011.坑道での決戦は
星の光さえも通さない、真っ暗な森の中。キン、と小さな音を発して探索魔法の反応が走る。
反応が走った先に、床を這うように微かな灯りが足元を照らす。
落ちた枝木を踏んで派手な音を立てないように、静かに乗り越え、息を殺して移動する四つの影。
二十メートルほど進んだところで木の枝に隠すように設置されたマーカーを確認したマーカスが、メルキュールに頷いて合図を送る。
またキン、と探索魔法の反応が走り、床を這う微かな光。
「どうだ?進行ルートから外れていないな?」
「至れり尽くせりね。対象拠点に近づくにつれてマーカー反応色が強まってる。これで迷子になるなんてあり得ないわよ」
「王国兵は?」
「問題なし。西のやや後方に五十メートル。きっちりこちらの進行スピードについてきてるわ」
「オーケー。間もなく一時間半だ。五分休憩を取ろう」
「は~い」
四人とも息が上がっている様子はないが、最大級の警戒をしながらの移動に精神的な疲れを少し感じたようである。
「ゼトラも問題ないな」
「余裕あるよ。もう少し急いでもいいくらい」
「言うね」
「煽るわね~」
ニヤリと笑う二人を見て、ゼトラはニコリと無邪気な笑みを返した。
「まあそんな急ぐものでもない。ゼロ時までに所定位置に着けばいいことになっている。早く着きすぎても余計なトラブルの元だし、全体の進行に合わせるぞ」
「わかりました」「オッケー」「了解」
小声で囁き、頷きあった四人はくつろぐようにその場で座り、休息の体勢を取るのだった。
そして五分の休憩を挟みがら移動を繰り返し、数時間後、ようやく目的地に到着した。
「こちらリンクドスネールナンバー一〇二。所定の位置に到着した。メンバーにトラブルなし。作戦進行に支障なし」
『一〇二了解。合図があるまでその場で待機せよ。返答不要』
『こちら五三。所定位置到着。はぐれのレッドベアに遭遇して撃退したが、一名負傷者あり。骨折及び流血あり。戦闘に耐えきれないと判断し応急回復魔法をかけて後方へ下がらせた。医療班は回収を頼む。作戦進行に支障なし』
『五三了解。負傷者の位置はこちらで把握している。負傷者はその場で待機せよ。突入開始後に医療兵を向かわせる』
『こちら八六。所定位置到着、トラブルなし、作戦進行支障なし』
『八六了解』
『こちら二三……』
マーカスの報告を待っていたかのように、続々と他のパーティからの報告がリンクドスネールに入り始め、その時が迫ることを否応なく自覚し、緊張感が高まっていく。
ゼトラもまた、胸を高まらせながら、目の前の廃鉱後をじっと見つめていた。
エイベルク・エーテリウム廃鉱。
南北二キロ、東西一キロ、高さ三百メートル程の急峻な山である。
かつてはエーテリウム鉱の採掘拠点として賑わったその山も十年以上前に資源枯渇と認定されて以降、山地の麓に広がっていた村も全て放棄されて荒れ放題となっている。
残されたのはアリの巣のような坑道で、どこからか流れ着いたマザーゴブリンの産育拠点となり、その子供らである子鬼族の襲撃被害につながる結果となった。
その廃鉱を王国軍と冒険者軍団で包囲網を形成し、一網打尽にしようというのが今回の作戦である。
最後の報告が終わったのは、突入予定時間の十五分前だった。
『こちら作戦本部、ザイアス将軍だ。全部隊配置完了を確認した。突入は十五分後のゼロ時とする。照明魔法発動と同時に突入せよ。やつらを一匹も逃すな。殲滅せよ。こちらからは以上だ』
マーカスらは木の陰に隠れ、星の光に微かに照らされた草原と朽ちた廃屋、そしてその向こうにあるはずの坑道に目を向ける。
「眠いなんていうマヌケはここに残ってていいぞ」
後ろにいて見えないはずなのに、ふわ、と一瞬欠伸を噛み殺したメルキュールに勘付いたのか、マーカスの無情な小声がゼトラの横で聞こえた。
美女に夜ふかしはつらいのよ~、と呟くようなメルキュールの声を察するに、どうやら睡魔を退けたようである。
ゼトラも内心ドキリとしつつ、じっと坑道を警戒するのだった。
「時間だ」
マーカスの言葉と同時に、昼になったか、と勘違いしそうなほどに、強烈な照明が廃鉱を照らした。
あまりの眩しさに、目が慣れずにゼトラが目を細める。
だが一瞬戸惑い、遅れたゼトラを置いていくように、マーカスら三人は既に坑道に向かって駆け出していた。
その差は既に二十メートル以上。
――早い!
ゼトラも駆け出し、あっという間にマーカスに追いつく。同時にメルキュールが探索魔法を発動させた。
「右から三番目、下から二番目!」
「よし」
範囲二百メートル、空気の流れを感じ取り、対象がいる可能性が最も高いと思われる最深部につながっているであろう坑道を探りあてる、メルキュールオリジナルの探索魔法。一般的にはマッピング系と言われる探索魔法である。
高低差十メートルの急な山を一気に駆け上がり、格子状に並ぶ坑道を迷うことなく一斉に飛び込んだ四人。その出会い頭にいきなり子鬼族が武器をもって襲いかかってきた。
「ふん!」
先頭を走るマーカスの一閃。大剣を一気に振り抜き子鬼を両断した。
「動きが早いな。警戒されていたか?」
マーカスの言葉に焦りはないが、眉間に少しシワがよった。
天井までの高さは三メートル弱。マーカスの大剣では振りかぶるだけで天井を当たりそうだった。マーカスは大剣を背負うと腰元のダガーを抜いた。
そして坑道を慎重に三十メートルほど進んだ所でまたメルキュールが魔法を発動させる。
「五メートル右の坑道は行き止まりだけど、突き当りに十匹」
今度は人以外の魔力反応を察知する探索魔法である。
「よし。ゼトラ、お前に任せる」
「わかった!」
一瞬止まって様子を伺った後、マーカス、メルキュール、アイビスら三人が横にそれる坑道を横切る。
そして最後に横切ったゼトラが、坑道の奥に向かってマジックアローを発動させた。
坑道いっぱいに広がる巨大なマジックアローを!!
ギャァ!と子鬼が絶命した声が微かに聞こえ、地面が揺れた。
「んなぁ!?」
「キャッ!」
「……!?」
突如として発生した衝撃波で吹き飛ばされた三人の悲鳴が坑道に響き、山全体が大きく揺れた。
マジックアローを打ち込んだ坑道の奥から、雪崩のように次々と坑道が崩落し始める。
巻き起こる粉塵に口元を抑え、女性二人を守るように抱きすくめたマーカスが、降り注ぐ岩石から身を守るように大剣を頭上に掲げた。ゴツゴツと大剣にあたった岩石が次々と身を覆っていく。
「つつつ……大丈夫か!?どこか痛む所はあるか?」
「なんとかぁ……」
「平気……」
ようやく崩落が収まったのを確認して、降り積もった岩石を振り落とす。口に飛び込んできた粉塵を、水筒の水を含んで口を濯いだ。
「ゼトラ!いるか!?なにをした!?」
「あ、うん。ごめん、出力絞ったつもりだったんだけど、少しだけ壁をかすめちゃった」
何食わぬ顔で岩石を押しのけて顔を出したゼトラもホコリまみれではあるが、怪我はなさそうである。
ゼトラの申し訳無さそうな表情を見て、マーカスが苦笑する。
「かすってこれかよ……」
呆れたように崩落した坑道を見渡すと、入ってきた坑道の入り口は岩石で潰れてしまっている。
「これじゃあ引き返せないな」
軽く舌打ちしたマーカスだったが、その耳元にリンクドスネールの通信が入る。
どうやら他の坑道でも崩落していて、負傷者が出ている報告が続々と飛び込んできていた。
『こちら本部。一〇二あたりで強力な魔法の発動を確認した。現況を報告せよ』
「こちら一〇二、新人が少々張り切りすぎて坑道が崩落したみたいだ。作戦続行に支障ない」
『了解した。各部隊に通達。負傷者が出た部隊は一時撤退して脱出、後方支援に回れ。作戦続行可能な部隊は引き続き対象の捜索と討伐にあたれ』
「ってわけだ。いくぞ」
「エラいことになっちゃったわね」
ふー、と呼吸を整えたメルキュールが再び探索魔法を走らせる。
「六メートル左の坑道は行き止まり。三匹がこちらの様子を見てるわよ」
「私が行く」
小声のメルキュールに、アイビスが先頭に躍り出た。
地を這うかのように低い姿勢で走り抜けたアイビスが脇の坑道に飛び込む。
左の掌打で子鬼の顎ごと頭部を砕き、体を捻って勢いをつけた右の正拳が別の子鬼の眉間を貫く。そしてさらに体を一回転ひねって繰り出した右の回し蹴りが、残りの一匹の側頭部を木っ端微塵に吹き飛ばした。
一連の流れるような美しい動きに、すごい、とゼトラも思わず呟く。
「……ふん」
ゼトラの視線を跳ね除けるようにそっぽを向くアイビスは、サラリとショートヘアの乱れを直して元の坑道に合流した。
「おっとぉ~?これはビンゴみたいよ」
「見つけたか?」
再び探索魔法を走らせたメルキュールがニヤリと笑う。
「二十メートル先、三つに分岐する右斜の坑道を道なりに百メートル進んだ先に広い空間。でっかい反応が三つある」
「デカイ反応か。マザーゴブリンと護衛か?」
「だろうね」
「よし行くぞ」
坑道を進んで行く最中、剣戟と子鬼の吼える声が反響するように伝わってくる。
他の部隊の戦闘音がマーカスらの周囲まで聞こえてくるということは、やはり坑道はアリの巣のようにあちこちが接続されているのだろう、と判断できた。
「いたぜ……!」
そして開けた空間の手前で様子を伺ったマーカスが、今回の作戦の討伐対象を捉えた。
松明で照らされた空間の下、人のそれよりも遥かに大きい巨体。十メートルはあろうか。
ジャイアントやサイクロプスといった巨人系魔獣種にも匹敵する大きさである。
怒気混じりの荒い呼吸を繰り返し、大きく膨らんだ腹が次代の子鬼たちを身ごもっていることを伺わせた。
その手前、通常の子鬼を大人ほどのサイズまで大きくしたような巨躯が二体。
巨大な棍棒を模した丸太を振り上げ、幾度となく咆哮を繰り返す。手下の子鬼たちの指揮に当たっているようにも見えた。
「さながら女王の間と護衛ってとこか?あれはホブゴブリンか……。よし……ッ」
マーカスは三人が待機している所まで少し戻って、顔を突き合わせる。
「マザーを護衛するようにホブゴブリンが二体。ホブの一匹は俺が引き受ける。もう一匹はメルキュールとアイビスだ。ゼトラは俺たちが隙を作ったのを見てマザーに突っ込め。ただし魔法は使うな。ここで坑道が崩壊したら脱出できなくなる。一撃食らわせたら逃げるつもりでいい」
「オッケー」「わかった」
「うん!」
頷きあい、そろりと女王の間に忍び足で近づく。
そしてマーカスの合図で、一気に飛び出し、攻撃を仕掛けた。
マーカスは一つだけ大きな勘違いをしていた。
ゼトラは高位魔術の使い手であり、剣の腕は大したことないのだろう、という思い込みだ。
ゼトラが牽制程度の一撃を加えることができれば、動揺したホブゴブリンに止めを差し、続けざまにマザーを仕留める、というプランを思い描いていた。
しかしこの討滅作戦のクライマックスであるマザーゴブリンとの対決は、わずか三秒で決着がついた。
マーカスが一気に距離を詰める。
そこに振り下ろされたホブゴブリンの渾身の一撃をサイドステップで躱し、左膝から下を斬り飛ばして体勢を崩した。
「今だ!ゼトラ!」
と、合図を送った時には、横薙ぎの一閃でマザーゴブリンの首は空間を舞い、縦の一閃で両断されていた。
「って、早いなあ!?」
体制を崩したホブゴブリンの首を斬り落としたマーカスが、振り返って驚愕の声をあげた時には、ゼトラは一仕事を終えて、ふー、やれやれ、と言わんばかりにショートソードを納刀するところだった。
一方、飛び出した瞬間にメルキュールのシャイニングアローがホブゴブリンの肩を貫いた。
怯んだホブゴブリンとの距離を一足飛びで距離を詰めたアイビスの正拳が内蔵と背骨を砕き、さらに身体を大きくひねって側頭部に炸裂した回し蹴りが頭部を吹き飛ばしていた。ホブゴブリンに悲鳴を上げる間も与えず絶命させ、巨躯がその場で崩れ落ちる。
マザーゴブリンの首がゴムまりのように天井と壁に弾んで地に転がるのを見て、マーカスが改めてゼトラを呆れたように睨んだ。
「お前、何をした……?」
「え。普通に攻撃した……」
しかしゼトラの説明を待たずに、再び山が揺れだした。
「チィッ!?また崩れるかッ!?」
岩盤が崩れる鈍い音がどこからともなく聞こえ、女王の間に砂塵がなだれ込む。
「メルキュール!」
「最大出力でやってる!」
マーカスの言葉を待たず、メルキュールは既にマッピングの探索魔法を走らせ、最短の出口を探っていた。
「こちら一〇二ッ!対象を仕留めたッ!坑道が崩れそうだッ!総員退却の指示をッ!!」
『こちら作戦本部ッ!聞いてのとおりだッ!ただちに総員退却し脱出せよッ!』
「一番右が最短!分岐がいくつかあって左右にグネってるけど、道なりに距離四百!」
メルキュールの言葉と同時に照明魔法が地を走り、出口につながる坑道を明るく照らす。
また同時に弾けるように地を蹴り、足場の悪いデコボコの岩場を飛ぶように駆け出す四人。
坑道の崩落を告げるように小さな石が次々と頭上に降り注ぐ。
無我夢中で一気に駆け抜け、淀んだ空気に新鮮さが増していくのを感じる。
「出口ッ!」
照明魔法の輝きで小さく照らされた出口が徐々に大きく視界に広がっていく。
身を投げ出すように出口から脱出するのと、坑道が完全に崩落して埋没するのはほぼ同時だった。
「うへぇ。疲れたぁ~」
「全くだ」
大きく肩で息をしながら大の字で空を見上げ、メルキュールの弱音に珍しくマーカスも同意した。
「アイビスもゼトラもいるな?」
「ええ……」
「うん!」
同じくアイビスも膝をついて肩を大きく上下させている一方で、ゼトラはケロリとして振り返る。
「山が崩れちゃった……」
ゼトラのその言葉の通り山の半分ほどが大きく崩れ落ち、凹んだ山容が照明魔法で照らされている。
「マーカスさん!ご無事で!」
アンソニーの声が遠くで聞こえた。
「よぉ、あんたらも」
駆け寄るアンソニーら王国兵をマーカスが手を挙げて出迎える。
「みなさんお怪我は?」
「とりあえず無事よ~」
大の字のままひらひらと手を振るメルキュールを見て、アンソニーはほっと胸をなでおろしたようだが、その表情は悔しそうだった。
「我々も突入したのですが、子鬼連中を始末しているうちに最初の崩落で退却命令が出ましてね」
「そうか、すまなかったな。怪我は大丈夫か」
「ええ、負傷した兵は回復魔法で元通りですよ」
無事をアピールするように大きく手を広げて続ける。
「ほとんどの坑道が潰れてしまったので、後方支援に周りつつ、他に突入できるところはないかと探していたら、ここでみなさんと」
「そうだったのか」
「それにしても素晴らしい、突入からわずか三十分も経たないうちにケリがつくなんて」
アンソニーの熱い視線がゼトラに注がれる。
「やはりゼトラさんが?」
「まぁ……な。だがこの有様じゃあ、やりすぎだ。あとで反省会だぜ」
「うぅ、ごめん……」
肩を落とすゼトラに、アンソニーが笑う。
「いや、初仕事で大物を仕留めるとは運も腕も素晴らしいですよ。ゼトラさんはもっと誇っていい。アリス様の再来か……いや、それ以上です」
「そうかな……?」
照れるゼトラを見て、マーカスが立ち上がる。
「浮かれるなよ。大勢の人間を危険な目に合わせて、手柄もクソもねえよ」
やや真剣な声がピシャリとゼトラの頬を叩いた。
「ハイ……」
「だがまあ、判断ミスをした俺に最大の責任がある。すまなかったな、みんな」
「フフ、まぁ気にしない気にしない!結果オーライよ!」
ピリっとした緊張が走る空気を和ませるかのように、いつもの調子に戻ったメルキュールの声が深夜の空をカラリと明るく変える。
「そうですね。幸いにも死者が出たという報告はあがっていませんよ。そう気を落とさずに」
アンソニーもそれに続いて慰めるように声をかけた。
「中央、スネール五〇番あたりに集合して全員の無事を確認したら、帰還するよう指示が入っています。さあ行きましょう」
アンソニーに促されてそれぞれ疲れ果てたように立ち上がり、歩き出すのだった。
「一〇二はマーカス、あんたらだったか」
「やったのはコイツさ」
「おぉ、アリス様の……!」
「やったじゃないか!」
マーカスが他の冒険者パーティと合流する度に、一体誰がマザーゴブリンを仕留めたのか、という話題が出るのは当然だった。
そして続々と集合する冒険者や王国兵の間でもゼトラの活躍がどんどんと広まっていった。
「浮かれるなよ」
握手を求められ、照れながら応えるゼトラに、またもピシャリとマーカスが釘を刺す。
シュンと背中を小さくするゼトラの姿が、まるで褒められて喜び、叱られてしょんぼりとする子犬のようにも見えて、それが可笑しくなったのか、メルキュールのアハハと明るい笑い声がこだまする。
それが連鎖するように、冒険者や王国兵の笑い声が大きくなっていった。
なにはともあれ、みんな無事で良かった。
そう労うように、エイベルク・エーテリウム廃鉱を舞台にした作戦は成功に終わった。
各々武勇を自慢し苦労話に花を咲かせながら暗い森を明るく照らす照明魔法を頼りに帰途に着くのだった。
ブクマ、評価、感想などいただけると嬉しいです。
次回更新は2020年09月04日12時頃の予定です。
よろしくお願いいたします。




