュールがささやくような小声で結界の解除を命じる詠唱を唱え終わると、結界の輝きが急速に失われ、詠唱文様が霧散して消失する。
そして結界によって守られていた黒い霧が露わになると、制御を失ったかのように大きく蠢き始める。
「始まった……ッ!頼む、勇者よッ!我が娘を救ってやってくれ……ッ!」
「うん!」
ジョージの悲痛な叫びに応えるように、ゼトラが黒い霧に手を伸ばし、触れる。
と、同時に、凄まじい光と衝撃波が放たれた。
「な、なんだ!?」
「きゃあ!!」
メルキュールが吹き飛び、その後ろに控えていたマーカスがそれを受け止める。
「大丈夫か!?」
「く……!ありがと!」
「アイビスも平気か!?」
「問題ない……!」
驚愕、あるいは恐怖の表情にも近い面持ちでマーカスたちは、眼前の光景に眼差しを向ける。
「な、何が起こってやがる!?」
「わからないわ!でもこの膨大な魔力の流れ……!とんでもない魔力があの子から発生して、それを姫様が吸いつくそうとしているんだわ!」
衝撃波が二度、三度と絶え間なく発生し、光が白く、黒く、あるいは赤色に、緑色に、青色に、黄色に、輝きを変えてゆく。虹色と一言では説明しきれないほどの輝きが溢れ出しては吸い込まれていく。
「なんという魔力の輝き……ッ!」
「この輝きは……まるで創世神話で語られる光の氾濫のようにも……!」
「冗談じゃないぜ!?これじゃあ世界がぶっ壊れちまうんじゃねえか!?」
「くぅう……ッ!」
「親父!!下がってくれ!」
「これは……ッ!」
「うわっ!」
やがて目を開けていられないほどの輝きが一室を満たしていき、最大級の衝撃波でマーカスも、またジョージも吹き飛ばされ、石造りの壁に打ち付けられた。
やがて光が次第に虚空に失われていく。
そして失われた光の元に、少女の手を掴むゼトラの姿があった。
「おぉ、あの姿は……まさしく……」
ジョージの歓喜の声が全て思惑通りことが進んだことを示していた。
ゼトラが握るその手は白磁器のように色白だった。歳はゼトラよりも五歳ほど幼く、十歳ほどであろうか。
あどけない顔つきであるが、あと数年もすれば絶世の美少女になる事を約束されているかのように美しかった。
美しいブロンドヘア髪は腰まで無造作に長く伸びており、朱色と紅色が混じる瞳は宝石のようにキラキラと輝いていた。
「おはよう」
「あ……お、おはよ……」
唐突な目覚めの挨拶に戸惑いながら返す少女に、ゼトラが人懐っこい笑顔で見つめる。
「ボクの名前はゼトラ」
少女の手を握るゼトラの手は優しく、そして温かった。その心地よい暖かさに少女も応えて握り返す。
「君の名前を聞いてもいいかい?」
「私……私の名前は……フィオリーナ……」
「フィオリーナ、よろしくね」
「よろしく……ゼトラ……」
いつしかゼトラを見つめる頬に赤みが差し、鼓動が高まっていく。互いの瞳に吸い寄せられるように視線が絡み合う。
「あ……と、と、とりあえず、服、着よっか」
「え……?え……」
ふと冷静になって、紳士の嗜みとしてそっぽを向くゼトラに、ハッとした表情で己の露わになった素肌を確認したフィオリーナの悲鳴が部屋にこだまするのだった。
「ふにゃあーーーー!!」
女性陣が慌ててバスタオルで隠したフィオリーナを連れ出し、また男性陣らも別室へ案内された。
恐れていた最悪の事態は避けられたようだ。
「身体に異常はないか?」
「うん、特には」
「ならいいんだが……」
マーカスとしても最悪の事態もありえると思っていたため心配そうにゼトラを見るが、どこ吹く風と言わんばかりにケロリとしている。
ゼトラもまた両手を広げて問題なさそうなアピールをしてマーカスにニコリと微笑んだ。
――まるで創世神話で語られるような魔力の輝き……。ゼトラの無尽蔵な魔力はどこから来ているんだ?
当然ながら抱く疑問であるが、マーカスには見当もつかない事であった。
またマーカスにとっては二年ぶりに元の美しい姿を取り戻したフィオリーナに感慨深いものがあった。
マーカスの従姉妹にあたる少女であるため、血縁者としても並々ならぬ思いはあった。
症状の進行を抑えるために結界内の時間を大きく遅らせた結果、外見は十歳の頃からまるで変わっていない。
本来であれば十二歳である。
「むぐぐぅ……。娘を嫁に出す気持ちとはこういうことか……ッ」
「まだそう決まったわけじゃないだろ」
唸る父に肩をすくめる子のツッコミを見て、ゼトラも可笑しくなってクスクス笑うのだった。
そうこうしてるうちに一時間経つ頃。
ノックもせずに乱暴に扉を開けたアイビスが顔を真っ青にして飛び込んできた。
「ゼトラ!大変なの!来て!」
「どうしたの!?」
「フィオ様が!また……!」
アイビスに腕を引っ張られて、女性陣が集まる部屋に押し込まれた。
ベッドに横になったフィオリーナが胸を抑え、苦しんでいた。
息を荒げて、美しい顔立ちを苦悶で歪めている。
「ゼトラ!よかった!」
フィオリーナの手を握っていたメルキュールが手招きする。
「お願い、手を握ってもらえる?」
「え、うん」
メルキュールに促されて言われるがままフィオリーナの手を握ると、それまで苦しんでいたフィオリーナが嘘のようにスッと静かになり、小さな寝息を立て始めた。
「う~ん……これは……」
メルキュールは目を細め、魔力の流れを感知する魔法を発動させる。
キン、と微かな音を立て詠唱紋様がメルキュールの目を覆った。
「これは妙ね……」
「どうしたんだ?」
遅れてきたマーカスがひょいと顔を出した。
ベッドで静かに眠るフィオリーナ、その手を握るゼトラ。
それを見守るメルキュールとアイビスの顔はいずれも深刻そうである。
ナーシャが乱れたフィオリーナの前髪を整え、濡れたタオルで汗を拭いた。
「娘は大丈夫なのかッ?」
これまた遅れてやってきたジョージがその様子を見て青ざめた顔でオロオロと手をこまねく。
「父親ならシャンとなさい。フィオは無事よ」
たしなめるようにナーシャがジョージを抱きしめ、落ち着きを取り戻したように息をつく。
「以前のフィオ様は、発作的に自分含めて周囲の魔力を際限なく吸収する体質だったわ」
「ああ、そうだったな。一定程度吸収したら、発作が収まっていた」
「でも今のフィオ様は、持続的に周囲の魔力……というよりゼトラの魔力のみを受け付ける体質に変わったように見えるわ」
メルキュールの診断にマーカスも怪訝そうに眉間にシワを寄せる。
「また発作が出たのかなって思ったけど、手を握っても魔力が吸収されるような感覚がなかったから確かね」
「それじゃあつまり……」
「つまり、こうしてゼトラが手を握ってあげている限り何の問題もないけど、手を離しておよそ一時間もするとフィオ様は魔力枯渇状態に陥って……死ぬわ」
「おぉ……ッ!フィオよ……ッ!なんと哀れな……!」
ガックリと膝をついて頭を抱え、大粒の涙をこぼすジョージの姿を見て、マーカスも唇を噛みしめる。
「ボクのやり方がダメだった?それで復活が不完全だった?」
泣きそうな顔のゼトラの頭をメルキュールが撫でながら優しく微笑んで首を振る。
「そんなわけないわ。あんな状態から復活できただけでも奇跡なのよ。ゼトラは自分ができる最高の結果を出したわ」
「そうだといいのだけど……」
そう言って静かに胸を上下させるフィオリーナをじっと見る。
自然とその手を握る手に力がこもる。温もりを感じる小さな手だった。
「ゼトラからフィオ様に常に魔力を流し続けている状態と言っても、葉から朝露が一滴こぼれ落ちる程度の、ほんの僅かなものでしかないみたいね。多分、だけど、ゼトラにはほとんど影響はないはず。それなのに、それが唯一の生命線となっている……」
「そうか……」
安堵するようにマーカスが頷くと、ううん、と小さな声たててフィオリーナが目を覚ました。
薄っすらと目を開けて視点が定まらないような目でゼトラを見る。
だがそれを見て安心したように笑顔を見せた。
しかし天井を見て、はぁ、と一息ついて悲しそうな顔でポツリと呟く。
「お母様とお父様の夢を見たわ……」
溢れる涙を隠すように手で覆いフィオリーナの口元が微かに震える。
ああ、そうか、とゼトラは悟った。
この子は、目の前で自分のために全ての魔力を失い、命を落とす父と母を見たのだ。
消えゆく命の灯火を、何も出来ないまま見つめていることしかできなかったのだ。
なんと残酷なことか。
己の身体の異変のために、己の身を投げ出した父母、それでもなお生き続ける少女。
そこにどれほどの苦悩があっただろう。
一体自分にそこまでして生きねばならない価値があるのか、と思い悩んだことだろう。
十歳にも満たない少女に、それがどれほどの精神的な辛さを与えたのだろう。
ゼトラの胸中に思いがよぎる。フィオリーナの苦悩を想像し、胸を締め付けられた。
ゼトラもまた涙がこぼれた。
そしてそれは強い決意となって、フィオリーナの握る手に力がこもった。
「大丈夫。これからはボクが君を守るよ、一生……約束するよ」
ゼトラは思ったことを口にしただけの、何気ない言葉だった。
だが、完璧すぎるイケメン顔で放ったその言葉の意味の受け取り方は、フィオリーナにとっても、周囲の大人たちにとっても違ったようである。
「えっ」
「あらやだ」
「ふぉおぅ!!」
ポッと頬を染めるフィオリーナ。
ニヤける口元を抑えるメルキュール。
まあ、と見開いて目を輝かせるナーシャ。
愛する娘が純白のウェディングドレスを身にまとって旅立つ姿を想像をして、胸を押さえたジョージ。
フィオリーナが真っ赤な顔を隠すように左手で覆う。
「不束者ですが、よろしくおねがいします……」
十歳の少女の言葉としては、一般常識的には若干早すぎるそれは、ジョージにとってトドメの一撃となったようだ。
「ふぐぅ……ぬぉぉ……」
妙なうめき声を挙げながらふらつく足で、ナーシャに支えてもらいながら部屋を出ていってしまった。
ちらりとマーカスがアイビスを見ると、なんだか微妙そうな顔である。
何事がブツブツと呟いているようにも見えた。
キョトンとした表情で周囲の反応に戸惑うゼトラ。ド天然タラシと化した頭をくしゃりと撫で、マーカスが笑った。
「ま、ともあれひとまず解決って事でいいだろう」
「そうね~」
微かな笑みを浮かべるマーカスに、メルキュールも同意した。
しかしすぐに目つきは鋭くなり、口元を引き締める。
「だが一生ココで暮らしていくにはまだ早い。俺達の旅はここでは終わらない。課題は山積みだ」
状況を整理しよう、とマーカスが考えるように顎に手を添えた。
一つめ、ゼトラの母を探す旅。
アイビスを助け出したように世界中を飛び回るゼトラの母、アリスはどこにいるのだろうか。
そして世界が大変なことになる、と言うアリスの旅の目的は?
二つめ、復活した伝説の七竜の対処。
神話上の伝説にすぎないと思われた七竜が存在することは、最悪の結果で証明された。
破壊された城下町はあれからどうなったのだろうか。
他の七竜も復活する可能性はある。広い世界のどこかに残りの七竜は存在するのだろう。
またゼトラが復活のトリガーとなったのは間違いない。
それはゼトラ固有の能力に依るものなのか、ゼトラの強大な魔力でそうなったのか。
後者であればゼトラでなくとも七竜の復活は可能ということであり、最悪の状況にも転びうる。
三つめ、向こうの世界で生き延びた亜人たちの救出。
世界には生き伸びた亜人が残っているだろうか。もしまだ残っているのなら、恐怖に駆られ亜人狩りに執着する和国よりも先んじて探し出さなければならない。
アイビスの悲劇を防がなけれればならない。
他にもゼトラの無尽蔵な魔力は一体どこから来ているのか、地理的に一致しない故郷、フィオの体質、といった気になる所はあるが、大きな所でこの三つだろう。
「そしてこれらを解決するためになすべきことは……ギルドが提示した依頼をこなす、ということだ」
母親の足跡を探る、七竜の手がかりを探す、亜人の生き残りの噂がないか探す、四者四様の本来の目的は、いずれに於いても『依頼のついで』にやっていくことになるだろう。
そう結論づけたマーカスが拳を突き出す。
「マーカスさん?」
「おっと、さん付けは無しにしようぜ」
「?」
「こうなったら俺たちは一蓮托生だ。綺麗なオチがつくまで、とことん付き合ってやるよ」
首を傾げたゼトラに、マーカスがニヤリと笑う。
メルキュールもフフッと笑いマーカスの拳にコツンと合わせ、アイビスもそれに続いた。
察したゼトラもニコッと笑い、拳を突き出す。
「これからもよろしく、マーカス、メルキュール、アイビス」
「おう」
「ええ」
「うん」
ゼトラは上体を起こしたフィオリーナを後ろから抱き支え、フィオを握った手でその拳に重ねる。
「もちろん、フィオもね」
「うん……」
フィオリーナは熱くなる顔を気にしながらも、背中に感じる暖かな感覚に、幸せそうな笑みを浮かべゆっくり頷いた。
全力を出すと世界を破滅させてしまうので程々の力で無双する勇者と、その手をつないでいないと死んでしまう魔王の娘。
その仲間たちの遥かな旅路の往くつく果てはなお遠い。
これにて第一章は終わりです。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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