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017.行く手を阻む断崖の先

 楽しい夕食のひととき。あっという間にキレイになった皿が並ぶ。

 星が瞬く夜空を見上げ、月の薄明かりが差し込む大森林の夜に、爽やかな風が流れ込む。

 パチパチと火の粉を上げる焚き火の暖かさが心地よくゼトラの頬を撫でた。


「はー食った食った。もう最高」

「美味しかったぁ」

「私、アイビスをお嫁さんに迎えたい」

「大げさ……」


 三者三様の称賛の声に、素っ気ないツッコミを入れるアイビスだったが、その表情はまんざらでもないようである。

 アイビスが黙って皿を片付けようとするのを、ゼトラが何気なく視線で追いかける。


「あ、お皿洗うの?手伝うよ」

「え」


 重ねた皿を抱えて川に向かうアイビスを追って、半ば強引に皿を奪い取るように肩を並べたゼトラに、戸惑うアイビス。


「あ、ありがと……」


 戸惑いつつも、お礼を言って一緒に川に向かう。


「ゼトラってばやるわね!?グイグイいくじゃない!?」

「やるなあいつ!?」

「やっぱり天然タラシなのかしら!?」


 その様子を面白がって再びアイコンタクトで会話を交わす大人二人、その視線に気づいたのか、ジトリと冷たい目で振り返るアイビス。

 慌てて視線をそむけて、下手くそな口笛で誤魔化すのだった。




 皿洗いを済ませ、楽しい(?)晩餐を終えた一行がまったりとした森の空気に微睡む。ゼトラがふわ、と欠伸を一つした所で、マーカスも背伸びする。


「さて、ぼちぼち休むとするか。見張りは二人一組で六時間交代。組み合わせは男女それぞれでいいか」

「その前にお風呂にしたいわ。アイビスもいいでしょ」


 コクリと頷くアイビスを見て、メルキュールがジロリと男子二人を見る。

 その視線にマーカスが首をすくめた。


「分かった分かった。先に見張りに回るよ」

「ついでに洗濯するから、あんたたち着替え出しときなさい」

「え?着替え?」

「えっ」


 ゼトラの疑問の声を遮るように、メルキュールが悲鳴にも近い驚きの声を上げた。


「ゼトラ、あんた着替え持ってきてないの?」

「ないけど」

「ギャー!不潔!」


 メルキュールが腕を抱えておぞましいようなものを見る目つきでゼトラを見る。


「ちょっとマーカス!なんで着替えを持たせてないのよ!常に二日分の着替えを用意するのは冒険者の常識でしょ!?」

「そうなの!?」

「あー。そういや確認してなかったな」


 とぼけるマーカスを見て、メルキュールが、はぁ、とため息をついて睨む。

 そしてゼトラの鼻先に指差した。


「いい?ゼトラ。一流の冒険者たるもの、腕っぷしの強さだけじゃダメ。常に身だしなみにも気をつけるものなのよ!?」

「あ。ハイ」

「いざ大仕事をやってのけてギルドで報告する時に、三日以上洗ってない汗臭い格好だったら、報告受ける側もなんだか微妙な気持ちになっちゃうでしょ?」

「そ、そうだね……」

「アリス様もそうだったわ!過酷な戦いをしているはずなのに、いつも汚れ一つ無い美しい姿で本当に素敵だったのよ!その子がそんなんじゃダメよう!」

「母さんが……」

「今回の依頼を終えたら着替え二日分買って、アイビスに預けなさい。ポーチの容量まだ余裕あるでしょ?」

「ある」


 頷くアイビスを確認して、メルキュールの視線が再びゼトラに向けられる。


「てことで、全部脱ぎなさい!洗ったげるから!マーカスは着替えかタオルを貸す!」

「サイズ合わないだろ」

「ないよりマシでしょ!素っ裸で放置されたらこっちも困るわ!」

「はいはい」

「えぇ……と」


 メルキュールの勢いにタジタジとなる男性陣。

 戸惑うゼトラの肩にそっと手を置いたマーカスが耳元で、諦めろ、とささやき、ゼトラは差し出されたバスタオルで隠すべき所を隠して、裸に剥かれたのだった。

 アイビスが夕食の準備をしている間にマーカスに作らせたのか、川の一部をせき止めるように岩が積み上げられていた。腰ほどの深さの水たまりとなっており、なるほど川の水を沸かせば急ごしらえの天然風呂である。


 ランプで照らされた天然風呂を満足気に見たメルキュールは、そこに火炎魔法で真っ赤に熱したいくつかの石を投げ込む。すると水辺が一気に煮えたぎって水蒸気がもうもうと湧きあがった。

 川の冷たい水が流れ込んで程よい温度になったのを確認したメルキュールは、あっという間に一糸まとわぬ姿となって飛び込み、アイビスもそれに続いた。


 無論、マーカスはそれが見えない場所で背中を向けて警戒中。

 ゼトラはバスタオル一枚で焚き火の火種が尽きないように監視中である。


「はぁ~。気持ちいい~」

「……」


 メルキュールが艷やかな潤いを保つ肌に温まった水を流し、う~ん、と大きく伸びをする。

 アイビスもまた気持ちよさそうに目を閉じて、濃赤色の頭髪をザブリと水につけて、汚れを落とす。


「ねね、アイビス」

「ん」

「ゼトラのこと、気にいっちゃった?」

「ッ!?」


 肩を寄せてきたメルキュールの唐突な質問にアイビスが赤らんだ顔を隠すようにそっぽを向く。


「別に……」


 その仕草に胸をキュンキュンさせながらメルキュールが優しく頭を撫でる。


「サンドイッチ……あんなに嬉しそうに受け取ってくれたから……」

「うんうん」

「それがちょっと嬉しかっただけ……」

「前の夜、がんばって作ってたものね」


 そう言って優しく抱き寄せ、よしよし、とまた頭を撫でる。

 アイビスもそれに抵抗することなく、胸元にそっと頭を預ける。

 メルキュールもまた、アイビスの過去を知る一人である。だからこそ、アイビスの前向きな変化が心から嬉しかったのだろう。


「無理しないで、ゆっくり変わっていけばいいのよ」

「……」


 凄惨な過去から人を嫌い、人との付き合い方を知らないアイビスに芽生えた新たな感情。

 その感情を大切に育んでほしい。

 優しく抱きしめるメルキュールの言葉に応えるように、アイビスも静かに頷くのだった。


「あがる」

「そうね~」


 ものの十分も経っていなかったが、マードル大森林の真っ只中。魔獣の住処という危険地帯であることに変わりはない。

 ゆっくりすることもなく入浴を終えた二人が天然風呂からあがり、バスタオルで水気を取る。


 ちなみに着替えの洗濯は四人分まとめて同じく急ごしらえの天然風呂に投入されて、メルキュールの足下で適当な感じで洗濯済みである。


 素早く水気を拭き取り、瞬く間に着替えを済ませた二人が、焚き火で暖を取るゼトラの元に戻るのだった。


「温め直しておいたからゼトラも汗を流しときなさい。その間に乾かしとくから」

「あ、うん」


 バスタオルにくるまったゼトラがいそいそと川辺に向かうのを見送ると、四人分の着替えを枝に吊るして、メルキュールが風の魔法を発動させる。

 局所的に発生した暴風が吊るされた着替えの水気を吹き飛ばし、生乾き状態になったところで、風の魔法は微かなぬくもりを持つそれに変化して、衣服を優しく揺らす。

 汗を流し終わったゼトラが戻った頃には、着替えはもうすっかり乾いていた。


「はい、着替え」

「あ、ありがと」

「いい?今日はたまたま洗濯できる場所だったから良かったけど、いつもはこう上手くはいかないんだからね。ちゃんと着替えは用意しとくのよ」

「わかったよ」


 念の為、と言わんばかりに釘を刺されたゼトラは慌てて首を縦に振るのだった。


 時間は既に夜十時を回ろうとしていた。深い闇に包まれ葉の隙間から微かな月明かり微かに漏れる。

 周囲を警戒していたマーカスが、女性二人の寝息を確認すると、同じく周囲を警戒するように木の幹に身体を寄せて目を閉じるゼトラに声をかける。


「眠かったら寝てもいいぜ」

「ううん。眠くないんだ。なんか緊張しちゃって」

「そうか」


 その佇まいに何か不思議な感覚を覚え、軽く首をかしげたマーカスだったが、気の所為ということにしてまた持ち場に戻る。


 フクロウの静かな鳴き声が微かに聞こえ、虫の音があたりを包む。

 マードル大森林の静かな夜は過ぎていくのだった。




 深夜三時頃に見張りを交代した女性二人だったが、何事もなく朝を迎えることができた。

 日が昇り、夜明けを告げる鳥の鳴き声がけたたましく森のそこかしこから挨拶を交わす。

 それを待っていたかのように、メルキュールがゼトラとマーカスを起こすようにハンモックを優しく揺らした。


「もう七時過ぎくらいよ。そろそろ起きないと……」

「あぁ、うん……」


 欠伸を噛み殺すメルキュールに、釣られて欠伸をするゼトラ。

 さすがのマーカスもまだ寝たりないのか、ギュッと目をつむったまま肩を動かすような仕草をしたり、手を握っては閉じて、を繰り返し身体に目を覚ますように信号を送る。


 魔獣よけの結界を張っているとは言え、不足の事態は起こりうるという意図で見張り交代制としていた。

 結果それは杞憂に終わったとは言え、野宿が続くというのは冒険者にとっても過酷なことなのだ、とこの一日をもってゼトラにも身に染みて分かった。


「さて!」


 自ら活を入れるようにハンモックから飛び降りたマーカスが、装備を整え寝具を片付け始めた。ゼトラもまたそれに倣って自らの分と、続いて女性二人のテントとハンモックを木から取り外す。

 その間にメルキュールとアイビスは川で顔を洗って眠気を覚まし、朝食の準備である。


 軽く炙ったロングソーセージにレタス、ピクルス、スライスしたオニオンをパンで挟み、マスタードソース、トマトケチャップをかけたホットドッグ。

 とびきり濃いコーヒーが食卓に並ぶ。


「砂糖とミルクは?」

「あ、じゃあミルクだけ」

「うん」


 表情を変えることもなくゼトラのコーヒーを用意するアイビスの姿を見て、朝からいいものが見れた、とニンマリ微笑む大人の二人は、すっかり目が覚めたようである。


 美味しい!とホットドッグを頬張るゼトラに微笑み、三人もそれに続く。

 たっぷりのミルクと砂糖を入れたコーヒーをそっと口をつけ、にが、と顔をしかめたアイビスを見て、ゼトラがくすくすと笑う。

 少し恥ずかしげに、ぷい、と顔を背けるアイビスを見て、マーカスとメルキュールはまたニンマリと微笑むのだった。




 持ち込んだものを全てポーチにしまい、後片付けを済ませた所でようやく出発となった。


「じゃあ結界を解除するわよ」

「おう」


 マーカスが頷くのを確認して、メルキュールが指を弾く。

 辺りを包んでいた清浄な空気が一気に消え去り、瘴気のような重苦しい空気が立ち込める。

 ゼトラは全く気づいていなかったが、これが魔獣よけの結界の効果なのだ、と知った。


「さて、目的地は直ぐそこだが、慎重にいくぜ」

「は~い」


 いつもの調子でメルキュールが応え、歩き出す。

 落ち葉を踏みしめて、川の向こうにそびえる特異な形をした山を見上げるのだった。



 マードルテーブルと呼ばれるその山は、高さ百五十メートルとは言え、垂直に切り立った崖に阻まれ、どうやって登頂するのか想像もつかない。

 ギャオ!ギャオ!と侵入者を警戒する魔獣の咆哮がどこからともなく聞こえる。


「んで、どうやってこれ登ろうっていうのよ」


 当然ながら生じる疑問を口にしたメルキュールの視線を避けるようにして、マーカスが山を見上げる。


「調査報告書によると、南側に木の根が張り出していて、そこから登れるような記述があった」

「ふーん。で?登ろうとしたんでしょ?」

「あいにく、リトルワイバーンの襲撃にあって断念したそうだ」

「あーはいはい。強行突破ってわけね」

「そういうことだ」


 ニヤリと笑うマーカスを見て、メルキュールが顔をしかめる。

 ここにきてこの依頼を受ける前のうんざりとした気持ちがぶり返したようだ。

 一方のゼトラは、初めて見るその光景に胸を踊らせていた。


「でもすごいね。こんな不思議な形の山、どうやって出来たんだろう」

「さてな。大自然の驚異はいつも俺たちの想像を超えていくからな」


 程なく山の麓に到着し、南へ迂回すると、確かに山頂から垂れ下がるように木の根が大きく張り出しているのが見えた。


「あー……確かに登れそうに見えなくもないわね……」

「だな」


 縦横無尽に絶壁に根を這わせた巨木が山頂付近にかすかに見えた。

 確かに根を伝って山頂までいけそうに見えなくもない、といった所ではある。

 ただ同時に、雲がかかる山頂付近には大きな羽を広げたリトルワイバーンが、こちらを伺うように大空を周回するのも見えた。


「よし。先頭は身軽なゼトラに任せる。二番手はアイビス。ゼトラのサポートに回ってくれ」

「わかった!」

「了解」

「三番手はメルキュール。ケツは俺が持つ」

「私が落ちそうになったら代わりに死ぬつもりで助けなさないよね!?」

「わかったわかった」


 笑って頷きなだめるマーカス、いよいよ覚悟を決めたメルキュールが天を仰ぐようにマードルテーブルを見上げる。

 四人の腰を五メートル間隔で命綱でつなぎ、先頭を任されたゼトラが木の根の出っ張りを掴むと、山頂を目指して登り始めるのだった。



 木の根は思いの外頑丈で、ビクともしなかった。

 根の幅はちょうど人ひとりが通れるくらいで、水を求めて細かく根分かれしているためか、足がかりも手がかりにも困ることはなかった。


 身軽なゼトラが足場を確認しながら軽快に根を登っていく。

 ほぼ垂直に近い所もあったが、アイビスに渡されたピッケルを使って器用に上り詰めると、根に杭を打ち付けロープを結わえ、クライミングギアと呼ばれるロープだけで垂直の壁を登ることを可能とする専用の器具を通す。


「ちょっと張り切りすぎよ!」


 あとに続くメルキュールが思わずツッコミを入れながら、遅れまいとこれに続く。

 五メートル間隔で命綱を繋いでいるため、先に行き過ぎることもできない。最後に続くマーカスとの距離を測りながら、ゼトラは順調に登っていった。


 不意に咆哮が聞こえ、風を斬るような突風がゼトラを襲う。


「横ッ!」


 アイビスの鋭い声にゼトラが振り返ると、いつの間にか羽ばたく音も立てずにリトルワイバーンが鋭い牙をむき出しにして、噛みつこうと襲いかかった。

 とっさに躱したゼトラが足を滑らし、身体半分落ちかけた所にアイビスが手を伸ばす。

 その細腕に一体どこにそんな力があるのか、左腕は根を掴み、右腕でゼトラを掴むと、一気に引き上げた。


 再び距離を取って襲いかかろうとしたリトルワイバーンの横っ面をメルキュールの火弾が炸裂し、体勢を崩してひるんだところに、ゼトラのマジックアローが貫いた。


 風に弄ばれるように地に落ちていくリトルワイバーンを見下ろし、ふう、と息をついたゼトラが、振り返ってアイビスに笑顔を見せる。


「ありがとう!助かったよ!」

「血が……」


 ゼトラは気づかなかったが、落ちかけた時に擦りむいたのか、掌と顔に擦り傷が出来ていた。

 その傷跡にアイビスが手を伸ばし、ゼトラが目をつむる。


「治す」


 そう言いうとかざした手から暖かな光が発せられ、傷跡があっという間に消えていった。


「アイビスはヒールもできるんだね。ありがとう」

「別に……」


 そっぽを向くアイビスの視線の先には、遥か彼方まで広がる大海が広がっている。眼下には海岸に向かっていくにつれて樹木の数を減らしていく様子が見て取れた。

 高さ五十メートルほどまで登ったが、まだあと半分以上もある。さらに油断すれば落ちそうなくらいに強い風が海から吹きつけていた。


 もちろん滑落しないようにマーカスが命綱の末端を根に打ち付けたフックに結んでいるが、四人一斉に落ちれば無事ではすまないだろう。

 極めて危険な行為であることに違いはなかった。


「少し休憩しよう」


 ちょうど根が水平になって座りやすい感じになったところで、声をかける。

 四人とも息が上がっていないのは一流の冒険者たる証だろう。


 見上げるマーカスの視線の先は、山頂から垂れ下がる木の根を捉えていた。

 崖の途中で肩を並べて腰を降ろし、海を見る四人の胸中やいかに。

 その先はなお険しい。

ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。

次回更新は2020年09月12日お昼頃の予定です。

よろしくお願いいたします。

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