014.余暇を楽しむ
頭を空っぽにしてお読みいただけると嬉しいです。
アパートや個人宅が続く通りを抜けて二十分以上歩いた先に突如にぎやかな歓楽街に入った。
蛍光色の看板が並び、客引きの声が飛び交う。
時間は十五時、日は傾き始めているが、多くの人が行き交い、客引きに腕を引っ張られてだらしなく鼻の下を伸ばす男の姿も見られる。
「にゃにゃん!お兄さんたち今日はどこに行くのにゃ!?暇ならいっぱい癒やしてあげるにゃよ!」
猫耳族の少女が腰をくねらせて、親しげにゼトラの腕に回す。
「えぇ……?」
戸惑い、マーカスを見上げるゼトラだったか、マーカスは無視するように顔をニヤつかせ、先に行こうとする
「ご、ごめん!なんか急ぐみたい!」
「にゃにゃーん!いけず~!もし時間あったら『癒やしミルクカフェ~ニャンミルク・エイベルク店』に来るのにゃ~!」
優しく腕を振りほどかれた少女が猫耳をプルプルと震わせてゼトラの背中に宣伝の声を投げると、すぐにまた別の男性を見つけて腕に絡めて耳元で甘い声を囁くのだった。
「いい断り方だったぞ」
「そうなの……?」
「まあこれも経験さ」
困惑しっぱなしのゼトラに、マーカスがなお笑うのだった。
そしてマーカスが一軒の店に入り、淡いピンク色に猫耳シルエットをあしらった壁紙の階段を登っていく。
『ごしゅじんさまにマッサージにゃん♪』
と、たどたどしい文字で書かれた店の看板をくぐり、扉を開けると……。
「おかえりなさいませ~!ご主人さまぁ~!」
十名以上の獣耳族の少女たちによる息ピッタリの挨拶に出迎えられた。
猫耳族、犬耳族、狐耳族といった少女たちが、メイド服姿で一斉に頭を下げる。
「あぁ~!マティ!マティじゃにゃい!久しぶりだにゃん~~!」
ぴょーん!と空を舞うようにジャンプしてマーカスに抱きつき頬ずりするツインテールの猫耳少女に、ゼトラが呆然する。
頭がクラクラとするような甘い芳しい香りが漂い、身体にまとわりつく。
「マーカスだっつの」
「にゃひひ!定番のギャグにゃん♪」
猫耳を軽く引っ張るマーカスにぺろりと舌を出して上目遣いで媚びたウインクをする少女。
「にゃにゃ!初めて見る顔にゃん!」
「常連客になるかもしれないぜ。とりあえず『いっぱい甘えさせてくれる二時間入門コース』でいいよな」
「えぇ……っと……まあ?」
壁に貼られたメニューには『猫耳っ子ぷにぷにコース』、『従順犬耳っ子のペロペロコース』、『ツンデレ狐っ子がじっくり癒やしてくれる上級コース』という文字が踊るが、初めて見る語句にゼトラには理解が追いついていないようである。
呆然としたまま、聞かれてコクリと頷くゼトラに、犬耳少女が腕に絡みつく。
「ご主人さまご案内だわ~ん♪」
「はぁい!ごゆっくりしてくにゃん~♪」
「え、ちょっと、マーカス……!?」
「じゃあ二時間後にな!」
「えぇ……?」
両腕を猫耳少女に絡まれたマーカスが背中越しに手を振るのを、ゼトラがなお呆然と見つめる中、犬耳少女が腕をぐいぐいと引っ張っていき、個室に押しやられるのだった。
「今日ご主人さまを担当するハナだわん♪」
「ニャニャミにゃん♪いっぱい癒やしてあげるのにゃん♪」
ペコリと頭を下げたハナがなかば強引にゼトラを膝枕にして、おでこにチュッと軽くキス。ニャニャミと名乗った少女が添い寝するように抱きつくと、ほっぺたにチュッと軽くキスをする。
「ふえ……!?」
初めての感覚にくすぐったそうに身をよじらせるゼトラに、クスクスと笑う二人の少女。
「初めては緊張するかもだけど、力を抜くのだワン♪」
「そうだにゃ~。ここでお昼寝するつもりで、目をつむるのにゃん♪」
ゼトラは言われるがままにギュッと目を瞑り、身を委ねる。
そしてブーツを脱がせられ、また変わった甘い香りが漂う。
「まずは足裏マッサージからにゃん~♪」
「ひ……」
オイルを塗られるくすぐったい感触にまた身をよじらせるゼトラの頭をなでながら、ハナが鼻歌を唄う。
「よーしよしよしー。いい子だわん~♪リラックスするんだわん~♪力を抜くんだワン~♪」
「うぅ……」
ようやく覚悟を決めたのか、ゼトラはまた目を瞑り、ハナの膝に顔を埋めるのだった。
………………。
…………。
……。
甘い声が耳元で囁く。
「ご主人さま、ご主人さま、お時間だわん~♪」
「う……?」
ゼトラはいつの間にか眠っていたようである。
両脇に獣耳少女がゼトラの胸を枕にするように頬を寄せている。
「気持ちよーく眠ってたんだわん~♪ニャニャミも起きるんだわん♪」
「ふにゃあ」
ニャニャミがふわ、と欠伸をしてゼトラに頬ずりし、足を絡ませて、胸に手を這わせる。
「ご主人さまは寝心地最高だったにゃん~。ふわ~~」
また大きな欠伸をして、ニャニャミが潤んだ瞳でゼトラを見つめる。
「ご主人さま格好いいし、ニャニャミは好きになっちゃいそうにゃん。ニャニャミいけない子にゃん~」
「今日は時間みたいだけど、お金もっといっぱいもらえたら、もっと気持ちいいことしてあげるんだワン~♪」
腰をくねらせ、胸に顔をうずめるニャニャミと、耳元で甘い言葉をささやくハナに、ゼトラも苦笑するしかなかった。
「まあ、うん。またね……」
両腕に絡みつき、肘に当たる柔らかい感触にゼトラが頬を赤らめながら個室を出る。
そしてカウンターで先に出ていたマーカスと再会した。
「よ!しっかり癒やされたか?」
「あー、うん、まあ」
「じゃあご精算は銀貨三枚にゃん~」
促される声に、タグをそれぞれ端末にかざし、精算を済ませる。
「ご主人さまぁ!いってらっしゃいませ~!また来るのにゃ~!」
「またな~」
マーカスが背中越しに手をひらひらと振り、階段を降りるのだった。
「最高にイカした時間の過ごし方だろ」
ニヤリと笑うマーカスに、ゼトラは苦笑して首をすくめる。
「獣耳族の子たちってああいう職業が多いの?」
「まあな。獣耳族は魔法の扱いも不得手だし、筋力とか体力も遥かに劣る。ただし知恵は働くから、ああやって愛玩業を営む店は多いぜ」
「へぇ……」
「俺たちはいつ死ぬかも分からない殺伐とした世界に生きてるからな。ああいう殺伐さとは無縁の世界に身を委ねて意識的にスイッチのオンオフを切り替えるのも必要だと思ってる。いつも張り詰めてたら、そのうち潰れるぜ」
「そうなんだね」
「もう少し金を出して、大人の階段を駆け上がるやつもいる」
「そこはまあ、参考にしとくよ」
ゼトラの照れた声に、マーカスが大笑いで応えるのだった。
「さて、ちょうど腹も減ってきたし、美味い飯を食いに行こう」
「うん!」
ゼトラにとって初めての、エイベルクの街を楽しむ休暇はもう少し続くのだった。
二人が『癒やし』マッサージの店を出ると、またしばらく歩いて、歓楽街から離れた。
次第に歓楽街の賑やかさから、商店や料理屋といった少し落ち着いた賑やかさに変わっていった。
肉を焼く香ばしい匂いがあたりを立ち込め、腹時計が夕食の時間を告げた。
マーカスが一見すると本当に開店しているのか分からない、色あせた暖簾が下がる店に立ち止まった。
灯りが灯ってるのを見て頷いたマーカスが暖簾をくぐると、ゼトラもそれに続く。
「よぉ、大将。久しぶりだな」
「よー兄ちゃん。一ヶ月ぶりかい」
「そんなところかな。例のやつを二つ頼む」
「あいよぉ二十分待ちなぁ!」
そんなやり取りを見て、ゼトラと共にカウンターの席に座った。
「ここは見てくれは少々アレだが、味は保証するぜ」
「そうなんだ?」
何を注文したのかもわからないまま、出された水をコクリと一口含むゼトラに、マーカスが頬杖をついてリラックスした表情でせわしなく人が動く厨房を見つめる。
「んでどうだ。オレたちのパーティは?やっていけそうか?」
「うん。そうだね。みんなすごい。ボクの想像していない動きがどんどん出てくるから、勉強になるよ」
「そりゃ良かった」
「あーでも……」
「ん?」
「アイビスっていつもあんなに怒っているの?」
「あぁ……あいつなあ……」
マーカスも水を一口含み、溜息をつくように軽く一息ついて続ける。
「あいつは怒ってるんじゃなく、人との付き合い方がわからないんだよ」
「そうなの?」
「あいつはかなりヘヴィな過去を抱えててな。相当な人間不信なんだ」
「人間不信……」
「俺も最初はまともに口も聞いてくれなかったが、ワンセンテンス程度を交わすようになったのはごく最近だぜ」
「辛い経験があったんだね」
「まあ一年も付き合ってりゃ、お前ともそのうち会話するようになるさ。気長に付き合いな」
「わかった」
その後も今までどんな依頼を受けていたのか、といった話をしていると、店主の豪快な声がカウンターに響いた。
「ホイよ!またせたな!タワーラザニア二つだ!サラダはそこの新顔に免じてサービスだぜ」
「お。きたな!ありがとよ!」
「タ、タワーラザニア?」
二人の前にやや乱暴に置かれた鉄板には、くり抜いた一斤のトーストの耳を防壁にした、巨大なラザニアが鎮座していた。
トマトソース、ラザニア、ミートソース、サイコロ状にカットしたトースト、クリームソース、チーズ、トマトソース、ラザニア……と幾層にも積み重ねられているという。
「た、食べられるかな」
圧倒的存在感に呆気にとられながらフォークとナイフを手に取るゼトラに、店主が豪快に笑う。
「いいか、ちびっこよ!背を伸ばしたかったら、よく食べて、よく運動して、夜八時には寝る!これよ!そうすりゃあっという間に百八十は超えるぜ」
「だ、そうだ」
「が……がんばるよ」
そう言って覚悟を決めたゼトラは、トーストにかぶりつくのだった。
日は既に西の彼方にあり、間もなく夜になろうかという頃である。二人は帰途についていた。
「はぁ~食った食った」
「うぅ、吐きそう……」
「もったいないぜ」
「がんばる……」
どうにかデカ飯を胃袋に詰め込んだゼトラが顔を青ざめながらお腹を擦る。
その様子にマーカスがにやりと笑い、肩をパンと叩く。
「それにしても、あのボリュームで銀貨二枚なんて安いね」
「そうだろ?安くて上手くてボリュームたっぷり!俺のオススメの店の一つさ」
それにしても、とゼトラがマーカスを見上げる。
「マーカスさんはかなり稼いでいるはずなのに、ああいう安上がりなお店でよく済ませるの?」
不躾とも受け取られる質問に、マーカスがキョトン、と目を開け、そしてゲラゲラと吹き出した。
「それ、メルキュールの奴にも言われた事があるぜ。『あんたさぁ、稼いでるんだから少しはいいもの食べなさいよね~』ってな」
メルキュールの声真似に『その言い方なんか腹立つ!』という本人のツッコミが聞こえた気がして、ゼトラも釣られて笑う。
「ま、俺はあんまいい育ちじゃないからな。背筋を伸ばして高い飯にありつくより、安くて済むジャンキーな方が好みなだけさ」
「そうなんだね!」
マーカスの幼少期に興味を覚えつつも、こういうのはもっと仲良くなってから聞いたほうがいいのかな、とゼトラなりに遠慮しているうちに、十字に分かれる通りに出た。
「マーカスさんたちはどこに泊まってるの?」
「ああ、俺達はギルドの近くにアパートを借りてるんだ。俺と女性二人で一部屋づつな」
「そうだったんだね。てっきり宿に泊まってるとか家を買って住んでるんじゃないかと」
「宿の連泊は流石に金がかかるし、家を買うほどここを拠点に定住するつもりもないしな。なんならゼトラも隣の部屋に来るか?確か空いてたぜ」
「あー。う~ん。ちょっと考えてみるよ」
ゼトラはふとアルベルトの家族を思い出す。
アルベルトを始めとして、レリア、ルチェ、アロイの母子の目から、親愛や尊崇といった想いをゼトラは感じ取っていた。
突然転がり込んできた旧主の子。
その子が側にいることに何の遠慮もいらない、という言葉の通り、家族の一人、いや、家族以上にゼトラと接しているのは、ゼトラも自覚があった。
だからこそ、今の環境のままで本当にいいのだろうか、とゼトラに思う所があったのは事実だろう。
「俺はこっちだ。じゃあ明日九時にギルドな」
「うん。おやすみ、マーカスさん。今日は楽しかったよ!またどこか紹介して!」
「そりゃどうも」
まるでデート帰りの恋人たちのようなセリフにマーカスは苦笑しながら手を挙げて別れを告げたのだった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ、ゼトラ様」
程なく帰宅したゼトラに、レリアはその笑顔にいい事でもあったのか、と優しく微笑み出迎えた。
「楽しく過ごされたようですね」
「うん。でもタワーラザニアってデカ飯食べて、お腹いっぱいで大変」
「あらあら。では消化に良い煎じ茶をご用意いたしますね」
「ありがとう、レリアさん」
「あ、おかえりなさいませ、ゼトラ様」
二階の子供部屋から降りてきたルチェとアロイが左手を胸に添えて頭を下げる。
「ただいま、ルチェ、アロイ。ねえ、タワーラザニアって食べたことある?」
「いえ、聞いたことはありますが……美味しいのですか?」
「うん。味はすごく良かったんだけど、ボリュームがすごくてね」
「そんなにですか?」
「これくらいのさ……」
身振り手振りで説明するゼトラに、ルチェとアロイが目を大きく開けて嬉しそうにその話を聞く。
時間を置かず業務を終えて帰宅したアルベルトも交え、夕食を共にしながらゼトラの休日は過ぎていく。
ゼトラが側にいてくれるだけで嬉しい、離れてしまうのは寂しい、そう思わせるような笑顔。
――ここを拠点にする間は別にいいのかな。
そう思って 、アルベルト一家の笑顔に微笑み返すのだった。
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次回更新は2020年09月09日お昼頃の予定です。
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