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019.悪夢は覚醒す

「アレ見てッ!!」


 崖を駆け上がり、ゼトラが指差す。


「う……動いてる……ッ?」


 鳴動を繰り返す大地。

 微かな揺れを感じる視線の先、アルーア・マルター島が動いているように見えた。


「冗談じゃないぜ……ッ!」


 島の周囲、波打ち際には白波がたち、波動が島から周囲に向かって伝わり、王都グランマリナ城下へと押し寄せているのがはっきりと確認できた。


「あれって……?」


 メルキュールが次第に盛り上がるような、うねりに気付いた。

 島が明らかに上昇しようとしている。


「おいおい……勘弁してくれよ……ッ!?」


 その時、凄まじい衝撃が大地から突き上がるように伝わり、それによって体が中空に浮く感覚があった。


「キャッ」

「うおおッ!?」

「うわああ!!」


 マーカスがメルキュールを、ゼトラがアイビスを抱きとめ、大地に叩きつけられる。

 島の周囲に巨大な水柱の壁が吹き上がった。


 巨大な、あまりにも巨大な水の壁。

 高さ四百メートルの島を隠すほどの巨大な水の壁が大海に打ち付けられ、大波が周囲に広がっていく。

 その巨大な大波が王都を飲み込んでいった。


「足……なのか……?」


 マーカスが大地を這うようにして、海を見る。

 島の下部、海から生えるように脚らしきものが、わずかに見えた。

 しかしそれよりもマーカスを戦慄させたのはその圧倒的サイズ感である。


 南北二キロ、東西三キロの楕円形のようなアルーア・マルター島なぞ、ほんの一角に過ぎない。

 あまりにも巨大なそれを見て、形容し難い異様な光景に言葉を失う。


「そりゃ……あんだけ調査したって見つかるわけねえよ。あんなにデカいなんて……」


 ようやく絞り出したマーカスの言葉を聞いて、誰もが脳裏に思い浮かび、可能ならば否定したかった事をゼトラが口にする。


「あれが……伝説の七竜……?」

「クソ……ッ!最悪だ……ッ!!」

「どうすんのよアレ!?どうやって止めるの!?」

「知るか……ッ!!」


 なおも続く大地の振動。ただ愕然と見上げるしかない、巨大な物体。

 五十平方キロ王都の城下町とほぼ同サイズか、それ以上か。いずれにせよ、どうすれば止まるのか、まるで見当もつかないその異様な光景。

 それを目の当たりにしたメルキュールの悲鳴もただ虚しく響く。


「見てッ!何か動いてる!」


 悲鳴にも近いアイビスの声が示した先。山の一部が崩れ、何かが生えてきた。


「首……?頭か……ッ!?」

「えぇ……?……亀……?」


 メルキュールの言葉の通り、その巨体を支えるには余りにも心もとない四本の脚。ニョッキと立ちあがった細長い首は、全体のシルエットとしては亀のようにも見えた。

 ただ、その首の先端は王城よりも遥かに高く、周囲を伺うように微かに揺れ動いていた。

 見守るしかない最悪の状況とも言えたが、さらに最悪の状況は続く。


 マーカスが海との狭間、波の合間から見え隠れするその巨体の右脚に、鎖と同じ色の鈍く輝く黒い輪のようなものを認めた。


「あれは……ッ!?あの鎖、あそこに繋がってるっていうのかッ!?」


 振り返ったマーカスが、巨大な鎖の遺跡をを見て、また巨体に振り返る。


「ここはヤバいッ!!!離れるぞ!!!」

「えッ!?」


 だが、その判断は遅かった。

 いや、判断が早かったとしても、無駄だったろう。

 巨体が細い右脚を振り上げるのを、その視界の端で微かに捉えた。

 そして振り上げたと同時に、水柱が次々と鎖の遺跡に向かって立ち上がる。


 ドン!ドン!ドン!と突き上げるような衝撃音。海が割れる音に続いて、一行の背後で大地を砕く破砕音。

 そしてめくれ上がった大地ごと吹き飛ばされる。


「うおおおああああ!!」

「キャアアアアアーーー!!」


 大地ごと空中に放り出され、成すすべもなく大地に叩きつけられた。

 人の何倍もあるような巨大なものから、拳大のものまで、大小様々な岩塊が頭上にいくつも降り注ぐ。

 とっさに防御姿勢を取るも、それは全くの無駄のようにも思えた。


「あ……ぐぅ……」

「……うぅ……」


 誰のとも判別のつかないうめき声を耳にして、顔をあげたマーカスは、同じく伏したゼトラと、アイビスの姿を認めた。


「だ……大丈夫か……ッ!?」

「く……ッ」


 マーカスが激痛に顔を歪め、絞り出す声が届いたか。

 ゼトラがムクリと立ち上がり、アイビスに駆け寄る。


「大丈夫?ヒールかけるよ」

「うぅ……っ」


 アイビスに触れたゼトラの手から淡い光の煌きが放たれると、アイビスはすぐに上体を起こして息をついた。


「あ、ありがと……」

「マーカスさん!」

「おう……お前は大丈夫かッ?」

「マーカスさんこそ!」


 激痛が走り、マーカスはようやく左腕の肘から先が、本来曲がらない角度にグニャリと曲がっている事に気づいた。


「治すよ!」

「うッ……ぐう……ッ!」


 駆け寄ったゼトラが、その曲がった腕を真っ直ぐに伸ばすと、淡い回復魔法の輝きで包み込む。

 みるみる痛みが引いていき、折れ曲がった骨がまっすぐ、元通りになる。

 再び血が通い始めた感覚に安堵して、マーカスが大きく息を吐いた。


「すまん、助かった……」


 あぐらをかいて腕の感触を確かめ、元通りになったのを確認すると辺りを見渡す。


「こいつはヒデェな」


 巨大な岩塊に囲まれており、よくぞ直撃しなかったものだ、と背筋に寒気が走った。


 巨大な山体の右脚に繋がれた鎖は大地をめくりあげ、崖からマードルテーブルにかけて巨大な裂け目を創っていた。

 マードルテーブルも大きく縦に割れるように山崩れを起こしている。

 鎖の遺跡は跡形も無く消え去っていた。

 その巨体よって跳ね飛ばされた巨大な鎖は、海から王都の城下町の端をかすめ、マードルテーブルまで長々と続いている。


「メルキュールさんは!?」

「はッ……!?」


 ゼトラの声に弾かれるようにマーカスとアイビスも見渡す。

 岩塊の隙間をこじ開けるように抜け出すと、メルキュールがいた。


「メルキュールっ!」


 アイビスの悲鳴のような声がその凄惨さを物語っていた。

 ぬるりと脚元に絡みつく血溜まり。

 下半身を巨大な岩塊に押しつぶされたメルキュールが、そこにあった。


「まだ生きてるッ!」


 駆け寄ったアイビスが即座に回復魔法を発動させ、微かに胸を上下させるメルキュールを包み込む。


「メルキュール!」


 マーカスも声をかけたが、心のどこかで囁く、眼前の事実を認めなければならないだろう。


 ――これはもうダメだ。助からない……。


 人の背丈よりも遥かに大きく、重く、巨大すぎる岩塊。

 どうやってこれを押し退けようというのか。

 仮に押し退けたとして、もはや人の形を成していない、メルキュールのモノだった身体に回復魔法をかけたとて、元通りに治るのか。

 それ以上に、失われる大量の血が、メルキュールの命を削り取っているのは明らかだった。


 絶望。

 ……どうしようもない。

 手のうちようがない……。


 マーカスが初めて体験するその状況にあって、何も出来ない己の無力さを噛みしめる。

 必死に回復魔法をかけ続けるアイビスは、溢れる涙を拭おうともせず、必死に声をかけ続ける。


「クソッ」


 うなだれたマーカスが岩塊に手をかけると、ぐらりと動いた。


「何ッ!?」

「ふッ!!」


 ゼトラの気張る声と共に、岩塊が空に浮いた。


「ッ!?」

「やッ!」


 軽々と持ち上げ、放り投げた巨大な岩塊が、底が見えない裂けた大地に吸い込まれていく。


「な、なにぃ!?」


 何食わぬ顔でそれを見届けたゼトラが、メルキュールに駆け寄る。


「アイビスはそのままヒールをかけ続けて」

「う……うん……」


 にわかには信じがたい光景に手を止めて呆然と見ていたアイビスが慌てて回復魔法を再開する。

 メルキュールに触れるように両手をかざしたゼトラから、それまで以上に強い、聖なる輝きが放たれた。


「こ、これは……ッ!?」


 マーカスが驚きの声をあげる間にも、岩塊に完全に押しつぶされ、ひしゃげたそれが、美しく輝く光の中でみるみると人の形を成していく。


「……ッ!」


 時間にすればほんの数秒。光が収まると、メルキュールの下半身は完全に再生されていた。


 だが……。


「起きて、メルキュール……お願い……」


 アイビスが涙で声を震わせながらメルキュールの耳元で囁く。

 だが、その言葉は届かない。


 外見上は傷一つない。

 しかし、それまで微かに上下していた胸は、動く気配がない。


 メルキュールの命の鼓動は失われていた。


 ――間に合わなかったのか。


 あまりに多くの血を失ったせいなのか、肌色が不自然なまでに白く、残酷な事実を突きつけてくる。


「大丈夫。まだ間に合うよ」


 しかしその静寂を破るように、ゼトラの両手が再び輝き出す。


「!?」

「えっ……」


 見守るマーカスとアイビスの前で、その奇跡は起きた。


「リザレクション……ッ!」


 精神を集中するかのように目を閉じたゼトラの小さな呟きを聞いて、マーカスに戦慄が走った。


「リ……蘇生魔法(リザレクション)だと……ッ!?」



 マーカスは回復魔法を苦手としていたが、その仕組自体はメルキュールに教わっていた。


 回復魔法の詠唱文自体は単純で、回復魔法と称される魔法は一つしか存在しない。

 いわゆるカスタム化した回復魔法は存在しない。

 そのため、その効果は使用者が引き出せる魔力量に大きく左右される。


 ちょっとしたかすり傷を治せる程度から、大きな切り傷を跡形もなく消すようなもの。或いは先程ゼトラが見せたような、身体欠損の再生レベルまで。

 仕様者の魔力量次第で大きく効果が変わるのが回復魔法の特徴である。


 また、失われた命を取り戻すことは出来ないのが回復魔法である。

 そして失われた命を取り戻す魔法――蘇生魔法(リザレクション)は、禁呪指定されていた。


 理由は明確に二つあった。

 まず一つは命を生き返らせる事ができても、魂までは生き返らない。

 ただ呼吸を繰り返すだけの、生きた人形のようになってしまうから。


 もう一つは、使用者の命を奪うほどの膨大な魔力量を必要とするから。


 肉体も魂も、完全に蘇生を果たした成功事例は、無くは無い。

 しかしそれも魔法学の歴史上、たった一例のみ。

 遥か昔、稀代の天才と称賛された魔法使いの命と引き換えに行われた一例のみ。



 また最悪のケースとして、生きた人形ではなく、生ける屍と化す事案もあった。

 失われた自らの魂をかき集めるように襲いかかる生ける屍を、再び地に返す残虐さは想像して余りあるだろう。

 それが蘇生魔法が禁呪指定された理由である。


 しかしマーカスの眼前で輝くその光はまさに奇跡の輝きだった。


 メルキュールを包み込む優しい光が、まるで四散する魂をかき集めるように空中に手を伸ばし、吸い込まれていく。

 それに呼応するように、白磁のように青白かった肌の色が、血色を帯びていく。


「メルキュールっ!」

「うぅ……」


 アイビスの呼びかけに応えるように、メルキュールの指先が微かに動いた。


「あぁ……!よかった……」


 アイビスがメルキュールの胸に顔を埋める。

 その鼓動を確かめるように。


「はぁ……」


 それまで止まっていた呼吸を思い出して、大きく息を吐いて、吸って、何度も呼吸をしてから、うっすらとメルキュールが目を開けた。

 それを見て、マーカスがポツリと呟く。


「奇跡……か……」


 疲れ果てたように再び目を閉じて、ふぅ、とまた息を付いたメルキュールが呟く。


「なんかやばい夢を見ていたわ。ゼトラ、ありがとね……」


 でも……と力ない言葉が続く。


「できれば女の子の大切な所は隠してもらえると嬉しいわ……」

「ふえ!?」


 慌てて目をそらすゼトラとマーカス。

 アイビスもまた、マジックポーチから慌ててバスタオルを取り出すと、ボロ布一枚で辛うじて守り抜いた女の子の大切な所と、陽にさらされた白い脚を隠すのだった。



 その時、ズン、と鈍い地鳴りと僅かな揺れが伝わってきた。

 周囲の岩塊からパラパラと小石が崩れる。


「んで、どうしましょっかね、アレ」


 替えの下着とスカートを履いたメルキュールが、まだ力が入らないのかアイビスの肩に掴まり立ちで見上げる。


「さあな」


 悪夢のような出来事が覚醒してから、かれこれ五分以上経過している。だが、目立った動きは見せていない。

 ただ、一歩、また一歩とゆっくり王都に歩みを進めるたびに、大波が城下町を襲い大地が揺れる。

 その時だった。


 細長い首を大きくしならせ、天に向かって咆哮した。

 しかしそれは咆哮と呼ぶべきなのか。


 ゴオッ!という爆音は衝撃波となって大気を伝わり、雲を跳ね飛ばし、マーカスたちはまた大きく吹き飛ばされて、容赦なく大地に叩きつけられた。


「なんなのよッ!」

「くそッ!」

「……ッ!」


 呪詛の言葉を吐いて、ヨロヨロと立ち上がるマーカスの横に立ち、ゼトラが呟くように問う。


「ねえ、マーカスさん」

「ん?」

「もしあれが生き物だとして……」

「ん」

「首を落とせば止まるかな?」

「はあッ!?」


 細長い首とは言え、巨体と比べると細長いのであって、首の太さは目測でおおよそ百メートル以上はある。

 そのようなものを切断できるとは、世界最強の剣豪に可能かと聞いて、自信を持って可能と応えられる者などいるはずがない。


「そんなこと、できるわけ……ッ!?」


 しかし、その答えを待たずに、ゼトラが駆け出した。


「お、おいッ!?」


 崖下に消えたゼトラの背中を追って、マーカスたちも崖の縁に駆け寄った。


「アイツ……ッ!?」

「な、なにあの子!?」

「海を……走ってる……」


 呆然と海の上に立ち上がる水しぶきを目で追う。

 視界には既にゼトラの姿は見えていないが、水しぶきが一直線に、巨大な山の首元に向かっていった。


 あっという間に水しぶきがはるか遠く、三キロ先にたどり着くと、小さな点が巨体を駆け上がっていくのが見えた。

 刹那、発生する斬撃の一閃。


 斬撃が山から生えた首を跳ね飛ばし、遅れて伝わる、ズドォン!という衝撃音。その衝撃が海を走り、再び巨大な水の壁となって高々と跳ね上がる。


「おわああッ!!」

「こんなんばっかり!!」


 その衝撃波で三度吹き飛ばされ、大地に叩きつけられたが、今度は上手く着地姿勢を取ってどうにか直ぐに体勢を整えることができた。


「アイツ、やりやがったッ!!」


 マーカスの目にも首がズルリと落ちて海に沈むのが見えた。

 またその巨体も支えを失ったように大きな波飛沫を立てて、海に沈んでいく。

 元のアルーア・マルター島とはとても言えないが、その巨体の半分以上を海面から覗かせた状態で、沈降は止まったようだ。


「ほんと、あの子……とんでもないわね……」


 アイビスと共にぺたりと座り込んだメルキュールはそう言うのが精一杯だった。


「なんとか上手くいったみたい。みんな大丈夫だった?」


 いつの間にかマーカスたちの背後にゼトラが戻っていた。

 ひと仕事終えたかのように爽やかな笑顔でホコリを払う。


「……」


 マーカスはそれに応えることもなく、それまで見せたことがないような険しい顔でゼトラを睨んだ。


「さっきちょっと見かけたんだけど、城下町の方が相当被害でてるみたい。助けにいかなくちゃ」


 ゼトラの言葉の通り、跳ね上がった鎖は大地をめくりあげ、長大な裂け目を作った。

 砕けた大地は巨大な岩塊となって、その一部は王城の城壁を突き破り、城下町を破壊していた。

 火事が発生したのか、白い煙があちこちと上がっている。

 幾度も襲いかかった大波も甚大な被害となっているのは想像に難くない。


「どうしたの?いかないの?」


 ゼトラは無邪気に振り返り、ようやくそこでただならぬ雰囲気に気づいた。


「マーカスさん……?」

「……」


 メルキュールもアイビスもまた、何かを察したように黙りこくる。


禁呪魔法(リザレクション)を使ってもなお、平然としていられる膨大な魔力。大地を斬り裂くほどの強大な破壊力。聞いていた以上の化物だな、お前は」

「え……?」

「自分がやったことを、見てみろよ」


 目線で指され、振り返ったゼトラの視線の先。

 鎖が創った大地の裂け目とは別に、ゼトラの斬撃で切り裂かれた痕が、大地に刻まれていた。

 海から伸びる斬撃の痕は、遥か街道近くまで続いている。


「あの……助けに……」

「いかねぇよ」


 無下もなく答えたマーカスの瞳が、紅く輝いていた。

 今まで見たことがないその輝きに戸惑い、身を強張らせるゼトラに向かって、マーカスの辛辣な言葉が続く。


「お前みたいな破壊の化物を放っておいたら、この世界はめちゃくちゃになっちまう」

「えっ……」

「お前の化物みたいな力は封印させてもらう。それから街へ助けに行く……」

「ど、どういうこと……?封印って……」

「お前をいまから魔界へ連れて行く」

「え……魔界……?」

「わからないのか?」


 マーカスがメルキュールに視線を送ると、メルキュールが肩をすくませて、魔法を解除するように指を弾いた。

 その反応と同時に、マーカスたちの姿が一変する。


 マーカスたちは三人一様に白銀色の髪に代わり、茶色がかった瞳が紅く輝いていた。

 魔獣の瞳と同じ、紅色に。

 そして耳の代わりに、禍々しく渦巻き、あるいは天を突き刺すように鋭く伸びた、竜の如き突起物。


「俺達は、魔族だ」

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年09月14日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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