016.大森林を往く
迷うことなく、森の中を進む一行。
メルキュールがホークアイと名付けた、視界を十秒だけ上空に飛ばす魔法で目的のマードルテーブルの位置を確認しつつ、時々方角を修正しながらなお進んでいく。
大森林は苔むした倒木も多く、時にはそれをくぐりながら、或いは乗り越えながら進んでいく。
倒木で光が差し込むところには、若木が先を競うように繁茂していた。
マーカスふと見上げると、日が頂点を差していた。
幸か不幸か、一度も魔獣らしき影を見ないままここまで進んでいる。
「さすがに三年前まで調査ついでに散々狩り尽くしたから平穏だな。とりあえず一時間てとこか?そろそろ昼飯にでもするか」
「うん。ってお昼ごはんはどうするの?」
ゼトラは完全に手ぶらに等しい手荷物である。
装備するショートソードを除けば、ポーチには村を出るときに毒消しに効くと渡された薬草の粉末と、五百ミリリットルの水筒くらいしか入っていない。
その辺で狩りでもして食料を調達するのだろうか、そう言えば鹿のような獣を見かけたな、と思いつつ、あたりを見渡すゼトラにマーカスが笑う。
「安心しな。飯の調達はアイビスに全部任せてある」
「そうなんだ」
ゼトラがアイビスを見ると、ポーチの中から四人分のランチボックスを取り出し、無言で突き出す。
あの小さなポーチのどこにこんな大きさのランチボックスが入っていたのだろう、と不思議に思いつつそれを受け取るゼトラ。
「ありがとう!アイビス!」
にっこりと嬉しそうな笑顔に、アイビスはぷい、と視線を背ける。
その頬が微かに赤らんでいるのに誰も気づいていなかった。
ランチボックスにはサンドイッチが入っていた。
ベーコンレタス、ローストビーフ、スクランブルエッグといった具材がぎっしりと詰まっている。
男性陣が少し多めで、女性陣にはブルーベリージャムとクリームを挟んだフルーツサンドイッチ。
「すごい!美味しそう!」
「だろ?アイビスの作る料理は絶品なんだぜ」
「はいはい、私は適当ですよー」
「メルキュールの料理も不味いとは言っちゃいないさ」
「どうだか」
ぷー、と頬を膨らませたメルキュールだったが、早速一口かじって、おいしーっと天を仰いで足をバタつかせて、不機嫌な様子が吹っ飛んだようだ。ゼトラも一つ手に取り、大きく頬張る。
ピリッと効いたマスタードマヨネーズにマーガリンの芳醇な香り、シャキシャキのレタス、しっかり火の通ったベーコンの風味が口いっぱいに広がる。
「美味しい!すごい美味しいよ!」
「あ~。おいし~」
「美味いよなぁ」
「……」
しんみりと味わうその様子を見て満足気に小さな鼻を少しふくらませたアイビスも無言でサンドイッチにありつくのだった。
あっという間に平らげて空になったランチボックスを返すと、小さなポーチに吸い込まれる。
「それ、不思議だね。どうなってるの?」
しげしげとアイビスの腰元のポーチを見るゼトラに、メルキュールが胸を張る。
「それはね。私が魔改造したやつよ。この子がちょっと騙されちゃって金貨十枚もの大金で買ったマジックポーチが容量たったの二リットルしかなくってさ~。重量も大して軽減されないし、時間進行も十分の一程度だったの!頭キちゃって、私が詠唱を解読して改造してあげたの!なんと容量一万リットル、軽減重量十万分の1、時間進行一万分の一!世界に一つとない、超一級品よ!」
「ど、どういう事……?」
自慢気にVサインをするメルキュールだが、ゼトラの頭にはてなマークが踊る。
マジックポーチとは次元断絶結界の応用である。
ポーチの内側には結界が解除されないように長期間に渡って魔力を発生させるエーテリウム鉱を混ぜ込んだ特殊な魔法の布を張っておき、その上で内側に次元と空間を分け隔てる結界を張り、固着化。
さらに次空間を内側と外側で断絶させたことでポーチ内における物理法則は術者の意図通りに変更が可能となる。例えば見た目以上の容量に変化させることが可能となる。
もっとも、対応可能な容量変化は、術者の技量に依存する所が多く、遥かに大きく増やすには相応の技術と経験が必要とも言えた。
またそのままでは収納物の重量がポーチに負荷としてかかってしまう。それを軽減させるために重量軽減の魔法を追加。さらに時間進行を遅らせることで腐敗しやすい食材なども鮮度を保つことができるようになる。
次空間断絶、重量軽減、時間進行、いずれに於いても極めて難解な詠唱文が必要な超一級魔法であり、これを付与できる高位魔術師は世界でもそう多くない。
エーテリウム鉱を混ぜ込んだ魔法の布自体はありふれたものであるが、それ故に市場ではマジックポーチは質を度外視して高値で取引され、高位魔術師にとっては稼ぐ手段の一つでもあった。
「私も次元断絶結界とか重量操作とか時間進行操作は習得できていなかったんだけど、このポンコツポーチを改造するために詠唱文を解読して研究した結果、ばっちり習得できたのよ!」
「一ヶ月くらい唸ってたものね。ありがと」
「やーん!アイビス~!」
ボソリと呟くようなアイビスに、ぎゅーっと腕を回して抱きつくメルキュールはとびきり嬉しそうだ。
だが、うざい、と押しのけられてしまった。
わかったような、わからないようなゼトラだったが、夢中になって説明するメルキュールに、一つだけピンと来たようだ。
「食材を腐らせないために時間進行を遅らせるなら、時間そのものを止めちゃえばいいんじゃないの?」
「お。いい着眼点じゃないか」
マーカスがニヤリとしてメルキュール先生に質問に応えるように促す。
メルキュール先生は得意げにチッチッチ、と指を揺らし、ツン、と鼻を空に向けた。
「いい着眼点だけど、甘いんだな~」
「どういうこと?」
「時間というのは状態が変化する、という事でもあるのよ」
「うん」
「時間を止めちゃったら、ポーチの空間内であらゆる状態が変化しなくなるってこと」
「う、うん?」
「つまり、移動自体が状態の変化の一種であるから、収納物が取り出せなくなっちゃうのよ!」
「へ、へぇ?」
曖昧な相槌で、場を濁そうとするゼトラの様子を見て、マーカスが思わず吹き出す。
「さすがにちょっと難しかったか。空間や時間を扱う魔法は、魔法学においても最高レベルの超高難易度だからな。詠唱文自体も何が書かれてるかもわからないくらい複雑な記述だし、直感で理解しても理屈で理解できなくちゃ、とてもじゃないが扱いきれんのさ。世界トップクラスの頭脳がなきゃ習得は無理だ」
「そういう魔法があるって分かっただけでも、ボクには収穫だよ」
肩をすくめるゼトラに、メルキュールは鼻高々である。
他にもポーチの開閉は所有者であるアイビスの魔力でしか反応しないようになっているとか、取り出す時は袋内の収納物を表示させる専用の魔法を発動させてインデックスリストから選択することで勝手にニョキッと出てくるとといった説明も追加されたが、ゼトラはただ感心して頷くしかなかった。
「ま、ゼトラにもそのうち作ってあげるわよ。ただ詠唱文の記述がめちゃくちゃ長いから、しんどくてさ。製作に入ったら1週間はかかりっきりになっちゃうから、今すぐ、なんてのは期待しないでね」
「そ、そういうことなら無理しないで!」
慌てて手を振って拒否するゼトラに、マーカスとメルキュールはアハハ、笑うのだった。
「さて、時間くっちまったな。別に急ぎはしないが、進むとしようぜ」
「は~い」
マーカスの出発を告げる言葉に、出発前はあれだけ嫌がっていたメルキュールも、すっかり気にしない素振りでスカートについた苔を振り払って立ち上がるのだった。
日は午後に入ってもなおやや強く、森の木々は濃い影を生み出していた。
時折差し込む光に当たると肌が焼け付くような感覚さえあった。
「今年は暑くなるのちょっと早くない?」
季節は初夏を迎えたばかりではあるが、天候の良さにぼやくメルキュールの抗議はもっともで、ゼトラの背中にもじわりと汗がにじむ感触があった。
その時である。
ガサリ、と繁茂した低木が不自然に鳴る音が聞こえて、一行が身構える。
「おっと、お出ましだ」
マーカスの視線を向けたおよそ二十メートル先に、森の影に隠れるように紅く光る二つの眼。
鹿のような姿をしているが、頭部に生えた二本の角は鋭く前を向いており、突進して対象を深く突き刺すために発達したのだろう。体表には硬質化した鋭い棘が乱雑に生えている。
「アントラータイプ……。デモンアントラーだったか」
逃げ出すのか、襲いかかってくるか、と身構えていたが、デモンアントラーは前脚で地面を何度もかき込み、ゴォ!と咆哮を上げると真っ直ぐに向かってきた。
「おっと!」
攻撃目標となったマーカスが避け様に首元に向かって大剣を振り下ろしたが、火花が散ってあっさりと跳ね返される。
「硬いな!極硬質化してやがるッ!」
デモンアントラーが再び体勢を整え身構えた所で、メルキュールの魔法が炸裂する。
デモンアントラーの脚元から空を裂くように発生した氷柱は下顎にクリーンヒットし、鈍い衝撃音と共に二メートルの巨躯が空中に吹き飛ばされた。
ヨロヨロと立ち上がった所に、右横からアイビスの正拳がデモンアントラーの側頭部をまっすぐに貫く。
ギャオン!と悲鳴を上げて吹き飛び、木の幹に叩きつけた所で、一気に距離を詰めたゼトラの一閃。
首元を狙った一撃だったが、偶然にもガクン、とデモンアントラーが膝を付いた拍子でわずかに逸れて、角を根本から叩き折った。
そこに炎をまとわせたマーカスの大剣が硬質化した棘の隙間を深々と貫き、デモンアントラーはついに絶命した。
「良い連携だったな。だいぶ調子出てきたじゃないか」
「やったぁ」
「いえーい。楽勝~」
無邪気に歓声をあげるゼトラに、メルキュールがサムズアップでこれに応える。
デモンアントラーを構成していた生体組織は空中に霧散するように跡形もなく消えていき、そこに残ったのは一欠片の魔石。マーカスは昇華現象で変化した小指程度の魔石を拾い上げ、ポーチに収めた。
「それって?」
「魔石だな。魔獣化した獣は絶命すると生体組織の霧散昇華現象が起きて魔石化する。魔石自体は純度の高いエーテリウムを多く含んでいるが、より純度の高いエーテリウム鉱自体ありふれたものであるからな。物好きな商人が買い取ってくれるからいい小銭稼ぎになるのさ」
「あ、じゃあ今まで倒してきた子鬼とかの魔獣も魔石昇華してた?」
「してたぞ。拾うのが面倒とかそれどころじゃなくて拾っていなかっただけで」
「そうだったんだ」
マーカスの言葉を裏返せば、わざわざ拾い集めるほどの価値はない、ということでもあった。
それから再び山を目指す一行は、時々遭遇する魔獣種――ベアタイプ、アントイータータイプ、双鋏を備えた蟻のような甲虫といった凶暴化した魔獣を撃破しながら、ようやくマードルテーブルが見える拓けた川沿いに到着した。
日は既に大きく傾き、森は闇に包まれようとしている。
薄い雲が山頂にかかっていたが、茜色の空に照らされたマードルテーブルの山容が美しく見えた。
「あと六キロから七キロってとこか」
指を立てて視差から距離を測ったマーカスが振り返る。
「丁度いいし、ここで野宿だな」
「はーい」
「メルキュールは魔獣除けの結界の設置、アイビスは夕食の準備、俺達は簡易テントの設営だ」
アイビスのポーチから次々と束ねられたテントや調理器具といったアイテムが取り出され、無造作に地面におかれていく。
「わかった!」
ゼトラも張り切ってテントをカバーから取り出そうとした時、アイビスがその背中に声をかける。
「あの」
「うん?」
「薪が少し……足りないかもだから……」
「あぁ。うん。じゃあ薪になりそうな枯れ枝を集めてくればいい?」
「うん……」
「じゃあ拾ってくるね!」
そう言うとゼトラはあたりを見渡して、倒木の近くまで枯れ枝を集めにいく。
その様子を見ていたメルキュールとマーカスが驚いたように目を大きく見開き、視線を交わす。
アイビスはこれまでと同じように無表情、無感情を維持していたが、二人にとっては今までとは違うように映ったようだ。
「おい!?あのアイビスが自分から声をかけたぞ……!?」
「ウッソでしょ!?今までどこにそんなフラグあった!?」
「知らねえよ!!」
「あの子もなかなかやるわね!!天然タラシなのかしら……!?」
バッチバチのアイコンタクトで会話を交わして驚く二人を無視するように、アイビスは黙々と石を拾い集めて竈を作るのだった。
キャンプ地に選んだ場所は幅二メートルほどの穏やかな流れの川沿いの側、拓けた場所だった。
ハンモックを四つ、頑丈な木に腰ほどの高さで括り付け、その上から夜露や虫の侵入を防ぐための簡易テントで覆う。
アイビスが用意してくれた夕食は、予め下ごしらえを済ませておいたものだったのか、さほど待たずにテーブル代わりの岩の上に並べられた。
すりつぶしたカボチャのスープ。
レタスの上に千切りにしたキャベツ、薄切りのカブ。マヨネーズと胡麻、ペパーミントを和えたドレッシング。
バターをたっぷり塗ってカリカリに揚げ焼いたトーストには目玉焼きとオニオン、フライドガーリック、火を通したハム。
デザートには四分の一にカットした桃が用意された。
ゼトラが感激した様子で、すごい美味しそう!とはしゃいだが、マーカスとメルキュールは別の感想を抱いたようである。
「なあ!?いつもよりすんげえ気合入ってないか!?」
「やだあ!あの子ったら本気~!?」
「ひょっとして、ひょっとするのか!?」
「きゃーっ!キュンキュンしちゃう~~~!」
再びバチバチにアイコンタクトで会話する二人に、アイビスがじろりと冷たい視線を送る。
「なに?食べないなら捨てる」
その視線に二人はギクリとして慌てて皿に手を伸ばした。
「んもう!食べちゃう食べちゃう~!」
「ああ!もちろんいただくぜ!」
「いただきまーす!」
様々な思惑をはらみながら、楽しい夕食の時を迎えるのだった。
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次回更新は2020年09月11日お昼頃の予定です。
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