012.得難い賞賛と成し
子鬼族の生き残りがいないか駐留する一部の王国兵を除き、冒険者や王国兵が王都に戻ったのは深夜2時過ぎになろうかという時間だった。しかし作戦成功の急報を受けた王都では英雄たちの帰りを待つ一部の民衆たちが歓声を上げて出迎えた。
湧き上がる歓声に手を振って冒険者や王国兵が得意気に応え、大通りを歩く。中には民衆に家族の姿を見つけたのか、夫の無事を確認して涙を流す妻と、それを抱きしめる王国兵もいて、それを中心に拍手が沸き起こる。
そうして各々帰途につくのだった。
「ゼトラは宿はどうしてるんだ?」
「マスターさんの所でお世話になってるんだ」
「そうか。じゃあ明日は昼飯を食べてからギルドにこい。報酬手続きを取ろう」
「わかった。おやすみ。今日はごめんね」
「いつまでも気にするな。しっかり休めよ」
「うん」
英雄たちを称える民衆の祝福の声と花火が打ち上がる王都は深夜にも関わらず明るい空気に包まれていた。
ゼトラの胸も初めての仕事をやり遂げた、という達成感で満たされていた。
ただ作戦中のゼトラの失敗は、素直に喜べない葛藤にもなってもいた。
「ゼトラ様、おかえりなさいませ」
大通りで拍手喝采を送る民衆の中から、深夜にも関わらず起きていたのであろう、アルベルトとレリアが一歩進み出て出迎えてくれた。
「ただいま」
「聞きましたよ。大活躍だったそうですね」
「う~ん。まあ」
濁すように苦笑するゼトラにアルベルトが目を細めて労いの言葉をかける。
「民衆の間でも今回メインターゲットを仕留めたのはあのアリス様のご子息だった、という話でもちきりです。蒼雷の戦姫と呼ばれた勇者の再来に、多くの者が胸をときめかせていることでしょう」
「そんな。ボクはまだまだだよ」
「ともあれ、今日は汚れを落としたらどうぞゆっくりお休みくださいませ。詳しい話は明日にでもお聞かせください」
「ありがとう、アルベルトさん」
アルベルトとレリアに挟まれて、まるで親子のように歩く十五の少年が、かの戦姫の子だとはまだ知られてはいないのか、なお続く祝福の声を背中にして、アルベルトの邸宅に戻るのだった。
翌日、たっぷりと朝寝坊をして遅すぎる朝食とやや早い昼食を同時に済ませたゼトラは、冒険者ギルドに向かっていた。
こころなしか昨夜の喧騒をまだ引きずっているようにも感じられ、行き交う人々はどこか浮ついたようにも感じ取れた。
これまで度々街道での襲撃におびえていた商人や旅行者にとっては、この上ない嬉しい報せであったことは間違いないのだから。
ギルドの入り口をくぐると、早速ゼトラの姿を認めた多くの冒険者からすれ違いざまに挨拶され、昨夜の活躍を称える言葉をかけられた。そのゼトラも一人ひとり丁寧に笑顔で挨拶を返していく。
『浮かれてんじゃねぇよ』
そんなマーカスの声が聞こえた気がして、肩をすくめて謙遜しながら、まだまだだよ、という言葉を付け加えながら。
ゼトラは二階につながる踊り場に上ってホールを見渡したが、マーカスたちの姿が見当たらない。
「早く来すぎちゃったかな」
ポツリと呟いて、時間つぶしにでもと思い、掲示板でどんな依頼があるのか見ることにした。
魔獣の討伐依頼も多いが、探索系も結構な数である。
貴重生物の目撃情報の収集、エーテリウム鉱の試掘、といった依頼もある。
その中でもゼトラが引っかかったのは、やはり『亜人集落の探索』と『伝説の七竜の探索』とい二つの依頼だった。
征魔大戦って?亜人って?
征魔大戦に関わりがある……?
神話にしか登場しない伝説の七竜?
次々と浮かび上がる疑問に、胸がモヤモヤとするゼトラは、今日はそのことをマーカスたちに聞いてみよう、と思うのだった。
マーカスたちが冒険者ギルドに現れたのは、日が天頂を過ぎた頃である。
そこでマーカスが見たのは、多くの冒険者たちに囲まれて、楽しそうに談笑するゼトラの姿だった。
どうやら暇そうにしていたゼトラを認めて、同じく時間に余裕のある冒険者たちがその話し相手をしていたようだ。
「あらら。私達のわんこちゃんは人気者ね。盗られちゃいそう」
「んな阿呆なこと本人の前で言うなよ」
からかうように笑うメルキュールに、マーカスが一応釘を差しておき、ゼトラに声をかけた。
「よう、早かったじゃないか」
「うん。なんか気がはやっちゃって」
「新人はそうでなくっちゃな」
じゃあな、ゼトラ、と手をふる冒険者たちに手を振り返すのを見届けてから、報酬窓口に向かうのだった。
冒険者の報酬は、基本的に元の依頼料の二割から一割程度である、というのがもっぱらの噂である。
「ふーん」
「ん?そこでよく憤慨するやつが多いんだがな」
「そうなの?」
取り分が少ない、と憤慨する冒険者は多いのは確かである。
しかし現役冒険者として稼ぐには職業寿命はあまりに短い。二十歳前後でデビューして、せいぜい四十歳まで働ければいい方とも言われていた。そして金の使い勝手が荒いのも冒険者である。
そこでギルドなりに考えたのが現在の取り分の割合である。
もちろん、ギルドで働くスタッフの給金を支払うため、元の依頼料から手数料として差し引かれてギルドの収入になる分もあるが、その多くは冒険者稼業引退時に退職金という名目で、通算で稼いだほぼ同額が支払われる。
それは最も下のクラスであるセラミック級であっても、節約すれば残りの人生、およそ二十年から三十年程度は遊んで暮らせるくらいの額になるケースがほとんどで、プラチナ級のトップランカーともなれば放蕩生活を送ってもなお余るほどの額にもなる。
自身の金遣いの荒さを自覚している者は、そういった大金を一度に受け取るのをあえて拒否し、年金という形で亡くなるまで毎月一定額受け取る年金制を選択する場合もあった。
「なるほど、道理で」
ゼトラが気になっていたのはホールには本当に現役なのか?と疑問を抱かざるをえない老人がちらほらと見かけていたことだった。
それらのほとんどは元冒険者の年金暮らしだということであるが、中には全然関係ない、本当にただの物好きもいるということだった。
「それ以外にも福利厚生は案外しっかりしてるんだぜ」
「福利厚生?」
現役中は王国に収める税金の三割分をギルドが負担して本人のみその分が免除されるし、家族ができれば扶養手当が相当額毎月の報酬額として上乗せされる。
万が一死亡する不幸に遭えば残された家族には再婚するまで生前稼いでいた毎月の報酬平均額が遺族手当として支給される、といった所である。
へえ、と感心するゼトラにメルキュールがウインクする。
「ギルドにとって危険な依頼をこなしてくれる冒険者の数の多さが運営を維持する生命線だから、そのためには本人だけじゃなく、それを支える家族にもお金を惜しまないのよ。お金の使い方に無駄がない、お金の回し方が上手いっていうことね。政治経済を学びたかったら、政府やその下部組織ではなくギルドで学べって言われてるくらいなのよ」
「まあ、その分、元の依頼料が実はとんでもない額だってのは事実らしく、もっと取り分を寄越せってやっかむ連中が一定数絶えないがな」
苦笑するマーカスに、ゼトラもなんとなく想像がついたようで、頷きながら笑った。
「さて、じゃあ今回の依頼の報酬の精算をしよう」
ひとしきり説明を受けたゼトラを報酬窓口まで案内するのだった。
「あら、マーカスさんと……ゼトラさんですね!今回ずいぶんご活躍なさったと聞いていますよ!」
窓口事務を担当する女性がにこやかに笑い、感激した様子で歓迎の言葉をかける。好奇の眼差しを向けるその顔は、こころなしか頬を赤らめているようにも見える。
「新人をあんまり甘やかさないでくれ」
肩をすくめるマーカスがゼトラを席に座るように促し、自身も着席する。
「報酬の精算を頼む。いつものように山分け処理だ」
「かしこまりました!ではみなさんタグをご用意ください!」
四人がそれぞれタグを提出し、魔法端末にタグを乗せる。
そして浮かび上がる情報を受付嬢が紙にメモをしていった。
「……はい!合計金額でました!」
算盤機を叩き終わった受付嬢が目を見開いて驚きの声をあげた。
「基本報酬額は各人金貨二枚。特別報酬の合計は……すごい!金貨四百二枚、銀貨八百十五枚になります!今回の依頼を受けた方ではダントツのトップですよ!」
「そりゃま、マザーゴブリンとホブゴブリン二体も仕留めてるからね~」
メルキュールもフフン、と鼻をひくつかせながら胸を張る。
「じゃあ金貨百枚に分けてそれぞれ振り込んでくれ。残りの端数は俺の別口座にプールだ」
「承知いたしました!処理いたしますので少々お待ちくださいね!」
「プール?」
「貯金だな」
首をかしげるゼトラに、マーカスが説明する。
マーカスのパーティ『明けの明星』の報酬方針は以下の通りである。
基本報酬はそのまま各個人に割当。
魔獣などを討伐したことによって得られた特別報酬は全員分の合計額を算出し、それを等分する。
例えば今回、最も討伐報酬額が高いのはマザーゴブリンの討伐で、金貨三百枚である。
ホブゴブリンについては相場から金貨五十枚と算出された。
マザーゴブリンを仕留めたのはゼトラではあるため、アタッカーとして働いたゼトラが得られる個人報酬額としては最も高く、サポートに徹したメルキュールが最も低い。
だが、それは一切考慮せず、パーティの報酬として一度合計額を精算する。
それを今回は四等分して各自に振り込む、ということだ。
その理由は明確で、一人として欠けていたら依頼は達成できていなかったから、というものである。
今回の依頼で言えば、仮に移動途中でトラブルに遭い、突入作戦に参加できなかった場合でも、きっちり合計額を等分処理する、というのがマーカスがメルキュール、アイビスと交わした報酬の約束だった。
だからこそ、各々がおかれた状況において最も効果的と思われる手段で貢献しようとするのだ、という信念がマーカスにあった。
そして割り切れない端数分や銀貨以下の細かいお金についてはマーカスが管理している別口座にプールしている。
これは冒険者稼業という危険な職業において、年金制度や退職金制度があるとは言え、いつ仕事を受けられなくなるか分からないから、そういった緊急時に備えたお金として貯金してあった。
マーカス曰く、既に三人が十年は遊んで暮らせる程度の額はプールしてあるが、現状手を付ける気は全くないということである。
もちろんこれはマーカスのパーティ『明けの明星』独自のパーティ報酬のルールである。
他には手続き上、一旦パーティリーダーの全取りという形にしておき、その裁量によって各個人に分ける、という方法も取っているパーティもある。
「ってことで、この報酬方針が気に食わないってんなら今回の依頼報酬については個人の特別報酬額通りにして師弟制度は解消だが、異存あるか?」
ニヤリと笑い、脅かすようなマーカスは言葉にゼトラは慌てて首を振る。
「その報酬方針で文句ないよ!すごく納得したもの!いくらボクが仕留めたって言っても、メルキュールさんの情報がなければ、もっと大変だったと思うし!」
「あら、嬉しい!」
「それならいい」
またもマーカスはニヤリと笑って頷くのだった。
「はい、処理は終わりです。お疲れ様でした!またよろしくおねがいしますね!」
受付嬢がとびっきりの営業スマイルで決まり文句を言い、返却されたタグを各自しまうと席を立つ。
「さて……と。お前ら受けたい依頼でもあるか?」
「別にぃ~。いつものようにリーダーに一任~」
「同じく」
話を向けられたメルキュールとアイビスが首を振る。
「よし。じゃあ今日はもうオフにしよう。集合は明日九時。ここで」
「あら、いいわよ。ちなみにどうして~?」
質問されたマーカスがゼトラの肩に手を置き、口元をニッと上げる。
「世間知らずの勉強の日にしようと思ってな」
「あぁ、なるほど。じゃあ王立図書館?」
「そんなところだ」
「オッケ!じゃあうちらは別行動ね!」
納得した様子のメルキュールがサムズアップで同意し、目を輝かせてアイビスを覗き込む。
「ねね、アイビス!例のスウィーツなお店、いくわよ!」
「んッ!」
いつも無関心で無愛想で無感情で無表情なアイビスが、その時ばかりは獲物を見つけた猫のようにカッと眼を開き、小さな鼻を膨らませた。
どうやら甘いモノには目がないようである、とゼトラなりに理解した。
やたらと足早に、ギルドを後にした二人の女性を見送った男二人が肩をすくめ、視線を合わせて苦笑する。
「さてと、王立図書館に行くぞ」
「うん。教えてほしい。征魔大戦とか、亜人とか、伝説の七竜のこととか」
「任せとけ」
マーカス先生の特別授業に期待を膨らませるゼトラの長い午後である。
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次回更新は2020年09月07日12時頃の予定です。
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