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022.唐突な最終決戦の果て

 マーカスに先導されるように地下へ案内されたゼトラ。

 メルキュールもアイビスも、あほらし、といった表情でその後に続いていた。

 じきにマーカスと同じくらいの背丈の扉に立っていた。


「この先は闘技場になっていて、その……なんていうか『魔王様』が待ち構えている」

「あ、うん」

「んでまあ、すまんが、一戦交えてやってほしい」

「戦うの?」

「そうだな。それを『魔王様』がお望みだ」

「そ、そう……」


 やれやれ、といった表情でうなだれるマーカスが、ゼトラの肩に手を置く。


「一応言っておくが『魔王様』は俺たち魔族の間でも最強だ。魔法の腕はメルキュールよりも上だ」

「そうなんだ」


 マーカスの言葉を聞いて、ゼトラに緊張が走り目つきが鋭くなった。


「だがこれまで見てきて、お前が負ける要素は一ミリもないと思っている」

「えぇ……?」

「ま、殺さない程度に相手して『納得』させてくれ」

「わ、わかったよ」


 妙な事になってきた、と思いつつ、ゼトラが開いた扉をくぐる。

 くぐったその先に腕組して仁王立ちになった魔王が待ち構えていた。

 どこから吹き込んでいる風なのか、バタバタとマントははためき、邪悪そうな笑みと、紅く輝く瞳がまっすぐにゼトラを睨む。


「クックック。逃げずによく来たものだッ!勇者よッ!!」

「どうも……」

「叩けば折れそうなショートソードのみとはナメられたものよな……ッ!だが我は遠慮せぬぞッ!ぬけぬけとここまで忍びいった事、後悔させてやるッ!!」


 ペコリと頭を下げたゼトラを忌々しげに魔王デストラクトが睨み、フンと鼻息荒くあしらう。


「いざ殺し合おうぞッ!!」

「!!」


 ゼトラに身構える時間を与えようともせず、空中に無数の火球が発生した。

 そしてまとめてゼトラに襲いかかる。


 右に、左に、火球を躱すゼトラを、追撃の火球がその背中を急襲する。


「すばしこいやつッ!」


 着弾して燃え上がる火球を躱しきったゼトラの脚元から、氷の柱が大きく跳ね上がった。それをバク転で躱したが、着地した所に次々と氷の柱が襲う。しかしそれは大きく後ろへ飛び退って躱した。


「ならばこれでどうだッ!!」


 豪炎が空中に巻き起こり、逃げ場を封じるように闘技場全体を覆った。

 地を蹴り、柱を蹴り、天井を支える梁にぶら下がったゼトラが、ふう、と息をつく。


「さすがにすごいね。こんな魔法初めてだよ」

「ナメるな勇者ぁッ!!!」


 余裕の笑みを浮かべるゼトラに激昂し、魔王が咆哮を上げる。

 振りかざしたその手から、シャイニングアローの閃光が梁を砕いた。


「くッ!」


 一瞬ゼトラを見失い、その姿を探す魔王。


「そこかッ!!」


 だがすぐに、鋭く伸びた爪が眼前の誰もいない空間に向かって襲いかかる。

 そして、そこに出現したゼトラを斬り裂いた。


 が。


「残像だとでも言うかッ!」


 手応えの無さに、魔王もそれが残像と認めた。

 次々と空間を裂く爪の斬撃が、ゼトラを斬り裂いていく。だがいずれも素早く回避したゼトラの残像だった。


「小癪なぁッ!!ならばこれだッ!!」


 大きく振りかぶった魔王が辺り一帯を溶岩が煮えたぎるマグマに変えてしまった。

 凄まじい熱量が闘技場全体に広がり、ゼトラもまたその熱量に思わず顔をそむけた。


「フハハッ!怖かろうッ!恐ろしかろうッ!逃げ出したかろうッ!絶えぬ炎に恐れを抱き、そのまま死ねエェェッ!!」


 だが、何かおかしい。

 違和感を覚えて動きが止まったゼトラに、炎を帯びた魔王の爪の斬撃。

 必殺の一撃を躱したゼトラが、マグマの上を駆けて、一瞬にして距離を詰めた。


「なにッ!?」

「やッ!!」


 体を浴びせるように肩を当て、魔王の体勢が崩れたところに、大きく振りかぶったゼトラの右の拳が魔王の胸元に炸裂する。


「グボアェッ!」


 魔王の張る極強度防御結界がズギャアン!と爆音を立てて破壊された。

 結界は突き破られ、効果を失った詠唱紋様も砕け散り、魔力の残滓が空中に四散する。

 結界ごと貫いたゼトラの拳は、コークスクリュー気味にめり込んだ。

 その一撃に魔王の身体は渦を巻くように後方へ大きく吹き飛ばされて壁に激突し、内壁が瓦礫となって崩れ落ちた。


「う、ぐうぅう……ッ!勇者め……ッ!!」


 すぐに瓦礫をはねのけて立ち上がった魔王が邪悪な瞳で睨む。だが、ガハッと血を吐いてその場で膝を付き、そのまま白目を剥いて崩れ落ちた。


「そこまでだッ!!」


 それを二階の席から見ていたマーカスの声が響いたところで、魔王と勇者の唐突な最終決戦に決着が付いた。


 いつの間にかマグマは消え、燃やし尽くすまような熱量も霧散していた。

 あれは何だったんだろう、と首を傾げるゼトラに、メルキュールがその解を示した。


「あれは幻覚魔法(ハルシネーション)の一種ね。実際にはマグマも熱もないんだけど、あの一瞬であれだけの幻覚をこの闘技場全体に発動させるんだから、さすがよ」


 二階から飛び降りたマーカス、メルキュール、アイビスを見て、ホッと一息ついてゼトラが苦笑する。


「これでよかったの?」

「十分さ」


 肩をすくめ、アイビスに目配せする。


「すまんが、ヒールかけてやってくれ」

「分かった」


 頷くアイビスが魔王に駆け寄る。その両手から暖かな光が放たれ、傷ついた魔王を癒やしていった。

 すぐに気を失っていた魔王が覚醒すると、ガバリと上体を起こした。


「まだだッ!これしきでッ!」

「おいおい」


 マーカスがはぁ、と肩を落としてウンザリ、と言った様子で魔王の前に腕組して立ちはだかる。


「もう『魔王ごっこ』はいい加減にしてくれ、親父」

「お、お父さん……?」


 キョトン、とするゼトラを、マーカスが苦笑しながら振り向く。


「そう。魔王デストラクトなんかじゃないさ。ただのジョージ・マンハイムだよ」

「むぐぅ……ッ!」

「一応は亜人たちの王ではあるんだが、普段は民と一緒に痩せた畑を耕す、しがないおっさんだよ」

「それはさすがに無礼であろう、マーカスよ」

「じゃあこんな『ごっこ遊び』はいい加減にしてくれよ」


 また肩を落とすマーカスが呆れたように父の姿を見る。


「くっ……。どうせ人族に名付けられた魔族の王の称号、存分に恐怖を味わわせてやろうと思ったものを……」

「まあ、その気持ちはわかるんだけどさ」


 なだめる父子のやり取りを見て、首を傾げたゼトラが口を挟む。


「え。じゃあみんな魔族じゃないの?」

「まあ、魔族と言えば魔族なんだけどな」

「そうなんだ」


 質問に答えたマーカスの歯切れの悪さに、ゼトラは首を傾げる。


「てっきり竜角族だと思ってた。魔族とは違うのかなぁ?」

「えっ……」


 マーカスたちだけでなく、闘技場での戦いを見守っていた亜人たちからも、ざわっとざわめきが巻き起こり、そして沈黙が支配する。


「……」

「よもや本来の我々の種の名を知る者がいようとは……」


 魔王……ではなく、ジョージ・マンハイムが声を震わせ、ゼトラを見つめる。


「お前、竜角族を知っているのか……?」


 マーカスもまた目を見開き、ゼトラを見やる。


「え。うん。ボクの育った村にいっぱいいたよ。竜角族だけじゃなくて、エルフ族も、ドワーフ族も、ヒト族もみんな仲良く暮らしてた」

「まじかよ……」

「だから征魔大戦の話を聞いて驚いたんだ。そんなことがあったなんて。村の大人たちは教えてくれなかったし、多分誰も知らないんじゃないかなぁ」

「向こうの世界に、そんな村がまだ残っているのか……」


 愕然とするマーカスを不思議そうな顔で見つめるゼトラ。

 メルキュールも興味深そうにゼトラを見る。


「ね。情報交換といきましょ。ゼトラの村のこともっと教えて。私達もこの世界のこと、ゼトラに知ってほしい」

「わかった」


 場所を移して食堂に戻ると、マーカスの母でありジョージの妻であるナーシャが、紅茶を淹れてくれた。

 出席したのはゼトラ、マーカス、メルキュール、アイビス。

 そしてジョージ・マンハイム、宰相ウルウェイッル、ナーシャの六名であった。

 ゼトラが育った村はシニキヒルと言うらしい。


「シニキヒル……?聞いたことがないな……」


 またゼトラが言う、マードルの宿場町までの道のりも、マーカスらが認識する地理感とかなりズレがあるようだ。

 マーカスが首を捻り世界地図を広げて、その場所を指し示す。


「ゼトラが言う通りなら、シニキヒルって村は恐らくこの辺りだ」


 マードルの宿場町から北東、およそ二十キロから三十キロ辺りを示したが、その地はなおもマードル大森林の只中であり、村があるような記載はない。


「転送魔法陣を通って村を出たって言うなら、もっと北か?だとするなら……偉大なる(グレート)皇帝の(エンパイア)玉座(スローン)山脈まで行くか……?」

「う~ん。この辺りは人を受け付けない未開の地だからね……。その可能性はなくはないけど、荒涼とした岩石砂漠地帯に入ってくるから豊かな自然、っていうのともまた違う気がするのよね」


 う~んと唸るマーカスとメルキュールの横から、ゼトラも不思議そうに世界地図を見る。


「ひょっとしたら、この世界のどこか、全然違う場所なのかも……」

「その可能性は高いな」


 ジョージが無精髭をゴシゴシとなでつけ、頷いた。

 答えを出しあぐねている所に、ゼトラが目を輝かせた。


「ね、この世界ってどういうことなの?」

「うむ」


 興味津々と言った様子で聞くゼトラに膝を向け、ジョージが口を開いた。




 八十七年前。

 征魔大戦を繰り広げつつも、もはや敗戦濃厚となっていた亜人諸国連合はその後の対処について話し合いを持った。

 そこで出た結論は、世界を分け絶ち、その地へ移る、というものだった。


「世界を分け絶ち……?」

「そう。亜人が人に近しく人ならざるもの、と呼ばれるように、人の世界に近しく人の世界ならざるもの、を生み出したのだ」


 感慨深そうに目を細めるジョージをゼトラは怪訝そうな顔で見る。


 人が亜人を嫌い、世界から亜人の住む地を奪い、殲滅しようとするのなら、もはや関わりを断つ以外にない。

 そう結論付けた亜人諸国連合は高位魔法使いの力を結集し大規模な次空断絶結界を発動させ、この魔界を生み出した。


 そしてその地を亜人たちの安住の地と定め、世界から姿を消した。


 無論、その後に付いていかず、世界のどこかに安住の地を求めて旅立つ者たちも居た。

 その一つがアイビスが生まれ育った集落である。


 擬似的に作り出した世界であるため、ゼトラの世界とは環境が異なる。

 それが昼も夜も紫がかった雲が立ち込める、不思議な空模様を生み出していた。


「じゃあ結界の中なんだ。ここ」

「そういうことよ」

「結界に供給する魔力が切れたら、なくなったりしないの?」


 ゼトラの疑問は当然である。

 だがメルキュール曰くその心配はないと言う。


「当然、そうならないように向こうの世界からも、結界内部からも、とびっきり高純度エーテリウムで魔力を補ってるからね。向こう千年は問題ないわ」

「そうなんだ……」

「俺達が姿を偽り、人の世界で冒険者稼業をやってる理由は二つある」


 腕組みしながらマーカスが言葉を繋ぐ。


 一つは向こうの世界における亜人たちに対する印象の調査。

 もう一つは向こうの世界に残った亜人たちの救出である。


「俺たちだって昼も夜もない、青空が拝めないこの世界で永遠に暮らしていこうなんて思っちゃいない。もしも赦されるなら、元の世界に戻りたいと思っている。だから亜人を見る目や認識が、どうなっているか情報収集するのが任務の一つ。もう一つが……」

「亜人の救出?」

「そうだ。今なお亜人狩りを続ける和国の手から、向こうの世界に残る亜人たちを救出しこの世界に連れ帰る。それがもう一つの任務だ」

「その任務を遂行するのためには、冒険者稼業をやってるのが一番てっとり早いってことね」

「ま、いい稼ぎになるのも事実だしな」

「そっか、そうなんだ……」


 何事かじっと考え、ティーカップを見つめるゼトラ。

 その様子に気付いたマーカスが覗き込むように見る。


「どうした?」

「ああ、うん……。うん、向こうの世界に戻ったら話すよ」

「そうか」


 首を傾げたマーカスを見たゼトラは、誤魔化すような照れ笑いを浮かべるのだった。

 そしてジョージに顔を向ける。


「それで、その、ボクにしか助けられない子がいるって聞いたのだけど……」

「うむ……。その件については、その子を『封印』しているところに向かいながら話そう」

「封印……!?」


 ジョージが先頭に立って歩き、昔話を始めた。



 ジョージ・マンハイムの妻、ナーシャには十歳下の妹がいた。

 ヘレナ・ルシフェルド。

 長寿ながら子ができにくい種族である通り、ヘレナが初子を産んだのは四十歳の時、今から十二年前のことだった。

 その子の名は、フィオリーナ・ルシフェルド。


 マーカスにとっては従姉妹にも当たるその子は、先天的に竜角族の角がなく、外見上は人のそれとほぼ同じだった。

 両親共に竜角族であるにも関わらず。

 人に近しく人ならざる者でありながら、潜在的な人の遺伝子が強く出たのではないか、というのが結論だった。

 しかし竜角族であることに違いなく赤子の頃から強い魔力を宿していた。


 だが八年前、フィオリーナが四歳になる頃、その身体に異変が生じ始める。

 発作的に魔力を吸収するようになり始めたのだ。


 魔力を発するのではなく、吸収する。


 竜角族にとっても初めて見るその現象は、多くの者を戸惑わせた。

 最初は僅かな変化でしかなかったが、日を追うごとに、年を追うごとに、その異変は強くなっていった。


 周囲の魔力を吸収し、それでもなお足りぬと自らの魔力を吸収して魔力枯渇状態に陥って苦しむ娘に、母も、父も、自ら魔力を与え――命を投げ出した。


「やめなさい、と言っても聞かなかったのよ。それが親の愛というものなのでしょうけど……」


 ナーシャが唇を噛み締め、ジョージはその肩を抱き寄せる。


 しかしそれでも発作的に魔力を吸収する体質は変わらなかった。

 娘を救うため命を投げ出した両親に代わり義父となったジョージとナーシャは、どうにかしてフィオリーナを救おうと手を尽くしたが、症状はますます悪化する一方だった。

 いくら魔力を多量に含む高純度エーテリウムを側においた所で、あっという間にそれも吸収して、ただの石ころと化した。


 魔力を吸収し続けた結果、自らの身体すら維持できなくなったのを見かねて、フィオリーナを次空断絶結界で覆い、結界内で時間進行を極端に遅らせることに成功したのが、メルキュールだった。

 それがちょうど二年ほど前、フィオリーナが十歳の時だった。


 結界内でも進行する魔力吸収症状を見て、もはやこれまでか、と誰もが諦めた時、星詠みの預言者が告げた。

 今からおよそ二年後、その子を救いうる勇者が人の世界に現れる、と……。


 そしてマーカスとメルキュール、アイビスは向こうの世界に旅立った。

 二年後に森深い宿場町――マードルの宿場町で遭遇するだろう、というお告げを胸に秘めて。


「正直に言えば、フィオリーナがそのまま命を失うことも運命、とも諦めていた。だが星詠みの預言者が言うには、フィオリーナと勇者の出逢いは、我々竜角族だけではなく、世界を救う力となる、と……」

「世界を救う……」


 ジョージに語られるまま案内された一室。王城の塔の一角にそこはあった。

 窓は光を遮るような厚いカーテンで覆われていた。


「これがフィオリーナだよ」


 扉を開け、そこにあったのは……。

 結界に覆われた闇のような塊。モヤのようなもの。


「これが……人……?こんな……こんなことって……」


 なんて可哀想なんだろう、ゼトラは胸が締め付けられるような思いでそれを見た。

 もはや人の形を成していない、中に漂う魔力をかき集めるように結界内で黒い濁りが漂っていた。


「でもいいのか?際限なく魔力を吸収するやつと、無尽蔵に魔力を発揮するやつを会わせれば、そりゃあ安定はするだろう、というのは簡単な理屈だが……」

「そうね」


 メルキュールがいつになく真剣に、難しい顔をした。


「それでも魔力吸収が収まらなかったら……最悪、ゼトラは死ぬわ。それでもいいの?」

ここまでお読み頂きありがとうございました。

執筆を続けるモチベーションになりますので、

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年09月17日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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