002.森の中の宿場町を訪れる
夏の日差しを遮る森の中、うっすらと残る獣道を頼りに、落ち葉の一枚一枚を確かめるように歩む一人の少年。
それを先導するように光がヒラリと舞い踊る。
「見て、川だわっ」
「泳げるかなぁ!気持ちよさそう!」
大きく横に張り出した枝をくぐって小石で敷き詰められた川辺に駆け寄り、少年が無邪気に笑う。
「あぁん。アタシの案内もここまでってことね」
「そうなんだ」
「うん。ここから先はヒトが増えてくるから、アタシみたいな可愛いフェアリーはいい見世物になるってんで捕まっちゃうって聞いたものっ!」
「そっかぁ」
「この川沿いの獣道を歩いていけば街道に出て、そこを西に向かえば小さな街があるからね。迷子にならないようにね!」
「わかった!」
ゼトラは寂しそうな笑顔でヒュイを掌に乗せ、ヒュイは頬を染めて見つめ返す。
「ここまでありがと。ヒュイも元気でね。」
「ゼトラもね。寂しくなったらすぐに帰ってきていいんだから」
「うん。そうするよ」
クスクスと微笑み、まるで別れを惜しむ恋人同士のように、小さな唇がゼトラの鼻筋にふれる。
『我らの愛しき子ゼトラ・ユーベルクに、妖精族の長ヒュイ・ラン・エルドが祝福を与える。その旅路に幸が多からんことを』
妖精の言葉で紡がれた祝福の魔法。魔力が詠唱文様と称されるハートの形と成ってゼトラに降り注ぎ、弾けながら消える。さながら夜に瞬く星の煌めきのように散るそれは、人では決して成し得ぬ奇跡の輝きであり、幻想的なものだった。
「じゃあ、またね!」
「うん!」
名残惜しそうに光が森の陰に隠れて消えるのを見届けたゼトラは獣道に戻り森の奥に目を向ける。
(このまま獣道を歩いていけば街道に出て、そこを西に向かえば小さな街があるんだったっけ……)
そうして再び歩き始めるのだった。
それから少しの時間が経って、別の場所のことである。
太陽が天頂を過ぎ、空が茜色に染まって夕方の気配が近づく森の中、地図にも載っていないような小川のせせらぎの横で、目を覆わんばかりの惨劇が起きていた。
フリルのついた上品そうなレモン色のドレスの女性が、その惨状を前に身を震わせていた。
「あぁ……なんということでしょう……」
女性に怪我はなさそうだが、白く美しい肌に夥しい返り血がまとわりつき、その凄惨さを物語っていた。
その女性をかばうように、同じく返り血を浴びた銀白色の軽装鎧を身にまとった女騎士が、細剣を構え、目の前の魔獣を見据える。
「姫様!お下がりください!」
人より二回り以上も大きい黒褐色の巨体は、一見すると熊のようにであったが、全身は鋭い刃のような短い毛で覆われており、背中から禍々しい棘がいくつも生えていた。
冒険者から魔獣と称される、凶暴化した獣である。
その獣の後ろ、失った右腕を押さえて夥しい血を流すもう一人の女騎士。辛うじてかすかな呼吸を繰り返しながら何も出来ない絶望の瞳で獣を睨む。
「姫様……!」
悲鳴にも近い声でまた呼びかけたが、姫様と呼ばれる女性の足はすくんで震えるばかりで動けそうにもない。その様子を見て、覚悟を決めたように女騎士は細剣をまっすぐに突き出した。
「この命に賭けて、ここは……!」
その殺気に当てられたかのように魔獣が咆哮を上げ、一歩大きく飛んで丸太のような右腕を横薙ぎにする。
必殺の一振りを辛うじて屈んで避けた女騎士の一閃が、振り抜かれた毛むくじゃらの腕の隙間から胸元――心臓の位置を狙う。
しかしその剣戟は鋼鉄の板に振るったかのように軽々と弾かれ、その反動で大きく体勢が崩れたところに、左腕の横薙ぎが女騎士を襲った。
「ガハッ!!」
素早い反応で強烈な一撃を防御態勢を取った手甲で防いだが、振り抜かれた豪腕は女騎士の鎧にめり込み、骨が砕ける鈍い音と共に、はるか後方の木の幹に叩きつけられた。
「キャーーーーーッ!マリアーーー!!」
女性の悲鳴は薄れゆく女騎士の意識に届いたが、激痛がはしる身体に、力なく崩れ落ちる。
「姫……さ……ま……」
途切れそうな意識を振り絞り、それでも立ち上がろうとするのは姫の護衛を務める者としての執念であろう。しかしその身体に力が入ることはなかった。
恐るべき魔獣が次なる獲物として姫の姿を捉え、その腕を振り上げる。
ここまでか、と絶望した瞬間、魔獣の頭をまっすぐに光の矢が貫いた。
絶命の雄叫びを上げることもなく、魔獣はその場で力なく崩れ落ち、巨躯を幾度かビクリと震わせて動かなくなった。
「これ……は……」
何が起きたのか、全く状況を把握できない女騎士は、薄れゆく視界に冒険者と言うにはあまりに軽装の少年を捉えた所で、気を失ったのだった。
「マリア、マリア。大丈夫ですか」
女性の言葉で目を覚ました女騎士は、苦痛で表情を歪めながら、ゆっくりと目を開けた。
「姫様……!ご無事で……!」
声をかけた女性の姿を認め、女騎士――マリアは細剣を探すようにあたりを見渡す。
気を失ってからそれほど時間が経っていないのか、魔獣の遺骸が転がり血溜まりを形作ったままである。
活動的な印象を伺わせる三つ編みポニーテールを揺らし、血で汚れたマリアの頬を水で濡らしたハンカチで拭き取りながら、ああ良かった、と安堵の声を漏らす。
マリアは打ち付けられたショートボブの頭をさすると、あの強烈な一撃を食らったわりには身体が軽く動くことにようやく気づいた。
「これは……一体……?」
状況がつかめず、目を瞬かせるマリアに姫の反対側にいた少年が心配そうに覗き込む。
「どこか痛い所はありますか?回復魔法はかけたのですが……」
「君は……?いや、痛い所は……そう言えば」
間違いなく骨が折れていただろう自身の身体に何の問題がないのを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。腕を軽く振り回し、身体のどこも異常がないことを確認すると、改めてマリアよりも随分と背丈の低い、まだ幼さを感じる少年をまじまじと見つめた。
「あの魔獣をやったのは君か?」
「間に合ってよかったです!」
いかにも人畜無害といった様相の少年に、女騎士が頭を下げる。
「この度は我らの危機を救ってくれたこと、礼を言う。私の名はマリア・バルベール。こちらにおわすはエイベルク王国第一王女、シャーディ・エルベイク王女の近衛騎士を務めている」
「お姫様……!」
まるで初めて人を見た小動物のように目を見開き、動きが止まる少年。
それを不思議そうに観察するマリアには、その少年はあまりにも世間知らずで、社会の事を知らない田舎者のように映っただろう。
実際その認識は正しいのだが。
「君の名前を聞かせてもらってもよいかな」
「あ、僕!僕の名前!」
そう言ってぎこちなく頭を下げる少年がますます可笑しく見えて、その社会慣れしていない初々しさに、主従の二人の女は思わず微笑む。
「僕の名前は、ゼトラ!ゼトラですっ!」
そう言って照れくさそうに笑うその笑顔はあまりに魅力的で、つい心を許してしまうような不思議な感覚を覚えた。
「ありがとう、ゼトラ。改めて私からもお礼をさせてください。危ないところを助けていただきました」
シャーディ姫が頭を下げ、ゼトラが照れくさそうにそれを遮る。
「姫様、周囲には他に獣は居ないようです。どうやら『はぐれ』の個体かと思われます」
その時もう一人の女騎士が、辺りを見渡しながらシャーディとマリアの元に戻ってきた。
「ルルシィ、君も無事だったのか」
「ええ、そこの少年のおかげでこの通りよ」
ルルシィ・バートネットと名乗った女騎士は失ったはずの右腕を軽そうに回して無事をアピールする。
欠損した身体を再生させただけなのか、右上腕から下は白い肌が露わになったままである。
傷跡一つ残っていないその腕を見て、マリアは驚いてゼトラを見る。
「あの傷を再生するほどの回復魔法とは……」
「ルルシィにも本当に申し訳無いことをしてしまいました。夕食前に庭園の水源まで散歩に行きたいなど我儘を言った私に罰があたったのですわ……」
そう言って沈痛な面持ちのシャーディに跪き、マリアは首を振る。
「いえ、それを言うならあの魔獣に遅れを取った私の未熟さ故です」
「はい。私もまた姫を危ない目に合わせたこと悔やんでおります」
「過ぎたことは仕方ありません。街に戻りましょう」
「畏まりました」
暗い表情を見せる三人の女性に、ゼトラはどうしたものか、と戸惑いながら声をかける。
「あの、近くに街があると聞いています。もしよろしければそこまで護衛でも」
「それは心強いですね。ぜひお願いしますわ」
「そうですね」
うなずく三人にゼトラは、ほっとした表情を見せるのだった。
「それにしても君のあの魔法、見事なものだった。あれはアロー系の上位魔法……ライトニングアロー、いやシャイングアローか?」
共に歩きながら、この細身の身体からどうやってあの強烈な一撃を繰り出せるものかと興味を覚えたマリアが声をかける。
「シャイニング……?いや、あれはただのマジックアローだよ」
きょとんとした表情で答える少年に、マリアは思わず吹き出す。
「冗談はよしてくれ。せいぜい木の枝を打ち払う程度の威力くらいしか出せないアロー系の入門魔法であのような貫通力は見たことがない。私の目は誤魔化せないぞ。あれはどう見てもアロー系の上級魔法だ」
「そうですね。まだお若いのに上級魔法を扱えるとは、ゼトラは素晴らしい魔術師なのでしょう」
「魔術……?」
なおも何のことやら?と言わんばかりに怪訝そうな表情を浮かべるゼトラに、ルルシィがハッと閃いたように手を打った。
「ゼトラは冒険者なのですか?」
「あ、いえ」
慌てて手を振り、否定するゼトラが続ける。
「冒険者志望なんです」
「まあ、冒険者志望……」
それで合点がいったかのようにルルシィがうなずき、マリアとシャーディ姫にそっと耳打ちする。
「冒険者とは己の手の内を明かしたがらないものと聞きます。ですから敢えてあれは入門魔法のマジックアローだと言い張っているのでしょう」
「なるほど……」
マリアもそれに同意してゼトラの肩を軽く叩いた。
「そういうことなら、そういうことにしておこう。変なことを聞いてすまなかったな」
「は、はあ」
なお困惑するゼトラに満足そうにうなずく女性陣なのであった。
「それにしてもまだお若いのに、冒険者志望とは……理由をお聞きしても?」
「あ、えっとですね……」
ゼトラに興味を覚えたのか、シャーディ姫が目を輝かせてゼトラに尋ねる。
ゼトラの母もまた冒険者であったこと、その母が重大な秘密を抱えてゼトラが幼い頃に旅立った事。そしてその行方が分からなくなっていること。その母を探し求めて後を追うように冒険者を目指すようになった事を聞かされて、シャーディ姫は深くうなずく。
「ご立派ですわ。お母様が見つかるとよいですわね」
同じく同意するマリアが閃いた表情を見せる。
「姫様、もしよろしければ冒険者ギルドにゼトラを良く扱うよう、口添えするのは如何でしょう。返しきれぬ恩にわずかばかりでも報いるためにも」
「それは妙案ですわ。いかがです?ゼトラ」
小首を傾げてゼトラを見やるシャーディ姫にゼトラが喜色満面にあふれて大きくうなずく。
「ありがとう!正直に言うと、どうすれば冒険者ギルドで冒険者って認めてもらえるか分かっていなかったんだ!」
「まあ!」
肝心な所で天然なのか、人懐こい笑顔のゼトラに先程までの惨劇なぞ忘れたかのように釣られて笑う三人なのだった。
その後も街道に出てからの道すがら、冒険者ギルドがある王都はどんなところなのか、どういう人たちが暮らしているのか、そういった話をしながらいつの間にか深い森を縫うように走る街道を抜けて、およそ二十分ほど歩いた所で、近くの宿場町に到着した。
そこでふとマリアが妙な違和感を覚える。
「ん?悲鳴が聞こえて駆けつけた……?この子は街道沿いに宿場町に向かっていた……。街道からあの現場まで五分以上は歩くはず……?」
ブツブツと呟きながら頭に浮かぶ違和感の正体を突き止めようと思案するマリアであったが、シャーディ姫が亡骸を回収する手はずを整えるため、護衛騎士団に声をかけたことでそれは有耶無耶になってしまった。
大森林を横断する街道の中継地点、冒険者や商人といった姿の人々が多く行き交うその街は、マードルの宿場町と呼ばれる所である。
マードルの宿場町は王都から一日歩いた場所にあるため、西方の王都を発って東の都市に向かう旅人にとって最初の休憩地であり、王都に向かう旅人にとっては最後の休憩地でもあった。
王族や貴族といった身分の高い者が利用する華美な宿屋と、商人たちが利用する宿、そして冒険者や旅行者といった者たちを受け入れる宿屋がそれぞれ離れた所でひとまとめに建てられていた。
他にキャラバン隊の馬を繋ぐ馬屋や冒険者や旅行者の懐を狙った商店、街に住まう者たちの住居が数軒、といった小さな街だった。
しかしその街に匹敵する広さを誇る大庭園が華美な宿屋に隣接していた。季節の花や木々が一年中途絶えることなく咲かせるその庭園は、エイベルク王家が管理するものであり、一般開放されていることから観光スポットとして人気で、多くの観光客が庭園の美を楽しんでいた。
血まみれの姿で戻った姫とその護衛の騎士の姿を見て、慌てふためく騎士団や側仕えの者たちの騒ぎを横目に見て、ゼトラは冒険者を受け入れる宿屋に向かっていた。
カウンターで新聞を読んでいた筋肉質の壮年の男性が、視線を外してゼトラを怪訝そうに見る。
「随分と若ぇもんが来たな」
「一部屋泊まれますか?」
教わったとおり礼儀正しく尋ねるゼトラを品定めするかのようにつま先から頭の毛先までジロリと見て、ふん、と息をつく。
「まあ雑魚寝部屋くらいはあるが、金はあるのかい」
「はい!これで足りますか?」
ゼトラが懐の財布から取り出した一枚の金貨は、村を出る時に旅の足しに、と村人から渡された旅の資金である。
宿屋の主人はギョッとしたした表情でその金貨を手に取り、シゲシゲと裏表を見定める。
「どうやら本物のようだが……あいにく、金貨一枚なんて大金で泊まれる部屋なんざねえよ。雑魚寝の大部屋で銀貨三枚、最上級の個室でも銀貨二十枚だ。それとも、その最上級の個室に泊まって、お釣りの銀貨八十枚を受け取るかい?もっとも、今日は個室は全部満室だがな」
銀貨八十枚とも言えば両手で持ちきれないほどの大量の硬貨となる。常に身軽でありたい冒険者、あるいは旅行者が、そんな大量で重いものは持ちたがらないことを宿屋の主人は知っていた。
突っ返された金貨を困ったように懐に戻したゼトラは、あっ、と思い出したように腰のポーチから一枚の封書を取り出した。
それは村を出るときに、行商をしている村人から、宿屋の主人とは懇意にしているから、と渡された紹介状だった。
「そう言えば、紹介状をもらっていました。これを宿屋の人に見せればいいって言われてて」
「あぁん?」
厄介な客が来たものだ、と言わんばかりに面倒そうな顔で封書を受け取ると、確かに宛先には宿屋の主人の名前が書かれているのを見て封書を裏返す。
「おっと、懐かしい名前じゃねえか」
裏面にはその紹介状を書いた村人の名前が書かれていたようだ。
満面の笑みを浮かべて封を切り、手短な文章で書かれていた手紙をサラリと読み流し大きく目を見開き、ゼトラに視線を移す。
「おいおい……、おまえさん、アリス様の子供かい?」
「母さんのことを知ってるの!?」
ゼトラの母、アリスの名を聞いてゼトラもまた嬉しそうに目を輝かせる。
「知ってるもなにも、エイベルク王国に住んでる人間にとっちゃアリス様は命の大恩人よ。知らねえやつは他所の大陸から来た旅行者か、生まれたてのガキくらいなもんだ」
「そ、そうなんだ……」
口元が緩むのを抑え、ゼトラの心が弾む。
旅立って早々に母の名前を聞けるとは思ってもいなかったからだ。
「それで、母さんは今どこにいるか、わかりますか?」
「あー、いや。四年前を境にここら辺では聞かねえな。他所の大陸に向かったんじゃないかって噂だが……」
「そ……、そうなんだ……他所の大陸に……」
早々につかんだと思った母の手がかりがあっさりと霧散してしまい、大好物のおやつを取り上げられた子犬のようにすっかりしょげ返って肩を落とすゼトラ。
それを見て気の毒に思ったのか宿屋の主人が元気づけようと声を張り上げる。
「アリス様を探すためにお前さんも冒険者になろうって口かい?」
「うん、そうなんだ」
「そっかぁ。見つかるといいなぁ。俺ももう一度くらいはアリス様の顔を拝みてえよ」
太い腕を組んでうなずく宿屋の主人の声は、ゼトラの心に届いたか、暗い表情は少し和らいだようである。
「まあそう気を落とすなよ。アリス様は世界中を飛び回る風来の旅人でもある。あの腕っぷしの強さがありゃあ、世界のどこにいたって元気にしてるさ」
「うん、ありがと。じゃあ」
「おう」
背中を向けたゼトラに、思い出したよう宿屋の主人が慌てたように声をかけた。
「っと待ちな!今日の宿はどうすんだよ!」
「そうだった!」
慌ててカウンターに戻り、照れくさそうに笑うゼトラに、宿屋の主人が豪快に笑い、音叉のようにガラス窓がビリビリと震える。
「今日の宿と飯のことは心配しなくていいぜ。用意してやらあ。もちろんアリス様のよしみだ。お代もいらねえよ」
「えぇ!いいの!?」
「いいってことよ!アリス様の子供なら腕もいいんだろ?お前さんが活躍して、いずれ評判になれば、アリス様の子供が泊まった宿だっていい宣伝になるぜ」
「わあ!ありがとう!」
「名前は?」
「ゼトラです!」
「よぉし、覚えたぜ!夕飯までは三時間くらいあるから、それまで庭園でも見てこいよ!あそこは一日歩き回っても飽きないって評判なんだぜ」
「うん!」
手を振りながら元気よく駆け出したゼトラを見送った宿屋の主人が、事務室で帳簿に目を通していた女に声を投げる。
「母ちゃん!二階の物置部屋に使ってないベッドあったろ?今日そこに一人泊めてくんな!あと夕飯も一人分追加だ!」
「はあ!?なんだってんだい!?」
「あのアリス様の子供なんだよ!」
「なんだって!?」
慌てて事務室から飛び出してきた恰幅のいい壮年の女があたりを見渡し、いないじゃないか、と口を尖らせる。
「なあに、夕飯には戻ってくるさ!」
また豪快に笑い、窓がビリビリと震えるのだった。
そして……その様子をロビーに併設されたバーカウンターの端で見守る三人の人影があった。
「あの子がそうみたいね」
「ああ、間違いなさそうだ」
「……」
一人は両刃の大剣を背負った男、もうひとりは宝石のように鈍く輝く大小の魔石が散りばめられた魔法の錫杖を抱えた女性、そして最後の一人は小柄で武器らしきものを持っていない女性であった。
いずれも冒険者の出で立ちではあったが、深くフードをかぶり一見すれば何者かも判別がつかない様相である。
しかしフードの下でキラリと光る鋭い眼光は、ゼトラの背中を追っていた。
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年08月24日12時頃の予定です。
よろしくお願いいたします。