018.雲かかる山頂で見た
九十度に切り立った絶壁に這う木の根を頼りに山頂を目指す一行。
その後も何度かリトルワイバーンの襲撃を受けては撃退を繰り返し、ようやく山頂に差し掛かろうとしていた。
四人で立つにはやや狭い一メートルほど足場で密になり、絶壁に埋まる木の根を掴んで見上げるメルキュールがジトリとマーカスを見る。
「ここで行き止まりって……そんなのある?」
「何事も予想外はつきものだろ」
高さとしてはあとわずか、十メートルほど。
しかし肝心の手がかりとしていた大木は、そこで終わっていた。
あとは掴んだだけで折れそうな細枝が空に向かって枝葉を伸ばすだけである。
下からみれば山頂にかけて生えていたように見えた大木だったが、いざ登ってみると絶壁の途中あたりに根を下ろしていたのだ。
上空百四十メートル付近の高さである。
海から強い風が吹き付け、上に持っていかれるような上昇気流が巻き起こる。
幸いにも木の幹が防風の効果となって吹き飛ばされて落ちる心配はなさそうだが、いくら見上げた所であと十メートルを登りきる手段は見当たらない。
「マーカスさん、ロープとクライミングギアはまだある?」
「ココに来るまでに使ったやつは回収してるぜ」
「じゃあ、ちょっとチャレンジしてみる」
ニコッと笑うゼトラが上を見上げた。
「マジか。どうする気だ?」
「あそこと……あそこ、指がひっかかりそうじゃない?」
「へあ?」
マーカスの代わりに素っ頓狂な声をあげたメルキュールが、ゼトラが指差した先を見る。
およそ二メートル間隔で、指先が掛かりそうな出っ張りがいくつか見受けられた。
岩壁ではあるため、指をかけただけで崩れるということはなさそうだが、それでも指先一つ分の出っ張りである。
「マジで言ってる?」
「できると思うんだ」
自信満々といった顔でゼトラは命綱を大きく伸ばして十五メートルほど余裕を作ると、マーカスから受け取ったロープの束を肩にかける。
腰にはロープを結い止める杭をぶら下げ、ぴょん、と軽くジャンプした。
軽くジャンプしたようにも見えたが、二メートル先の出っ張りに右手が届き、右手の指先だけで自らの体重を引き上げる。
掴んだ出っ張りに足をひっかけると、さらに上のでっぱりに向かって軽くジャンプ。
「アイツまじでなんなの?前世はモンキーかなんか?」
「身軽いだろう、とは言ったが、あいつも想像を超えていくな……」
あまりに身軽なその身のこなし。メルキュールがそれを呆然と見上げる。
そうこう言っているうちに、ゼトラは山頂へたどり着いたようだ。
ロープが目の前まで垂れ下がり、マーカスがクライミングギアを取り付ける。
そして絶壁を足がかりにマードルテーブルの登頂に四人は成功したのだった。
「やー絶景ねー」
断崖絶壁を登りきり、爽やかな笑顔で南の大海を臨むメルキュール。
「キレイ……」
いつもは無口なアイビスも高さ百五十メートルから観る絶景に、目を細め感動した様子で海を見る。
その視線の先は地平線の彼方まで続く大海。
エイベルク海と呼ばれる海は、穏やかな波を湛えている。
伝説の七竜と疑われた島も、まるで豆粒のように小さく見えた。
「……」
ゼトラもまた美しい風景に心を奪われていた。
「この絶景を見れただけでも、ここまで苦労して登った甲斐があったってもんだろ」
「そうね……」
感慨深そうに呟いたメルキュールがジロリとマーカスを睨む。
「って言うと思った!?なんにもないじゃない!?」
振り返ったメルキュールが平らな頂上を見て、頭を抱える。
何もなかった。
文字通り、なんにもなかった。
ゴツゴツとした岩場。申し訳程度に日陰に苔と、くるぶしまで生えた草がチラホラ。
そこを巣としていたリトルワイバーンの餌食となったのか、動物の骨があちこちに散在するくらいである。
「はぁ……」
大きくため息をつき、膝をつくメルキュール。
「ま、まあ、くまなく探してみようぜ。何か落ちてるかもしれないだろ」
「だといいわね……」
四人は肩を並べて、面積にしておよそ一平方キロの平らな大地を探索するべく歩き出すのだった。
しかしおよそ一時間後。
「やっぱりなんにもないじゃない!!」
うがー!と頭を抱えるメルキュールにゼトラが苦笑する。
「俺の勘も今回は当てにならなかったな……すまん」
「はぁ、別にいいわよ。そういう気がしてたもの」
がっくりとうなだれたメルキュールが膝の小石を振り払い、魔法の杖を構える。
じゃあ帰還するわね、と転送魔法陣を起動させようとした時、ゼトラがメルキュールとアイビスを抱えて横っ飛びに跳ねた。
二人がそこまで居た大地を炎が這って燃え広がる。
「な!?」
音もなく絶壁の下方からいきなり顔を出した竜が放った炎の息だった。
「ラスボスが待ち構えていやがったな!リトル……じゃない!ワイバーンか!」
抜刀したマーカスが上空に向かって放った炎の斬撃は、かまいたちと化してワイバーンを捉えたが、するりとその場で一回転させて躱すと更に高くへと飛翔した。
それを見上げるパーティをせせら笑うように上空を旋回する。
「チッ、賢いな。人を襲い慣れてるのか?射程圏ギリギリだな……」
「こちらが下手に動けば一気に襲い掛かるつもりね」
「リトルワイバーンを討伐しまくった敵討ちってところか」
隙を作らないようにお互いの背中を預けて周回するワイバーンを睨みつける。
メルキュールがいつでも魔法を発動できるように杖を、マーカスは大剣を、ゼトラもショートソードを構える。
アイビスも軽く開いた左手を前に、拳を作った右手を頬に添えた構えを取った。
いずれも、噛みつこうと襲いかかろうものなら強烈な一撃を加える臨戦態勢である。
リトルワイバーンは全翼二メートルほどだが、襲撃してきた竜種は全翼十メートルと五倍もある。体長も十五メートル以上、バランスの悪い細長い胴体から、魔獣分類学上では竜種なのか、龍種なのか、と学閥で議論が紛糾した経緯を持つ魔獣の一種、それがワイバーンである。
「このままじゃ埒が明かねぇ!俺が囮になるからフォローしろ!」
「わかった!」
しびれを切らしたマーカスが三人から距離を取り、拳ほどの大きさの石を拾って魔力をまとわせる。
そして魔力をまとわせた石を、全力でワイバーンに投げつけた。
さながら光弾と化した石をヒラリと躱したワイバーンが、フォロースルーで体勢を崩したマーカスに向かって一気に急降下してきた。
「今よ!」
メルキュールの頭上に十振りほどの氷の刃が発生し、いけ!!という掛け声と共にワイバーンの奇襲にカウンターを入れる。
氷の刃の一本が翼膜を貫き、その反動でワイバーンが地面に叩きつけられる。
その一瞬を見逃さず、一気に距離を詰めるゼトラとアイビス。
アイビスが空気を斬り裂くような前蹴りで顎を蹴り上げ、もんどり打った所にゼトラの一閃が翼を根本から切り落とす。
「よしッ!」
マーカスが勝利を確信し、とどめを刺そうと大剣を振りかぶった瞬間、視界の端、メルキュールの背後にもう一体のワイバーンを捉えた。
「番か!?メルキュールッ!!後ろだッ!!!」
「やば……ッ」
とっさに魔力を練り上げ、迎撃しようと振り返るメルキュール。
――間に合わない。
誰もがそう思った瞬間、そのワイバーンの背後にゼトラが居た。
「何ッ!?」
ゼトラから放たれたマジックアローがワイバーンの細長い胴を抉るように貫き、マードルテーブルに叩きつけた。
叩きつけられるばかりではなく、爆発的な衝撃波が発生し、四人は吹き飛ばされた。
「な……ッん……だと……ッ!?」
――ゼトラがゼトラに吹き飛ばされた?ゼトラがもうひとり……!?
マーカスは吹き飛ばされながら空中で一回転して体勢を取りながら着地する。
その視界には確かにゼトラを2人、しっかりと捉えていた。
「どういうことだッ!?」
だが、一瞬の瞬きの刹那、もう一人のゼトラが消えた。
「え!?」
メルキュールもそれを確認したのだろう。
あまりにも違和感なく不自然に消えたゼトラに目を疑い、もう一人のゼトラの姿を探す。
そのゼトラはもう一体のワイバーンに止めの一撃をその首元に振り下ろしていた。
首を落とされたワイバーンは咆哮をあげることもなく崩れ落ち、絶命したのだった。
「ちょっと危なかったね。大丈夫?」
涼しい顔で駆け寄るゼトラを見て、マーカスが厳しい目で見つめる。
「お前、今何をした?」
「え?何が?」
「とぼけるのか?」
「どういうこと?」
「いや……。なんでもない」
キョトンした表情で首を傾げる様子を見るに、とぼけているような素振りは見えない。
――こいつのとんでもない力……。危機的な状況で自覚なく妙な技でも使ったって所か?
マーカスが考察しながら、皆の無事を確認する。
「怪我はないか?」
「平気。さすがにちょっとやばかったわね」
「大丈夫」
女性二人の無事を確認して、さて帰るか、ともう一度マードルテーブルの平らな頂上を振り返る。
アイビスが指差した。
「あれ、なに?」
指差した先はワイバーンを叩きつけた際に発生した爆発の跡、深さ五メートルのクレーター状に抉られた大地。
そこに、鈍く輝く黒い輝き。
「あれは……!?」
マーカスに続いて、三人が後を追う。
クレーターの端から見下ろすマーカスが、身震いさせて歓喜の声で呟く。
「こいつは……とんでもないぜ……」
「わーお」
メルキュールもポカンとしつつ、マーカスの背中をバシンと叩いた。
「やったじゃん!」
地面からわずかに見える、日に照らされて黒く光を反射する……鎖だった。
スケールも出立前に見た遺跡のものと同じ、紐の太さ五メートルほど。全容はほぼ地面に隠れていて見えないが、間違いないと思うのは当然だろう。
「ハハッ!やべえもん見つけちまった!金貨二千枚はこれで確定だ!」
「すごい!!見つけたあ!」
クレーターを駆け下り、はしゃぐのは冒険者の性か。
その鎖を取り囲んだところでマーカスがコンコン、と軽く叩く。乾いた金属音が全く同じものであると確信させた
「あの鎖はここに繋がっている、これは間違いないぜ」
「そうね!とんでもない発見よ!あの鎖が四十キロ以上も続いてるなんて、信じがたいけどさ!」
「ん……なんか掘れそうだな。ここが末端か、まだどこかに繋がってるのか、一応確認しとくか」
足元で地面を蹴ると、脆そうな黒色の土がパラパラと崩れ落ちた。
マーカスはアイビスのポーチからピッケルとショベルを取り出してもらうと、一つをゼトラに渡す。
「楽しい発掘作業だぜ!」
「うん!」
喜び勇んで大地に突き立てる。
メルキュールとアイビスも掘った土砂を別の場所に運び手伝う。
時間は既に十二時を回り、いつもなら昼食の時間であるが、そんなことを忘れたかのように夢中になって掘り進めるのだった。
そして広範囲に三十センチほど掘り下げた所で、ガキンと鈍い手応えが走った。
「おっと、こいつはなんだ!?」
「またなんか出た!」
新たな発見に、胸を踊らせて歓喜の声をあげるマーカスとゼトラ。
土を払いのけると、鎖とは明らかに異なる奇妙な形状が浮かび上がった。
「こいつは……なんだ……?」
「う~~ん?」
理解を超えた存在に首を捻るマーカス。メルキュールもまた顎に手を添えて目を瞑る。
「これ……この紋様……どっかで見たことあるなぁ……」
「マジか。思い出せ!」
「思い出し中よ!集中させて!」
文字なのか模様なのか判別できないが、鎖にはない形状を成しているそれは、明らかに人為的なものであることを伺わせた。
横倒しになった釣り鐘のような形をしていて、大きさは人のよりも一回り大きく、三メートル近くある。
どうやら鎖の末端がここに繋がっているようで、鎖の根本らしき部分と接続されているようにも見えた。
額に手をあてて、じっとその模様を見つめていたメルキュールが、ハッとした表情をする。
「思い出した!カールウェルズ王立博物館で見たやつだ!」
「なんだそりゃ?」
「神話の原語版と題された展示物ね!」
「そんなのがあるの?」
今に伝わる神話のほとんどは口伝で語り継がれていたもので、文書化されたものはそれを現代の文字でまとめたものに過ぎない。
だが、口伝とは別に風化の少ない硬質な岩盤に刻み込んだものが存在するという。
その一部が、メルキュールが見たことがあるという展示物だった。
「解説では、十万年以上前の地層から発掘されたもので超古代文明の文字だってあったけど、パッと見で意味不明だったから、スルーしたのよね」
「なるほど」
マーカスがコンコン、と表面を叩くと、鎖と同じ乾いた金属音。
どうやら鎖と同じ素材のようである。
その文字をなぞるように土を払ったマーカスが唸る。
「うーん。これはどう読むんだろうな。そもそも縦書きか?横書きか?」
文字の向きを確認しようと首を傾けてみるが、判然としないようだ。
「どっちにしたって、とんでもない発見なのは間違いなしよ。金貨二十万枚とは言わないまでも、二千枚以上は確実に出るでしょ?」
「だな。仮に鎖が封印する伝説の七竜に繋がってるとして、末端のこれは封印に関わる何かってとこだろ?古代文字の解読に成功すれば、七竜伝説の研究が一気に進むぜ」
「さしずめ、あそこが鎖の遺跡なら、ここは封印の遺跡ってところからしら」
「断崖絶壁を命がけでいちいち登るのも面倒だから、転送魔法陣を設置しておくか」
「そうね~」
どこか転送魔法陣を設置するのに適したなだらかな地はないか、と辺りを見渡すメルキュール。
それまで嬉々として発掘作業に勤しんでいたため気づかなかったが、全員土まみれ、ホコリまみれである。
冷静になったメルキュールが、ぷっと吹き出す。
「あーあ。ひどい汚れかた!報告する前にお風呂入りたいわ!」
「同じく……」
口を尖らせるメルキュールとアイビスを見て、自らの姿を見たゼトラも釣られて笑う。
そしてマーカスも反り返すように胸を張って笑い出した。
「ま、ここから先は学者連中の仕事だ。転送魔法陣を設置し終わったら俺たちは帰ろう」
「オッケー」
「これ面白いね、この凹み。まるで人の手の形みたい」
「ん?ああ、そうね~」
ゼトラが見つけたその模様の一つ、確かに人の手の形をしている。
ちょうどゼトラの手が収まりそうな、やや小さめのサイズではあるが。
ゼトラが何の気なしにその手形に合わせる。
その手が封印の遺跡に触れると……音もなく爆発的な光が発生した。
「なんだ!!?」
「キャア!」
「うッ!」
予兆無く発生した突然の輝きから三人はとっさに顔を背ける。
しかし光はすぐに収まって、目を開けた三人が見たものは、紅い光に包まれたゼトラと、封印の遺跡だった。
「な、な……何が起きてる……ッ?!」
「分からない……ッ!分からないけど、魔力の流れを感じる……ッ!」
「ゼトラ……ッ!」
紅い光に包まれたゼトラは、なお封印の遺跡に手を付けたまま、その輝きを見つめている。
「これ……なに……?」
愕然としてマーカスたちを見るその様子から、異常はなさそうである。
「爆発的な魔力がゼトラから発生してる?魔力が封印から鎖に流れ込んでるのかしら……?」
メルキュールの推察通り、よく見れば封印だけではなく、これに繋がる鎖の表面がぼんやりと明滅を繰り返している。
その波打つ輝きは、確かに魔力が流れ込んでいるようにも解釈できた。
「おい!早く手を離せ!」
「さっきからやってるんだけど、離れないんだ!」
悲鳴をあげたゼトラの腕をマーカスが引っ張る。
しかしゼトラの手は手形に吸い付くように離れようとしない。
もう一度マーカスが引っ張ろうとした時、不意に力が抜けたように手が離れた。
「おわっ」
二人合わせて尻もちをつき、それをメルキュールとアイビスが受け止める。
「光が収まった……?」
マーカスはゼトラを見て、異常がないのを確認する。
「いいえ、収まってないわね……」
しかしメルキュールの視線は封印の遺跡に向いていた。
先程ではないにせよ、紅い輝きはなおも微かに残っているようにも見える。
ピリピリと空気が振動するような、嫌な感覚がマーカスにあった。
「揺れてるか?」
「なんか、そんな感じするわね」
かすかに紅い輝きを放つ鎖を見て、メルキュールが険しい表情を浮かべる。
「今ちょっと、かなり最悪な想像してるんだけど……」
「あぁ、それは多分俺と同じだ……」
その時、明確に地面が揺れるのを感じた。
微かな揺れではあったが、その最悪な想像が的中する事を予感させるには十分だった。
「とりあえず帰還用の魔法陣まで跳躍ぶわッ!私に捕まって!」
メルキュールが魔力を高め、その脚元に魔法陣が浮かび上がる。
肩に手を置いた三人を確認すると、転送を発動させる。
一瞬にして帰還用に設置しておいた鎖の遺跡にほど近い場所に移動した。
「見ろ!」
マーカスが顎でシャクった先にあったのは巨大な鎖。
やはり紅く光を放ち、明滅を繰り返している。
その異変を恐れて逃げ出したのか、その周囲に観光客は既にいない。
伝説の七竜に関するものではないか、と疑われたアルーア・マルター島を一望できる見晴らしのいい崖に駆け上がる四人。
だが崖に駆け上がった時、想像していた最悪の事態を目の当たりにする。
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年09月13日お昼頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




